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【 WEAPONS・GEAR(ウェポンズ・ギア)】――高校生編  作者: 満天之新月
第5章 学園之行事(ヘイムダルズ・イベント)
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165閑話9『一室での戦闘』



「ほう……俺の初手をいなすとはあんた中々だな」


 ゆっくりと扉が開いていき、扉の向こうに人影が一つ。

 その男はこの国の軍服の上から草臥(くたび)れたロングコートを見にまとい、無精髭を生やし、中途半端に伸びた髪を後ろで括っている。

 そして目がいくのはその左耳。

 道中で獣にでも食われたかのように上半分が大きく円形に欠けていた。


「さて、お褒め頂き光栄ではありますがこのくらいは造作もないことにございます」

「そうかい。ならばこいつはどうだ!?」


 再びのナイフの投擲。

 エムラスは同様にして腕を振るい弾き落とす。


「――っ‼」


 何かを察したエムラスは最後の一本を受け止め素早く投げ返すとくるりと振り返り、三人の方へと向かうと机を蹴って立てると、執事服を大きく広げてのし掛かる。


「ジィ何を――」


 カチリッと何かがはまるような小さな音が鳴り、床に落ちたナイフが爆発、床を黒く焦がした。


「ほぅ……」


 男はニヤリと笑い、ゆっくりと部屋の中へ。


「……みなさま。無事……ですかな?」

「あぁ私は大丈夫だ」


「それはようございました」

「――!! ジィ、血が!」


 エムラスの頭から滴る鮮血。

 アーサーは初めて見る出血に慌てて、指摘する。


「心配は入りません。このくらいはかすり傷ですので。この机を防弾用に厚く作ったのは正解でした」

「よくあれを見抜いたな。じいさん」


「先の爆弾には少々驚かせて頂きました。がピンを引き抜いた音はしっかりと聞こえましたので対処は容易でしたよ」

「ほぅ、年寄りの癖に耳が良いな」

「僅かな変化にも対応できなければ執事などは勤まりませんので」


 男は余裕そうな態度を崩さず、ゆっくりと歩き、ホルスターから一丁の拳銃を引き抜く。


「ブレア様、リラ様。お二人には坊っちゃんの守護をお願いいたします」


 そう言ってエムラスは男がスライドを引く音を聞き取って飛び出す。

 放たれる銃弾を腕で弾き、そのまま拳を叩き込む。


「――っ」


 男は一歩身を引き、拳を避ける。

 それと同時に男はエムラスの眉間に銃口を向けて引き金を引く。

 火薬が爆発すると同時にエムラスは手を開き、銃弾をその手で受け止める。


「貴様……」

「驚かれましたかな?」


「金属音。その腕、まさか義手か?」

「さて、どうですかな?」


 男に向けて振るわれる蹴り。

 男はそれを受け止めると片腕でしっかりと固定し、ニヤリと笑う。


「いやいや隠すなってかくゆう俺もこの両手は作りもんだからよ」


 再度、男はエムラスに銃口を向けて人差し指に力を込める。


「若造。自身の秘密は――」


 エムラスが地についた片足で跳び跳ねると同時にモーター音が鳴り、受け止められている側の脚が間接の下辺りで回転、男の顔に重い蹴りを入れる。

 男の顔は彼のつま先によって歪み、壁の方まで吹き飛んでいく。


「ガッ――」

「あまりペラペラと公表せぬものですよ」


 エムラスは足元に落ちた拳銃を拾いあげて弾倉(マガジン)の中身を確認。安全装置(セーフティー)を入れて床に戻すと三人の方へと蹴って移動させる。


「へ、へへへ……」


 膝をつき、折れた歯と血を吐き出すと男は笑ってゆっくりと立ち上がった。


「いやぁじいさんと思って甘く見てたなぁこりゃ……クソ、痛てぇ」


 男の顔からゆっくりと笑みが消え、口元についた血を袖で拭うとそのまま手を首に回してゆっくりと擦る。


「ふむ、やはり踏み込めなかった分浅いですか……」

「まさか足まで造り(もん)とはな、ここ数年で久しぶりに驚かせてもらったぜ。ま、ちぃとばかしだがな」


「ではこれにておあいこですな」

「いや一つ俺のが上さ」


 左手を前に向けると同時に男の人差し指の先が外れ、銃弾が放たれる。


「――グッ!?」


 咄嗟に腕で自身の身を守るも、先程よりも数段高威力な弾丸はエムラスの片腕を貫通、破壊して彼の肩へと突き刺さる。

 鮮血を吹かし、エムラスはその痛みに顔を歪ませる。

 溢れ出る血が彼の袖に赤黒さを加え、手にはめていた白手袋がその血で赤く滲んでいく。


「油断大敵って奴だな」

「このような失態をするとは……」


 対峙する男から繰り出される拳。

 エムラスはそれを素早く腕で弾いて攻撃を防ごうと試みるが、やはり片腕では捌き切れない。


「グハッ――」


 重い一撃。

 エムラスは腹を押さえ、膝をつく。

 痛みによる脂汗が溢れ、腹部による衝撃によって呼吸もままならなくなる。


「ジィ!」


 目に涙を浮かべ、叫ぶアーサー。

