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190『越える一線』



【ペンドラゴン】

 それは世界に九つある“九大国”と呼ばれる大国の一つ。

 大陸に点在している国々の中でも最も古く、巨大な国である。

 美しく裕福で活気ある国。

 だが、だからこそ、その活気の裏には影が生まれるのだと言えるだろう。


 イグレイン城の城下町。

 その周囲を囲む城壁を越えた先にあるのは美しいとは決して言えない場所となる。 

 国を守る防壁と王都を囲む城壁に挟まれた第2都市【ゲールマン】。


 かつて栄えていたこの都市も、今では見る影もない。

 狭い土地の中で増えていく人口を補うべく、家々はは積み上げるように建てられており、城壁を警備する兵士等の中にはその雑多な光景をスラムとバカにするものもいるが、この街とて、ある意味では活気に溢れており、遊び場も多い。

 ギャンブルや水商売。主に俗な遊びが目立つが、だからこそ息抜きと称して足を運ぶイグレインの住人も決して少なくはなかった。


 だからこそ、寧ろスラムと呼ぶべきはこの国の外にある村々であろう。という者もいる。

 国を追われ、出てきた人たちが集まってできた小さな小さな村。

 彼らは廃材として捨てられた不揃いの木材や金属板などをかき集めて作られた掘っ立て小屋を協力して作り上げていった。


 名前も持たぬ村であったが、いつしか村長という立場を任されていた一団のリーダーの名を借り【トーマ村】と呼ばれるようになっていた。

 しかし。

 そんな村に暮らす最後の生き残りも前の晩に、消えたのであるが。





 ペンドラゴンを囲む2枚の壁の外側。

 防壁と呼ばれるその壁に作られた正門を管理するコントロールハウス。

 といってもここ何年も門が開いたことはなく、兵士たちがゲールマンへ遊びに行く際の昇降機(エレベーター)によるものだけが現状の機能として生きていた。



「ガハハハッ!」



 急造した故に防壁に張り付いたように存在するそんな平たいハウスから低い、掠れた笑い声が聞こえてくる。



「でよ~この前の店のネーチャンの胸がバインバインでスゲェのなんのって……」

「あぁこの店なら知ってるぜ。すげぇよな。ステージのダンスなんか服から完全にこぼれてるんだからよ」

「着てる服とかピッチヒチでもうあれ裸と変わんねぇよなぁ~」

「バーカ! 服を着てっからいーんだろうが、服に押されてはみ出てるのがよぉ」



 酒の入ったボトルを片手に二人の中年男性が下世話な会話を楽しんでいた。

 真っ赤な顔と部屋の机の上に置かれている酒の量から、かなり泥酔しているのがうかがえる。

 グビグビ、と安酒を瓶のまま持ち上げて豪快に飲む2人。

 着ている軍服はまともに洗っていないのかボロボロで小汚く、生えっぱなしの無精ヒゲとプリン体で膨れた腹が彼らのだらし無さを際立たせている。



(ナットク、いカなイナ……)



 防人 (けい)は、中の様子を窓からこっそりと覗きながら歯を強く擦り合わせる。

 平然と、酒を飲み、下世話な会話を楽しむ。

 それが別に知らない者たちであれば、特に何という感情を抱く事は無かっただろう。

 しかし、そのうちの一人がマピュスを蹴った男ともなれば、その感情は酷く揺さぶられた。


 何故、人が死んだというのにそうも平然としかもそんな話が出来るのか。

 無論、男達がマピュスが亡くなったことは知らない。

 だが死んでしまったことを知らないとしても子供を蹴り飛ばして平然とできる神経を防人慧は疑った。



(万一脚が当たったりしてしまったら最低限でも謝るとかするもんだろうに……少なくとも自分なら……いや無駄か)



 防人慧は軽く首を振り、窓から中の様子をこっそりと探り始める。

 どうやら中にいるのは二人だけのようだ。

 この小屋自体も小さいようだし、部屋自体もこの一部屋だけで全部っぽい。


 後あるとすればトイレとシャワーぐらいだろう。

 ……どうでもいいが。

 明るく照らされた部屋は木造だが、部屋の一部は全体の雰囲気から大きく離れた場違いなコントロールパネルのようなものが設置されており、部屋の中には監視カメラらしいものもカメラの映像を映すモニターらしいものも見当たらない。

