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【 WEAPONS・GEAR(ウェポンズ・ギア)】――高校生編  作者: 満天之新月
第5章 学園之行事(ヘイムダルズ・イベント)
177/253

167『祭りが始まる!』

 風紀委員の活動、テスト勉強。リリス達との生活。

 なんだかんだと忙しく巡る日々の中、夏休みも終わりを告げる。

 8月末。月の最後の週の2日間。

 それは学生である防人にとって不安と緊張による地獄の時間であった。


「よし、それまで」


 しかしそれもたった今、先生の合図をもって終わりを告げる。

 夏季休暇明けのテストの最後、教科は国語。

 自信のほどは……正直言って微妙である。

 漢字問題はあくまでも暗記問題なので、出来なければ自身の勉強不足が露呈しただけなのでなんということもないのだが、文章問題というのは本当に苦手である。


 特に物語の登場人物の心象を答えるというもの。

 これだけは本当にできる自信が湧いてこない。

 幸い、テストの物語が教科書にもあり、そこに模範解答として役立てそうな心象描写も含まれていたので、なんとか思い出しつつ適当に答えをでっち上げたが、なんともお粗末としか言いようがない。


「では、後ろの席からテストのプリントを裏向けて回せ」


 終了のチャイムが学園に鳴り響くなか、Aクラスの生徒たちは淡々と智得の指示通りに答案用紙を回していく。


「おい、植崎?」


 防人も流れに従い、手元の解答用紙を回そうとするも目の前の席にいる植崎(うえざき) 祐悟(ゆうご)は反応を示さない。

 うん、これは寝ているね。完全に。

 少なくともイビキをかいていないので気付かなかったが、一体どのくらい寝ていたのだろう? なんなら解答用紙は真っ白なんじゃなかろうか?


 とはいえ、これでは話が進まない。

 さっさと先生にプリントの集計をしてもらわなければならなければ休みに入れないではないか。

 ちょうどアプリゲームの水着イベがやってるし、さっさと周回をしたいところなのである。


「おい? 植崎」


 背中をつつく。しかし彼は動きを見せない。

 椅子を軽く蹴飛ばしてみる。彼は動きを見せない。

 ……参った、こういう場面って何気に初だな。

 もういっそのこと植崎の解答用紙を回収して回してしまおうとも思ったが、こういう場面において大義名分があるとはいえ、席を立っても良いものなのだろうか?

 変な注目は浴びたくないものだが……。


「植崎、居眠りとは良い度胸だな」


 なんて、無駄で無意味に悩んでいるうちに他の列の回収を終え、こちらの状況に気付いたらしい先生が植崎へと鉄槌を下す。

 具体的にはみっともなく涎を垂らしているその脳天に拳を落とした。

 このご時世、暴力行為は忌避されるものであるが、ここは軍人を育てる学園であり、規則・規律を慮る学園である(まぁ服とか化粧とか、身なりに関しては他の学校の比ではないくらいには寛容であるが)そのため、これくらいは序の口というもの。


 そもそもこの学園を出れば、戦場があり、生き死にが関わってくるのだ。

 口で言っても分からないようなら痛い目に遭ってでも覚えされる必要があるのだ。

 まぁ、植崎が先生からゲンコツを貰うことなんて、なんだかんだと見慣れたものになってしまっているほどには授業中なんかで見てきているが。


「よし、それじゃあ10分休みの後、LHR(ホームルーム)を行う。時間までにはきちんと席に着くように」


 涎まみれの一枚を嫌そうに受け取り、先生は教室を後にする。

 カツカツ、と廊下から響いてくるヒールの音が遠ざかっていくのをしばらく静かに聞き、足音は聞こえなくなる。

 同時に生徒たちは緊張の糸を各々の意思で絶ち切ってテストが終わったことの喜びと安堵の声を上げる。


 ワイワイガヤガヤ。

 彼らはいつもの決まったグループに自然に分かれていき、問題用紙を開いてここはどうだった、あれはこうじゃないかな、などと話を始める。


「ぶへぇ~……やっと終わったぁ~~」


 防人も皆と同じく張りつめた緊張を解くと、テストの前日を含めた3日間に及ぶ勉強大戦による疲弊を顔に出し、両腕を枕代わりにして机に体重かける。


「あぁそうだ植崎、お前さっきのテストはどうだ?」

「ん? おう、まぁなんだ……いつも通りだぜ!」


 顔を上げ、防人は前の席に座る学園指定の黒ジャージを身に付けた植崎は笑顔で言う。

 が、その笑顔は若干無理をしているように見え、またいつもならば立てられているはずの親指が今回立てられていないということはそれなりに焦っているということが見受けられる(直前に怒られたことも影響しているかもしれない)。


