164閑話8『密談、盗聴』
「さて、お部屋はこちらがよろしいかと……」
「中の清掃は?」
「机や椅子、壁の絵から排気口に至るまで既に完了しております」
「そうか、ご苦労だったな」
「いえ、私めはアーサー王に付き従うのが勤めですゆえ」
「では念のため再清掃をお願いする」
「かしこまりました。では少々お待ちくださいませ」
「あぁ……」
「わざわざ掃除なんていいのに……」
「いや、別にそういう訳じゃないんだが、えぇっと……」
盗撮・盗聴の恐れがあるため、部屋を検めることでその可能性を出来る限り減らそうとしているのだが……今はそれを伝えるよりも早く、アーサー王子はリラへと向き直る。
「……ん、何?」
「あぁ……えっとだな……」
言おうとするも、すぐに押し黙り、再び言おうとするも押し黙る。を繰り返す。
何度目か、アーサーは覚悟を決めると勇気を振り絞った。
「あの、だな……わ、私と友達になってくれないか?」
「……え?」
驚愕、そして困惑の表情。
少なくとも嫌そうには見えなかったが、こういった行為に疎いアーサーは不安に駆られる。
「……あぁその……ダメだろうか?」
「あ、ううん。ちょっと急にでびっくりしただけだから。でもどうして?」
「あぁ、その……私は今この通り王として皆の上に立つ身だから同じくらいの知り合いが一人もいなくてな。
かといって私を知るものは皆、かしこまった態度で接してきて結局は距離を置かれてしまっている。
だから……その、不謹慎かもしれないが、受け取った書類に目を通した際、近い年のものがいて嬉しく思ったのだ。
私をあまり知らない君ならば、少しは分け隔てなく接することが出来るのではないか、と思って、だな……その、だから……友達になってはくれないだろうか?」
アーサーは頭を下げ、右手を伸ばす。
「…………。」
短い沈黙。
良いのだろうか?
ダメなのだろうか?
沸き上がる不安感にほんの数秒のこともとても長く感じられ、アーサーはとてもこの感覚にこの時間にすぐに我慢の限界を向かえそうだった。
「……っ!」
「うん、いいよ」
伸ばしていた右手に触れられる感覚に息を呑む。
アーサーは、ピクッと体を震わせ、顔を上げるとリラの優しそうな笑顔が目に入った。
「ほ、本当か?」
「うん、あなたのことはよく知らないけれど、でもそれはこれから仲良くなって行くもの。だもんね」
「ありがとう」
「ううん、気にしないで……あ、でも私はどうやってあなたと遊んだりすれば良いのかしら?」
「ならこれを胸に付けるといい」
そう言ってアーサーはポケットから金色のバッジを取り出して彼女に手渡す。
「これは?」
彼女の受け取ったキラリと光るバッジにはアーサーが手にする王笏や玉座にあったものと同じ紋章が細かく彫り描かれていた。
「腕の立つ職人が作り上げたバッジだ。それを身に付けていれば王の関係者として扱われる」
「大丈夫なの?」
「少なくとも城内を移動する分には不自由しないだろう。まぁ入り口ではデータを確認されるだろうから使えないかもしれないが」
「じゃあダメじゃない」
「いや、そんなことはないぞ。ここは王の住まう城。父上が私にだけ教えてくれた密会用の隠し通路が数多に存在するからな」
どうだスゴいだろう。と胸を張るアーサー王にリラは笑みを浮かべる。
その二人を見ていてブレアも微笑ましく思っていた。
少なくとも今だけは目の前の娘──子供達の平和を彼女は願っていた。
「微笑ましい光景に御座いますね」
「――‼」
胸中の声と重なるようにして耳元で聞こえてくる声。
そして臀部を撫でる感触。
ブレアは前方に跳ぶように逃げて手を後ろに伸ばす。
「きさっ──あなたはまた!」
「ほほほ――少し手が滑っちゃった。だけに御座いますよ」
「こ、このっ!」
何が滑っちゃっただ。茶目っ気とかそういうつもりで言ってんならその頬をもう一度引っ叩いてやりてぇ!
