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181『渦巻く激流の中で』

 深く暗い海の中。

 そこに流れる海流の中をフワフワと漂う1つの球体があった。



治癒結晶繭(R.C.C)内部の粒子濃度及び室温、空気濃度安定。パワードスーツ『光牙(コウガ)』を強制解除。

 待機状態(スリープモード)への移行を確認。


 搭乗者(パイロット)のナノマシン、解析完了。

 ……未知の映像データの存在を確認。


 データ内部にパイロット及びシステムを害する恐れのあるウイルスの存在を確認出来ず。

 データの内容から保存しておくべきであると判断》



 球体の中に眠る少年『防人(さきもり) (けい)』は眠っていた。

 腹部が大きく抉れ、先ほどの戦闘の結果が痛々しく残る身体は球体に充満する光粒子に晒されながらもその表情は穏やかであった。

 これは戦闘中における光牙の生体維持 機構(システム)により、大きな負傷箇所へ止血剤や鎮痛剤などの薬剤が注入された結果であり、あくまでも苦痛が生じていないだけである。



《JCS、Ⅲ-200……意識レベルの著しい低下を確認。スキャン結果により血液の不足が見られるが、損傷部の止血を確認。パイロットの生体反応(バイタルデータ)は概ね安定》

(な、ん…………だ?)



 頭に聞こえ……響いてくるような声に防人は耳を傾ける。

 抑揚のない機械的な声で、何を言っているのか良く分からないし、よく聞こえない。

 だが、気分は悪くなかった。


 風通しが良い草原で、暖かい陽の光を浴びているような感覚。

 心地良い、ゆったりとした静かな場所。

 そんな場所で、手厚く看護を……いや、膝枕されているような?


 真っ白い人物……真っ白い……女性?

 よくわからないけれど、暖かくてどうでも良い。

 そんな感じである。



《注入されたナノマシンとの同調完了。登録されているDNAデータより、肉体の修復作業を開始》



 彼女は……一体何者なのだろう。

 木々の木漏れ日が邪魔で、眩しくて……よく見えない。

 気分は、悪くない。

 でもそれはまるで自分のものではないような……語りかけてくれる優しい言葉は一体?

 声は……よく聞こえない。



《……修復完了。パイロットのバイタル再チェック……完了。機体損傷率30%……修復作業開始。周辺環境データ算出。海流により、治癒結晶繭(R.C.C)の収束の安定率低下。エナジーの精製を10%増量……安定を確認。周辺に陸地と思われる地形を確認出来ず》

(一体、何をして?)



 防人は霧がかった意識の中でただボンヤリと考えていると機械のような平坦な声が返ってくる。



《回答:パイロットの安全のため、陸上への移動を実行中》

(なる、ほど……?)


《意識レベルの回復を確認。パイロットへ報告:映像データの閲覧を推奨》

(映像? 何の……)


《回答:個体名【矢神(ヤガミ) 光照(ミツテラ)】による記録映像》

(や、がみ……さんの?)



 そんな名前だったんだ。



《肯定。登録された名前に間違えありません》

(いや、そういうことじゃ……まぁいいか)



 相変わらず身体は動かせないが、意識だけはハッキリとしてきたことで現状を把握しようと防人は聞こえてきている声に問いかけた。

 暗闇の中。身体が動かせない状況でありながら不思議と恐怖はない。


 人は何も見えない、聞こえない状態では1時間足らずで音を上げるらしいのだが、現状で防人が問題なく居れているのは全身を覆う感覚によるところが大きいだろう。

 母の胎内……とでもいうのか、未知の感覚ながらも空中を漂っているような感覚は妙に安心できるのだ。

 もし、この暖かい感覚と聞こえてくる声がなければとっくに発狂していたに違いないと断言できるほどにはその安心感に対する割合はかなりのものであった。

 不思議と心安らぐのである。



(ところで、ここはどこなの?)

