148『夏の定番、種飛ばし』
生徒会メンバーは島に流れる川。そして滝へと続く林道の整備と点検。
風紀委員会メンバーは海岸に流れ着いた漂着物の処分と整地。
定期的にスタッフそして真仮が管理をしてくれているおかげもあってそれらについて大きな問題点は挙がることはなかった。
短い報告会も終わり、それぞれの仕事に戻るのかと思いきや生徒会はもう一通り終わったらしく風紀委員の方の仕事を手伝うらしい。
とはいえ会長と委員長が話し合っている間、真仮がずっと片付けをし続けていた(一応声もかけたが、今はいらないと言われた)ため、海岸もかなりキレイになっていた。
最後に網掛けの特殊な生地道具を使い、小石や細かなゴミを取り除いていく。
これが意外と楽しい。
一見するとキレイに見える砂の中から石や貝、小さなゴミが思いの外回収でき、振るいの要領で砂を落とすとズッシリと残るそれらには妙な達成感が得られた。
それはリリスも同じようで率先して生地具を引っ張っては取れた石などを用意した一輪車に積んでいく。
そして……
「第一回、種飛ばし選手権!」
時刻は現在、午後6時。
荷物の運び出しを終えた治直先生たちも合流し、気づけば始まった選手権。
スピーカーとマイクなんていつの間に用意したのか。
「司会進行を務めるのは私愛洲めだかと!」
「……なんなのコレ?」
先程、優姫の他に日傘を差していた紫色の髪を持った女の子。
彼女は元気よく宣言するめだかの隣で困惑の色を見せている。
「ほら、美琴ちゃんもマイク持って。せっかくのイベントなのですから挨拶しないと」
「いや挨拶も何もアンタが言っちゃってるし、というか私参加するなんて言ってないんだけど?」
「だからここにいるんじゃありませんか」
「は? わけわかんない」
「……もう、しょうがないですわねぇ美琴ちゃんは」
「はぁ? ちょっと、私が物分かり悪いみたいな態度やめてくんない?」
彼女は一体誰なんだろうか。
遠目から仲良さそうに接しているように見える二人の様子を眺めながら防人は彼女の顔に見覚えがあり、一体誰であったのかを記憶の中から模索する。
「お兄ちゃん! 出来たよ!」
「すごいなぁ。上手上手」
スイカを片手に、練習と称してタネマシンガンで遊んでいるリリスへ笑みを見せながらどうすれば遠くへ種が飛ばせるのかを指導する。
といってもインターネットの受け売りだが。
「おぉ! あれは、片桐 美琴!」
「おぉ……知ってるのか? 植崎」
急な大声に驚きつつも嬉しそうな植崎に問いかけるとジャージのポケットから出てきた財布から1枚のチケットが手渡される。
「片桐 美琴、会員限定ライブ?」
「おう! あの人は片桐 美琴。愛洲 めだかと双璧を成す学園のアイドル様なんだぜ!」
「へぇ〜」
名前を聞いて防人も彼女が何者であるかを思い出す。
歌って踊れるアイドル。
そんな存在がヘイムダル学園には2人ほどおり、それが愛洲めだかと片桐美琴なのである。
この2人はファンクラブが結成されており、時折どちらがより素晴らしいアイドルであるのかと喧嘩に発展することもあり、その度に風紀委員が仲介に入ることで収めていた。
その時彼らを知るための資料として彼女に関する情報を簡単に目を通した事もあった。
「さてさて、それでは本イベントについて改めましてご説明をさせていただきます。種飛ばし選手権はその名前の通り、口に含んだ種をどれだけ遠くまで飛ばせるのかを競うものです」
「地味な大会ね」
「そうですね。でもだからこそ吐き出された種がどれだけ飛ばせるのか、その一点に皆が注目するのではないでしょうか?」
「さあね」
見せられたことのある映像だともっとハツラツとしたイメージだったのだが、今の美琴はなんとも無愛想な態度を見せている。
アイドルとして大丈夫なのだろうか?
植崎的には幻滅しちゃうんじゃ……。
「あ、あぁぁあの! 俺さ──僕と握手してくだしゃい!!」
どうやら杞憂だったようだ。
というかなんてタイミングで申し込んでんだよアイツ……噛んでるし。
う〜ん、なんか変な空気に……何ていうか、気付いて。
「……握手券買ったらね?」
「ポチりました!」
本当……スゲーよ植崎。ある意味だけど。
そしてなんという塩対応……そういう芸風? いや、多分素だよね。
あぁいうのがアイドル的に正しいのか?
