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195「ヤカタの嬢による手技」

今回、少しばかりシモネタ(かも?)



「ハッ!! ハッ、ハッ、ハッ、ハァハァハァハァハァ……ハァ〜〜〜」



 防人は大声を上げながら飛び起きる。

 そこは、どこかのベッドの上であった。

 乱れる呼吸を整えつつも彼はゆっくりと辺りを見回す。

 オレンジ色の暖かな明かりに灯された仄かに赤い部屋には程良い香りが漂っている。



「……ゆ、め?」



 じゃあさっきまでの事は全部……あの血の匂いと銃声は……いや。

 あの時の、あんな嫌な気持ちが夢だとしたら鮮明過ぎる。

 それに、この爪の間の土が決定的証拠……ってやつだよね。

 あれが……全部、本当の事……っなんだよね。



「あぁ、貴方、目が覚めたんだ」



 防人が沸き上がる涙を手の甲で拭うと扉が開く。

 そして、一人の女性が部屋の中に入ってくる。

 それは長い金髪の綺麗な女性。


 彼女は赤いバスローブを着用している。

 が、高い身長に対して短か過ぎるのではというローブの丈から露出している長い脚や胸元は防人の目のやり場を大いに困らせた。

 もうなんというか色々とギリギリである。



「あの……あなたは?」

「わたしかい? わたしはヴィヴィアン。ここ『夢想乙女の舘』の……まぁ職員みたいなものさ」



 ドギマギとしている防人を意に介することなく、ヴィヴィアンは答える。

 彼女は束ねた髪をタオルで巻きながら、棚の中からポットを、同じく棚の中の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すとポットに注ぎ、台座にセットする。



「そんでもってここはあたしが使っている部屋。ま、住み込みってやつだよ」



 化粧台へ腰掛ける。

 引き出しから化粧水の小さなボトルを取り出すと中身を手の平へ垂らし、広げたものを優しい手付きで軽く叩くようにしながら顔に付け始める。

 防人はその一連の流れをベッドの上から横目でチラチラと頬を赤らめながら問いかける。



「夢想、乙女の舘……ヤカタというのはつまり、ここは国の、何処かのお屋敷って事ですか?」



 言いながら、ファンタジー的な、お城のようなものを想像する。

 少なくとも防人の知る雰囲気でない内装も、その連想ゲームをより円滑に働かせた。

 だが、防人の質問にヴィヴィアンは短く笑った。



「ハハ……違うよ。舘ってのは名前だけさ。ここはいわゆる風俗店だよ」

「ふ、フウゾク……」



 そ、それはアレか?

 歪なコレとソレを綺麗にテトリスさせるアレの事ですか。

 凹凸擦って気持ちよくなるアレの店ってコトですか?


 ってことはこの壁の向こうには今まさにそういうことをしているという可能性もあるということで……。

 声は……聞こえない。

 クッ! ゲームで(みなと)に怒られてから欲しかった防音システムがこんなところで牙を向いてくるなんて!



「あんた、今想像したでしょ」

「え!? い、いや何の事ですか? ボ、ボクニハ、ワカラナイデス」



 顔に出てたかな?

 ドキンッと心臓が跳ねる。

 防人は肩を少し震わせるとニヤニヤと嬉しそうに笑うヴィヴィアンから恥ずかしそうに目を逸らした。



「分かりやすいねぇ~。顔をタコみたいに真っ赤にしちゃってさ」

「え? そんなに顔に出てました?」


「ん、タコみたいは嘘だよ」

「んなっ!」



 は、謀られた。

 女性を目の前にして良からぬ想像をしてそれを悟られてしまうなんて……恥ずかしい!

 う〜……気持ち悪い、とはこの人の態度的に思われて無さそうだけど……少なくとも良くは思われない。よねぇ~。


 でも、ここがそういうことをするところでそういうことをする女性(ひと)、なのだろうけど……少しぐらいは気を使ってほしい。

 胸とか足とか、格好のせいでけっこう際どい感じでというか少し見えてしまっている(気がする)のは事実だし、そういうことを想像してしまうのは仕方のないよね。

 いやいやいや、何を言ってるんだ僕は〜〜!!



