163閑話7『王政国家ペンドラゴン』
『王政国家ペンドラゴン』
大陸に存在する9つの大国の1つとして存在しており、最高責任者──『アーサー王』が治めている国である。
この国の特徴といえば国の北部にそびえたつ巨大な塔であろう。『バベル』と名付けられたその塔はこの国が出来るよりも前から存在している建造物であり、かつてはここから多くの物資の輸送に活躍していた。
────しかし、それも昔の話。
国として基盤が落ち着き、1つの文化が形成されるにつれて各国間での交流は薄れ、塔の機能は利用されることはほとんどなくなっていると言われている。
「坊っちゃま、失礼致します」
幾重もの城壁に囲まれたその先──王の住まう城『イグレイン』にて……執事の『マルジン・エムラス』は書斎にて仕事を行っていた『アーサー王子』の元を訪れる。
「ヘヴィースからのお客様がお見えになりました」
用意した紅茶を余計な音を一切立てることなく、静かに注ぎながら報告する。
「うむ、準備が済み次第、その者らの案内を頼む」
書類仕事をこなしながら、アーサー王子は執事へ命じるとマルジンは丁寧に会釈し、一歩後退。部屋を後にする。
「ようやく、来たのだな……」
書類を手にしたまま、アーサーがデスク上の端末を操作するとモニターに監視カメラの様子が映し出される。
軍事区画の一角──ヘリポートに着陸した輸送用ヘリから兵士たちに誘導されながら降りてきたのは『ブレア』、『キスリル・リラ』の2名の女性であった。
彼女らがこの国を訪れたのは、小国『ヘヴィース』の最高権力者であった男──ジークムントが戦死したためである。
管理者となる人物が居なくなり、結果的に国は解体されることとなった際、行き場を失った関係者達は多くがペンドラゴンより派遣された者たちであったこともあり、王の責任のもと、大国が管理する各中小国家に配分され、散っていった。
そのため、報告を行う役割を与えられたのだ。
中小規模の国──それは基本的にこの世界に9つある大国とよばれる国家の属国であり、ヘヴィースがそうであったように工場地帯や研究施設を分類するために『〇〇国』と名付けられているだけであり、『小国ヘヴィース』の『ジークムント』のように管理を一任する最高責任者が各国に置かれているのである。
(父上が病に倒れてから──どうしてこう……厄介事が続くのか……)
アーサーは大きくため息をつき、再び書類に目を通す。
書類──その中でも特に重要なものに関してはこうして紙として印刷し、保管するのがこの国の決まりである。
しかし、ここ最近その中に少なくとも一国の王が目を通す必要があるとは思えないものが多く含まれるようになっていた。
それだけ管理が行き届いていないということなのだろう。
アーサー王は偉大な王である。
この国は僅か半世紀余りの歴史の短い国であるが、その高いカリスマ性と人々を見抜く目は本物であり、彼による適切な指示のもと、瞬く間に今の王国ペンドラゴンが出来上がったのだ。
しかし、彼が病に倒れてから僅か数ヶ月足らずであるというのにこの国は変わってしまっていた。
腐敗──と、一言で表してしまうのは簡単だが、現実はそう簡単な事ではない。
特にその被害を直接被ることになる人民やその対処に追われる者たちからすれば看過できない事態である。
治安の悪化、怪しい薬物の買収……挙げだしたらキリがない。
当然ながらそういった問題点の改善には力を入れるよう指示しているものの、アーサー王に比べ王子の発言力は弱く。現状、発言力を有しているのは王子の摂政を務めている大臣の方が大きいだろう。
少しずつではあるが、兵士たちも何処からか雇い入れた傭兵たちに入れ替わっていっており、その兵士たちの素行も決して褒められたものではない。
大臣の息が掛かった者たち。
城内の勢力図は彼らによって大きく塗り替わりつつある状況であり、王子が気づいた頃には既に半数以上が入れ替わっていた。
これではいつ狼煙が上がってもおかしくはない。
危険性をつたえ、対策を施そうにも今年で10歳となる王子の言を素直に受け取るものは少なく。