ブレアの手に力がこもる。
しかし、それは出来そうには無かった。
「エムラス卿。終わったのか?」
「はい無事に」
「そうか、では入るとしよう」
「うん」
エムラスが扉を閉じてしまわないように支え、アーサー、リラとの二人は順に扉の中へと入っていく。
「さぁブレア様もお早く」
「…………!」
招くように動かしたエムラスの手に警戒し、ギロリと彼を睨み付けるブレア。
ゆっくりと近づいていき、彼と面と向かったまま素早く部屋の中へと入っていく。
そして扉の囲いに足を掛け、バランスを崩したブレアは小さな悲鳴をあげてその場に倒れた。
再び赤面するブレア。
笑いの一つも起きず、その場に流れる空気が彼女の中の恥ずかしいという気持ちを一気に持ち上げ、しばらく小刻みに震える。
「大丈夫ですかな?」
「……平気です」
ブレアはエムラスの差し伸ばした手をするりと避けて立ち上がると服のホコリをはたき落としてリラの隣に腰かける。
「大丈夫?」
「あぁ単にバランスを崩して躓いただけだしな……早速、話を始めてもらっても?」
「う、うむ。では……」
アーサーは一つ、咳払いを行うと表情を凛々しく整え、少しばかり声を張る。
「改めて急な呼び立てに応じて貰って感謝する。まず、先日のジークムントの件についてだが……」
それから十数分ブレアはアーサー王へと生き残った兵や研究員らからあつめた断片的な話をまとめたものを改めて説明する。
ジークムントの戦死。彼を狙った謎の軍隊の存在。
施設における非道な研究内容。
矢神そして研究施設内にて囚われていた少女たちの失踪。
「失踪事件については現在、私の部下である游という男が目下調査に当たっております。以上です」
そう言ってブレアはエムラスが用意しておいた紅茶を口に含み、会話で渇いた喉を潤した。
少なくとも、この報告には金星等に関する重要な内容が含まれていない。
だが、施設内においてソレは隠蔽されていた事に加え、あくまでも事後報告を受けたブレアにとってはそれは存在していなかったものであり、ヒロ/真栄喜 游によって関係者各員は残らず戦死もしくは学園にて『保護』されているため、それを知るものは小国ヘルヴィースには残っていなかった。
「……なるほどありがとう。礼を言う」
「いえ……しかしこう改めて話しましてもやはり私には不明な点は見られなかったのですが……」
分かるものはハッキリとしているが故に分からないものは徹底的に隠匿されている。
故に彼女にとって気掛かりなのは死体も残らず消えてしまった矢神達のみである。
「確かに不明な点はない」
「え? っと……あの、一体どういうことでしょうか?」
事情の飲み込めないブレアは話している二人を交互に見て疑問の言葉を口にする。
「君と私の知る情報に違いが無いかを確認するためだ」
「違いを?」
「そうだ。そして私とブレア殿の知る情報に違いはなかった」
「当たり前です。私は軍人、自分よりも目上のものの命に背く真似は致しません」
いつもの乱暴な口調が息を潜めた、真面目な態度にソファーに腰掛けていたリラは目を白黒させているも、向かい合って座るアーサー王子は彼女の言葉を真摯に受け止める。
「その忠義の言葉に深く礼を言わせてもらう。そして話を本題へと入ることとしよう」
本題へ……つまり今までは無駄というわけではないにしても重要ではなかったということ。
ブレアはゴクリと喉を鳴らすと緊張に少し身を強張らせながら口を開く。
「本題……とは?」
「ハッキリと言おうブレア殿。私は貴殿にこの国を救って欲しいのだ」
「……は? 今なんと?」
聞き間違えだろうか?
