017『ジ・アーク』
シミュレーションルーム控え室へとたどり着いた防人は、まず辺りを見回す。
そこはスポーツのするところにありがちな広めのロッカールーム。
扉から入って右には並べられたロッカーやベンチの他にファミレスに置いてあるドリンクバーのような機械が設置してあり、左側には≪Room01≫≪Room02≫…と書いてある鉄の扉が並んでいる。
「さて、早速やろうぜ!」
「そうだな」
二人は持っている荷物をロッカーの中へとしまうと挿さっている鍵を回してから抜く。
「やぁ!」
「――ん?」
しっかりとカギがかかったことを確認していると後ろから声が聞こえたので振り向くとそこには金髪の人が立っていた。
その人は髪を後ろで簡単にまとめられており、そこそこ長い髪であるのがわかる。
「あ、えっと……」
――もし、試験であったとしてもバイザーで隠れていたわけだし、この人は……誰だろう?
防人が言葉に詰まっていると目の前の金髪の人は納得したように手を叩き、口を開く。
「あ、わかんないよね。ごめんごめん……ボクはアリスって言います。よろしくね慧クン」
「あ、はいこちらこそ……よろしくお願いしま、す?」
――あれ? 僕ってまだ名乗って……ない、よね?
疑問に思った防人はふと思い付いた疑問を問うために植崎の方へ振り向いて聞いてみることにする。
「なぁ……」
「お、おお!」
――なんだ?
防人は植崎の目の前で手を軽く振ってみるものの彼は硬直して目が見開いているだけで反応は無く、その表情はだんだんとニヘラと歪んでいく。
――気付いてるか? お前、今とんでもなく気持ち悪くなってるぞ?
どうもこのままでは何となくだが、本当に何となくだが嫌な予感がしないこともない。
「――んん?」
――ほら、アリスさんも疑問符を頭に浮かべてるぞ。
「おーい? どうした?」
声をかけてみるも効果がない。
おかしな空気が流れる空気の中にトイレから出てきたらしい男がグラサンをおでこにかけて、ハンカチで手を拭きながらこの部屋の中に入ってくる。
「やぁ……アリス」
どうやらアリスの知り合いのようで彼は手に持ったハンカチをしまいながら近づいてくる。
「おや、そちらの人は……様子がおかしいようですけどどうしたのですか?」
「「さぁ?」」
二人はほぼ同じタイミングで返答する。
それとほとんど同時に植崎は防人の胸ぐらを掴んだ。
「おまっどういうこった!?」
「――んあ?!」
――急に来た!?
「え? どういうこと?」
「お前は、あの、あのあのあの人と付き合ってたのか!?」
ガッシリと肩を掴み、若干取り乱した様子で何度か防人の肩を揺する。
「いや、んなことないからアリスさんに会ったのは、ついさっきだからな」
「今、言葉に詰まったよな?」
こいつ、いつもは鈍感なくせに妙な時は変に鋭い。
「いや、そんなことはないよ」
「じゃ、じゃあ、あ、あの人と仲良さそうに話してたのはどういうこった?」
「いや、別になんというか世間話をしていたくらいだよ」
「そうなのか? じゃ、じゃあ別に付き合ってるとかそーいうんじゃねーんだな?」
「だから、さっきからそう言ってるだろ。ていうかちょっと苦しいから早く手を離して」
「お、おう悪ぃ」
「まぁ、分かってくれたならいいよ……」
――うへぇ、こいつの手汗ひっどいなぁ……首元がベタつく。
若干の湿りを感じる襟元に触れながら顔を歪める防人。
とはいえこのまま二人を放置するわけにはいかず、すぐに視線をアリスらの方へと向ける。
「えっと……」
「あぁ、俺は尾形です。尾形 宏樹。よろしく」
「はい。よろしくです。えっとさっきは騒がしくてすいません」
防人がペコリと頭を下げて謝るとアリス達は特に気にしていない様子で答える。
「いや、いいよ。君がしたわけではないんだし……それよりも、第1試験の合格おめでとう」
「あ、ありがとうございます。そちらもおめでとうございます」
――やっぱりあの時助けてくれた二人って考えても良いのかな?