かといってあまり多くの人に声をかけてしまっては大臣に情報が漏れ、何か良からぬ事をしてくる可能性が高い。
それはクーデターか、別の何かか……。
分からないが、少なくとも私物化されてしまっていることは確かだ。
由々しき事態であり、早期の対策を施すべきである。
しかし、現在城の中で動いてくれる人物はマルジン・エムラスを除くと数名の兵士たちくらいのもの。
それではとても問題事に対応するのは難しいだろう。
(そろそろか……)
扉がノックされ、兵士たちが呼びに来る。
王子は手にしていた書類を引き出しへしまうと、立て掛けておいたスーツのジャケットを羽織り、廊下へと出た。
■■■■■
「ブレア様とリラ様ですね。謁見の件は伺っております。どうぞ中へとお入りください」
兵士たちに連れられ、軍用車に搭乗する2人。
軍事施設を抜け、大きな堀を繋ぐ架け橋の傍で下車。小屋にいる兵士に書類を見せると、そのまま奥の部屋での簡単な持ち物検査が行われ、問題はないと入城が許可される。
「ねぇ、どうして私がついていく必要があるの?」
「さてな、私も詳しいことは知らないが、アーサー様がお前を連れてこいって命令だったからな」
小屋を出て城まで続く道のり。
キスキル・リラは今更ながら疑問を投げかける。
「うん、それは分かってるけど……」
「なんで連れてくる必要があるのかってことか?」
「うん」
「……さぁな」
少し悩むような素振りを見せたかと思ったが、帰って来る返事は素っ気ないものであった。
「知らないの?」
「あぁ、知らないな」
「考えても?」
「全く」
バッサリと。
しかし分かりやすい事実をブレアは一言で述べる。
「……そうなんだ」
兵士の一人に先導され、潜ったトビラの先。
そこには赤いカーペットに数多の柱と部屋を彩る装飾の施された壁、そして巨大なシャンデリアが飾られたエントランスが広がっていた。
それはまるでファンタジーの世界から切り取ってきたかのように非日常感の溢れる空間であり、白衣を身に着けているブレアや軍服を着ているリラと案内役の兵士を見比べても場違い感が半端ない。
「こちらです」
エントランスをまっすぐと突き抜け、そびえ立つかのように存在する階段を上がっていくと目の前には美しい装飾の施された大きな赤いトビラが待ち構える。
しかしその扉が開くことはなく、赤いトビラの右手にある小さなトビラへと向かい、様々な絵の飾られた長い廊下を歩いていく。
そして到着したのは玉座の間。
王冠と剣、そして四枚の羽を背中に持った女性。
それらを模した国の紋章が刺繍された巨大な赤い垂れ幕が美しい部屋をさらに威厳あるものへと飾り付けていた。
そこは、まさしく王様と謁見するための場所。
荘厳な雰囲気の中、室内にはゆったりとしたヴァイオリンの音が鳴り響き、一時の静寂が訪れる。
『アーサー王、御入来!』
しばらくして大きなスピーカーから鳴り響くファンファーレ。それを合図に玉座への階段──その下段にてブレアは静かに膝を突き、右手を胸元へ持っていく。
リラもそれを見よう見真似で行うべく腕の位置を確かめていると、ギギギ、と軋む音を立てながら玉座の側にあるトビラが開いた。
「わざわざご足労だったな」
声が聞こえ、2人がゆっくりと顔を上げるとそこに腰掛けていたのは玉座の大きさには似つかわしくない幼い子供であった。
整っていながらもまだまだ幼さが残る顔立ち。
キレイに切り揃えられたうえで敢えて形を崩して整えられているのであろうダークブラウンの頭髪。パッチリとして美しいエメラルドの瞳。
ダークブルーの生地に金色の装飾が施されたスーツは高級感がありながらもどこか舞台の衣装のようで、決して似合っていないわけではないのだが、コスプレ感が否めない。
手に握られている王笏も年季を感じられ、骨董品のように見える。
彼の体格には大き過ぎて不釣り合いな玉座も相まってそのアンバランスさは、素晴らしい映画のワンシーンを切り取ったかのように洗礼されていながらも、どこか幼稚さ──博物館等でコスプレをした子供が撮影のためにポーズをとっているかのような。
