155閑話5『愛の氷像──後編』
普段にも増して真剣な表情をした2人は、その目先にしっかりと氷雨霙を見据えながらいつ動いても良いように警戒心を露わにする。
「愛……って何だろう? ねぇ、君たちは愛を知っているのかな?」
「だったら……」
「どうするにゃ!」
敵が動くよりも先に体が動く。
野生の勘とでも言うべき直感力で地面を蹴った2人は一気に氷雨霙へと接近。腕部の粒子スラスターにより加速した拳を振るう。
しかし、氷雨霙は飄々とした態度で新たに発生させた氷晶防壁で2人の攻撃を防ぎ、氷柱の槍を天から降らす。
「猫広!」「獅子唐!」
機体から発せられる危険信号とほぼ同時。
2人は互いの拳をぶつけ合い、その反発力で後方に跳ねると木々の隙間を縫うようにして攻撃を躱していく。
「さぁ教えてもらうよ。あいを、愛を!!」
「……愛は、心を痛め、心を癒すってな!」
「……愛は、喜びであり、悲しみだにゃ!」
何故、我々は戦っているのか。
そんな疑問も届きそうにない氷雨霙の様子を見ながら2人はせめてもの目眩しと撹乱のため、何処かで聞いたような言葉を叫びながらエナジー・アサルトライフルを乱射。
「痛み、悲しみ……なら」
ライフルから放たれる光弾は氷雨霙に届くよりも前に障壁によって拡散し届くことはなく、彼は何処か納得したように声を上げると手にしている蒼槍を獅子唐へ目掛けて投擲する。
「──ガッ!?」
こちらへ来たと思った瞬間、獅子唐の右腹部は抉り取られてしまっており、後方に植立している木々は次々となぎ倒されて、真っ直ぐな大通りが作られる。
「君たちを傷付けることで傷む僕の胸、目から溢れる涙……悲しいけどうれしい。あぁそうか、これが僕の持つ愛なんだね! ハハッハハハハハハ――!」
彼は笑い、 パチリと指を鳴らす。
皮膚に貼り付き、ゆっくりと浸食していた氷結晶は一気に広がり、まるで剣山のように内から外へと獅子唐の肉を突き破る。
「ガァ!! あ……はは……やっぱ、リーダーは強ぇ……な……」
血反吐を吐きながら膝をつく。
耐え切れない痛みと苦しさに獅子唐は噛み締めた奥歯を砕きながらも、ニヤリと微笑むとヘルメット・バイザーの下の瞳から光が消えていく。
「君を失って僕の中の愛は増す。あぁ最高だ!!」
彼の腕がだらりと垂れ下がり、巨大な雪の結晶が完成する。
差し込む光、キラキラと光る細かな粒子がまるで細氷のように舞っており、経緯を知らない者が見たら1つの芸術品のようにも感じられる。
「獅子……あぁ、にゃんてことを……」
そんな、美しくも恐ろしい光景。
もはや彼との会話に意味がないと改めて確信した猫広は逃げることも叶わないと悟り、大きく一息。
グググッと力強く地面を踏みしめ、背部および脚部スラスターに出力を回す。瞬間的な加速をより高く、より速く氷雨へと接近し、氷雨霙の直前で高速スピン、重い裏拳を入れる。
が、届かない。
強襲武装により出力は格段に飛躍しているはずなのに、明らかな性能の差が感じられる。
「にゃとしても!」
もう一方の手。
アサルトライフルを鈍器の如く振り下ろすも氷結晶の防壁が砕けるよりも先にライフルが限界を迎え砕けてしまう。
降り注ぐ氷柱槍。猫広はどうにか致命傷は避けながらも攻撃のタイミングを見定める。
抉られ、崩れていく木々に氷に染まる地面。
ようやくと止んだ攻撃の後、氷雨霙は蒼槍を手に取ると獅子唐と同じく猫広へ目掛けて投擲する。
「ここだにゃ!」
猫広は全神経を集中させる。
スラスターの出力を最大まで上げながら、辛うじて攻撃を避けると素早く氷雨霙の後ろへと回り込み、5本の爪を一本に収束、高出力の一本の爪を突き立てる。
「にゃんとしても!」
互いに放出されるエネルギーのぶつかり合い。
氷結晶の姿をしたエネルギーの防壁と1本に収束して高出力となっている光の爪とによって打ち消し合い拡散していく光粒子。