《正確な位置情報は不明。ですが、光情報と周辺の環境データから海底892メートル地点と判断します》


(海底……そうだ、リリ──ノアは?)

《個体名【ノア】は既に索敵可能範囲から離脱。映像データ及び感知センサーから死亡していると推測》

(そっか……そう、だよね…………)



 脳裏に浮かぶ、あの子の笑顔。

 悲しさなど無い満面の笑み。

 あの子が、ノアがもういない……正直なところ驚きとかの気持ちが先に来てしまっており、防人としては悲しむことが難しかった。


 リリスではなく、ノア。

 確かに思い返してみれば、少しおかしなところもあったかもしれないと今更ながら思いつつもリリスの代わりを努めてくれていたことに感謝と謝罪を胸中で述べる。

 ありがとう、さようなら。とこれまでのことを思い返す。

 我ながら淡泊であると自覚しているが、この空間における妙な安心感が悲しみをやんわりと打ち消しているかのようであり、そのせいなのかもしれないと防人はふと思った。



《回答:現在、パイロット名【サキモリケイ】の生命保護のため、治癒結晶繭(R.C.C)を展開中。これにより外部からの脅威を遮断するとともにパイロットの精神状態を良好に保ちます》



 どうやら合っているらしい。

 夢心地な、不思議なこの体感は偽りではないということのようだ。

 微睡みの……ウトウトの絶頂の中でありながら妙に意識だけはハッキリとしているこの感覚にはなれないが、それでもこうして会話の成り立つ人がいてくれるというのはより安心感を強めてくれた。



(ところで、君は?)

《回答:私は星雲航行安全管理用人格プログラム──通称【アストライア】。乗客の皆様方の安心安全を保証するために存在します》

(アストライア……安全……よく、わからないけれど……要するにAIのようなものなのか?)


《一部肯定:私はPI──パイロットプログラム及び乗客を管理する存在であり、皆様方の悩みに対して答えを提供する存在です。その点で言えばコンピュータと差して違いはありません》

(一部って、どういうこと?)


《報告:パイロット名【サキモリケイ】に対してその情報を開示することが許可されておりません》

(そっか……それじゃあ仕方ない……か……)


《推奨:解除コードの解析あるいはコードの取得》

(え、コードって、手に入るものなの?)


《肯定:個体名【矢神光照】によりシールドプログラムの解析を確認。通称【ブラックボックス】一部が開示可能となりました。これにより、システムの一部を開放可能。また、パイロットとの会話が可能となりました。同様に解析を行えば、開示可能となる可能性78%》

(そっか……じゃあこうして話せてるのは矢神さんのおかげ、なんだね……)


《肯定》

(そっか…………因みに僕がこの状況でコードを得られる可能性は?)


《12%》

(低っ!! 逆にそのパーセントは何処から出たんだよ)


《機体名【コウガ】に残された映像データより解析した結果によるもの》

(なるほど……)


《再度報告:映像データの閲覧を推奨》

(あぁそう言えば……でも……どうやるの?)


《映像データの解析は完了済。旧式ではあるものの頸髄のICチップの利用が最適と判断きます。了承して頂ければ、すぐにでも再生可能です》

(そっか……じゃあ、えっとお願いします)



《了承を確認。映像の再生を開始》



 声の後、真っ暗で何も見えていなかった視界に光が走ったかと思えば、映像が流れ始めた。




治癒結晶繭:R.C.C

 氷雨霙が眠っていたものと根本的には同様のものであり、搭乗者(パイロット)の死亡を防ぐための生体維持機構(システム)の1つである。

 結晶化した球体で包み込むことでパイロットを外敵から守りつつも高濃度の粒子空間に浮かべることで負担を限りなく減らし、ナノマシンによって活性化によって傷口の修復を促す。

 同時にパイロットのメンタルケアのため、精神状態を安定に保てられるように作用することができ、また最適な空間管理調整がなされている。

 AT達の間では結晶化現象、クリスタルモードなどと呼ばれている。


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