絶妙な不可思議さを醸し出していた。
「子供……?」
「こともあろうに子供など……無礼ですよ! 小娘!!」
ボソッと思った事をリラが口に出すと側に立っていた白髪混じりの男──『ルーロイ大臣』が眉間にシワを寄せ、怒鳴りつける。
ビクンッと身を震わせ、リラは謝罪するもルーロイは納得がいかない様子であった。
「よい。事実、私はこのように子供なのだから」
「王子! そのようなことを仰っていては民はつけあがりますぞ!」
「大臣、流石にそれは話を飛躍し過ぎではないか?」
「いえそのようなことはありません! それよりも、あの小娘は何者ですかな。あのような小娘が来るなど私は聞いておりませんぞ?」
「あの子――いや、彼女は私が呼んだのだ」
「何故です。この私に無断で――」
「それこそ何故だ? 大臣であるお前の許可をとらなければ私は人を呼んではいけないのか?」
「ぁ――いえ、決してそのようなことは……」
「ならばよいではないか」
「クッ……かしこまりました。ですが次からは話だけでも通してくれますよう頼みますぞ!」
抑え切れていない。明らかな怒りで身を震わせる大臣。
王であるアーサーに寄り添い、王のために叱り付けている。王のための大臣を今日も問題なく演じられている。
少なくともルーロイはそう思っているが、アーサーはおろかブレア達も彼に対する心象は良いものではなかった。
「善処する……さて、待たせてしまったな。すまない」
「いえ、滅相もございません。むしろこちらが先程の失礼な発言を謝罪せねばなりません」
「よいというのに……皆、堅くなりすぎだ。もう少し気軽に接してもらっても構わないんだが……」
「いけません!! 王ともあろう御方が威厳がなくてどうするのですか」
その言葉を聞き、リラは肩の力を抜こうとしたが、すぐさま響く大声に肩を縮込める。
「いや、王様は父上だ。現在、私が代理を勤めているだけに過ぎない」
「ん? 王様に何かあったの?」
「あぁ実は――」
2人のやり取りにふとした疑問をリラは漏らす。
「王子!!」
「――いや、すまない。忘れてくれ」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
「うむ……」
妙に悪い空気の流れと短い沈黙。
ブレアは姿勢を崩すことなく、顔だけを上げて玉座に腰かけるアーサー王を見上げる。
「……それで本日はどう言った御用達でしょうか? 兵器開発の件でしたら、残念ながらクレイマーが他界してしまいましたので情報の精査に──」
「あぁ、安心してくれて大丈夫。兵器関連の依頼ではない」
話を戻すべくブレアが問いかける。
今までであればクレイマー・シュタインが彼の管理する施設における兵器開発の説明を行っていた。
しかし、クレイマーは既に戦死しており、その研究資料もブレアに届けられた分しか存在していない。
「では、どのような?」
「先日のジークムント殿の件で少し話がしたいと思っただけでな──」
「そのような事でわざわざこのような場を用意したのですか!?」
「大臣、これはお前が用意したのではないか。私は小さな小部屋を一つ用意してくれればそれで良かったのだ。それをお前がこちらの話も聞かずに長々と説明を始めてそれでわざわざ用意したのだろう?」
「当たり前です。王たるものいかなる時にも――」
「大臣……すまないが下がってはくれまいか?」
「は? 何故です」
「お前がいては一向に話が進まん。だから下がれ。これは命令だ!」
振りかざされた王笏。
それは王による絶対権を表す証。それを持つ者の発言は王による発言に等しく、それを断ることは許されない。
だが、アーサー王子は『王子』であり、当然ながら王族である。ならば、王を示す杖など必要はなく、少なくともアーサー王子を良く知るこの城の者であれば彼が一言声をかければ、即座に行動に移すだろう。
本来であれば……。
そこに不快感や反発心など芽生えない。いや、芽生えてはならないのだ。少なくとも本人の目の前では。
