189『満月の下』
次の日
早朝、サキモリは彼女らの家の隣にある小さな庭に穴を掘っていた。
スコップやシャベルが家に無かったので落ちていた手頃な平たい石を使って掘り続ける。
「痛っ!?」
手が腕が疲労で呻き声をあげるが、そんな事は気にすることなく一心不乱に、汗だくになりながら、傷だらけの手を動かし続ける。
ふと空を見てみたら登り始めていたはずの太陽が西の空に沈むことが確認できた。
――急がないと。
防人は両手を傷だらけにしながら月明かりの下でようやく二人の子供が眠れる程の穴を完成させる。
防人は一息つく間もなく、手に付いた土を払いながら家の中へ。
寝室に入るとベッドの上には二人の子供が眠っていた。
清潔そうな白い服を着た二人。
彼女らのすっかりと冷たくなってしまった頬に触れて今一度もう目を覚ますことは無いのだと実感する。
静かに目を閉じて滴が垂れてしまわないように袖で目を拭ってから、二人を順に先程の場所へ連れて来るとそっとその穴の中に横たわらせる。
二人を仰向けに並んで寝かせ、あっちの世界で離れ離れにならないように、としっかりと二人の手を繋がせてもう一方の手を胸の上に置く。
そして、『ティー』と呼ばれていた兎のぬいぐるみを二人の間に置き、そしてゆっくりと土を被せていく。
掘るのは時間がかかったわりには埋めるのはさほど時間はかからなかった。
不自然に色の変わった土の上へ、二人の頭の辺りにサキモリは集めてきた大きめの石を積み重ねて簡易的な墓が完成する。
「こんなものしか出来なくてごめんな……」
防人は手を合わせ、目を閉じて涙を流し、ゆっくりと空を見上げる。
天辺に浮かぶ大きな満月。
狼男が実在したのであれば見事に変身して今ごろは町の人々を食い殺しているであろうほどに見事な、その月はとてもとても美しく、この小さな村を静かに照らしていた。
もはや誰もいなくなったこの村をひっそりと妖艶にもの悲しそうに……。
そう、この場所にはこの二人以外に人はいなかった。
生活感の無い誇りの溜まった室内は暗く、悲しく、村の家にある小さな庭には防人の作ったものと同じようなものが少なくとも一つは作られていることに防人は気づく。
恐らくこれらはアデルたちが作っていったのだろう。
そう思い、鮮明にその様子が脳裏に浮かび、再び視界が歪む。
どれほど悲しかったろう? 苦しかったろう?
防人は涙を流しながら二人の横にもうひとつ石を積み上げて2人分のお墓を作るとしゃがみこんで、改めて手を合わせる。
フラッシュバックするのは、血の花を咲かせた2人の姉妹の光景。
そして、大切な二人目の妹との日々と最後。
ノア……お前はどんな気持ちだった?
妹では無いのだと教えられて、妹なんだと嘘をつくしかなくて……。
それはどうだったのかな?
苦しかったのか? 悲しかったのか?
【貴方は、どうしたいの?】
脳裏に聞こえる女の声。
「ノア?」
──いやそんなはずはない。
だって彼女は死んでしまったのだから。もうこの世にはいないのだから。
そんなはずはないんだ。
【貴方は、どうしたいの?】
ついに……おかしくなってしまったのかな?
それともこれは自問自答ってやつなのかな?
「そうだな……僕は……俺は!」
しばらくしてサキモリ/防人は立ちあがり、空を睨み付ける。
──この世に神さまなんてものが実在するんならなんて冷徹で残酷なやつなんだ。
(こんなにも良い子達を助けようとしないなんて……)
──それとも神さまでも叶わないようなもんがこの世のなかにはあんのか?
(それとも神さまがこうするように仕組んでるのかな?)
──だったら。
(それが、もし本当だったら……)
そいつをぶっ潰してやりたいな。
せめて――手の届く奴から順番に……。
そう思いながら、何か……黒い何かが胸の奥の方で燃えるのが分かった。
メディカルセットの、蓋の裏に付けられている一本の短剣を手に取る。
【そう、貴方達が望むなら……今はその“欲望”に従って……『良いよ』】
囁くように、優しそうな女の声が聞こえ、刃身に反射した防人/サキモリの瞳はオオカミのように黄金色に輝いていた。
「ハハッヒーッ、ハハハハハハ!!」
──ハハハ、ハハハハハハハハ!
手錠から伸びる影が、防人慧を包みこんでいく。
月夜の下、まるで遠吠えのように、甲高い男の笑い声が寒村に響いていた。




