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【 WEAPONS・GEAR(ウェポンズ・ギア)】――高校生編  作者: 満天之新月
第5章 学園之行事(ヘイムダルズ・イベント)
179/253

169『お金儲けの提案』


「風紀委員は当日は問題が起きないように生徒会役員と一緒に見廻りをしなきゃいけないんだよ?」

「それは分かってますわ。でも……その……優勝賞金のね、100万円がどうしても欲しくって。その、今月使いすぎちゃってちょっと厳しくなって来ちゃって……」

「厳しい?」


 いや、そんなはずはないだろう。

 少なくとも管理している貯金の数値的にはまだまだ余裕があったはずである。

 即金で100万もの大金が必要となると……また黙って出費をしたということなのは考えるまでもない。


 100万……これは確かに大金だ。

 宝くじでいえば3等とか、その辺に値するくらいには高額でありお金というものを知ってる人なら誰だって喉から手が出る程に欲しいだろう。

 当然、防人だって貰えるなら欲しい。

 5000兆円欲しい!


 ゴホンッとにかく、それだけのお金が必要な理由。

 それはもちろん『布地』が必要だからなのだろう。

 市販されている布地は決して高いと言えるほどではない。

 メートル単位で言えば、ものにもよるが数十円〜数百円程度なのである。


 それを考えると、100万もの布地なんて一体何千メートル買えるというのか……そこら辺の想像は出来ないし、理解できないが少なくともそれだけのお金が必要なワケはないだろう。

 だから、100万もの大金が必要なのは『特別な布地』が必要というわけだ。


 特別な布地。

 端的に言えば、パワードスーツの補助を行うインナースーツに使用されるものである。

 特別な製法によって作られた特別な素材。

 それ故にパワードスーツのデータ領域に量子化し、保存することが出来るもの。


 つまり、めだかはパワードスーツの部品を買いたいと言っているのである。

 うん、そりゃあ高いよね。

 だって技術の結晶──塊だもの。


 この学園が有している技術であり、権利であるそれは生半可な値段ではない。

 同じ様にメートル単位で言えば、数千円はするのである。

 そのだけの代物を彼女はそれを衣装として使用するのだ。


 ホログラム技術の進歩により、特にアイドルのライブなどでは次々とアーティストが生み出した衣装をダンス中に披露していくという一種の広告塔としての役割を担っており、華やかな演出も相まってなかなかに人気が高く、需要もすごいらしい。

 で、ありながら愛洲めだかはこの布地にこだわっている。

 もちろん先も言ったようにこれは高級な布であるため、彼女が作った衣装作品の全てがコレというわけではない。

 

 しかしながら衣装作品の中でも特に気に入っているもの。例えば過去、初対面であった防人へ着せた衣装などは特別な布地によって編まれているのだ。

 当然だが、縫う為の糸も特別製であり、値段もそれなりである。


「めだかさん。また(・・)衣装用の布を買いましたね?」

「…………テヘッ」


 コツンッと頭を叩いて舌を出す。


「可愛い子ぶっても駄目です」

「んもう、意地悪ですわね」


 こう見えて愛洲めだかのお金の使いづらいは意外と荒い。

 いや、もしかすると彼女をもっと良く知ってる人からするも想像通りであるかもしれない。

 ともかく、思いついた衣装デザインがあれば彼女は作りたくなる性分なのだ。だから考えなしに布地を山のように購入する。


 今暮らしている部屋だって決して狭くはないはずなのに、この1ヶ月足らずで共有部屋(リビング)の半分は創り出した衣装で埋まってしまっている。

 もちろん防人は何度も忠告はしたけれど、リリスに防人。2人も衣装を着せる相手がいるのでインスピレーションが止まらないらしい。

 一緒に暮らす防人としては迷惑でしかないが。


「いいですか? この前、わざわざ壁一面を覆うおっきな棚を買ってきて服に埋もれかけてた部室を整理したって言うのに、また買うつもりなんですか?」


 そう。

 この夏休みの間に大きな出費として大きな棚を購入した。

 目的はもちろんリビング、コースに置かれている衣服の整理を行うため。そして出来れば大幅な断捨離を望みたかったが……そこは残念ながら断念せざるを得なかった。

 いや、めだかの号泣に気圧されたと言うべきか。


 別段、号泣やら地団駄やら泣き喚きは防人にはなかなかに最早見慣れたものになりつつあったのだけれど、どうやら側近である彼女達には衝撃的に映ったようで、めだかを窘めていたはずの彼女達はこちらに頭を下げてきた。