 ブレアは舌打ち、エムラスの寄越した拳銃を素早く銃口を男の方へ向けて引き金を引く。

 しかし弾丸は全て避けられ、男の顔には当たらない。


「惜しかったな。お姐さん」

「チィッ!」


 再び放たれる弾丸。

 しかしやはりそれらは避けられてしまい、向こうの壁に弾痕を付けるだけに終わる。

 マガジンの中身は底をつく。

 王への謁見の際、武器は取り上げられてしまっている。

 戦闘の想定などしておらず、予備の武器などはない。


「クソッ! なんで!?」

「何で当たらねぇって? お姐さん。あんた、狙いは正確で良かったぜ。全弾この頭にぶちこもうとしてたからな。だが、だからこそ避けやすかった」

「クッ!」


 ブレアは銃を投げ捨てながら机の向こうから飛び出し、男へ飛び掛かる。


「おいおいお姐さん。あのコルト結構大事にしてるんだ乱暴に扱わないでくれよ」


 力の差、体格の差。

 繰り出したブレアの拳を男は容易に受け止めるとそのまま捻り上げた。赤子の手をひねるように。軽々と。

 そして有無を言わせぬまま、もう一方の手で引き寄せた彼女をガッシリとホールドし、そのまま流れるように彼女の肩を外す。


「あぁっ!!」

「悪いね、お姐さん。俺ぁ女をいじめる趣味はないが、これも仕事なんでな。許しておくれよ」


 痛みを訴える彼女へ謝罪しつつ、しかし彼は容赦なく、もう一方も外すと悲鳴をあげる彼女から手を放す。


「あぁ……うぅ……」


 受け身を取ることも出来ずブレアは膝から崩れ落ちる。立ち上がることも叶わず、ただただ痛みに呻く。


「さて、王子様。悪いけどおじさんと来てもらえないかい?」


 男は優しい口調でそう言いながらゆっくりとアーサーの元へと歩いていく。一歩、一歩、ゆっくりと。

 アーサーは恐怖に怯え、震え、口からは言葉にならない声が漏れる。

 それを見た、聞いたリラは大きく深呼吸。意を決すると大丈夫だからと一言。長く割れた皿の破片を握りしめて立ち向かう。


「今度はお嬢ちゃんかい。心が痛むぜ、全く」


 やれやれ、と心苦しそうな態度を見せるもその目線はしっかりと二人を捉えながら、足を止めることなく進んでいく。


「えぃ!」


 リラは飛び出すと同時に砕いたクッキーの欠片を男の顔面を狙って投げつけ、それには男も反射的に両目を閉じる。

 怯んだその隙を狙い、握りしめた破片を男の腹に目掛けて突き刺す。

 が、目を閉じたまま男はリラの攻撃を掴み、容易く受け止めると抵抗できないよう腕を捻りながら引き上げると彼女の小さな身体はあっさりと宙に浮く。


「お嬢ちゃん、ダメじゃないか。食べ物を人に向かって投げちゃあ。罰当たっちまうぞ?」


 舌舐めずり。

 男は無精髭に付いたクッキーの欠片を舐めとりながら改めてリラの顔へ笑みを見せる。


「お、こりゃあウメェな。ま、用意したのは俺らなんだけどな」

「このっ! このっ!」


 宙に挙げられたリラは必死の抵抗のために足を振って男を蹴るも、男を怯ませるには威力がまるで足りなかった。

 むしろ暴れれば暴れるほどに捻り上げられた自分の腕がキシキシと傷み、リラは眉をひそませる。


「おっと、アブねぇアブねぇ。さすがの俺もあそこばっかりは我慢できねぇからな」


 ある一点に狙いを定め、脚を振るうも男は軽々と腕を前に動かしてリラとの距離を開ける。


「さて、お嬢ちゃん。ちょいと早いが、お休みの時間だ」

「──ぅっ!」


 男はもう一方の手を拳にし、彼女の腹を殴って眠らせる。


「さて、改めて王子様。来てもらいましょうか」

「あ、あぁ……!」


 死屍累々。

 優秀な執事が、軍人が、友人が、倒れている。

 そして眼の前では元凶の男が立っている。それを目の当たりにしたアーサー恐怖心は計り知れないだろう。

 王子は逃げられないと分かっていながらもその場から離れようと、男から出来るだけ距離をとろうと机の影から部屋の角。その壁際にまで這うようにして下がっていく。


「ん? おやおや、王子様ともあろう御方がお漏らしとは頂けませんな」


 床に敷きつめられた赤いカーペット。

 追い詰められたアーサーの周囲、そしてズボンの色が変化していることに気付き、男は少し面倒そうに頭を掻きながら、邪魔な机を軽々と片手で退かす。

 その行動はアーサーの恐怖心を沸き立たせるのには十分であった。


「それではお召し物を変えなくてはなりませんね。王子様」

「わ、私に近づくな!!」

「悪いけど、おじさんも仕事なのよ」


 マグカップやスプーン。手に取れるものを投げて時間を稼ごうとするも男に通じることはなく、直ぐ側にまで接近を許してしまう。


「い、一体誰に雇われてこんなことをする。い、今のわたしはこの国の王なのだぞ!!」

「ん〜、おじさんも一応プロだから依頼主(クライアント)のことはいくら王子様の頼みでも言えないなぁ。それに、たんまりと前金も貰っちゃってるし、ウマイ酒も飲まして貰っちゃってるからおじさん、働かないと流石に首が跳んじゃうの。だから悪く思わないでちょうだい」


