150『続、女湯での一幕』
「はぁはぁはぁ……もうみんな触りすぎだよ」
皆の興味に対する行為に抵抗し疲れ、少し息のあがった竜華は胸を腕で隠しながら頬を少し赤らめ、再び湯船に浸かる。
皆から離れた壺湯の中、肩まで浸かって背を壁に決して誰にも触らせるまいという強い意志を胸を触られたという恥ずかしさと周りの悪ノリに対する若干の苛立ちの混ざった感情を表情に露わにしながら皆から視線を離さない。
「──っ! 冷たっ!?」
「えっ、水鉄砲?」
そんな彼女の頭に落ちてくる水の一線。
竜華は反射的にタオルを振るってそれを防ぐも弾けた水は壺湯の下段にある温泉に浸かる人たちの下に落ちてくる。
竜華は顔面へ目掛け飛んできた水に驚き、湯に浸かっていた他のメンバーが射線を元に視線を移す。
そこにはリリスそしていつの間にか入ってきていためだかの2人がカラフルな水鉄砲を片手に楽しそうに遊んでいた。
「何をしてるんですか?」
「だって海で遊べるって思ってた。から……」
「そうですわ。本当なら二日間海で防ちゃんとキャッキャウフフと楽しく遊ぶはずだったですのに〜!」
カシュカシュ、と両手持ちの水鉄砲下部にあるスライドを動かし空気圧を高めながら不満を述べるめだか。
対してリリスは銃床を模した小さな水タンクを取り付けながら、めだかの取ったポーズに合わせるようにして拳銃型の水鉄砲を構えていた。
「別に私たちは遊びに来たわけじゃないんだけど……」
「あら、種飛ばしは結構盛り上がったでしょう?」
めだかに対して答える竜華に対し、素早い反応を見せる優姫。
「うん、あれは意外と楽しかったかもね」
「結局、決着は付きませんでしたが……」
あの後、2人は話し合いでは埒が明かないとして種飛ばしによる結局をつけるために練習用のレーンにて種飛ばしを続けていた。
勝負内容は2点先取。
合図とともに同時に飛ばし、どちらがより遠くに飛ばせるかを競う。
「そんなことないよ。私のほうが遠くに飛ばしてたよ」
「その言葉、そのままお返しします」
いっそのこと毎回測定出来ればよかったのだが、あいにくと測定用のメジャーは一つしか用意されておらず、数十回に渡る勝負をいちいち測ることは出来なかった。
しかし、結局どちらも負けじと遠くに飛ばすものだから最終的な飛距離はリリスの叩き出した記録に迫っていたどころかもしかすると越えていた可能性もあるほどである。
「そんな事はどうでもいいんですのよぅ!」
だが、そんな二人の勝負に対して納得がいかないめだか。
というのも白熱した2人に巻き込まれ、三春としてカットしたスイカを彼女らに運ぶという労働を強いられることになってしまい、他の参加者が種飛ばしを終えた後も防人とは遊べなかったのだ。
「あぁ……ちゃんと自由時間は設けてあるよ」
「本当ですの!?」
「うん、色々とやることはあるけどね」
「なら良いですわ」
機嫌を良くしためだか。
彼女はリリスの方にアイコンタクト。2人は笑顔を浮かべると水鉄砲を手に首から下げていたゴーグルを装着し、中段にある壺湯に浸かる。
「うわぁ!」
ゴーグルに付いているボタンを入れたリリスは感嘆の声を上げる。
現在、彼女の視界には複数の的が立体的に浮かび上がり、2人の水鉄砲に装着されている様々な小型機器が連動。
めだかからの指導を受けながら水鉄砲を構え、引き金を引く。
──カシュ!