 それはそれは見事な土下座だった。


「だって創りたい服が日に日に増えていくんですもの。(わたくし)が3人いたって足りませんわ!」


 3人。

 なんとも具体的で彼女ならば実現可能な数であり、あの時の土下座と同じ数である。

 三春そしてオリジア。

 彼女達にまでそのような格好をさせてしまえば、防人としては居心地が悪い。心持ちが悪い。


 とはいえ自分たちの生活域を狭めてまで、自らの首を締めてまでやることではない。

 どうにかすると彼女達も防人を説得しようとしていたが、話を聞けば既に彼女達の部屋も衣服で埋まってきているという。本当、何をやっているのか。


 もちろん、衣服を作る。それ自体は素晴らしい事である。

 機械の発展もあるのだろうが、彼女の技術──衣服の裁断というのは一長一短で身に付くものではないだろう。

 そして驚くべきはその速さと精度。


 この夏休みの間だけでも一体何着もの衣服を創り出したのか。

 正確には数えていないので分からないが、少なくとも2、3着なんて片手で収まるような数ではないだろう。

 だって目に見えて部屋が服で埋まっていくのが分かるほどなのだから。

 なんなら両手足の指でも足りないかもしれない。


「だから、服を作る前に売るか捨てるかして数を減らしてくださいって。ちょうど学園祭だってあるんですから部活で売ってみるのはどうですか?」

「だってどこの誰とも知れない人に私の(さくひん)が使われるなんて嫌ですわ。それに部活用の販売衣装は他の部員(もの)達が既に作り終えていますわ」


 本当なら適当に売ってしまって貰いたかったが、これである。とりあえずはめだかの経営する服屋に──遍羅(ベラ)の元に色々と(・・・)無理を言っていくつかは送らせてもらった(それはそれで輸送費などが掛かることとなった)のだが、それでもまだかなりの数が残っている。


「それに、仮に男が買っていたりなんて想像したら私は卒倒してしまいそうですもの」

「服屋を経営しておいて何を──」

「それと、これとは話が別ですわよぅ」


 作った作品の中には様々な種類がある。

 ドレスやワンピースなどそれら1つをとっても様々なものがあるし、シャツやパンツなんかはシンプルゆえに年間一着ずつ違う服を着ていたとしても余るほどである。

 流石に誇張しているかもしれないが……し過ぎていないと思うほどには多いので、あながち間違いではないだろう。

 つまりタンスの肥やしになっているのならば虫が食う前にさっさと手放してしまえ。というわけだ。


「せめて友人に配るとか、ファンクラブの女性の方に配るとかしたらどうですか?」


 もちろんそんな強い言葉を酷い言葉を今の防人に言う度胸はない。サキモリならまだしも防人では話にならない。

 友人へ──例えばそれが植崎なんかにかける言葉であればまだもう少し強気に出て半ば無理矢理にでもやらせるのだが、女性であるめだかには流石にそれは出来なかった。

 こうしてどうにか提案を出す程度である。


「嫌ですわ。もし、服をあげた先で別の人の手に渡る可能性があるんですもの」


 しかしそれはアッサリと否定される。

 本当、どこまで……いやまぁ気持ちは分からないでもない。

 転売というのはどうしても切っても切れないものだ。

 特に彼女はアイドルであり、有名人。


 ならばそのグッズというほどのものではなくとも彼女が売っているそれらはそれだけで付加価値が付くもの。

 それも彼女が手ずから作ったものともなれば、それはとんでもない価値になるのではなかろうか。


「だったら配る人に渡さないように念を押すようにすると、か……」


 ん?