「チッ……分かりました。扉の向こうに兵を待たせておきます。何かありましたらその者にお伝えください」
ルーロイ大臣は小さく舌打ち、渋々といった様子で頭を下げると扉の向こうに消えていった。
「(ガキが調子に乗りおって……)」
ボソリッと小さな声で悪態をつきながら。
「…………。」
「ん、ブレア殿。どうかしたか?」
「いえ特に……それで、ジークムントの件につきましては以前まとめた書類をお送りしたはずですが……」
「それはそうだが……ブレア殿。少し場所を変えよう」
「よろしいのですか?」
「構わないさ。どうせ大臣にはまた私のワガママだと思われるだけだ……衛兵! ジィを呼んでくれ!」
「はっ、かしこまりました」
敬礼をし、駆け出す若兵。
しばらくして黒い執事服を身に纏った白髪の老人が現れると落ち着いた面持ちで、静かに王のもとへと歩み寄っていく。
「お待たせしました。坊っちゃま、お呼びでしょうか?」
「至急、適当な部屋を見繕ってもらえるか? 誰にも気取られぬようにな」
「かしこまりました」
「あぁ、そうだ、二人にも紹介しておこう。我が執事エムラス卿だ」
「ご紹介に与りました。私は坊っちゃまの養育係り兼執事の『マルジン・エムラス』と申します。以後お見知りおきを」
そう言って老人はゆっくりと手を胸元に回し、一礼する。
「あぁ、私はブレア・シュタイン。そしてこちらは──」
「き、キスキル・リラと、申します。よ、よろしくお願いします」
「えぇ、よろしくお願いします。ブレア様、そしてリラ様」
緊張した様子のリラをジッと眺めるマルジン。
「あの、何か……」
「……いえ、その初々しい態度。とても宜しゅう御座いますね。若かりし頃が思い出されそうです」
「え……は……?」
「エムラス卿。手は出すなよ?」
「ほほほっ私は少女趣味は御座いませんよ。どちらかといえば」
「あれ? 消え――」
「こちらの方が宜しゅう御座います」
サッと老人は消え、瞬く間に彼女らの後方に立つと立ち上がっていたブレアのお尻をさらりと撫でる。
「――っ!」
「ほほほ、小さくそれでいてハリの有る良い形をしておりますね」
「てめっ!」
ブレアは頬を赤らめ、振り向きざまに拳を突き出す。
彼はその拳を軽々と受け止め、もう一方の手を伸ばし彼女の胸に指を触れる。
「――っっっ!?!?」
ボッと彼女の顔に更に血が上り、髪の隙間からわずかに出ている耳までもが真っ赤に染まる。
「ふむ、控えめながらも程よい弾力。それに綺麗な形をしておりますな」
「ふんっ!!」
繰り出される回し蹴り。しかし彼は素早く身を引いてそれを躱し、数回にわたる攻撃を軽々と避けると床を蹴って跳ね、空を舞い、玉座付近に着地をする。
その宜賓な動き
「あ、アーサー王。な、何なのですか? そのヘン――男は!!」
彼女は茹でダコの如き顔でワナワナと震えながら老人を指差し、そのダークグリーンの瞳で睨み付ける。
「あぁ……先程も言った通り我が執事だ……まぁなんだ、見ての通り少々手癖は悪いが父上の代から立派に勤めを果たす信頼に足る人物だ。手癖は悪いがな」
「ほほほ……老い先短く、最早血の集まらなくなった老人の数少ない楽しみですよ」
「だが紳士としては失格だな」
「おやおや、これは手痛い」
笑みを浮かべるエムラスを見てアーサー王は呆れ返る。
「全く、一応ここは謁見の場なんだけど……はぁ、兵士まで下がらせるのは失敗だったか? ともかくすまなかったな。ブレア殿。これは私の不徳が招いたことだ」
「い、いえ……そんな」
「御詫びになるかは分からないが、ブレア殿。エムラス卿を叩くことを許可する」
「そんな、それでは私めは昇天してしまいます」
「何だろう? 気持ち悪い……」
その言葉に嫌そうな顔を聞くリラ。
同時にアーサー王はため息をつく。
「悦楽の意味でなければ、私は一向に構わんのだがな……とにかくブレア殿の元へと向かえ」
「御意」
その後、心地よい音が玉座の間に響き、頬を赤く腫らしたエムラスを先頭に玉座の間を後にした。