「つまりいつも通り、赤点か……」


 行動からある程度は読み取れる防人は察し、少々平坦な口調でそう言った。


「うっ……そうだよ。なぁマジで助けてくれよ。赤点取ったらマジてヤバイみたいなこと言ってたしよぉ」


 どうしよう。と困ったような表情をして祐悟は防人の方へと向き直る。

 開き直ったりすることがあまり無い事が彼の良い所ではあるが、いつもギリギリのギリギリまで救いの手を求めることが無い事があるのは悪い所と言えるだろう。


「安心しろ。放課後補習に加えて先生直筆のありがたいテストが出るだけだよ」


 当たり前だが、テストの製作及び採点は教員の仕事である。そして今回、くじ引きの結果によって智得先生に決まった……と確か、他の教員が授業で話していた気がする。

 くじ引きによる選定の結果を受け、先生がパソコンによってテストの作成に入る。なので直筆ではなく自作というべきだったか。

 まぁどちらでもニュアンス的には同じようなものだ。言葉というのは相手に伝わればそれで良い。


「そいつで赤点だったらどうなるんだ?」

「そりゃあ再補習って感じになるんじゃない? 普通に考えて」

「なぁ、何とかなんねぇかなぁ?」


 いつもの明るさはどこへやら、植崎は青い顔で心の底からの心配・不安といっか感情の乗った口調(トーン)で防人に救いの手を求めている。


「何とかって、テストの(あと)に言われてもなぁ~」


 あからさまに明らかに、分かりやすく『絶望』という文字が表情(かお)に出ている植崎が一体、何を望んでいるのか。切望して止まないのか、なんてのは中学からずっと友人としてやって来た防人にとって決して難解なものではない。

 だが、既に終わってしまった以上はどうすることも出来ない。だって事は既に終わってしまっている。


 これを良い方向に持っていくのならば、夜中に職員室に忍び込んでテストの改竄でもしない限り結果は変わらない。

 少なくとも防人にそれを行う技術はない。

 仮にレオタードを着たとしても成功することはないのだ。


「手遅れだ。諦めろ」

「だよなぁ~…………なぁ、勉強手伝ってくれねぇか?」


「いや、だからそういうのはテスト前に言うべき──」

「なぁ頼むよ〜後生だからよぉ〜」


「だぁから、テストはもう終わってるし、手遅れだって」

「だからよぉ、補習を一発で抜ける為に勉強を手伝ってくれって言ってんだよ」


「あぁ……そゆこと」

「おう、ダメか?」


「まぁ、確かに勉強ってやつは大事だからな。手伝ってやらないでもない」

「おぉ、んじゃあ――」


「だが断る! そもそも補習なんかにかからないように、赤点を取らないようにテスト前に勉強しておかないのが悪いんだから自業自得だ。まぁ確かにすぐに中間試験が来ることは来るけどさ、そいつの内容は確実に新しい範囲になるから意味ないし……まぁ、なんというかテストが終わったばかりだと言うのになんでわざわざ勉強するの正直面倒くさいんだよ」

「つまり面倒だから嫌ってことか」


「まぁそう――」

「ねぇ、大問4番の (3)の英文にするやつなんだけど」

「えっと……あぁゴキブリの話だよね?(3)は『奴らを駆逐してやる』だっけ?」

「うん、その下線部の答えってさ『I will kill them all.』でいいのかな?」

「あぁ……俺もそう書いたし、多分そうじゃないか?」


 後ろの方から聞こえてくる生徒の会話。


(……え? マジで? 『I am going to kill them all.』じゃなくて?)


 防人から先ほどまでの疲れの表情が消え、焦りを見せる。


「たしかこのへんに……」


 防人はカバンの中からタブレット端末を取り出してブルーライトカットの眼鏡をかけて英語の参考書の栞の挟まれたページを開く。


「あぁ~……」


 そしてそのページを読み、自分の解答が意味が被っていることと文法的に間違っていることを理解し、頭を抱える。

 英語は正直苦手である。

 もちろん統一された地球の国において公用語は英語であり、仕事の場などでは英語でやり取りするのが普通なのだが一部地域では元々使っていた国の言語が残っており、そちらを使っている国も少なくない。


 かつて日本であった島では日本語の使用が色濃く残っており、日本語特有の表現の幅広さなどが結構評判が高いらしい。

 特にマンガやアニメといった娯楽(エンタメ)に関してはその原点を枯らしてはならないと日本列島地区を支援する団体まであるくらいなのだ。


「ん、どうした?」

「え? あぁいや……」


 その結果、防人は英語が、苦手分野なのだが。

 国語も苦手意識があるので言ってしまえばこれは文系の科目が苦手と言えるだろう。

 そもそも日本語だってこうして話そうと思えば話せるし、書こうと思えば書けるわけだけど、一体どれだけの人がそれを使いこなしているのかと言われればかなりの人数が削られるような気がするのだ。