いや、でも見せてもらったことのある資料……ライブ映像のワンシーンだったかですごい笑顔で映ってた気がするんだけどなぁ。
手とか振ってたし、なんというかすごいアイドルしてたような気がするんだけど……この様子を見てると顔が似てる別人だったんじゃないかって疑いたくなるレベルだな。
「はい、おしまい」
「あ、ありがとうござぃます! ありがとうございます!!」
え、短……十秒もしてなくないか?
なんかハンカチでこっそり拭かれてるし、もはや一周回ってあの子もすごい胆力だなぁ。
普通、人前というか本人の前で拭くかね。
(あらあら、わざわざお金払わせるなんて酷い人ですわねぇ)
(は? 元からこういう決まりだし、ちゃんと頼まれた事はしてあげたから別に良くない?)
(せめて笑顔は作ってあげたらどうなのかしら?)
(ならアンタは無料で握手してやれば?)
感動に震えている植崎には聞こえない声でヒソヒソと話す二人。
「む〜……あんまり飛ばない」
「もう少しこう、口をすぼめて」
「こう?」
「そうそう、それで体を後ろに仰け反らせて吐き出す瞬間にこう、前に体を出すと飛びやすいって」
「分かった。う〜……プッ」
「おぉ上手上手」
防人は種飛ばしの練習をしているリリスの相手をしながら、怠惰なアイドルのあり方への疑問と、単純で純粋な植崎への呆れを感じていた。
「新しいスイカをどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
手にしていたスイカが皮だけになっているのに気付いた少女から防人は小さくカットされたスイカを手渡される。
「お、お兄ちゃん!」
「おぉ!? ど、どうした?」
「あ、あれ!」
急な大声をあげるリリスとその声に驚きの声をあげる防人。
驚きのあまり、スイカを落としかけつつも振り返るとまるで恐ろしいものでも見たかのように指を指して固まっていた。
「林海学校のお手伝いに来てくれてありがとね〜」
「は、はい!!」
「フフ、お仕事頑張ってくださいね♪」
「は、はいぃ!!!」
指差す先に見えたのは握手をしてもらいドギマギしている植崎の姿。
驚いた。確かに驚いた。
だが、それ以上に驚いているのは彼女が異性に触れられないほどに男性に恐怖心を持っている事を知っている人達だろう。
その中でも事情を知らないリリスの他にも白石などが特に驚きが強かったように思える。
いや、待て。白石は事情を知っている側だろう。
「……めだかさん。いつの間に」
別の意味で驚いた防人。
感動で涙を流し喜んでいる植崎からは目を離し、後方にいるであろう少女の方を振り返りながら名前を呼ぶ。
笑顔を見せるのは先程スイカを渡してくれた少女。
「あら、バレちゃった?」
カチリッと腕時計に付いたダイヤルを操作すると赤みがかっていた髪の色が薄れていき桃色に変わっていく。
「アレ? お姉ちゃん!?」
驚いているリリスに向けてシーッと人差し指を立ててジェスチャーすると彼女も彼女なりに理解し慌てて口元を押さえる。
「よく気づいたわね?」
「いやまぁそりゃ握手を見てしまえば何となくは……というかそれって認識阻害装置ですよね?」
認識阻害装置はその名の通り装着者の見た目を自在に変えることのできる装置。
学園の専用機などの動力として使われるプレソーラー結晶炉の技術を応用したもので結晶炉より発生した光粒子を一旦貯蔵し、使用時に内蔵システムに従い放出することで光の反射や屈折率を変化させる。
使い方次第では蜃気楼のように認識できる位置をずらしたり、光学ステルスのように姿を消すことも可能。
とはいえそれはあくまでも光情報による認識を変化させているだけなので特別なセンサーなどを使用されると発見される可能性が高い。
「えぇ、そうですわよ。良く分かったわね」
「それ、学校外に持ち出してよかったんですか?」
これはまだまだ一般的には流通していない技術であり、当然それが何処かに漏れかねない事は学園側としても許されないはずであるのだが。
「私は許可を頂いてますから」
「あぁ……」
優しく腕時計を撫でるめだかを見て防人は事情を理解する。
アイドルという立場。
学園内でも迂闊に近付かないのが暗黙の了解となっているらしいが、それでも近づいて来ない者がいないというわけではないらしく、中には鬱陶しい程に執着してくる者もいるらしい。
そのため、異性に近付かれたくないめだかにとって別人に成り代わるのは解決方法として部活の仲間である少女達に提案されたという話は聞かされていた。