ブレアは軍人として、少なくとも本国に呼び出される程度には上の立場ではある。だがそれはあくまでもこの国でというわけではない。
小国ヘルヴィースはペンドラゴンの傘下──植民地ではあるが少なくとも一国を救うだけの力は彼女にはない。
「もう一度だけいうぞ。貴殿に私の――いや我が父の国を救って欲しいのだ」
アーサーはハッキリとそう言った。
どうやら聞き間違えではないようだ。
だが、だからこそブレアの中での疑問は残る。
「国を救う? 私が? 失礼、仰っている意味がよくわからないのですが」
「あぁ……すまない。正確には国を救う手を貸して欲しいのだ」
「……仰っていることは分かりましたが、なぜそれを私に?」
「ブレア殿の父君とカイル殿は我が父上とは親友関係であったと聞く」
「確かに昔、親父──いえ、父からはよく話を聞きましたが……」
「だから他のものよりは信用出来る。加えて貴殿は長期この国におらず、そしてそれなりの地位を有している」
「生まれはこの国ですが、そうですね。軍人として、技術者として私は先の研究所へと移りました」
「しかしだ。貴殿はそこで行われた恐るべき子供たちへの実験を知らなかったのだろう?」
【恐るべき子供達】
ジークムントが研究していた研究への名称であり蔑称。
何処からか連れてきた少女たちの躯を弄くり、義体──造り物へと置き換えることで見た目は幼い少女でありながら一騎当千の兵士へと変貌させる。
これは、クレイマーそして矢神の研究の1つを奪い、兵器として利用したものであるが、小国の最高責任者である彼の命令による実験の規模は彼らとの比ではなかった事もあり、思想段階で止まっていたそれは瞬く間に実現されることとなった。
子供達のほとんどが少女である理由はその目的がリリスにあった事もあるが、それを方便にしてジークムントが少女趣味に走ったからである。
「えぇ……確かに、知りませんでした」
ブレアは収集した資料にクレイマーの名を見た時の事を思い出す。研究所にあった施設の規模からして残されていた資料の他にも犠牲となった者がいないとも限らない。
そんな研究に、あの優しい弟が少なからず協力していたことに、姉として多少なりとショックを受けていた。
「だからこそ、貴殿にはそういった策略が無いと判断できる」
「なるほど……」
「理解してもらえただろうか?」
「えぇ、私をそのように信用して頂けて光栄です」
「うむ。今後、信頼に値できるようよろしく頼む」
アーサー王の願いとブレアの了承。
二人は改めて話を始める。
「国の手助けとのことでしたが、つまりは何者かがこの国を陥落させようと策略していると?」
「恐らく――いや、十中八九その通りだろう」
「そこまで分かっているのならその者を捕らえればよろしいのでは?」
「確かにその通りではあるのだが、いかんせん証拠が無いのだ。疑わしいという理由だけで捕らえた場合、その仲間が証拠を隠滅させる可能性がある。それでは駄目だ」
「なら疑わしいものを全て捕らえてみては?」
「それがこの城の半数以上だとしてもそれは可能か?」
「それは……厳しいかと」
いや、ほぼほぼ不可能だろう。
仮に捕らえたとしても城の者が半数以上では最悪国が回らなくなる。
「やはりそうか」
「しかし城の半数というのは……アーサー王――あなたの父君はそれほどになるまで一体何をなさっておられたのか――」
「ブレアさま――」
「よいエムラス卿」
「しかし……」
「よいのだ。この話をする際にせねばならぬとは思っていたからな。……大丈夫だ」
アーサーは机の下でスボンを強く握りしめ、息を整えるとブレアの方へと向き直る。
「ブレア殿。私の父は……もうこの世にはおらぬのだ」
「それは……大変失礼致しました。……しかし病床にふけっているとだけは聞いてはいたのですが」
「それに関しては事実だ。父上は半年ほど前に急に倒れ、それから寝室に籠りっきりになってしまったからな。宮廷医師が言うには流行病とのことらしい。そして病の事を知った大臣が感染してはいけないと私を含めた城の者と父上とが会うことを禁止したのだ」
声に力の入るアーサー。
「まだ知識の浅かった私はそれを鵜呑みにした。だが流石に不審に思ったのだ!」
そう言いながらアーサー王は1枚の写真を取り出して机の上に置き、見やすいように二人の方へと身を乗り出して移動させる。
「これが父上が亡くなる一月ほど前にエムラス卿に頼み、密かに撮影したものだ」
差し出された一枚の写真。
そこに写るのは顔色の悪い痩せこけた男だった。
優しく微笑んではいるが、頬はくぼみ、ただ起きているのも辛そうに見える。
「おかしいだろう? 流行病でそんなことになるわけはない」
「長期間にわたる毒物の接種による衰弱といったところでしょうか?」
ブレアは写真から見られる症状から憶測する。
「概ねその通りと見て間違いない。私が書庫に籠り、調べた結果であるため確証はないが……」