 クッと手首を捻り、首切りのポーズを見せると男はゆっくりと腰を落とし、アーサーに手を伸ばす。


「さぁ、王子。俺と一緒に──」


ズバァン――!!


 男の背後から鳴り響く銃声。

 同時に男の背に銃弾が命中し、男は痛みに眉根を寄せつつも急いで後ろを振り返る。


「ハァ!」

「────うお!?」


 既に目の前まで迫ってきていた明るい茶色の髪をした女性の蹴りをくらい、男は体勢を大きく崩す。


「さぁ、お早く」

「う、うむ」


 その隙にアーサーの手を引き、その場を離れるよう促す。

 アーサーの手を引き、その場を逃げる女性。

 倒れた男の視界には茶髪の女性ともう一人、赤い髪をした女性が映り込んだ。


「おいおい、アグレス。お前、裏切るのか?」


 茶葉の女の顔は知らないが赤髪の方は知っていた。

 男は起き上がり、ブレアの肩を治している赤髪の女性に対し、驚くでもなく呼び止めるように声を掛ける。


「裏切る? 勘違いをしちゃあいけないよ。あたしは鼻っからあんたらの仲間になったつもりはないからね!」

「…………そうかい」


 余裕そうな態度を崩さず、しかし男は顔面に食らった蹴りのせいもあってか思うように立ち上がれない。

 その隙に、応急処置を終えた赤髪の女性──アグレスは倒れたリラを担ぎあげる。


「ようやくご到着ですか……」


 エムラスは茶髪の女性に肩を借りながらアーサーが無事であることに笑みを見せるが、まだ油断はできない。

 気を抜くのは完全にこの場所を出てからである。


「遅れてごめんねダーリン。これでも全速力で飛んできたんだから」

「いえ、十分ですよ。坊っちゃんを連れてかれずに済むんですから」


 とりあえず、そこは安心出来る。

 あの男は確かに強い。だが、エムラスの側には対抗できる人員が増えている。それだけで男はどうしても対応できず隙が生まれるはずである。


「申しありませんが、もうしばらく肩をお借りします」

「う、うん。分かったよ」


 本来であれば、男が女性に肩を借りっぱなしというのは情けない行為。しかし今は状況が、状況であり最優先すべきはアーサー王子の安全。

 ならば、と。エムラスは出来るだけ、男に警戒されないようまだ動けない素振りをする。


「悪いけど、逃がすわけにはいかないね」


 案の定。男はアーサー達を見逃すことない──出来ないようで……回復し、立ち上がった男は駆け出す。

 アグレスは素早く男に立ち向かうと繰り出された拳を弾き上げる。

 男は背中から血が滲み、痛みが響く事を物ともせず、グッと歯を食い縛りつつ、踏み込み。もう一方の拳を女性に向けて繰り出す。


「脇がお留守ですよ」

「ガッ!」


 アグレスの背後から姿を現したエムラスへの反応が遅れ、男は彼からの拳をモロに喰らい、そのまま部屋の奥の方まで吹き飛ばされる。


「さぁみなさま。今のうちに」


 皆は部屋を急いで飛び出し、廊下を走り去っていく。


「ゴホゴホ……あぁ……くそ、逃げられちまった」


 男は一撃によって強制的に止められた息を整え、失った酸素を取り戻す。

 離れていく足音。扉らしき音も聞こえるのでどこかの部屋を抜けていくようだ。

 これでは今からでは追いつけないだろう。


「あ〜俺だ。悪いしくじった……後は頼んだ」


 視界が揺らぐ。

 全身が軋む。

 流石に攻撃を喰らい過ぎたようで、もはや意識を保つのがやっとだった。

 それでも、最低限の仕事はしなくてはならない。

 男は壁にもたれ掛かると取り出した通信機で仲間に連絡。追跡を命じる。


「後、ついでに助けてください」


 そして自分への救命も忘れない。

 なんとも情けないと我ながら思っているが、それでも死ぬよりかは何倍もマシである。

 死んだらそれまで、人生を謳歌出来なくなってしまう。

 最近、ちょっと女遊びが過ぎて懐がさみしいのでここで臨時ボーナスを、と調子に乗るんじゃなかったな。



「はぁ…………あぁ~こいつは減給かなぁ……」


 


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