 こうして国語のテストで書けなかった漢字があるように、四字熟語の意味が思いだせなかったように、少なくとも防人は使いこなせていない。

 だからつまり、苦手なものは苦手ということである。

 仕方ないのだから仕方ない。


「その、なんだ……テスト勉強手伝ってやるよ」

「マジでか!?」

「あぁ、まぁ勉強の手伝いは自分も復習が出来るし」


 なんて、我ながらなんとも情けない言い訳だが。

 部屋での勉強は……難しいと言わざるを得ないので良い言い訳が出来たと思っておくとしよう。

 もっと酷いか?


「ただし、僕も英語の勉強をするから参考書を見ながら分からないところがあったら質問って形で頼むな」

「おう、分かったぜ」


 調子を取り戻し、親指を立てて笑みを見せる植崎に防人も笑みを返すが内心は暗雲が立ち込めていた。

 ただでさえ自信がないというのに、自分的には自身のあった問題の初歩的なミスが分かり、このままではマズイかもしれない。

 焦りから心臓を高鳴らせる。


(念のために勉強はしておかなくては……)


 自然と拳に力が込もる防人。同時に開始のチャイムが鳴り、ホームルームが始まった。

 最初に模範解答の載ったプリントが配られ、防人は後でしっかりと確認することを心に決めて授業に挑む。

 それから学年会議によって各クラスの出し物が決定した事とその出し物の発表。

 クラスの出し物として『演劇』となった。


 そう、今日は休み明けテストの最終日であり、また本格的な学園祭へ向けての準備の始まりの日でもあるのだ。

 そしてこのクラスの出し物の表方や裏方、各々の役割は人数の多い所はじゃんけんによって決定し、大まかに必要なものを表にして書き留めて本日のLHRは終了する。




──ヘイムダル学園 図書室──


「くそ~分からん……何で勉強なんてしなきゃならないんだ?」

「いや、お前が補習を一発で終わらせたいからだろ?」

「あぁそうだったぜ……あーでもクソッわかんねぇ〜やる気でねぇ〜」


 テスト明けで人数も減っているおかげで手に入れた角の席にて補習に向けての勉強を行っている。

 たが、意気込んで勉強を始めてから十数分。

 植崎はグチグチ言いながら机に頭を置いて黒いシャープペンシルをクネクネと動かしていた。


 ペン回しをしているかのようにペンを動かしているだけで広げられたまとめ用に持ってきたというノートは白い。

 挙句の果てには口から出てくる言葉が出来ない分からないの呪言ばかり。これが英単語の一つでも口ずさんでいるのならまだ耐えられたのだが。


「植崎、せっかくノートやったんだから僕の参考書の赤線部分だけでも書いて覚えろ」


 植崎はなんだかんだ鍛えている。その分肺活量も上がっているのか声が無駄に大きいのだ。

 ただでさえ声が大きいのに、ただでさえ室内が静かで声が響きやすい環境なのに、文句の垂れ流しなんてされたら周りの目線が気になって仕方がないというもの。

 本当、少しくらい静かにして欲しいところである。


 そりゃここまで来ておいて何も教えないとは言わないが、こちらも万が一に備えて勉強をしなくてはならないのだ。

 まずは何であれ、暗記すれば良いだけなんだからツベコベ言わずに書いて覚えてくれないだろうか。

 防人は辟易しつつもタブレットに表示された参考書の内容を覚えようとノートに書き留めていく。


 ちなみに今、防人は植崎のタブレットを使っており、逆に植崎が防人のタブレットを使っている。

 これはタブレット内に保存されている教材データに要点を記入し、まとめであるのに対し、植崎の教材は新品のように真っ白であったからである。

 授業中も居眠りをしていた気がするので、恐らく先生の話なんて全く聞いていないのだろうが、だからこそ防人のメモが役に立つというもの。

 まぁ現状、その想像は妄想でしかなかったわけだが。

 

「んなこと言ってもよぉこの……丸い坂の上からボール転がして下についた時の速さ求める奴よ……一体求めて何の意味があんだ?」


 植崎は顔を上げて参考書の問題をペンで指しながら言う。

 なんで物理?

 さっきまで英語やってなかったっけ?