「少なくとも薬等を用意していた宮廷医師は怪しいたということですか」
「加えて宮廷の料理人たちだな。彼らは私たちの料理を作り、料理長が盛り付けて食卓に並べる。初めに倒れたのが彼らの手によるものとしたら」
「なるほど……しかしそう簡単に宮廷医師や料理人たちを動かすのとなど出来るものでしょうか?」
「それはどういうことだ?」
「彼らは医療そして料理の点においてその腕を認められた者たちなのでしょう? ならば彼らの生活は国が無くならない限り困ることはありません。多少の事では危ない橋を渡るとは到底思えないのですが……あるとすればスパイが紛れ込んでいる場合でしょうか」
「確かにその線も無いとは言い切れはしないが……現状で私が最も疑わしく思っているのは大臣だ」
「大臣ですか? 確かに王を失って後釜を狙うとすれば可能性が無いとは言えませんが、しかしこれは失礼な話ですが今現在王であるあなたを殺害したところで大臣に王位が移ることは無いはずです」
「もちろんその通りだ。だが親族。つまりは父上とおなじ血を持っているのであれば話が変わる」
「それじゃあもしかして……」
「そう。大臣は私の父上の弟なのだ」
「……なるほどそういうことですか」
――ズゴゴゴゴーー。
短い沈黙の中でストロー音が響き、音の方へと視線を送るとリラが少し退屈そうにストローを口にくわえていた。
……全く、緊張感の無い。
ブレアは一言言おうと口を開く。
「リラ様、クッキーなどはいかがですかな?」
しかしそれよりも先にエムラスがリラに近づいていき、優しく言った。
「うん貰う」
「かしこまりました」
嬉しい気持ちが分かりやすく表に出ているリラにエムラスは会釈し、ゆっくりと歩き出す。
部屋の棚から取り出した袋の中身をエムラスは取り出した皿に手慣れた様子で円形に盛り付け机の中央に静かに置く。
「ジュースのおかわりも致しましょうか」
「うん。ありがとう」
大丈夫、問題ない。
そう判断したブレアはその様子を尻目にして話を再開する。
「ぇぇ……しかしそこまで分かっているのならばやはり捕えた方がよろしいのでは?」
「はじめの方でも言ったが、証拠が無い。確かに疑わしいことは疑わしいのだが、証拠も無しに捕らえてしまってはむしろそれを口実に増長される可能性と危険性がある」
「流石にこじつけがましい気もしますが」
「それでもこちらに非があるとなればそれを否定しきることは叶わなくなるだろう?」
「それは……」
確かにその通りかもしれない。
人は肯定すべき点よりも否定すべき点をすぐに見つけて批判する。
嘆かわしいことだが、その通りなのだからなんとも言い難い。
そして無実の罪で人を捕らえる王。
それもそれが年端もいかぬ子供と国の人に公表すれば根も葉もないことが付け足され噂されることになると見て間違いないだろう。
何かしら強い力を持つものでもあれば別なのだが……。
「しかし、アーサー王。あなたの父君がもし、王位継承をあなたにと決められていた場合。そういったこじつけも意味をなさないのでは?」
「それに関しては昔、父上が一枚の書類に書き留めてはいる。私の名と父上のサインが記されている」
「では、その書類が奪われるような事になれば――」
「それに関しましては私めが一任させて頂いております。無論、重要書類の類いは他の者の手の及ばぬ場にしっかりと納めておりますので安心してもらって構いません」
「しかし……」
「書類に関しては一応は問題ない。仮に偽造をしようにも紙には父上のサインと印鑑が押されてなければ何の意味も持たないからな」
「なるほどつまり、書類を奪いサインと印鑑を複製しないことには意味がないという事ですか」
「そういうことになるな……」
──ガリッ!!
「──痛っ!?」
明らかにクッキーではない硬い物を噛んだ音が鳴り、リラは小さな悲鳴を上げる。
痛みに対し、反射的に力が籠もり、砕けてパラパラと手元から崩れ落ちるクッキー。そして、皿の上に吐き出されたのは小さな何かの金属パーツ。
「何……これ?」
「リラ様。失礼します」
エムラスは素早くそれを取り上げると力強く握りしめて破壊する。
「エムラス卿、それは?」
「恐らく通信機の類いかと。しかしまさかクッキーの中へと仕込むとは……失態でした」
「仕方あるまい。そのような場所にあるとはキツツキが好きでもない限り予想できないだろうしな」
「きつつき?」
リラがアーサーの発言に首を傾げていると静かに扉が開き、その隙間から一本のナイフが飛んでくる。
「――っ!!」
キン! と甲高い金属音が響き、素早くアーサーと扉の間へと移動したエムラスがナイフを弾き落とす。
「みなさん私めの後ろへ御下がりを」
状況を素早く判断したアーサーたちは指示通りに後ろへと移動する。
「ほう……俺の初手をいなすとはあんた中々だな」