「赤髪だったってことはあっちは三春さんですよね?」
「えぇ、ちなみに桜桃って言うんだよ?」
リアライザーを操作し、桃色の髪から赤みを強め直すといつものエセお嬢様口調は身を潜め、明るい口調で話すめだか。
「そうなんですか……」
防人は返答しつつ愛洲めだかについての資料へ目を通した際、写真の中でめだかの後ろに立っていた2人の事を思い出す。
愛洲めだかとよく似た容姿をしたその2人は彼女の身代わりを買って出ているらしく、めだかもまたそれを快く承諾している。
西洋実桜の果実の色──桜桃の髪をした少女『オリジア ラーティス』。
染井吉野の花弁の色──桜色の髪をした少女『逢坂三春』。
愛洲めだかが発足した部活メンバーの中でも特に信頼のおける2人。
現在、めだかは逢坂三春の姿となって話している。
「それで、いつの間にこっちに来たんですか?」
「それはもちろん、転送装置を越えてきたんだよ」
「ゲート、あれ? でもドームの時いなかったような……」
「先程の旅館にも装置は設置されてるんだ〜」
「なるほど……」
「あ、ちゃぁんと使用許可はとってあるから怒られる心配もないからね。後から私達も合流するって伝えてあるし」
キャピッと笑顔でピースそしてウインクを見せる。
瞳の色も紺色へと変わっており、こうしてみると本当に別人にしか見えない。
顔つきも細かな違和感もリアライザーによって変化しており、これで声まで変えられたりしたら頼れる判断材料としては足音くらいのものだろう。
とはいってもここは砂場だし、それも出来るかと言われると難しいと言わざるを得ない気もするけど。
「えー生徒会長から頂いたとある地域の大会ルールによりますと各選手はどれだけ遠くに種が飛ばせるのかを競います」
防人らがやり取りをしている最中、めだかの姿で逢坂三春は司会を務めていく。
「まず、大まかなルール説明から」
一つ、競技回数は2回までとする。
一つ、助走はスタートライン(0m)までなら可能。
一つ、種を飛ばす前にスタートライン越えた場合、また飛ばした種が両側のファールラインを越えた場合、記録はファール(0m)とする。
一つ、距離を計測し終わるまで競技者は各種ラインを超えてはならない。
一つ、ファールは0mとして記録される。
一つ、測定距離は種の最終着地点とする。
一つ、誤って種を飲み込んでしまった場合は再挑戦が可能。
一つ、2回の競技のうち最高飛距離を記録とする。
一つ、記録が他の競技と同点であった場合、合計飛距離から判定される。
一つ、何らかの不正が発覚した場合、失格とする。
「以上が我々の定めたルールとなります。参加者の中に何か質問などはありますか? ……ではこれより選手権を開催します!」
高らかになるファンファーレ。など、そういった用意は全く無く、放送席に置かれているスピーカーからめだか(三春)によって選手権が開始する。
「それじゃ、コレ読んでもらえるかしら?」
「私が? えぇっと……エントリーNo.1番、桐谷優姫!?」
「さて、桐谷さん。今回の意気込みをどうぞ!」
「そうね……出るからには優勝を目指したいですね」
このような大会に優姫が参加していることに約1名(植崎裕悟)が動揺を見せている中、彼女は日傘を差しながらも意気揚々と前に出るとトレーに並べられた小さなカットスイカを1つ手に取るとシャクリと頬張る。
「さて、今回のイベントですがなんと生徒会長から提案されたものなんですよ」
「ふ〜ん、あぁだから率先して参加してるのね。こんなのに参加してるなんておかしいと思ったけど……納得だわ」
マイクに乗せて勘違いを呟く美琴。
多分だけど、今回のイベントは優姫が用意した可能性が高いんじゃないかな。
現にこうして率先して参加しているし、あの時話していた時もなんだか嬉しそうだったし、経験してみたかったんだろうな。
「準備が出来ましたか? それでは始めて下さい!」
スッ、と手を上げて合図を送り、開始のホイッスルとともに力強く種を吐き飛ばした。
少し上方に向けて飛び出したスイカの種はなだらかな放物線を描きながら地面へと着地。
特殊な回転がかけられていたためなのか、小さく跳ね上がると更に数センチ先でその動きを止めた。
「さて、気になる結果は?」
「はいどうぞ」
「……へ?」
三春から手渡されるメジャーと種が落ちた地点に立てるピン。
あぁ僕がやるんだ。と思いつつ防人はゼロメートルラインで金具を押さえてもらうよう生徒会長に頼みつつ長さを測定する。
「9メートル30!」
「出ました! 早速、かなりの好成績です!」