「んふふ……あんた可愛いねぇ」

「へ? いや、冗談はよしてください」



 自身の煩悩を自制心によって振り払いつつもそんなことを考えてしまったという自分自身に嫌悪の念を感じ、恥じる。

 仕方ないと言い訳しつつ。



「ううん今度は本当さ。アッチも結構可愛かったしねぇ。皮被りさん」

「ぐ、う゛っ……見たんですか?」


「砂とか泥とかで着てるもんが汚れてたからねぇ、その手のやつがどうやっても外せないもんだから着替えさせるのには難儀したよ」

「うぅ……」



 服とかは着替えさせられるのにはもう慣れたつもりだったけど、流石にそれは……。

 一体どんな風になっていたのか分からないような状態で裸にされていたというのはやっぱり恥ずかしい。


 いやでも皮は大きくなればちゃんと剥け──って何を考えてるんだ。

 この……部屋の雰囲気がいけないんだ。

 うん、絶対そうだ。

 絶対に──。



「おぉおぉ、今度こそタコみたいになってるねぇ……んふ、ちなみにだけどねあんたの着ているのはあたしが愛用してるバスローブだよ」



 なんでこのタイミングでそんなことを……て、え? バスローブ?

 汚れてたって言っていたし、まさか寝てる間に体を洗われたりした……て事は無いよね?

 こんな綺麗な人に無防備な状態で体を、うぅ……。



「お、なんだい私に脱がされてるのを想像して興奮でもしたのかな?」

「〰〰〰〰っ!!?」



 顔をテカテカにしたヴィヴィアンは更に意地悪そうに笑顔を浮かべる。

 防人は、彼女に指摘される事で自身の体の変化に気付く。

 そして恥ずかしさのあまり、素早く膝を曲げると持ち上げた脚に顔を俯かせる。

 見られて、しまった……。



「んふ、恥ずかしがる事なんてないよ。仕方のないことさ。あんたみたいな若い子は特にね」

「ぅ……すみません」

「謝る必要もないよ。さっきも言ったが、仕方のないことだからねぇ」



 ヴィヴィアンはニヤニヤと笑みを浮かべながら、タオルで手を拭く。

 そして、ゆっくりと立ち上がるとベッドの方──防人の元へ近づくと、毛布へ手を伸ばした。



「ちょっ何を!?」



 花の石鹸の良い香りが鼻を突く。

 ほんのりと濡れた艶っぽい肌が、防人の血流を昂らせる。

 が、流石にマズイと理性を働かせるも残念かな。考えれば考えるほど意識というものはそちらに向かうことになるものであり、結果としてそう簡単には収まりがつかないものとなる。



「なぁにお姉さんがお礼の気持ちを込めてちょっとだけ夜伽の相手でもしてあげようかなって」

「よ、夜伽って」



 あぁなんという……。

 これがゲームでいうところの『魅了』のデバフとでもいうのか……確かにこんな気持ちになってしまっていては敵に対して攻撃するなんて真似、出来ないのも納得というものだ。

 プレイヤーとしては1ターン持ってかれたり、バフが外れたりするから怒りしか感じないけど。



「意味としちゃ男女が夜を共にすることを指すから、大丈夫だよ。3日が4日になるだけさ。それに、ここは性交渉は禁止だけどお触りはオーケーだからね。私は手でするのはこれでも慣れてんだよ?」

「な、慣れてるって――ぁ……」



 動揺した防人の隙を突いてヴィヴィアンは毛布を取り去ると素早く彼の手を掴んでベッドへ押し倒す。



「手でやってあげるってこと。なーに問題ないさ。本当ならサービス料を取るところだけど……お礼も兼ねて気持ちよくしてあげるからね」



 妖艶な眼差しで見下ろす彼女のバスローブは暴れたせいか乱れており、際どい格好が更に進行する。



「いや、その……貴女は問題無くても僕にはあります……から」



 お礼って何?