ほとんど音もなく放たれた水線をゴーグルのカメラが読み取り、的が命中したエフェクトを発する。
「スゴイスゴイ!」
リアルタイムで見える世界に浮かび上がる立体映像が混ざりあった拡張現実(AR)型のゲーム。
防人の持つ様々なテレビゲームで遊んでいたリリスの中では初めての体感型のゲームであり、大変興奮した様子を見せていた。
「子供かよ」
「えぇ、子供ですわよ?」
上段の湯船。電気風呂のとなりにある浴槽に浸かり、のんびりとしていた片桐 美琴の言葉にめだかは不服感を表に出し、彼女を睨む。
「で、貴女はなんですの〜。大人ぶるのがカッコいいとでも思っているのかしら?」
「はぁ? そんなんじゃないし」
「あぁ、もしかしてやりたいのかしら?」
「は? なんでそうなんの? ワケ分かんない」
アイドルという立場においてライバル関係にある2人。
美琴が普段からどこか不貞腐れたような態度である事もあってなのかあまり仲が良いとは言えないが、嫌悪というほどでもない。
が、やはり互いに商売敵同士であるという前提を崩す事ができず、少し喧嘩腰になってしまう。
「……あ?」
「お、面白いよ?」
リリスは手にしている水鉄砲を手渡そうと駆け寄るも美琴は眉根を寄せて不機嫌さを表に出す。
「別に、あたしはやらないから」
「あら? もしかして負けるのが怖いのかしら?」
「はぁ? んなワケないでしょ? こんな遊びに付き合うほどガキじゃないってだけだし」
「みっともないですわね〜。出来ないことを子供のせいにして……ね、リリスちゃんもそう思うでしょ?」
「え、あ……えっと……」
「あら、いいのよ気を使わなくたって。美琴ちゃんはゲームが下手くそなのがバレたくないだけなんですもの!」
「はぁ!? ふざけんな! そんなもん余裕過ぎるってだけだし!」
わざとらしい挑発とそれにあっさりと乗る美琴。
してやったり、と悪い笑みを浮かべためだかは側の風呂桶に入れていたゴーグルと自分と同じ型の水鉄砲を指差す。
「それじゃあ、もう一式用意してるけど、やる?」
「いいよ。やってやろうじゃん!」
めだかと美琴。
2人はゴーグルを装着するとスロープを登りきった最上段の開きスペースまで移動すると、ロフトのような造りをした中2階から浴場が一望できる手すりの側に立つ。
「それじゃあ、いきますわよ」
「絶対、泣かす!」
ゴーグル同士が接続。
視界には新たに的が浮かび上がり、カウントダウンが開始。
「「勝負!」」
下を見るとこの風呂場半分の広さを使った浴槽。岩肌に囲まれた洞窟のようなその場所には誰も居らず、それを良しとした2人は風呂桶にお湯を溜めたものを用意すると的あてを開始する。
「ハッ! ヤァー! トゥ!!」
「ヘィァ! フゥッ! フン!!」
「2人共、すごい! 綺麗!!」
段々と白熱していく2人。
決められた数の的をどちらがより早く、そして多く撃ち落とせるか。
ゴーグルを着けているものにしか見えない一進一退の戦い。
浮かび動く的を撃つために、水弾が交差し宙を舞い、時には互いの水弾が衝突し、空中で弾ける。
そんな光景にリリスは目を輝かせていた。
「ふぅ~……あ、ところで優ちゃん」
「ん?」
3人が盛り上がる中、気泡風呂に移った竜華、優姫の2人は身体にまとわりつく泡にくすぐったさと心地よさを感じながら、丸めたタオルを枕にのんびりと温泉を堪能する。
「足蹴ちゃんが見当たらないけど何かあったの?」
「特に何も。ただ昼間に点検した山岳施設の再調整をしておきたいとか」
「こんな夜中に?」
「大丈夫ですよ。確かに時折言動がおかしくなることはありますが、あれで優秀ですからね。もし悪漢に襲われたとしても返り討ちにしてるでしょう」
「悪漢って……山にいるならクマとかじゃないの?」
