197「眠る前のお話」
浴室を後にし、用意してもらった新しいバスローブを羽織る。
因みに下着だが……ヴィヴィアンの私物を拝借している。
もちろん女性もののパンツではなく、トランクスだ。
「あ、因みにだけど……それ私のパンツなんだよ?」
ローブと一緒に渡された無地の下着を特に考えずに履いてからそんな爆弾発言をかまされた。
ニヤニヤとした嫌らしい笑みから分かって言っているのは確実なのだが、そんな事を言われてこちらとしてはどのような反応を見せたら良いのやら。
反応に困っているとヴィヴィアンは口角を更に歪ませる。
明らかに愉しんでいた。
「いや、でもこれ……トランクス」
「別に女の子でも履くんだよ? 締め付けられるのが苦手だからすごく楽なんだよね」
「はぁ……それは、その……」
「あは、大丈夫だよ。ちゃぁんと洗濯してあるからさ」
全然大丈夫じゃない。
のだが……履いてしまった以上はコレを脱いで返すというのもおかしな話である。
お風呂から出たばかりだし、個人的な感覚としてはまだまだキレイとは思えるのだが、倫理感的にそれは憚られるというもの。
それに、なんとなくだけど、この人は自分が渡したそれを嬉しそうに履いてきそうである。
ん? 想像してみたけど、案外悪くないかも?
──いやいや、流石に無いだろう。どんなプレイだよ。
はぁ……なんというか考えるのも面倒くさい。
なんか、妙に眠いし……早くベッドに。
「…………。」
防人はため息交じりに、そのままローブを羽織る。
そしてベッドへ……いや、流石にそれはマズいか。
「ん、どうかしたの?」
「いえ、あっちで寝ようかなと」
防人は睡魔に蝕まれた虚ろな目で部屋に置かれた大きなソファーを指差す。
「なんだ。もしかして警戒してる? 大丈夫。あたしは子供になんか手は出さないよ。年上好きだから」
「えぇっと……普通、それって立場が逆じゃあ?」
「へぇ、じゃあもしかして私を夜這いをするつもりだったのかな?」
「ヨバッ、違いますよ! というか何でそうなるんですか?」
眠気もあってか、あまり大きな反応は見せられない。
というか見せる気力もない。
けれど、流石に予想していなかった単語がヴィヴィアンの口から出たことには物申したかった。
「そうではなく、その……付き合ったりとかしてないのに同じベッドで寝るのは良くない、と思うからですね……えっと……」
ううむ、頭が上手く回らない。
どうしてこんなにも眠いのか良くわからないが、せめて勘違いを正さなくては……。
別にそんなつもりはなくとも、相手にそう思われてしまえば、それは相手にとっての真実であり、そう思われてしまったのならば何かしらの弁解はする必要があるのだ。
「フフッ……」
「な、何で笑うんですか?」
「いや、この3日間あたしはあんたに抱きついて寝てたから、今更って思っただけさ」
「……え?」
ヴィヴィアンの口から出てきた衝撃の言葉に防人が驚愕しているうちにも彼女は続ける。
「良かったよ。温かくてさ、冷え性の私には最高だった」
「湯タンポ扱い!?」
「ん~どっちかって言うと抱き枕だね……ほら、おいでよ」
「声を低く言わないでください。というかその仕草もどちらかと言えば男性のものだと思うのですが……」
「私に対してケイの警戒心も女性っぽいと思うけどね」
「うくっ」
「んー、あたしが男であんたが女か……。いいじゃないか、『ケイ』ってのも女の子っぽいしね。ケイちゃん」
「『ちゃん』付けば止してください」
「いいねぇ、ケイちゃん、ケイちゃん、ケイちゃ――」
「あぁもう。分かった分かりましたよ。一緒に寝ればいいんでしょ? 寝れば」
「……さぁおいで」
「だから声を低くして言うの止めてくださいってば!」
明らかに流されたというか、挑発に乗って言わされてしまったというか。
あぁダメだな。
眠いとはいえこんな簡単な事に乗っかるなんて……とはいえ言ってしまった手前ここで言葉を撤回するのも男が廃るというものだ。
別に女の子と馬鹿にされたから意固地になってるとか、あの大きな胸に包まれたいという邪な考えが浮かんだからとか、そういうのではない。
断じてな──ぁ……柔らかい……。
めだかさんも結構押し付けてくることもあってそれなりでしたが、それとは比べ物にならない柔らかさ。
まさに逸材。
なんという、ぽよよんスイカだろうか。
けしからんという言葉はまさにこういう時のために使うのだろう。
「ねぇ、ケイ……君は一体どこから来たの?」
押し付けられた未知の感触に、防人の神経は全集中。
お風呂上がりの程よく熱を帯びたスイカはどんな枕でも勝てない最高級品質と言える。
今寝ているベッドだって決して安物ではないだろうが、シーツの肌触りなど、この玉のようなスベスベ食感に比べれば劣ると言わざるを得ない。
