158 閑話6『月下の晩餐』
『どういうことだ!』
月夜の下、耳につけた通信機越しから怒号が飛ぶ。
通信の相手──ATの頭を抱える様子が目に浮かぶようだ。
けれど、黒い衣装に身を包んでいる少年──ヒロこと真栄喜 游はそんなことを気にする様子はなく、目の前で燃える小さな焚き火に薪を足す。
「うるさいなぁ、だからさっきも言ったけど俺が到着した頃には全滅していたよ。4人ともね」
仲間の死、であるというのに游は軽く陽気そうな口調でそれを告げる。
しかしその表情にフザけた様子はなく、手頃な枝の一本を手に、観察すると小さな折り畳みのテーブルに置かれているサバイバルナイフで枝端を削り始めた。
『馬鹿な……何故だ?』
氷雨隊は文字通り氷雨 霙を部隊長とした少年兵の集まりであり、彼らは隊長である彼を慕いそして隊長もまた彼らを慕っていた。
故に何故、氷雨霙が仲間であるはずの彼らを殺したのかその証拠となる資料を見てもATには理解できなかった。
信頼を置いているはずの仲間を、友人を手に掛けるなど、正気の沙汰ではない。
いや、十中八九正気ではないのだろう。
雪風を殺した時点で薄々と気付いていたが……一体何が彼の身に起こっているというのか。
「正直なところ、それはこっちが聞きたいところですがねぇ~。AT、あんた本当にたいちょーを監視してたの〜?」
『愚問だな。何のために10年はもつ保存食とともに海底の特殊コンテナに彼を隠したと思っている? 定期的にバイタルデータなどは彼女に送らせていたし、それを確認した私の部下も特には異常は見られなかったと言っていた』
「ふぅん、そっかぁ」
『逆にそちらは今回の接触で気付いたことはないのか?』
「ん~あぁ、分かったことが少しありますよ〜」
『……なんだ?』
情報はなく、時間もない。
ただでさえ忙しく、寝る時間もそんなにとれない。
度重なるストレスで苛立ちを露わにするATに対し、游は明るい口調で通信機に向けて話す。
「それでは、先程お送りしたお手元の資料をご覧くださ〜い。え〜まず氷雨隊や兵士たちを結晶体へと変えた現象に関してですが、恐らく変換機構の応用ってところじゃないかな」
変換機能とは、とある物質を別の物質へと変化させる技術。
防人やヒロ達がGWを待機状態として携帯する事ができるシステムにも利用されているものであり、結晶の中から蒼槍を取り出したように氷雨霙もまた同じものを利用している。
これを戦闘に利用することであの現象を引き起こしていたのではないか、ということを示唆している。
「ただおかしな点が」
『おかしな点?』
「そう、たいちょーの攻撃を受け結晶と化したヒトはその肉体までもが結晶体と化しているのですよ!」
『……確かに砕けた兵士の断面まで結晶と化しているのは引っかかるな』
システムである以上、その域を越えることは決してない。
プレイヤーがゲームの最中、アイテム欄に入っている道具しか選択する事が出来ないように。変換機構はあくまでもシステム上で特定した物質のみの変換なのである。
それなのに、彼は氷雨霙は放った粒子を収束させ、結晶化させ、武器として使うだけでなく攻撃した対象そのものを変換対象としてその肉体そのものすら結晶体と変化させている。
まるで本来なら拾えないアイテムを使用するかのように。
本来なら存在しないアイテムを生み出すかのように。
言葉にするのは容易い。
だが、それを実行に移すことの出来る技術は最新鋭を進む学園ですら辿り着いてはいない。
そんなものを一個人が扱うという事実は異常であり異質であるという他ない。
「そだね〜、それから少しだけ雹牙のデータを覗かせてもらったんだけど〜」
游たちの目の前に表示される氷雨霙の生体データ。
これは先程、地図等のデータ送信に混入させたウイルスデータを利用し通信回線を繋げ、ハッキングを行った事によって得られたものである。
無線であり、勘付かれるわけにもいかない状況の中で行ったためあまり多くの情報が得られたわけではないが。
──それでも少なくとも半分は重要な情報を得ることが出来た。
「まぁ、僕も医者の知識とかないし詳しいことは流石にそっちの医療設備とか使わないとだけどさ、多分たいちょーは今、脳の一部が機能していないんだよ」
『機能していない?』