 いや待て、付加価値……グッズ……。

 あぁ、なるほどこれなら。


「防ちゃん?」

「これですよ、めだかさん。軍資金を集めつつ、在庫を減らす画期的な方法ですよ」


 嬉々として、防人はめだかへ提案する。

 一言で言うならば置かれている衣服をグッズとして売ってしまおうというものである。


 彼女──愛洲めだかは『衣装愛好委員会』と言われる部活の部長を務めており、努めている。

 加えて彼女は学園における歌って踊れる『アイドル』であり、そのファンは先生達・生徒達と垣根はない。なんならその人気は世間にも出回っているため、一般人にもファンはいるのである。


 となればアイドルとしての彼女のロゴをタンスの肥やし達に印刷し、グッズとして販売すれば、それなり──いや、かなりの収益が見込めると思われる。

 皮算用だが……少なくとも思い付きで妄想だが、無茶で無謀というほどではない、はずだ。


「うっ、確かにそれなら……ですが、学園祭としての出し物の準備も」

「なら、参加型にしてしまえば良いんですよ。ロゴ入れを部員の指導の元、参加者にやらせるんです」


 クルクルと、思考が巡る。

 もちろん、これはあくまでも即座に出てきた思い付きであり、生産性も未来性も何も無い。

 その場だけ、苦し紛れの言葉である。


 だが、めだかにとってそれは悪魔の囁きのように感じたかもしれない。

 言ってしまえば、元手無しで作れるお金儲けであり、やり方次第ではとんでもない額に膨れ上がる可能性があることは考えるまでもない。

 ファンクラブの会員数。その規模からして、クラスのみならず一般にも販売すれば数百万は軽く越えるだろう。


「先着、何名とか参加費用はいくらとか、決めるのは大変かもですけど、これなら賞金なんてなくても大丈夫なんじゃないですか?」


 ついでに言えばタンスのスペースが空いてくれるので、未だ部屋を圧迫している衣装を仕舞い込めるはずである。

 そう仕舞えるのだ。

 あれだけの服を、山のような服を、様々な種類の服を仕舞えるのだ。


 防人にとって今の部屋は仮の住まいであり、借りている住まい──借家……借部屋(?)なのである。

 本来であれば風紀委員が夜遅くまで溜まった仕事などのために使う部屋であり、智得先生の厚意もあって借りているのである。そう、ご厚意で借りられているのだ。


 新しい部屋が用意されるまでの暫くの間。

 短いというにはそこそこに長くなってしまっている気がしないでもないが……とにかく借りているものをぞんざいに扱えるほど防人は図太くない。


 だが、使えるとあれば使えるだけ使いたい。

 ポケットティッシュなんかが『ご自由にどうぞ』と置かれているのであれば、手掴みでゴッソリいくくらいには。

 例えが悪いか?

 まぁ要するに使えるものは使いたい。けど、壊すわけにはいかないというだけである。


 せっかくあれだけの部屋を用意してもらっているのだから、広々と使えたほうが良いに決まっているし、それだけの空間でゆったりのんびりと過ごせる場所を作り出したいに決まっている。


「う〜ん、でも私の作品は防ちゃんやリリスちゃんのサイズに合わせたものばかりですし」

「ん〜……あ、ではこういうのは?」


 ふと、思い付いた内容。

 タンスを減らすための奇策……なんて、仰々しいものではないが、少なくとも今を打開するための案をめだかへと提案する。

 しかし、やはり苦労して作った作品であることに変わりはなく、めだか本人からすれば、手放したくなくてどうしても渋ってしまっている。


 それは、防人として納得がいくものではない。

 そもそもタンスだって防人が身銭を割いて用意したものであり、その大きさと機能美も相まって決して安くはない。

 というか少なくとも防人としては高い買い物であった。


 欲しい新作ゲームもあったのに、それをグッと堪えて我慢したのだ。であるというのに、そのタンスをもう一つ購入せねばならぬ程に部屋を圧迫されてしまっては……怒りを通り越して呆れてしまうほどである。