「え? あぁ……ほら、多分あれだよビルとか取り壊したりするときに使う鉄球とかが速すぎたりしないようにするためだよ」


 なんて、間違いではないだろうが例えとしては微妙な答えを言いつつ、防人は植崎側へ一切向くことはなく参考書の文章へ目を通していく。

 そもそも勉強に意味とか言われても……何故と問われたらいまいちわからないのは確かではあるが、覚えないと補習を抜けることが出来ないのも確か。


「おいこら、人のタブレットの画面をシャーペンで叩くな傷がつく」

「あぁ悪い……つってもこいつに糸なんてついてないぞ」


「あれだよ。多分張力まで求めたらややこしくなるからまずは糸無し版の簡単なやつで計算するんだよ。多分」

「おぉなるほどな、でもよ計算ってどうやんだ?」


「だからその参考書の赤線の公式を使って解くんだよ」

「ん~なるほどなぁ……次の問題はどうすんだ?」


 一問解いたと思えば次の問題をペンで指して質問する。

 そこからずっとその繰り返し。

 大体、そのページに公式が載っていてそのページの問題なのだからその公式でその問題を解くということは少し考えたら分かる事だろうに、全くもって考えていないんじゃないか。

 本当、頭を抱えたくなってくる。


「なぁ、少しは自分の頭で考えたらどうだ? さっきからずっと質問ばかりだぞ?」

「んなこと言ってもよぉ分かんねぇもんは分かんねぇんだから仕方ねぇだろ?」


「だから、さっきから言ってるだろ? 公式の説明読んで当てはまりそうなのを使って解いてみろって」

「おーーーえっ……んー??」


 声を出して段々と机に下がっていく植崎の頭。


「おい、考えてるか?」

「もちろん考えてるぜ、まずこの糸に働くのが張力でボールに働くのが重力だよな」


「分かってるなら早くそれに当てはまる公式を使って解いてみろよ」

「ん~~ボールが天井にぶら下がってて重さが5キロでそんときの張力が……Zzz」


 なんという早さか。

 昼寝の世界大会があれば、優勝候補なのは間違いないレベルだな。当然、優勝はのび太くんなわけだけど。

 あいや、のび太くんは0.93秒で眠りにつく世界記録保持者なわけだし、殿堂入りを果たしているか?

 ってどういでもいいな。

 集中しないと。


「おいこら……寝るな」


 そんな矢先、植崎の口筋から光が漏れる。

 こいつ、人のタブレットに寝転がるに飽き足らず、(よだれ)まで垂らそうとしている。なんという剛胆さか。

 ある意味、尊敬に値する。

 そして肩を揺する程度では起きる気配は見られない。


 なんとも怠惰でマイペース。

 勉強に関して言えば、やる気を一切感じられない。

 恐らく机に向かって1時間──30分も勉強をしていないだろう。もう図書室に来てから3時間は経つのにである。

 かといって全てにおいて自堕落というわけではなくなんだかんだと筋トレは続けている(朝練の際にちょくちょく見かけている)ようなので、本当に苦手ゆえに分からず、そしてやりたくないのだろう。


「だから、寝るなってば」


 別に、植崎が勉強をやらなくて補習テストで赤点を取り、智得先生から大目玉を食らおうと知ったことではないし、完全に自業自得なのだが。

 これは、流石に許容出来ない。

 防人は植崎の大きな頭を持ち上げ、タブレットを引っこ抜くとそのまま手の甲で植崎の頭を(はた)き起こす。


「お、おう。(わり)い」


 幸いヨダレがモニターに付くことは無かったが、頬の油の跡がくっきりと跡が付いてしまっていた。

 別に、防人は病的なまでに綺麗好きってほどではないけれど、むしろ片付けなんて面倒臭いって思う質だけど、こうゆうのは勘弁してほしい。

 目に見えて汚れていると判るのは流石に許容範囲を越えている。

 これはさっさとやる気を出さしてしまわないと……。


「なぁ知ってるか? 教室でやる出し物な、学園祭会場の出入口で取るアンケートで一位になったら賞金で200万出るんだってよ」

「それ、マジか!?」


 うん、分かりやすく食い付いた。

 全く、単純で助かるぜ。


「うん、マジマジ。あぁでもそんなふうに寝てたら補習は確実だし、手に入れることは不可能になるなぁ」

「よっしゃぁ、次はどの問題だ!?」


「それだよ問3」

「おう!」


 なんとも見事な食い付きっぷりだこと。

 解説付き、公式ありとはいえ、やっぱりやる気になれば解けるんじゃないか。

 まぁ、賞金って細かく言えば一人5万だから40人である僕らのクラスは200万って意味なんだけど、こういうのを言わぬが花っていうのかな?


「防人、次はどの問題だ?」

「次はな……」


 防人は本日の宿題を植崎への指導の合間に、正確には宿題の合間に指導をしながらと宿題そして復習を終わらせる。

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