168『結果、風紀委員会の仕事』
週を跨ぎ、月曜日。
ビクビクな面持ちで登校した防人は授業を受ける。
といってもまだ2学期は始まったばかりであり、なんなら明日から1週間。放課後には学園祭の準備期間が設けられているのでなんというか浮足立っている雰囲気が感じられる。
まだ成績も分かっていない状況でなんともお気楽なものだと防人としては言わざる──いや、思わざるを得ないが、イベントを楽しみたいという気持ちも分からないではない。
得てして人というものはイベントやら限定商品やら特別なものに惹かれる傾向があるものなのだ。
防人も類に漏れず、そういった特別なものに興味を引かれる人種であり、ゲームやら漫画やら特に好きな物への特別はそれこそ周囲に引かれるくらいには熱狂的である。
情熱的と言っても過言ではないだろう。
アプリゲームなら貯めに貯めたログインボーナスで限定キャラクターをガチャで引き当ててやろうと思うし、MMOなどであれば、モンスター討伐から手に入る限定アイテムやら武器やらは必ず手に入れておきたいと粘るものだからだ。
「よし、では名前が呼ばれたら順番に前に来い」
ともあれ、今は目の前の事が最優先。
防人は名を呼ばれ、教卓へ向かうと1学期分と今回の分との比較がなされた成績表を受け取る。
頑丈な厚紙で二つ折りにされたそれを開くとそこにはビッシリと各科目の点数やら比較用のグラフやらが分かりやすくカラーで印刷されている。
まずは今回の記録、自身の点数と学年平均点。
そこから半分の点数が赤点と見なされるのだが……どうやら心配だった英語は補習になることをギリギリ免れることが出来たようだ。
植崎は、確認するまでもなく駄目そうだ。
(頑張れ)
放課後。
防人は始まる『補習』と言う名の戦場へ向かう植崎を敬意をもって見送った。
周りの目が恥ずかしいので、胸中で力強く敬礼を行いながら。
◇◇◇
少しして、風紀委員会室内にて。
クラスの皆が学園祭の開催予定場所であるドーム会場へと向かい、話し合って準備に明け暮れているであろう最中、防人は同じく風紀委員であるメンバーとともに既に提出された出し物に関する書類。『こういうものをやりたい』という申請書の確認を行っていた。
それにしても皆、筆が早いことで。
こうして提出されている資料の量からして教室で感じていた楽しそうな雰囲気は別段気の所為とか思い込みではなかったのだと伺える。
この速度で提出されてきているということは皆テスト勉強そっちのけで考えていたんじゃなかろうか?
Aクラスもあることにある種の疎外感すら感じるぞ?
まぁそれはある意味では自業自得ではあるのだが。
テスト後──より正確には最終日のホームルームが終わってからの放課後、何やらクラスで集まって話し合っていたが、補習の時の為にと抜け出してしまったのでそこでの取り決めなんかは一切聞いていないのである。
加えて土日にも自主的な集まりがあったらしいので(出し物に使うであろう小物が既にいくつか教室の後ろに並んでいた)それらも踏まえると自業自得であるとしか言いようがない。
テスト最終日と土日も合わせれば約十日間の準備期間があるというのに、そのうちの3日も休めばそりゃ大抵の話は纏まっているだろうさ。
だからこそ、風紀委員である防人は山のような書類に目を回す羽目になっている。サボったツケが回ってきていた。
(いや、しかし……多すぎる)
クラス・学年、合わせても数十件程度であろうと高を括って意気揚々と委員会へ参加したのに、送られてきた書類の数は優に百を超えている。
というのも出し物を出すことが出来るのは何もクラスに限った話ではないからだ。
部活単位で、あるいは個人で、友人同士だけで。
そこに細かい制限はなく、規則もない。
もちろん人として最低限の規律──モラルというものは守って貰う必要があるが、そういったのを考え無しで送ってくる輩というのは一定数いるのである。
で、その結果が書類の山というわけである。
「…………。」
普段はそれなりに会話が飛び交う室内のもの静けさはそれだけ忙しさを物語っている。
書類。書類。書類。
書類の山。
・書かれているのは参加者全員のフルネームと顔写真。
・活動メンバーの各立場(生徒、先生、部員などなど)
・ドーム会場内外の使用したい区画番号の記載。
・活動内容の見出し文字と詳細。
提出される書類として必要な順番。
申請するための最低限の手順。
これが守れていないものは再提出として送り返すことになり、仮にそれらが問題なく作られていたとしても詳細に書かれている内容は周囲の人達へ迷惑をかけるものではないかであることが重要である。
ここでいう周囲とはドームの周辺のこと。