「そうそう、まぁ人間って脳みそ2割くらいしか使えてないらしいけどね〜」
『…………。』
游は陽気な明るい口調で話しつつ下準備を済ませた魚を手に取るとナイフで削り、端先を少し鋭くした枝を慣れた手つきで突き刺すと焚き火の側に突き立てる。
「もぅ〜ノリ悪いなぁここは『ふざけているのか!?』とか言って激昂するところだよ?」
『はぁ……それで、それと先程の結晶化とはどういった繋がりが?』
「──え?」
『……ん?』
短い沈黙。
游は話の流れが止まった原因に気づいたように手を打つ。
「あぁ、はいはい。結晶については流石にそっちで調べてくださいよ〜。後で現場で拾った指を後日送りますので、あ、ちぁゃんと小指を送るんで安心してくださいね〜」
『何が……いや、了解した』
要は指詰めの事を言っているのだと理解したATは悪趣味な冗談だと思いつつも反応するのも面倒。と彼の言葉に肯定する。
「話が早くて助かるよ。で、さっきの話だけど脳機能に何かしらの異常があるんじゃないかなって。俺は睨んでるんだけど……」
『なるほどな。それなら別人のようになってしまった説明もつくが……』
「どうかした?」
『いや、少々厄介な話になったと思ってな』
「確かにね。今回見たくこっちも殺されちゃうんじゃどうしょうもないからね〜」
『ふむ、であれば今後は接触を極力避けるべきか』
「いやぁ、それはマズイんじゃない? 今回みたく遭遇戦になって国の兵士たちが今後も殺され続けちゃったら、流石に勘付かれるかも」
『ルートを記した地図は与えたのだろう?』
「うん、でもそれ通りに動くとは限らないんじゃないかなぁ? あの人の現状を見て少なくとも素直に言うことを聞いてくれるとは思わないよ」
『…………確かにな』
ヒロの言葉を聞き、ATの脳裏に浮かぶ映像の光景。
人を引き裂くように殺し、磔にする。
それはまるで見せしめのように。
しかし彼はそれにすらまるで興味が無いような態度で笑顔を見せ、海に沈めた。
少なくともまともな感性ではない。
「それにしてもあの蒼槍、一体いつ渡した事許可したんですかぁ? 俺、初耳ですよぅ」
『何のことだ?』
「え? だから雹牙でしたっけ? あれに武器を装備させるのは学園に着いてからって聞いてたからさ、ちょっとビックリしちゃたんだよ」
『本当に何を言っている? まだ武器を与えた覚えはないぞ』
「……説明してもらっても?」
『氷雨隊──正確には雪風にだが『彼を迎え入れるなら最高の状態で迎えたい』と頼まれたのでな。彼のために隊が用意した機体は持ち出すことを許可したが、武器の持ち出しまでは許可した覚えはない』
「ふぅん、無許可で持ち出された形跡は?」
『ない』
キッパリとそう言い放つAT。
それに対し、游はどこか意味深に、しかしその陽気な軽さを失わせない声色で頷く。
「なるほどね~」
『それが、どうかしたのか?』
潜入していた部隊から救助の連絡を聞き、斥候も兼ねて一足先に出て来たものの間に合わず、加えて戦闘跡の残骸から戦闘の記録も入手出来なかった。
だから、現在の状況で分かることは全てATへ伝えてある。
「いえ、何も」
武器を与えていないにも関わらず、結晶体の氷柱のみならず金属製の槍を生成し扱っていた。などと確かに驚くべきことではあるが、まだ伝えるほどのことではないだろう。
「そろそろ今の仲間と合流しなくてはなりませんので……」
『そうか、悪かったな。任務遂行中に』
「本当ですよ〜報酬の上乗せを要求したいくらいですぅ」
『……検討しよう』
まさかOKを貰えるとは。
「ありがとう。大好き〜」
『ハッ、言ってろ……ではな』
「……えぇ、また」
◇◇◇
しばらくして。
月夜の下、夏の虫が鳴く音を聞きながら程よく焼けた魚の匂いを嗅いで、それを囓る。
口の中に広がる白身のジューシィーな口当たりに荒塩によるアクセント。残しておいたモツの苦みが程よく調和している。
──美味い。
と、思う。
潜入工作。この過程で様々な食事を摂ることとなるが、基本的には軍からの支給品で正直なところ味気ないし物足りない。
まぁ味なんてガツンと響けばどうでもいいけれど。
少なくとも今周りで眠っている仲間である兵士たちの味覚には合わせる必要はある。
(で? こうしてわざわざ話しかけてきたってことは?)