「ケイ?」
「……へ?」
ハッ! いかんいかん。
不意にかけられた言葉に防人は心臓を鳴らすとヴィヴィアンの声に意識を向ける。
「えっと、何か?」
「あぁ、言いたくなかったら言わなくていいんだけどね……君は何処から来たのかなってね」
「何処から……ですか」
ここの国の住人であるかないかはともかく少なくとも何かしらの訳アリであることは流石に分かるよね。
着ていた服もそうだし、この手首の枷もある。
これが光牙というWEAPONs・GEARであることは流石に知られてはいないだろうが、これで僕はどこにでもいる普通の高校生ですよ。
なんて言い訳が通じるわけもない。
そもそもこの国での高校生がどんな立場なのかも分からないし。
そもそも学校というものがマトモにあるのかも疑わしいところだ。
「言いたくないなら無理に言わなくても大丈夫だからね」
「いえ、構いませんよ。えっと僕は……学校? から来たといえば良いのかな?」
上手く嘘を付くには真実を織り交ぜて話すこと。
というが、そんなすぐに答えられる内容なんて思い付くわけがない。
ならば完全には話さずに隠しながら話すしか無い。
「学校……軍学校のようなもの?」
「そう、ですね、似たような感じです。そこで僕は、その……それなりに楽しくやってました。もちろん苦しいこともたくさんありましたけど、妹や友達と――」
「妹?」
「はい、血は繋がってないですけど」
「そう……」
「えっと、何か?」
「ううん、気にしないで。こっちの話……それで? ここに来たのはどういった経緯なの?」
「えっと、ここには……流されて来たんだと思います」
「流されて?」
「はい。良く覚えてませんが、戦闘中に海に落ちて、気づいたらここに……」
「そう……」
「あの、今更ですけど、どうしてこんなことを?」
「ん、別に深い意味はないよ。ケイはどうして私を助けてくれたのか少し気になってね」
「助ける?」
「暴漢相手に立ち向かってくれたじゃないか」
「あぁ、それは……その、良く覚えてないんです」
「覚えていない?」
「え、えぇ信じてもらえないかも知れませんけど……なんというか朦朧としていて」
「朦朧ねぇ(アレを放心状態の動きというのは余りにも……)いや、そう……じゃあ例えばこの国へどうやって入ったのかは覚えているのかい?」
「……すみません」
ヴィヴィアンからの説明を聞き、防人はそう声を漏らす。
「本当に、覚えていないんだね?」
「えぇ、最後に記憶してるのは確かすごく喉が渇いていた事と……」
後は……。
防人は、ボンヤリと思い出す。
騒がしい通りを避け……2、3日ほど暗い路地を当てもなく進んだことを。
渇きに飢えていた時に、缶に入った飲み物をくれた男の事を。
酒臭い息と、甲高い笑い声とともに思い出す。
「……白い髭の……眼帯を付けたおじさん?」
「っ!? その人の眼帯には何か描いてなかった?」
「え? えぇっと確か……猫だったような?」
「そう、ありがとう」
「あの……その人は一体?」
「ううん。別に何でも無いよ。ただ、ウチらの店で数100万程ツケが貯まってるだけだよ」
「うわ~~……」
「ま、ここ最近店に顔を出さなくなったからちょっと腕のたつ人達に取っ捕まえて貰おうって思ってたからね。この辺にいたなら好都合」
「腕が良いって兵士でも雇うんですか?」
「そんなんじゃ無いよ。探させるのさ」
「え? でもここって風俗店なんですよね?」
「だからだよ。ココは激しい運動をするんじゃなくて、酒を飲んだり語らったりして愉しむところだからね。
ちょっと気を抜くとあっという間に体重計が凄いことになる。だからウチの大抵の女たちはスポーツジムなんかに通ってるのさ。中にはボクシングや空手なんかを習ってる人もいるね」
「つまり、格闘技を習ってる人達に頼んで捕まえてきてもらうと?」
「違うよ」
「え? 違うの?」
「鍛えてる分、ウチのやつらは肌の引き締まった美人揃いだから、そいつらに任せるってことだよ」
「あぁ……ハニートラップですか」
「おや、よく知ってるね」
「まぁ多少は……マンガとかの知識ですけど」
「じゃあ、あたしが仕掛けてあげようか?」
スッとお腹を撫でられる。
そしてその手は段々と下がっていき……。
なんとも絶妙な位置加減で右往左往。
なんという焦らしプレイだろうか!
だがまぁ、流石に眠い。
この人だって本気じゃないだろうし、いちいち反応していては身が持たない。
そう、断じてヘタれたわけではないのだ。
「も、もう寝ます。おやすみなさい!」
「あら……つれない」
「…………。」
「私も明日の夜に備えてそろそろ寝ようかね。おやすみケイ」
チュッと後頭部に唇が触れる。
防人は声を漏らすが、過度な反応はするまい。と耐え、その後2人はそのまま眠りについた。