挨拶を終え、少しは落ち着いて二人と話ができるほどの雑談を交わした防人はアリスが女性だと言うことが分かってから気になり始めたことを聞くためにゆっくりと口を開こうとするもののやっぱり聞きづらい。
どう切り出そうかと悩み、口籠もっているとアリスさんが疑問符を頭に浮かべながら聞いてくる。
「どうしたの? 何か用かな?」
「え? ああいえ何でもないです。……ただなんかその服装が男性ぽいなって思いまして」
「ぇ、ぁいや、別にね特に何かあったってわけじゃないよ。単に親の育て方の影響っていうか、普段の過ごし方のせいっていうか、こういう格好のほうが落ち着くんだ。もちろんパーティーとかにはちゃんとした服を着ていくんだけどね」
「……へぇ~そうなんですか」
――何だろう? 今、一瞬だけ表情が暗く、家族がどうとか言ってたけど、なんか悪いこと……聞いちゃったかな?
ここは、触れない方が良い……よね?
「僕はパーティーとかそういうものには行った経験が無くてやっぱり服とか料理とかすごいきらびやかって感じなのかなぁ?」
「そんなことない!」
笑いながら防人がそう話そうとするとアリスさんは険しい声、顔でそれを否定する。
「え? ……え!?」
突然のことで戸惑っているとアリスはハッと我に返ると慌てた様子で謝る。
「あ、ご、ごめんね。いきなり大声だして」
「い、いえ、こちらこそその、何か悪いこと聞いてしまったみたいで……すみません」
「ううん……そんなこと、ないよ」
「そうですか?」
「うん」
「…………」
「…………」
――また何か地雷を踏んでしまったみたいだ。
うぅ、なんか重い空気になって……あぁどうしよう……ぅぅん何も思いつかない……どうしよう?
防人はゆっくりと目線を鉄の扉に移すとペアであろう二人の受験生が別々の扉で入るのと出てくるの確認する。
――なんか気まずいし、できればここから一目散に全力で逃げ出してしまいたいところなんだけど……そういうわけにもいかないしなぁ。う~ん、どうしよう?
「あ、あの」
「は、はいぃ…何でしょうか?」
――あぁちょっと裏返っちゃった。
「えっと……ちょうど今さっきシュミレーターが空いたみたいだし、そろそろ練習した方がいいかなって」
――こ、これは……逃げろという神からのお告げ? いや、別に特に神様とか仏様とかに心のそこから信じているわけではないが、ここはこの流れに乗らせてもらおうかな?
「そ、そうですねじゃあ僕はお先に植崎と……あれ?」
隣のベンチにいたはずの植崎の方に振り向くが、本来ならそこにいなければいけないその存在がそこには居らずキョロキョロと辺りを見回そうとしたところでアリスが防人の肩を軽く叩く。
「君といた人ならさっき宏樹クンと入って行ったよ」
「あ、そうなんですか――って、えぇ!?」
――あいつ、なんで……いやまぁ、植崎がどうしようとそれは別にいいんだけど、少なくともさっきの受験生の人達みたいにペアで入らなければいけないのだろうし。
ん~~さて、どうしたものか……アリスさんに頼めばいいのだけれど……なんとなく聞きづらいんだよなぁ~。
「お互いパートナーいないみたいだし、訓練代わりに行ってもいいけれど……どうかな?」
――あ、先に言われた。でもまぁこれで問題解決したし、別にいいのかな。
「――? 迷惑、だったかな?」
「あ、いえ迷惑なんてとんでもないです。ありがとうございます」
防人がお礼を言うとアリスは笑みを見せ、立ち上がる。
「それじゃあ行こうか」
「あ、はぃ」
防人はアリスの後を追うようにシュミレーターの≪Room3≫に入って行く。
入ってすぐの短い階段を上り、到着した八畳ほどの部屋には全身を覆うように造られた歪な卵のような船のような形をした椅子が二つ、並んで置かれていた。
「これは……何でしょうか?」
昨日ゲームセンターで遊んだFVR用の筐体に似ているようで違うその椅子を眺めつつ疑問符を浮かべる防人。