かなりの熱が発生しているのか、接触部が赤く発光を始め、その時点に到達してようやくと氷結晶が溶けるようにして削れていく。
「にゃぁぁぁ!!」
これだけの時間をかけての攻撃。少なくとも避けられない状況ではないはず。
あえて受けてくれるのか、分からないがここで決めなければマズイ。
この機を逃すまいと猫広は地にしっかりと足をつけ、腕部スラスターを吹かし、氷壁の中へと手を沈めていく。
厚いと思っていた氷の壁は思いのほか薄く、猫広の手はスルリと壁をすり抜け、指先から伸びる光の爪は氷雨霙の背に突き刺さる。
だが、すぐにオーバーヒートを起こし、セーフティーが落ちることで光の爪は消滅してしまった。
「う゛っ……ハハッ君の愛を受け取ったよ猫広。だから今度は僕が愛をあげるよ」
一瞬とはいえ装甲を貫いたはずであり、仮に致命傷を避けたとしても氷雨霙は大怪我を負っているはず。
だというのに、彼は突き刺さる直後、ほんの少しの時間顔を歪ませたのみで後はまるで何事もなかったかのように蒼槍をその手に掴み取る。
「まだ、いらんにゃ!」
「おろ?」
猫広は壁を突き抜けたその手にハンドガンを生成する。
これは、GWを待機形態時に別の姿へと変えておくシステムを応用したもので、あらかじめ機体のデータ領域に量子化したハンドガンを収めていたというだけである。
そのため、何度も際限なく氷柱の槍を生み出す氷雨霙のそれとは全くの別物であり、雹牙を与えたATにとってもこの性能は想定外であった。
「どうして……」
ゼロ距離で放たれた光線は彼の肩を貫き、同時に上空からの氷柱槍が彼の拳ごとハンドガンを破壊する。
「どうして僕の愛を断るんだい?」
「愛は優しさ、守りたいと思う強い気持ちにゃ。主にそれがあるのかにゃ!?」
「守りたい強い気持ち……勿論あるさ、僕の大事な人たちなんだから……だからこれからも君たちには変わらないでいてほしい。永遠にその姿を保って欲しい。もう誰にも消させはしない。僕の愛するものを他人にはコロさせはしない!!」
「に゛ゃ!?」
氷雨は頬笑み、新たに手に持った槍を結晶体へと変え、自身の造り出した氷結晶の障壁を槍に混合しつつ猫広を貫く。
「にゃ〜〜………… あぁ……そういう、ことか……それが、これが主にとっての……あ……い……」
冷たい氷に包まれていく中、猫広はどこか納得したように笑みをこぼす。
傷口に貼り付いた結晶体は浸食を始め、猫広の全身は包みこまれ始める。
手足は最早動くことは叶わず、死がすぐそこまで迫っている。
だというのに彼の頭に、全身に、巡り流れるのは温かさと安心感。
もう怖いものなど無いと、恐れるものなど何一つ無いのだと、猫広のカラダが、神経が、細胞の1つ1つが理解する。
緊張の糸が切れる。最早、何をする必要もない。
瞳を閉じて眠るだけで良いのだ。
それだけで、全ては救われ報われるのだ。
それだけで……。
◇◇◇
「あぁ……あぁ! 素晴らしい!! この気持ち、この感情はまさしく愛!」
微笑む四体の氷像。
その顔は満足感、安心感に満ちた笑顔で満たされており、他の砕けた者達とは違う美しさを放っている。
氷雨霙は彼らから愛を理解した。
自らの愛を与えた。
頭に巡る喜び。
彼らから感じる愛は氷雨霙の欠けた心を満たしていく。
「……また、ずいぶんと派手にやらかしたもんだ」
「んん? やぁヒロ。久しぶりだね」
左目に黒い眼帯をつけたヒロと呼ばれる少年。
黒いロングコートに黒いズボン。上から下まで黒い衣装に身を包んでいる彼は喜びの絶頂を迎えている氷雨霙の背後に、いつの間にやら姿を現していた。
「あぁ、そうだな。とはいえ俺はあんたと戦う気はないからな」
「へぇ、まぁ僕の雹牙も少し休ませてやらないといけないけどね。それで何をしにここに来たのかな?」