 とはいえ、怒らない。というわけにはいかない。


 側近である2人も、こと衣服に関しては頭を悩ましているようで、また彼女達もめだかへは強く出れず、ほとほと困り果てている様子であった。

 であれば、誰かが怒らねば……。


「微笑ましいものだね」


 防人の案に少し渋りながらも意外と食い下がってくる彼に押され、了承していく。

 そんな二人のやり取りを微笑ましそうに眺める竜華達。


「しかし、ダメ親父ならぬダメお袋って感じですね」

「え、奥さん? 私が」


「めだかさ~ん? 人の話、聞いてますか?」

「え、えぇもちろん聞いてるわ。でも私の作品は出来るだけ死守したいもの。ですから、新しい衣服を――」

「全然違います!! というかこの前、部屋を片付ける際に暫くの間、服を作るのは控えると約束して──」


 ワイワイと盛り上がるというには一方的であるが、それは千夏と白石のやり取りと並んで最早、風物詩とも言える光景である。


「あら、彩芽。一段落ついたの?」

「えぇ一応は……しかし賑やかですね」

「うん、仲睦まじい関係。見てて楽しい」


 そんな光景をほのぼのと眺めていた風紀委員の面々。

 紅葉も1束分の書類を片付け、一段落つくとそのグループに加わる。


「いやいや先輩方、仲睦まじいのは良いっスけど、これ根本の話は一切解決してないっすからね?」

「それは彼への嫉妬?」


「へ? いや、そんなことはないっすけど……」

「じゃあ彼への岡焼き?」


「それ確か意味同じっすよね?」

「そんな知識に私は嫉妬」


「ぼ、暴力は止めてくださいっすよ?」

「それは自意識過剰。杞憂、取り越し苦労。セクハラ発言」


「いやいや最後のは違うっすよね!?」

「普段からのボディタッチ。過剰なスキンシップ。そして覗きなどのセクハラ行動」

「え? いや……いくらなんでもこじつけないでくださいっす。大体センパイに触れたことって無いっスよね?」


 なんだかんだと4月からの、4〜5ヶ月あまりの付き合い。

 決して短くはなく、また風紀委員として顔を合わせ、話す場も多いとなれば、通常よりも彼らはそれなりに深い付き合いとなるものである。


 千冬そして白石もその付き合いの輪のメンバーであり、特に彼女達は見回りなどにおいてペアを組むことが多い。

 となれば当然、スキンシップは多くなるもの。


 まぁ、二人の場合は主に殴る蹴るといった一方的な暴力によるものであったが、確かに過剰なスキンシップはあった。

 基本的に一方的に、であるが。

 少なくとも白石から触れたことは無い。と彼自身、自信を持って断言できる。

 覗きに関しては……経験がある手前強くは出れないが。


「いつもそうやって女性の体に触れるの? 自分の欲求を理性で抑えられない野獣。なの?」

「えぇ……なんか誤解を招きそうな言い方しないで欲しいっすよ。ていうかほら、今はこんな話をしてる場合じゃないっすよ」


「あなたは女性の体に触れたことを『こんなこと』で済ますと言うの?」

「ちょっちょっと? ぼ、暴力は勘弁っすよ。竜華先輩助け…………竜華先輩?」


「あ、うん。何かな?」

「いやいや、スマホ弄ってないで、ちょっと助けてくださいっす」


 涙目で乞う白石。

 別に竜華とてスマホを弄って遊んでいたわけではなく、単に巻き込まれたくなかったというところが大きい。

 誰であれ、修羅場に好き好んで飛び込むような愚か者はいない。


 とはいえ、このまま無為に時間を過ごすわけにもいかない。

 未だ説教を続ける防人らを見て、竜華はこれ以上は……と呆れた様子でため息をつくと、大きく手を叩き、チュウモクを集めるとまず、千冬を止め、次に防人を呼ぶ。


「とにかく、二人ともその辺に……まず、大会の事だけど、いいんじゃないかな? のど自慢大会で歌うとはいっても自分達の番が始まる2つぐらい前に来て準備すれば大丈夫だからその時の為に30分ぐらい休憩時間を入れ替わりにさせて貰えばいいだけだしね」

「え、でも30分も取ったら結局休みが無くならなることにならないっすか?」


「一日ぐらい我慢して働く」

「えぇ……ッス」


 不平不満。休めないことに文句を言う白石は千冬に咎められ、不機嫌さを隠すことなく顔を向ける。

 が、ギロリとした千冬の眼光に身を乗り出しかけた彼は萎縮して一歩下がりつつ頷いた。


「いえ、そもそも僕は約束を破っていることに怒ってるんですが」

「大丈夫だよ。賞金は私たちで分割になるし、ちゃんと申請をしておけば賞金の割り当ては変更できるから」


「あぁなるほどつまりめだかさんへの割り当てを少なくしておけばいいんですね」

「そんな! お慈悲を、防ちゃん。お慈悲を~~」


 演技の入った泣き喚き。

 ヨヨヨ……と、膝をついて手を伸ばすその仕草はなかなかに堂に入っているが、流石にそれが演技であるかどうかくらいは防人を含め、風紀委員のメンバーは見慣れてしまっていた。