「この装置の名前は≪ジ・アーク≫この学園が新しく開発したフルダイブ装置のプロトタイプらしいよ。まぁこれには学園の人が色々なアレンジを加えてるらしいけどね」
あくまでも聞いた情報であることを強調するかのように『らしい』と言うアリス。
「アレンジ……どんなですか?」
声のトーンに違和感は感じられず、防人は特に気にすることなく振り返ると問いかける。
「それは……見てのお楽しみってやつかな?」
「はぁ、そうですか」
――まぁ確かにゲームとか映画とかネタバレ食らうとつまんなくなるからそういうのは嫌いじゃないけど……。
「うん……それでノアには五感の完全再現を可能としていてより臨場感のあるゲームプレイが楽しめる」
「へぇ~よく知ってますね」
――あぁ言っちゃうんだ。まぁいいけど。
「まぁね、こういうことはしっかりと頭の中に入れてきたからね」
「そうなんですか。僕の方はネットばかりで調べているからウワサ程度の情報しか手に入れてないんですよね」
「ボクもネットだけどね」
「え? そうなんですか? でもこれについてなんて載ってたかな? よく調べましたね」
「そうかな? まぁ≪ジ・アーク≫って検索しても出てくるのは知らない会社とかばかりでこれについては100ページ前後ぐらいで見つかるからね」
「100、それはすごいですね」
「それは、まぁね……それよりも待っている他の人に迷惑になっちゃうからさっそく始めようか」
「そうですね。始めましょうか」
「それじゃあ協力と対戦ができるけど……どうする?」
「対戦……そんなことも出来るんですか?」
「それはもちろん一応はゲームだからね」
「内容はさっき試験でした奴と同じもの、ですよね?」
「うん。同じようなステージで一対一で戦えるらしいよ」
「なるほど……確かに対人戦もやってはみたいですね」
「なら、決まりでいいかな?」
「そうですね。じゃあ対戦でお願いします」
「分かったよ」
アリスはジ・アークへと近づいていくと卵形の表面にあるボタンに触れる。
するとアークに設置されたガラスの曇りが晴れるとともにゆっくりとスライドして開く。
防人もアリスの行動を見よう見まねで行うと最後に設置された小さなパネルへ自分の受験番号入力する。
「おおっ!」
アークの中身は一言で例えるならコックピット。
巨大ロボットでも操縦出来てしまいそうなその中へと入っていくと座席の耳元から音声が流れ始める。
『防人 慧様。本シミュレーターのご利用ありがとうございます。それではこれより防犯上のために扉を閉じさせていただきますので指などを挟まないようご注意ください』
録音された音声が流れ終わるとともに先程の扉がカシャン、と音を立てて閉まり、扉部分のガラスが白く曇っていくとともに目の前にモニターが迫り上がって来る。
――うっはぁ……マジでコクピットだ、これ。アレンジ加えたってのはこの内装だったりするのか?
ますます近未来的なコックピットのような内装へと変化することで防人のテンションはさらに向上していく。
『扉の完全閉鎖を確認しました。一番プレイヤー……アリス・エヴァンジル様から対戦の申し込みが届いております』
目の前のモニターに表示される選択肢と聞こえてくる音声。
「えっと、承諾っと」
防人はモニターに映る選択肢の≪了承≫へ触れ、確認のための選択肢からさらに≪OK≫を選択する。
『了承を確認しました……FVRメット装着確認』
降りてきた筐体用のヘルメットタイプのFVR装置を防人は普段遊んでいる要領で身に付けると再び音声が流れ始める。
『両名の装着を確認しました。それではダイブコールをお願いします。3…2…1…』
「オーバー・ダイブ!」
音声の認識音とともに360度のモニターへ演出のための光が走り、徐々に二人の視界が光へと包まれていき、意識は電脳世界へと沈んで行った。