 あるとすれば箱一杯の酒ビンと壁の下の方にこびりついている茶色い汚れくらい……掃除もろくにしていないようだ。



「…………。」



 周囲を見渡し、誰もいないことを確認。カメラらしき人工物も無いようだ。

 これは、個人的に好きな機能付きナイフであり、もしもの時にとしまっておいた物がまさかこんなふうに役に立つとは……思っても見なかったが。

 防人慧は小屋から距離を取りつつグローブをしっかりと手首で固定し直すとサバイバルナイフを腰のベルトから刃が納められたケースごと取り外して柄の底を外す。

 

 柄の中からスリングショット用の太いゴムを取り出すと内壁に取り付けられている突起に金具を固定。

 身を潜めながら、手頃な石ころを手に取って構えると窓ガラスから見える例の男へ目掛けて放った。


 シュンッ。

 と、空を切る音を立てながら飛んでいった石は男に当たることはなかったが飛んでいった石はガラスを突き破る。

 という事もなく、2枚の窓ガラスのちょうど真ん中にあるフレームに激突した。

 酷く高い音がなったが、泥酔状態らしい2人は気にしている様子はなく、酒瓶を傾けていた。

 ある意味ミラクルとも言える状況。



【ヘッタクソ〜】



 馬鹿にしているような、アホらしいことを言ってくる幼い女の子とも、男の子とも、老人とも若者とも聞こえるような笑い声が聞こえている気がする。

 仕切り直し。

 次の小石を拾い、ゆっくりと平ゴムを引っ張りながら大きく深呼吸を行って息を落ち着かせる。

 今度こそ……。

 しっかりと窓の真ん中に狙いを定め、限界まで引っ張ったゴムから手を離す。



「うぃ~……ちと飲み過ぎたぜ」

「アッ……」



 外の風を浴びようと、男の一人が窓を開けて縁にもたれ掛かる。

 飛んでいった石は男の上を通過し、ドアの横にあるボタン式スイッチに衝突、明かりを消すと同時に破壊する。

 結果オーライ。



「うんぁ? なんだぁ……? まぁた、ていでんかぁ?」

「チッ、面倒くせぇなぁ……」



 座っていた男が立ち上がると腰にぶら下げていた小さな懐中電灯を手に、部屋に取り付けられているブレーカーの方に明かりを照らす。

 のつもりであったが、そこにあるのはただの木の壁であった。

 月明かりで外は明るくとも窓の小さなこの室内を照らすには足らず、男達が酒瓶を口元から離しながら呟いた。



「ウィ……んん? おいトトマ……ブレーカーってよ。どこだったか?」

「外だろ?」


「あぁ? あれはエレベーター用だろ?」

「ここのもやってるよ」


「かぁー面倒臭ぇ! お前、行けよ」

「そういうお前が行きな、モーブス。この前『ロリッコにゃんにゃん』に付き合ってやったろ?」


「関係ねぇだろ。というかお前も楽しんでたじゃねぇか」

「捏造すんなよ。俺ぁガキに興味なんかねぇよ。テメェみてぇに拾い食いもしねえしな……」


「そうかい。んじゃあもう誘わねぇからな」

「おうおう。んじゃブレーカーよろしく頼むぜ」


「チッ――分ぁったよ俺が行きゃあいーんだろ。たくよぉ……面倒臭せぇなぁ」



 モーブスと呼ばれた男は、懐中電灯を片手に千鳥足で部屋を出ていく。

 その間、防人慧は壁に張り付き、静かに耳を澄ませ聞いていた。

 ナノマシンが活性化し、金色に淡く光る瞳はまるで暗視ゴーグルのように暗闇の中でもハッキリと姿が見える。

 むしろこの月夜の中では眩しいくらいだ。

 ナイフを鞘からとり出して月明かりで刃を確認、滑り止め付きのグローブを引っ張り、奥までしっかりと着け直すと男が出てくるのと入れ替わるようにして中ヘと侵入した。



「チッあぁ面倒だ。なんでいちいち俺がこんなことせにゃならんのだ?」



 モーブスは腰にぶら下げている鍵から合うものを捜し出し、配電盤のフタを開ける。



「んで……あの家のブレーカーは……こいつか?」



 配電盤の扉を固定、懐中電灯を向けながらレバーを操作し、ブレーカーを操作。

 暗がりの中で、レバーは『OFF』の方へと捻られた。



「おーい!! どうだ、点いたか!?」



 小屋に向かって叫ぶが、返事がない。