──あぁ、解析結果が出た。
先程よりもより隠密度の高い通信回線における会話。
游は口元すら動かすこと無く、聞こえてくる男の声に頭の中で思考する事で相手へ言葉を伝える。
こうすることで夜食を楽しませながら会話が成り立つ。
──まず、回収した結晶体の解析結果だが、完全に結晶と化している事が分かった。
(やっぱりねぇ)
氷雨霙が居なくなった後、回収した結晶体となった兵士の指。
その解析は真栄喜 游/ヒロの所有する雅狼に備わっている高い解析能力を利用して行われた。
元々、雅狼は戦闘用ではなく情報処理や解析能力に特化した機体であり、その真価を発揮すれば複雑な暗号化がなされているオリジナルのコアであるプレソーラー結晶炉の未解析領域へと足を踏み入れることも可能である。
──粒子エネルギーの伝導効率もかなり高く、これで細く加工した繊維でも作れたらパワードスーツの存在意義を失うレベルだな。
(人の指を加工するとか、流石に猟奇的過ぎない?)
──あくまでも例えだよ。それだけこの結晶の出来は素晴らしいということになる。
(だとすると、これはとんでもないものだねぇ……エネルギー粒子を結晶化させる技術自体はあるけど、本来なら専用の装置がいるし)
粒子エネルギーの結晶体化。
学園の施設であれば、高濃度の粒子エネルギーを高圧空間内において圧縮、結晶体と変化させる術を持っており、それを利用したGWのコアはF-PS結晶炉と呼ばれている。
False──偽物と名付けられたそれは充電式の電池のように定期的な粒子エネルギーの補充が必要となるものだ。
だが結晶体がエネルギーの塊であることに変わりはなく、氷雨霙が作り出したこれはそれだけ素晴らしいもので人の目に安易に晒して良いものではないということになる。
──余計な手順無しで即席、それでありながら膨大なエネルギーの塊を作り出せる。とそんな簡単な話でも無いようだ。
(というと?)
──考えてもみろ、学園におけるF-PS結晶炉は結晶の形を取ったエネルギーの塊だが、その均衡を崩せば内側に溜め込まれたエネルギーを一気に放出し、周囲を吹き飛ばしかねない。
(あぁなるほどね~、確かにこの指結晶は砕けてるのに爆発はしてないね)
月明かりに照らされる元兵士の小指。
繊麗された氷のような、水晶のような美しさを放つそれはエネルギーの塊であり、本来であれば放出し続けているエネルギーによってこうして手で触れる事が叶うようなものではない。
つまりそれだけ安定した物質であるという証明なのである。
──あえて砕こうとは思わないが、少なくともかなり安定した結晶体構造を有している事に他ならないだろう。とはいえこれくらいであればさほど問題視するほどではない。学園側への新しい情報としても申し分ないだろう。
(突然起きたイレギュラー。だから勘付かれる恐れもない?)
──我々は指を学園へ提供しただけ。それなら今までと何も変わらない。
(ふぅん。まぁ、その辺のさじ加減は貴方に任せるよ。俺にはその辺の判断が苦手だ)
──そうだな。お前は詰めが甘いからな。
(指だけにね)
──…………で、雹牙に搭載されたオリジナルのコアに関してだが、少なくともコアにある暗号化の多くが不完全になってる。
(ふむ、それで?)
──以上だ。
(え、それだけ?)
いくら時間がなかったとはいえ、あまりにも少ない情報。
流石の游も素で返してしまう。
──あの状況で万が一勘付かれるとこちらが殺されかねなかったからな。だが、少なくとも半分は欲しかった情報を得ることが出来た。
(ゼロの作った複製品、そちらは問題なかったってこと?)