入試の集合場所でもあったドームの周りはそれなりに広く空間にはかなりの余裕が持たされており、石畳の通路に沿って歩くまでもなくすぐ裏手には緑化公園が広がっているのだ。
学園祭での出し物のうち、特に個人などのものはこのスペースを利用して貰うことになっているのだが、公園周辺には道路が通っているし、近くにはビルなども建っており、あまり騒音を立ててしまうようなもしくは迷惑をかけてしまうような出し物は当然ながら看過できない。
例えば『アクセサリー同好会』や『オカルト研究会』。
彼ら、彼女らの要望は活動中に作り出したキーホルダーやブレスレット、御守りなどを販売したい。というもの。
どういったものを売るのか、写真付きで並べられた際のイメージも用意されている。
もちろんこれらは問題ない。承認。
次に『サバイバル同好会』。
彼らの要望も商品の売買だが、残念ながらこれは認められないだろう。食べられる野草やらで作った料理にサバイバル本『山の中で遭難した際の生存法』にサバイバルグッズの販売。
と内容は分からなくはない。のだけれど、残念ながら承認不可である。
まずは野草料理、これは確実にNG。
というのも食べ物の売買が許されるのは『調理部』や『スイーツ部』などの料理をメインとした『◯◯部』であり、他に許されるのは『購買部』か『販売を立候補した生徒』だけである。
立候補した生徒とは。
文字通り学園の学生の中から屋台で売買をしたいという生徒達から厳選し、選ばれた僅かな生徒達によってドーム周辺での屋台による料理販売を許された者たちのこと。
要するに料理が出来て、衛生管理にも余念がない者達。
ちなみに『筋肉研摩部』の皆さんは立候補した生徒として『戦う漢の勝負飯』と銘打ってスタミナ料理を売り出すつもりらしい。
肉と野菜、バランスの取れたガッツリ料理は写真付きでしっかりとメニュー表まで作られており、申請書として文句のないものであった。
おっと、思い出すだけで涎が。
本当、こういった作業をしているとそういう事ばかり思い起こされてお腹が空くなぁ。
まぁ兎にも角にも『サバイバル同好会』は認証不可。
本当なら認めてあげたいところではあるけれど、それで割りを食うのは防人たち風紀委員であり、生徒会役員であるのでここはビシッと青いスタンプを押し込もう。
いやオノマトペ的にはペタンかな。
ま、どうでもいいか。不認証。
とにかくこの辺りの規制はそこそこに厳しく設けられている。
こういった対策はもちろん食中毒とか起こさないための処置だ。
集団食中毒なんて起こってしまえば、今後開催するにあたり様々な制限を設ける必要が出てきてしまうのは想像するまでもなく、仕事が増えるのは分かり切っている。
せっかくの一大イベントをそんな下らないことで楽しめなくなるのは損でしかない。
当日は一般の人達も参加できる。
だからこそ大盛況が見込め、儲かる人は儲かる。
何しろ地区最大の緑化公園をまるまる貸し切って行うのだ。否が応でも人々の注目を集めることになる。
SNSなんかじゃ一部生徒達が既に宣伝を始めていてこれがまた意外と注目を浴びているらしいのだ。
クレーム等のネガティブなところは極力少なく、しかし最大限にポジティブに。
でなければ、外部からの圧力も受けることになる。
外部からの圧力。
それは『大統領』ならぬ『統領陣』によってこの地球という巨大な統一国家は治められているように各地域の各区画の管理を行う者がおり、彼らからによるものだ。
その人達の立場的には、日本列島地域で言うならば、かつての県知事のようなものと捉えてくれると分かりやすいだろうか。
(さて、と……)
渡された1束分を終え、立ち上がる。
「竜華さん、出来ました」
と防人は風紀委員の長である日高竜華へ1束を渡し、確認をしてもらう。
「う〜ん……これは駄目だね」
と、呼び込みのために描かれたキャラクターにバツ印をつけて『不認証』を示す印を付けると改めて正式な書類である電子書類へ専用の判子で押し付けて次の書類へと目を移していく。
「ピカチュウとかドラえもんとか駄目なんっすね」
判子を押していきながら同じく書類を持ってきた白石が不意にそんなことを口に出す。
「確かにそうだけど最近は著作権法なんかも厳しいからね。この学園だけで使うならまだしも学園祭みたいにみんなの目につくような場所で使ったら違法行為で連れていかれちゃうから。ま、厳重注意で収まるだろうけどね」
「法律は面倒。面倒事は起こさないことが大切」
確かに、過去に戦争があって統一されてからというもの、この世の中にある権利という権利は基本的に国が所持し、管理している。
これは戦後間もない頃に海賊版の商品が広く流通し、そこかしこで色々な事件を起こしたらしい。
それこそ新品に見せかけて販売していたバッテリーの爆発事故なんて可愛いくらいに。