「クマはこの島にはいませんよ。ちゃんと調査済みです」
「うんまぁ、それは知ってるけど……悪漢かぁ」
「ん? どうかしまして」
「ううん、大したことじゃないけど、当日覗きとか出ることあるかなぁってちょっと思ってね」
「大丈夫でしょう。そんな命知らずな人なんていないでしょうし」
「そうかな? 一応すぐ隣なんだし、それに山の施設からは地図的に露天風呂とか丸見えじゃない?」
「対面が見えた方が良い場所以外は基本的に曇りガラスにしてるので覗けないでしょうし、山から見えるのは男性の方の露天風呂なので問題はありませんよ」
「ドローンは?」
「乗船前後に金属探知を行いますし、お風呂の時間中に怪しげな電波を感知すれば即座に対応予定ですのでそう安々と行えないでしょう」
「ふーん、そっか。なら安心だね。懸念だっためだかちゃんもああやって遊んでるし……」
「あの方は……」
「ん?」
「いえ、何でもありません。あぁ、そうでした。明日、足蹴と文房の2人は用事があるとかで一足先に帰らせます」
まるで今思い出したかのように、優姫は声を少し上げると生徒会の2人について説明する。
「うん、分かった。にしても急だね?」
「えぇ、詳しいことは私にも分かりませんが、何やら所属する部隊がてんやわんやのようでして」
「あぁ、あそこかぁ……何となく想像ついた。でも一応は君の部下なんだし、もう少しくらいは把握しておいた方が良かったんじゃないかな?」
「確かに2人は私の部下ですけれど、それは生徒会役員としてというだけであの子達の部隊の事までは知りません。たとえそれが壊滅の危機に瀕しているとしても」
「へぇ〜。今、危ない感じ?」
「さて、どうでしょう。私は預かり知りませんので」
「冷たいね」
「暑苦しいほど仲間思いなのも問題だと思うけど?」
「そこまでじゃないよ。でも、大事な仲間だと思っているのは確かだけどね」
「仲間、ですか……」
小さく呟く優姫。
彼女は楽しそうにはしゃいでいる美琴たちやのんびりと湯船に浸かる風紀委員の人達に視線を向けると。
「私には無理ですね」
更に小さな声で彼女は言う。
「ん、なにか言った?」
「いえ、何も。ただ……いえ、先程の決着をつけません?」
「ん、いいよ。何する? 潜って息止め?」
「お風呂でそんなはしたないことしません……そうねぇ、あちらにサウナがありますし、どちらが長く入っていられるか、にしましょうか」
「決まりだね。それじゃあ行ってくるよ」
「御武運を」
「いってらっしゃい」
「ん、行ってくる」
竜華は紅葉らに礼を言って、奥のサウナの中へと消えていった。
彼女らがサウナルームへ入って数分後、男湯では植崎の背に貼られた説明書きを見た防人らは熱々のシャワーを植崎へかけ流し、絡み付いた糸を溶かしていた。
【ARゴーグル】
現実世界に空想を浮かび上がらせることのできる頭部装着式装置であり、彼女らが使用しているのは娯楽用のもの。
ゴーグルにつけられたカメラが手の動きを読み取り、体感的に視界に浮かぶモニターなどの操作が可能。
今回、遊んでいた的あては水鉄砲につけられた小型センサーが連動して機能する。
【電動水鉄砲】
シューティング系ゲームのために作られた銃型コントローラー
水鉄砲タイプのもので通常の水鉄砲としても遊べる高級品。
当然、完全防水。
リロードは水タンクを交換するか、水面に銃口部を付けて補給ボタンを押すことで行われる。
ゲーム上ではリロードに水は必要なく、補給ボタンを押すだけで良い。
また、水鉄砲から放たれる威力は自由に調整でき、最大にすると水の入ったペットボトルくらいであれば簡単に倒すことが出来る。
至近距離で生身に射つのは厳禁。
凄く痛い。