D-PS結晶炉──かつてゼロが試行錯誤して完成させたコアの複製品を指す。
粒子エネルギーの精製性能は素晴らしく動力炉として申し分ないが、それ以外に搭載されているというシステムはまともに機能しない。
特に人命救助のシステムに関して大きな欠陥があるようで、その結果、今回の氷雨霙のように脳に障害が発生することとなったらしい。
そう、氷雨霙があれだけの粒子エネルギーを操ることが出来たのは2つのコアを有していたからである。
ATが創り出したオリジナルのPS結晶炉。
そしてゼロが複製したD-PS結晶炉の2つである。
ゼロの複製品はかつての氷雨隊の隊長機に搭載されていた。
それはあくまでも高出力の動力炉としてのみの役割を果たしていたはずだった。
しかし戦闘により負傷し、生命の危機に瀕した時、そのシステムは起動した。
してしまったのだ。
故に彼は海底の施設にて眠ることとなった。
動力炉から放出された粒子エネルギーが強固な膜を形成し、その中に眠る瀕死の搭乗者の生命の生命を救うべく仮死状態にし、治療を施していく。
一種のコールドスリープに近いそれはまともに機能していれば最も安全で最新鋭の治療空間と言えるだろう。
欠陥がなかったら、の話だが。
──あぁ、これで粒子エネルギーの生産効率を上げることが出来るだろう。
(そっか……ごめんね〜俺が手伝えたら良かったんだけど)
──気にする必要はない。こうして知識を精査する事ができる。それだけでも十分だ。
(そっか……俺にも一応知識はあるんだけどね。与えられて覚えさせられた知識が)
──だが、今のお前にその使い道は見当たらないのだろう?
(分かってるよ。だからこうして君が代わりにしてくれてるんだから)
──フッ、あぁそれにしても氷雨霙へ与えた地図はあれで良かったのか?
(問題ないよ。これで時間稼ぎくらいは出来るんじゃないかなぁ? ってね)
氷雨霙へ与えた地図。
それは本来与えられたものである破棄予定の小施設を指すものとはまるで異なり、学園へと向かうものであった。
加えて通過するよう指定したコースはいくつかの小国。軍の隠された小さな拠点がいくつもある場所である。
──氷雨霙に防人慧をぶつけることに変わりはないのだろう?
(一応ね。でも夏休みくらいはのんびりしたいでしょ? 学生なんだし、それくらいの楽しみは与えないとね〜)
──そうか俺にはよく分からないが……それで? 軍への報告はどうするんだ?
(もちろん何も無かった。とだけ伝えるつもりだよ。そのためにわざわざ救難信号の発信源を誤魔化したんだし)
加えて言うならば、結晶体となった氷雨隊の4人を含め、エネルギーの塊となってしまった彼らを他者の目に触れさせるわけにもいかないというのもある。
死んでしまった彼らには悪いが、後々有効活用させてもらうとしよう。
──そうか、細事に関しては任せる。食事も終えたし、俺はそろそろ失礼する。
最後にホッと、スープを飲み干しひと息つくと。
游は小さく頷いた。
通信を終え、現在の仲間に見張りを任されている游は静かに天を仰ぎ見た。
≪Pre-Solar結晶炉≫
学園の各専用機に搭載されている半永久機関。
PS結晶より発せられるエナジーを効率的に処理し、動力炉として主に運用される。
炉心として用いた結晶体によって粒子エネルギーの瞬間生成量や最大駆動可能時間などは異なってくるものの外部からの物理的なダメージ等がない限りは無尽蔵にエネルギーを生み出し続けることが可能。
よって機体の駆動可能時間は操縦者の体力や集中力に依存する。
とはいえ、リアクターから直接GWへと回すのではなく一度、PS粒子貯蔵槽へと貯蔵された後、エネルギーを消費するため、一度に大量に消費した場合はタンク内への補充が必要となる。
チャージ中はリアクターの役割をそちらに割くため、僅かに出力が低下するため注意が必要。
また、結晶炉には未知のデータ領域が存在しており、それが解放されることで既存の物理現象を無視するほどの特殊技能が発動するとされている。
半永久機関であるそれから放出される粒子エネルギーは即座に空間に拡散し、消失する。
ちなみに、オリジナルと言われているコアには金星のように、ヒトにも似た思考回路を持っているとされている。
◇◇◇
F-PS結晶炉『false pre-solar』
PS結晶炉から放出されるエネルギーを特殊装置によって高圧縮し、結晶化させた量産品。
言ってしまえば単なる小型のエネルギーの貯蔵タンク。
A.T.が単なる高出力の動力炉として他国へと売ってお金にするためのもので基本使い捨てだが、学園内にはエネルギーの補給ができるタイプもある。
エネルギーの安定性に乏しく、意図的に安定崩壊を起こさせ、兵器として転用することで強力な爆弾ともなる。
◇◇◇
D-PS結晶炉『Deterioration pre-solar』
オリジナルのコアを元にゼロが試行錯誤して完成させたコア。
エネルギーの精製は素晴らしく動力炉としては申し分ないが、それ以外のシステムは全く機能せず、特に人命救助機構に関しては欠陥がある。




