184『国外れの若い兄妹』
【ペンドラゴン】
それは世界に九つある“九大国”と呼ばれる大国の一つ。
大陸に点在している国々の中でも最も古く、巨大な国である。
切り取られた石を積み重ねて造られた建物が多く見られ、特に王都【イグレイン】の町並みは美しいの一言である。
石畳で整えられたゴルロイス大通りには屋台が立ち並び、行き交う人々は活気づいている。
通りが重なり合う中央広間アーリッシュには国の豊かさを象徴するかのように巨大な噴水が存在しており、国を示すドラゴンと紅い焔の銅像が鎮座している。
これだけの暮らしを可能とするのは偏に国民を慮る事のできる素晴らしい王様が治めているからに他ならない。
「ほら、早くしないと置いてくぞ〜!」
「待ってよ〜」
とある日の早朝。
国外れの村に暮らす少年『アデル・トーマ』と二つ下の妹『マピュス・トーマ』は長く太い木の棒に糸と針を巻き付けただけの簡単な釣り竿と使い古された金属バケツを手に、近くの海岸へと向かう。
海岸に到着したアデルは朝食のパンの欠片を練ったものを針に付けると竿を海に向かって大きく振るう。
針が水面を波立たせ、ゆっくりと沈んでいき、水中で静止。
葉っぱを括り、作った浮きを睨みつけ、タイミング良く竿を引く。
「お、かかった!」
魚が針に付いたパンに食いつき、弛んでいた糸がピンっと張る。
竿に重さがのし掛かり、食いついた魚が藻掻いているのが伝わってくる。
「頑張って!」
「おう、任せとけ」
妹の応援を背に受け、アデルは僅かにしなる釣り竿を上へと挙げながら足元に気を付けてゆっくりと後ずさる。
一歩、一歩……この数年で身につけた釣りの感覚を研ぎ澄まし、絶妙なタイミングで釣り竿が折れないよう魚の動きを操る。
「気を付けろよ?」
「うん」
バシャバシャと魚が浅瀬にまで来たところでマピュスは持っているバケツを使い、魚を沖へと引き上げる。
「よっしゃ!」
「やったね!」
アデルは魚から針を外すとバケツに戻して竿に釣糸を巻き付ける。
「結構大きいし、一匹でいいか……よし、戻るぞ!」
アデルは荷物をもって立ち上がるとマピュスが彼の着ている服を軽く引っ張った。
「ねぇ……」
「ん、どうした?」
「あれ……」
「ん?」
アデルが、マピュスの指差す方へ視線を向けるとその先に見慣れない黒い影があるのが見える。
海岸には数週間ぶりの海霧が発生しており、その影がなんなのかこの距離からはよく分からない。
それでも影の正体が気になった彼はバケツを倒れないよう置くと、釣り竿を武器に、こっそりとその影に近づいていく。
「お兄ちゃん……」
波も穏やかなシンッとした海岸。
マピュスは少し怯えた表情でアデルの回り、彼の服を両手で掴むと心配そうに兄を呼ぶ。
「大丈夫だってヤバそうだったら俺が守ってやるからよ」
「……うん」
よく見えなかったその影が近づいていくにつれ人が倒れているのだと分かった二人は警戒心を強めつつも海岸で倒れている男の方へと近づいていく。
倒れていたのは、若い男。
顔をみるに歳は今年で13となるアデルとはさほど離れてはいないようである。
彼の両腕に付けられた手錠を見てアデルはどこかに捕まっていた人だと判断。
ピッチリとしたウェットスーツのような格好をした少年の近くには特に怪しげなものは落ちておらず、服の上から見て何かを持っている様子も無さそうだ。
残念だ。
何か役に立つものでもあれば売れたのに、とアデルはガックリと肩を落とした。
ここは時折、人が流れ着く。
潮の流れによるものなのか、原因は定かではないが、戦争によって負傷もしくは戦死した者たちがこうしてやってくるのだ。
アデル達にとって、初めは恐ろしかった漂流者だが、今では嬉しい存在であった。
こういった人たちはネックレスや腕時計といったアクセサリーを身につけている事が多く、それが街の質屋でお金に変えられると分かっているからだ。
「し、死んでるの?」
「ちょっと待ってろ。……えーと確かこう言うときは確かこうやって」
アデルは倒れている男性を仰向けに転がし、体の下に武器などを隠し持っていないか改めて確認。
警戒しつつも眠る彼の胸にゆっくりと頭を近づけると耳を澄ませ、心臓の音を確認する。
「んー心臓は動いてるっぽいな」
「それじゃあ」
「うん……この人、生きてるよ」
「良かった」
マピュスたちは息をしていることを確認して念のためにと彼の身体を起こして更に改めて身体を触って少し調べる。
やはり、金目のものなどは持ってはいなさそうだ。
「この人どうするの?」
「どうするったって……見捨ててくのは可哀想だろ?」
「う、うん。私もそう思う」
「じゃあ連れていくぞ。俺らの家まで」
アデルは倒れた男性を背負い、マピュスは釣り道具を持つと二人は自分の住む家へ倒れていた少年――防人 慧を運び入れた。