いつもよりも明るさが身を潜めた真面目な態度で接するヒロ。
今の彼は潜入工作員の真栄喜游であり、その表情も真剣さが見て取れる。
「救援信号を届けた部隊の確認。ってところだ。とはいえものの見事に全員結晶体に取り込まれてこりゃあ連れて帰るわけにもいかないなぁ。あぁ、言っておくけど、氷雨隊の面々からのじゃあないからね」
「それじゃあそっちのガラの悪い奴等かい?」
「今の俺は傭兵だからな。つまりはそういうことだ。金さえもらえりゃどこにでもつく。何て言ったら悪役っぽいかな?」
「さぁ? 僕にはよくわからない」
「そうかい。んじゃ俺はそろそろ行くとするよ。こんな状態じゃ回収とか無理だしね〜……あぁそうそう」
「……これは?」
ヒロは暗号化したデータを氷雨へと送信する。
そこには氷雨霙が友軍であることを示すための認識コードと詳細なマップデータなどが含まれていた。
「ヘイムダル学園。ATや他の氷雨隊のいる所だよ。粒子を使いすぎてるみたいだし、しばらく機体を休ませてから行くことだ」
「うん。それじゃそうさせてもらうよ」
「それから道草は食うなよ」
「僕は道端の雑草を食す趣味は無いよ」
「……休んだら真っ直ぐ向かうことだ」
「うん、努力するよ」
無邪気な笑顔を向ける氷雨霙。
また戦闘を起こさないか少し不安ではあるもののヒロはそれを表には出すことなく、そっけなく頷く。
「それじゃあな、たいちょー」
「うん、バイバイ」
槍をしまい、手を振る氷雨霙。
ヒロはそのまま背を向け、少し距離を取ると森の中で待機させていた量産型GW『フリーダム・フラッグ』を装着。両翼を拡げ、ジェット噴射によって空へと飛び立っていった。
氷雨隊隊員(一部)説明
≪猫広≫
その名の通り、猫みたいな言動をとる少年。
隊の制服であるベレー帽には猫耳が付いている。
氷雨隊の量産機である『逝化粧』にも猫マークを描いてある。
実力は氷雨隊の中でも強い方であった。
怠け者だが戦闘時は意外と好戦的。
因みに猫らしい語尾は単純に滑舌悪いだけという噂もある。
◇
≪獅子唐≫
鋭い目付きの少年。
その名を示すようにライオンのたてがみのような髪型をしている。
頭は単細胞であまり良い方ではない。
『逝化粧』の武装として鋭いクローを持っている。
戦い方は荒々しく豪快であるが、小動物が好きでハムスターを飼っている(名前は獅子太郎、獅子蓋、獅子実)。
猫科繋がりで猫広とは仲がいい。
(性格は対極だが、戦闘スタイルは似ているらしい)
◇
≪金柑≫
氷雨隊で最も長身な少年。
小鹿とお揃いのマフラーをしている。
自虐的で悪いことにしか目がいかない。
◇
≪小鹿≫
氷雨隊で最も小柄な少女。
金柑とお揃いのマフラーをしている。
この世に幸福はない、という持論を持つ。
◇◇◇
『逝化粧』
氷雨隊に与えられた部隊専用の量産機。
隊員の制服と同じく、白と水色を基調とした装甲を持つ。
ベースとなる雪化粧自身は細身で最低限の設計である反面、拡張性が大きく、様々な場面に応じた適応化が可能。
・覚醒機構
この叫びとともに雪化粧に積まれた武装が解禁される。
要は全部乗せであり、加えてリアクターの出力を限界突破させることで一時的な機能向上も図られている。
本来、音声操作機構を利用する事なく行えるものであったが、氷雨隊メンバーの酸漿による(魔)改造によって叫ぶ必要がある。
(因みにシステムの命名も酸漿である)
・強襲武装
猫広、獅子唐が使用した全部乗せ形態。
使用者のカスタムによってそれらの見た目は異なる。
雪化粧のシステムは共通のものを使用しているため、強襲というのは名ばかりである。
氷雨隊 追加説明
≪氷雨 霙≫
『氷雨隊』のリーダーを務める男。
彼は過去、とある戦いにおける瀕死の重症によって長く眠っていたが、治療が終わり、目覚めた。