まぁ、とにかくキャラクターを客引きとして使うにしろ、景品として用意するにしろ、多少なりともお金が絡む以上は学生が無断で使用することは許されていないし、十中八九許されない。
だから著作権などの権利があるものを使用するには利用料とともに利用志願書を出す必要があるのだ。
使い道やら利用理由やら、様々な書類を書いて送り、返事を待つのだが……そんな事をしていたら学園祭には間に合わないだろう。
「でものど自慢大会の登録表には結構既存の歌を歌う人も結構いるみたいっすけど?」
「屋台と違ってお金もうけのため使うってわけじゃないからね」
「営利目的外使用なら使っても問題ない」
「あぁ成る程。でもそれはそれで結構面倒な話っすね」
「そうだね。何処からが営利目的になるのかならないのかっていう線引きは結構曖昧になるから判断って難しいよね」
「ていうかそもそも学生なんだし、このくらい大目にみてって俺は言いたいっすけどね」
「確かにそう言いたいところだけど向こうでの法律は絶対ってなってるからねぇ」
「それに最悪の場合かなりの強行手段に出ることもあるみたいだからなぁ」
「あっちでの生活は世知辛い」
「そうっすねぇ~」
────タッタッタッ……
「…………。」
防人達が会話し、作業に集中する紅葉は手にした『認証』『不認証』の専用ハンコをパソコンに繋げた端末へ押し付け、作業をしていると廊下から足音が聞こえてくる。
────ダッダッダッ……
それは次第に大きくなっていき、キューーッと地面と靴底が擦れる音が聞こえたと同時に風紀委員の扉が勢いよく開かれる。
なんか良くない事が起こる気がする。
思い過ごしなら良いんだけど。
「遅れて申し訳ありませんわ!!」
「遅れてごめんなさい!」
大きな声でリリスとめだかの二人は謝罪の言葉を述べながら勢いよく中へと入ると、深呼吸をして乱れた呼吸を整える。
「お疲れ様」
「あ、ありがとうございます」
「有り難く頂きますわ」
竜華は二人に風紀委員室にある冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出すと笑顔を見せてそれを手渡す。
「今日の仕事は沢山あるから遅刻は厳禁」
蓋を開けて中身を勢いよく飲む二人の方へ向いて千冬は平坦ながらに少し冷たさを感じる口調で言う。
「仕方ないじゃない。だってなかなか部活での出し物が決まらなかったんですもの」
「そんな言い訳――」
「ツンツン男は黙ってなさい。何を私の話に割り込んで来てくれてるんですの!!」
「なっツンツン男って、一体この頭のセットに俺がどれだけの時間を掛けてると――」
「んなくだらないことどうでもいいんですのよ!」
「なっ!? この俺の整髪剤による一時間の苦労を――」
「まぁまぁ……確かに髪のこととかは確かにどうでもいい話だし――」
「ヒドイ!」
「まぁ、約束の時間に遅れる事も良くないことだけど、緊急でもないのに廊下を走ったらダメだよ」
「えっと……ごめんなさい」
竜華からの忠告に、両手でペットボトルを抱え飲んでいたリリスは慌てて頭を下げる。
別にそこまで怯える必要はないのに、プルプルと震えているその頭を防人は優しく撫でる。
「というかリリスはなんで走ってきたの? 別に今回の仕事はパソコンの奴だけだから手伝えることは無いって言ったはずだよ?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「え? あれ? 言い方が悪かった? あの、別にリリスの事を必要ないって言ってるわけじゃなくてね。えっと……今日のリリスの……その、今すぐにしなきゃいけない仕事は無いから、あー……だから別に急いでくる必要は無かったんだよ?」
「ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい」
「いや、だから……ええっと……」
目に涙を溜めて謝り続けるリリスにどう接したらいいのか、何て言ってあげたらいいのか分からなくなった防人が言葉を探しているとペットボトルの中身を飲み干しためだかが蓋を閉めながら口を開く。
「防ちゃん。私もまず謝らせてもらうわ。ごめんなさいね」
「え? ちょっめだかさんまで何を――」
「実は私、のど自慢大会に登録をしてしまいましたの」
「え? 何て?」
「だから、のど自慢大会に登録をしてしまいましたの!」
「え?」
「これがそのエントリー表ですわ!」
そう言ってめだかはこの場にいる風紀委員メンバー全員の端末へ1通のメールを転送する。
「えぇ!?」
「ちょっと、これ」
と驚く防人、竜華。
「これ、マジっすか?」
「めだか、やらかした」
と内容を疑う白石、冷めた目で睨む千冬。
「…………。」
メールの内容を確認して紅葉を除いた4人は各々の声を上げた。