発表された記録に対し、元気よく放送する三春。
同じく記録を聞いてこんなものか、という顔をする優姫は2投目へ向けて風の流れや吹き飛ばす角度などを真剣に導き出そうとしており、かなりの本気度が傍から見ても伝わってくる。
とはいえ、絵面としては美琴が言っていたように確かに地味なものだ。
「9メートル52!」
「おぉっと先程よりも20センチ記録が伸びました! これは早くも優勝が決まってしまったのか?」
用意されたスイカを食べ、種を吹き飛ばしてその飛距離を測定する。
参加した人からすれば楽しいレクリエーションなのかもしれないが、こうして他の人がやっているものを見たところで何ということはない。少なくとも防人はリリスの記録以外にはさほど興味は惹かれなかった。
「エントリーNo.2番、日高竜華」
「では、意気込みをどうぞ!」
「うーん、少なくともさっきの記録は越えたいね」
とはいえ学園のアイドル二人を除いた(三春に変装しているため、めだかは参加する)この場にいる全員が参加する流れとなっている以上はそれなりの得点は取りたいもの。
とはいえ、防人の頭に浮かぶのは面倒くさいの一言だ。
「9メートル30!」
何故、こんな暑い中で太陽に照らされながら記録係なんてやらされているのだろうか。
まず記録を測るために渡された重り。
楕円形の平たい土台部分からは腰ほどまで長さがあるポールが伸びており、これを種の着地点に設置し、測る必要があるのだが……これが地味に重い。
元々は店先の広告の旗などを立てるために使われているものであろうそれは当然、のぼり旗が倒れてしまわないように頑丈に、そして重く作られている。
それを種の着地点の測定のため、短い距離だとしても繰り返し往復することになるのは結構ツライ。
ポール部分に穴が空いているのでそこにメジャーを引っ掛けて測りやすくはあるのだが、これから人数分測る羽目になるのだと思うと少し憂鬱だ。
「9メートル5じゅぅ……2!」
「なんと、二人目にして記録が被ってしまったぞ! えぇっとこの場合は……」
実況の三春がルール表を確認しているとパラソルの下にいた優姫が立ち上がり、記録係である防人の方へと近寄っていく。
「これは、51じゃないかしら?」
「え……そう、ですかね」
記録するために引っ張ってきたメジャーは確実にピンと真っ直ぐ張っているとは思うし、メジャーに印されている表記と引かれている白線の位置的には防人からは52に見えなくもないが、51であると言われればそうであるようにも見える。
メジャーによるアナログな測定ゆえの曖昧な評価。
「いやいや、私は52だと思うよ」
防人の返事に慌てて反論する竜華。
このままでは判定負けとなってしまうため、その表情には必死さが込められていた。
「では、2人は向こうに寄ってから話し合って下さい」
両者、まるで主張を変えることはなく討論が白熱するなか、めだかは喜古にメジャーのメーター部分の撮影をお願いすると次の参加者に入ってもらうよう実況席の三春に目配せする。
「では、エントリーNo.3番、リリスちゃん!」
「ほら、順番だぞ。頑張れ」
「う、うん。行ってきます」
撮影された写真をタブレットに送信。それを2人で眺めながら、どちらの結果が正しいのかと言い争う中、次の参加者がスタートラインへと移動する。
「やっぱり51じゃないかしら」
「いや、ちゃんと52の目盛りにスタートラインの端が届いてるし、52で間違いないと思うな」
「いえ、よく見なさいな。こうやってズームしたらラインと目盛りとの間に明らかな隙間が見えます。51で間違いございません」
「いやいや、これくらいの差は誤差の範疇でしょ。慧く……審判は52と判定したんだからこれは52なんだよ」
「いえいえ、人の判断とは時に間違うもの。こうして写真として明らかな証明がされたのですから51であることは揺るぎません」
「おおっと、これは!?」
2人のどちらが正しいのか。一歩も譲らず主張する中、その視線は放送による大声によって種飛ばしのレーンの方へと向かう。
そこに立っているのは防人の妹──リリス。
「に、20メートル! 31!!」
「な、なんということでしょう? まさかまさかの結果となりました。最年少のリリスちゃんが世界記録に近い20メートルという結果を叩き出しましたわ!」
この場にいる誰もが想定外の結果に驚く中、素直に喜ぶ防人はリリスの方に近づき彼女を褒め称える。
しかし、当人であるリリスは少し頬を引き攣らせながら焦りの混ざった笑みを浮かべていた。