しかし、何故か彼は自身の部下である雪風をその場で殺し、また自身が眠っていた海底施設を彼女ごと海の藻屑にした。
『雹牙』
純白の装甲を持つ氷雨霙の専用機。
名前は氷雨霙自身が命名した。
氷雨隊の投資と開発によって最新のシステムと機能を詰め込まれているものの機体開発に殆どの時間をかけており、武装と呼べるものはまだ何も積んでいないはずである。
・戦争と死
氷雨霙が取り出した美しい装飾施された蒼い鋼鉄の大槍。
粒子推進装置による瞬間加速と槍の表層を覆う光粒子膜によってあらゆるものを貫通する。
・滅びの刻印
空中に氷柱を模した結晶の槍を生成し、雨のように降らす。
一撃一撃の威力はそこそこだが、掠めるだけでも結晶の表面が付着。徐々に蝕んでいく。
・浸食氷河
敵に付着した薄氷──結晶の薄膜を活性化させ、意図的に動きを抑制するとともに氷結晶によって敵を包み込み、閉じ込める。
・氷晶防壁
雹牙が発生させる光粒子による障壁。
防御機構(A.P.F.)により発生するバリアーフィールドであるが、雹牙のそれは他のものとは異なり、角張った形をした氷の結晶を模した形状となっている。
◇◇◇
氷雨隊
隊員約40名
隊服はベレー帽型の制帽に水兵服(セーラー服)、七分丈のズボン。
制服の基本色は白と水色でブーツを履いている。
大体皆その上に何かを着たり、羽織ったりしている。
隊員章は氷の結晶+白虎
部隊専用量産GWは『逝化粧』と呼ばれており、隊員の多くは自分なりの改造を施している。
待機状態は拳鍔手袋(部隊のエンブレム付)
幼い少年兵時代から存在しているが、過去の任務で霙が結晶化し(眠りについ)てからは活動は消極的になっていた。
初期メンバーの殆どは霙と関わりが深い者、もしくは直々に選んだ者たち。
戦闘力は重要視されてなく心の弱いものや精神的に問題のあるものばかりが多く集められている。
その分、信頼関係は高く、隊長のことを悪くいう奴は例え他の部隊であろうと半殺しでは済まないこともあったとか。
因みにヒロも4年程前までは隊の副隊長を務めていたが隊長である霙の結晶化に伴い隊を脱退。その後は様々な国で潜伏捜査を続けている。
◇◇◇
《絶対守護粒子障壁》『A.P.F.』
学園のGWに備わっている操縦者を守る防衛機構で攻撃を感知することで機体周囲に張り巡らされる。
光粒子による不可視のシールド。
攻撃を受ける度、エナジーを消耗しつつも操縦者本人へのあらゆる攻撃を受け止めてくれるが、衝撃はその限りではない。
消費されたシールドエナジーが無くなるとリアクターからチャージされ、その間は機体の性能が低下する。
なお、学園での試合などではこのエネルギー残量が無くなった方の負けとなる。
≪量子化物質変換機能≫
学園の所持する機体にはシステムを搭載することで待機状態と呼ばれる形状を持つことができる。
その形状には様々な姿形が存在するが、それが専用機を携帯するためのものであるということは一貫している。
そして、GWを人型の形状から各々の形へと変化させたものがコンバージョンシステムである。
また、このシステムを応用することで機体へと搭載されている量子化物質保管領域へと一時保存し、銃火器などの武装や物資を必要に応じて呼び出すことが可能である。
ただし、保存したものを呼び出す際、変換に必要なエネルギーを消費するため、注意が必要である。
さらに、全ての機体で容量によって保存可能量には制限がかかっているうえ、保存することのできるものは特別に加工されたものであるため、何でも良いというわけではない。
また、拡張パックを利用することで保存可能量を多少は増やすことが可能ではあるもののそれらを使いこなせなければ意味はないので初心者にはおすすめはしない。