「おい! 聞こえねぇのか!? 電気は点いたかって聞いてんだよ!」



 何度叫ぼうともやはり小屋にいる男の仲間からの返事はない。

 ここから角度的に窓は見えないが、明かりを灯せば地面に映る光で分かるはずだが、やはりここからでは電気が点いている様子はない。



「……まさか、あいつ寝てやがるんじゃねぇだろうな?」



 男は悪態をつきつつ扉をそのままに、小屋の方へと戻る。



「お〜い! ……うっ?!」



 男が部屋の中を覗くとそこには目を疑う光景が広がっていた。

 窓からの月明かりに照らされた薄暗い部屋は真っ赤に染まり、鼻を突く鉄の臭いが充満している。



「おい、大丈夫か?」



 男が部屋の片隅に倒れる仲間の方へと駆け寄ると驚いた表情で声をかける。

 ドロドロとした血液が胸部から溢れ、服を滲ませる。

 血だらけの男は肺をやられているようで呼吸をする度に喉が鳴り、とても苦しんでいる様子がうかがえる。



「んんーーー!!」

「――っ?!」



 血だらけの男は突然目を見開き、声にならない叫びをあげる。

 それが気を付けろという事だと知るのは自身の頭蓋骨とともに酒ビンが砕けた後だった。



「…………。」



 足元に転がる二人の亡き骸。

 一方は頭から血を流し、もう一方は目を見開き、肺から血を溢れさせている。

 動かなくなった二人を見下ろして防人慧は、手にしたナイフを側に置かれたティッシュで拭い、鞘に戻す。



「アァ……」



 殺してしまった…………でも何にも感じない。

 ざまあみろって感じもしない。

 (かたき)は取ったぞって感じも全くしないわけじゃあないけどやっぱり感覚的には薄い。

 虚無感って言うのかな?

 すごく……なんというか燃えるような感情が渦巻いていたけど、今はその反対だ。

 悲しい……虚しい……。



【でもこれが貴方のしたかった事でしょ? 貴方が望んだの……】



 脳裏に再び浮かぶ女の声。

 これが聞こえてくることに、もう気にはしない。

 海の底で、優しく聞こえてきたそれとはまた違う声。


 暖かく包み込むように、しかし冷たくもある。

 なんとも形容し難い感覚に包まれた防人慧は暗がりの中で更に黒い影となっていた。

 それは……あの時、氷雨霙と戦っていた時と同じようであった。



【貴方が殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて、殺したの。

 貴方がしたくてしたくてしたくて堪らなかった復讐を、今貴方は叶えたの。

 さぁもっと壊しましょう? もっともっと狂ったように、欲望(カオス)にイきましょう? ねぇあのパネルを動かすのそして国へ。そして壊しましょう? 殺しましょう? 大丈夫何も怖がることなんて無いの。

 そう、貴方はただ欲望(カオス)に従ってれば良いの】



 ……これが正しかった事なのかな?

 正しかった正しくなかった。それは分からない。

 ……でもこうすべきなのだと思ったのならやるべきじゃないかな?

 そうなのかな?本当に……そうなのかな?

 じゃあ次に俺がするべき事は……一体?



【壊すのよ。壊して壊して壊して壊して壊し尽くすの。貴方が望むままに、貴方が目指すままに。大丈夫、大丈夫よ。貴方はきっと上手くいく。さぁ、早くあのパネルでエレベーターを動かしましょう】

(それ、は……)



 胸の奥で揺らぐドス黒い、炎のようなものが強くなっていく。

 アデル達のお墓を作ってから、まるで頭の中が煙幕に包まれたかのようにボンヤリとしていたが、炎がメラメラと強くなるに従ってサキモリ/防人の意識は薄れていく。

 まるでどこか他人事のようで、焦点が合わない。

 目に見えている光景が、遠くから映像でも眺めているかのような錯覚に陥っていき、視界はどんどんと欠けていく。

 まるで自分が自分で無くなるかのように……。



《エラー:光牙内蔵データより、未知の人格データを検知。パイロットへの心身へ過剰な影響が見られるため、クリーン処置を開始します》





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