 そう思いつつも前が開け、見えそうになってしまっている、そんな格好のヴィヴィアンを直視できない防人は壁の方へと視線を移し、顔を真っ赤にしながら彼女に抵抗する。



「安心しなよ、すぐに楽になるよ」



 彼女は防人の両腕を上にあげると手首をしっかりと左手で握りしめ、空いたもう一方の手を彼の体の方へと伸ばしていく。



「いえ、結構ですっ! からっ!?」

「ほら、暴れないの」



 拘束時の脱出法は頭に記憶している。

 けれど抜け出そうと抵抗すると対抗され、うつ伏せにさせられると同時に、防人の脚にヴィヴィアンの脚が絡めるようにして、防人の下半身は完全に拘束されてしまう。



「なっ!」



 身動きがとれなくなってしまった。

 動くのは手足の指や首くらいだが、この状況では頭突き等の対処法はとれない。

 するつもり無いけど……。

 高鳴る心臓に、このまま身を任せてしまいたいという欲求に対する素直な感情が防人の奥底に無いわけではない。

 が、それよりもこのまま流れに身を任せてしまうのは良くないという直感と羞恥感の方が勝る。



「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか」

「いや、でもこんなこと良くないですよ」



 起き上がろうと腕に力を入れる。

 だが、ベッドの柔らかさに加えて思うように力が入らないせいで逃げ出すことは叶わない。

 そもそもヴィヴィアンもだいぶ鍛えているのか、脚を振り解こうとさっきからしているけれど、力ではどうにも敵わない。



「草食系ってやつかい? そんなんじゃモテないぞ。男はもっとガツガツといかないと」

「いや、ガッツキすぎるのもどうかと……いや、ちょっ触らないで……」

「人を淫乱みたいに言わないでよ。傷つくじゃないか」



 いや、この状況を見た人は十人中十人全員がこっちに非がないことを断言してくれると思いますが……ぁっスベスベの指が体を張って……くすぐったい。



「あたしだって相手はちゃんと選んでるさ。本当傷つく事を言うねぇ」

「ちょっ何を!?」



 防人の着用しているバスローブがスルリと抜き取られ、下着だけにされてしまう。

 上にのしかかるようにヴィヴィアンの身体が持たれかかる。


 良く見えないが……温かい肌がピットリと貼り付き、女性特有の柔らかな感触が背に当たる。

 自分の呼吸が粗くなっていることを感じながら、防人は少し期待していた。

 そしてそれが自分自身をより深く責めた。

 


「それじゃいくよ」



 父さん、母さん。僕は今からオトコになりま──。



「ぅ痛ダダダダダタ?!」

「ここもこんなに固くしちゃって」

「ちょっ待っ――ギャァァァ!!?」



 ヴィヴィアンの細腕によるものとは思えない程の激痛が巡る。

 防人は逃れようと身を(よじ)らせるも、ガッチリとホールドされてしまっており、痛みからまるで抜け出せない。



「ふん!」

「ふぁっぁぁ!!」



 背に押し付けられた彼女の手の平が防人の肺から無意識的に息を吐き出させる。

 肘、肩、背中、腰。

 順に彼女の両手が押し付けられる。



(痛い! 痛いけど……気持ちいい)



 手の摩擦からなのか、奥底からジワジワと登ってくるポカポカとした感覚。

 経験なんてしたこと無いはずなのに……初めてな気がしない。

 妙に懐かしい気がして……妙に気分が良い。

 ヴィヴィアンから香る女性らしい甘さのある匂いのせいかもしれないし、この部屋の雰囲気に流されているせいなのかもしれない。


 いや、理由なんてどうでもいい。

 リラックスできて、リフレッシュできた。

 今の防人にとってそれで十分だった。



「はぁ~……」



 全身から余計な力が抜ける。

 耐え難かった痛みが薄れていき、緊張感が(ほぐ)れていく。

 そんな防人を見て、ヴィヴィアンは舌舐めずりを行うと嬉しそうに微笑んだ。



「どうだい? 痛くはないかい?」

「はい。気持ちいいです」



 確かに良い。

 凄く良いんだけど……少し残念なような……。

 複雑な気分だった。



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