「駄目です。約束を破ったことを反省してください」

「そんにゃぁ~~」


 大粒の涙(目薬です)を流し、嘆くめだかに防人はそっぽを向くといまだにリリスが下を向いて泣いている事に気がつく。


「グスッ……」

「大丈夫。僕は怒ってないからもう泣くな」


 あぁそうか……。

 多分、リリスは大会(これ)に黙って登録したことに後ろめたさを感じていたのだろう。

 もしかすると先日行ったカラオケ大会の記録から防人があまり歌が得意ではない事を分かっているから、というのもあるかもしれない。


 とはいってもその記録自体は決して低いものではなかったのだが、比較対象がアイドルとして活動するめだか達や文武両道の優姫達などともなれば、その順位が下の方へと落ちていくのは必然というものである。


「そうだ。大会が終わったら一緒に学祭見て回ろう。な?」


 色々と面白そうな出し物も沢山あるみたいだぞ。と防人は大粒の涙(本物です)を流すリリスの頭を優しく撫でながら、慰めようと言葉をかけ、笑顔を見せる。


「……うん。分かった。じゃあ約束」

「あぁ、約束だ」


 悲しそうなリリス。

 しかしそれでも笑顔を見せると、小指を絡ませ、約束を行う。


「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」


 リリスの頬を伝う涙を防人はハンカチで拭うと再び、彼女の頭を優しく撫でる。


「あ、言っとくけど、ツンツン頭。これフリーメールだから卑猥なメールを返信しても私の所には届かないからね」

「え? いやいや、別にそんなつもりはないっすよ。ていうかめだか先輩さっきまで……」


 気づけば、めだかはヒョッコリと立ち上がり、白石へ忠告する。

 メールというのは恐らく先程のヤツの事を言っているのだろう。どうして今頃そんな事を忠告しているのか。


 まぁ単純に反応してくれそうな相手にそういう事を言っているだけなのかもしれない。無視された腹いせか、単純に気不味さが勝ったか。その心境は、めだかのみぞ知る世界。である。

 

 とはいえ、そういった態度一つとっても、だいぶ白石にも慣れてきたと言えるだろう。

 まだまだツンケンとしているが、最初の頃と比べれば、白石への態度も大分落ち着いたものになっている。


「な、なんすか?」


 一歩、踏み出した足に少し違和感。

 どうやら何かを踏んだらしく、白石は不思議そうに視線を落とす。

 足から少し、はみ出しているワインレッドの布地。

 汚れないようになのか小袋に入っているそれは、よくよく見てみると何か刺繍がされており……薄汚れている。

 足を退けると、ハンカチらしいことが分かった。


「――!?」


 汚い布切れ。

 それが白石がソレを見た時の素直な感想であった。

 カビたりしない為にか、防腐剤らしきものとともに袋に詰められたそれは、まっ白な布地に赤黒い塗料(?)によって歪に染め上げられており、もし廊下に落ちていたとしても手にとってそれを触ろうとは思えない。


 なんなら掃除の際、一緒に捨ててしまいそうだ。

 それぐらいそのハンカチは年季が入っており、薄汚れていた。

 それは白石が踏んだから、程度の汚れではない。

 それは何年も前から洗っていないもの。しかし少なくともそれを無下には扱っていないというのは梱包具合から想像できる。

 

「わ……私の大切な、ものを!」

「め、めだか先輩!?」


 しゃがみ込み、ハンカチを拾い上げるめだか。

 彼女はそれを大切そうに抱え、プルプルと肩を震わす。

 刹那に走る悪寒と殺気を感じるも時すでに遅く、腹部には深々とめだかの拳が沈んでいた。


「な、なんで……いつもこう……なるん、すか?」


 怒り、そして悲しみから来る力強い表情が灯っており、その両目からは今度こそ本物の涙を流していた。

 恨めしそうに声を漏らし、ガクリッと白石の全身から力が抜け、気絶。開いていたその両目が真っ白に裏返る。


「め、めだかさん?」

「おねぇ……ちゃん?」


 突然の本気の反応にどよめく風紀委員室。

 そんななか、竜華は生徒会長──桐谷 優姫から届いた『果たし状』とタイトル付けられたメールに対し、のど自慢大会で勝負に関しての返答として『グループ戦にしよう』と打ったメールを送信した。

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