139閑話3『──静寂』
「な、んだ……これは!?」
映像を見た瞬間、ATの表情は凍りついた。
当然、この場にいた全員が状況を飲み込めずに困惑の色を浮かべている。
「うっ」
「わぁっ!?」
皆が言葉に詰まる中、パーカー少年はモニターに映る惨状に嘔吐する。
逃げるようにして彼から跳び、離れると絶華は距離を取ってから余裕そうにATの方を向く。
「ATさん。変な顔になってますね」
「うるさい。見るからにシリアスな展開に茶々を入れるな」
言われ、我に返るAT。
彼は強い口調を保ち、言い放ちつつもモニターを食い入るように見続ける。
モニターに映し出されたのは銀世界のように真っ白な空間だった。
一見、何もないようにも見える空間。中にあるもの全てが白ゆえに何も見えない何も見させない白。
雪景色のごとく真っ白な白色。
その白の中に、二人の人間がいた。
いや、人間だったものがいた。と言うべきだろうか。
一人はATたちの同僚であり、氷雨隊の一員であった少女――雪風。
彼女の上半身と下半身は何かによって真っ二つに裂かれていた。
傷口は凍結。氷のような塊が張り付いており、血は一滴も垂れていない。
明らかに見るからに殺されていて、死んでいる。
だというのに彼女の顔はまるで陽だまりの中で眠っているかのように穏やかであった。
十字架のように、神の子のように壁に貼り付けられていたそれが正しくて、誠実であるかのように、一瞬とはいえそのように錯覚してしまうほど、その顔に恐怖もなければ苦痛の色すらも見られない。
「氷雨、霙……!」
そしてもう一人。
純白の鉄のパワードスーツ――GW『雹牙』を装備した少年。
ヒロを始めとする多くの少年少女たちの上司。氷雨隊の隊長である。
『ふむ。君の不愉快そうな声を聞いてやっと頭がスッキリしたよ』
しっかりと音声が繋がっているようでATの口から零れ落ちるように発せられた声を聞き、霙はこちらへ振り向いた。
『目が覚めた。同時に気が冷めた』
霙はゆっくりとカメラの方に歩きながら、流れるようにGWを光の粒子へと変える。
純白のスーツの中から純白の裸体が露となる。
拡散した光の粒子は彼が先程までに身に纏っていた機体は所有者の持ち運びがしやすい形態に変わる。
形態だけに携帯しやすい形へ変わる。
「氷雨……」
「キャッ大胆ですぅーー」
両手で顔を隠す仕草、しかしその指の間からちゃんとモニターを見ながら茶々を入れる絶華を気にすることなくこちらへと、正確にはモニターへと近づいてくる。
『あぁそうか、そっちはモニターでこちらの様子を見ているんだったね。コアネットワークからも見えるだろうに……』
GWが変化した携帯出来る形態。彼は『アイスピック』をモニターへ、カメラに向かって突き立てる。
「お前……一体何をしているんだ」
『なんだい、その声は。何を怒っているんだい? 何を熱血漢振っているんだい? 君も僕と同じ人でなしのくせに。人殺しのくせに……いや、違うな。僕は殺してはいないか』
(なんだ? いや、誰だ?)
明らかにおかしな言動。ATとほとんど面識のない氷雨霙はさも当然であるかのように語る。
対してATは氷雨隊やヒロからの発言をまとめた情報からはまるで違う男がモニターに映っていることに動揺を隠せない。
「でも雪風姐さん死んでんじゃないですかぁー」
「死んではいない」
「体、真っ二つですよー。ね〜」
モニターを指差して笑みを見せる絶華。
彼女は同意を求めるようにATへ振り返る。
そしてモニターに映る光景から想像出来る通りの答えを口に出す。
「凍ってるのはよく分かんないですけど、あれは真っ二つで、死んでるのは明らかですよね〜」
「確かに体を両断されているが、それと同時に全身の体組織を瞬時にその運動を停止、つまりは冷凍されている。言うなれば冷凍保存だな」
「れいとう……ほぞん、です?」
「要するに氷雨は殺さずして雪風を殺した。ということだろう」
ATは大きく息をつき。普段の様子を取り戻す。
しかしまだ完全ではなく、未だ理解の追いつかない頭はグルグルと答えを導こうと回転する。
「死んでないのに? 殺したです??」
「ああ、死なせずに……な」
「それは面白いです!!」
「面白くねぇよ……全く……」
やらかしてくれた。
キィキィと耳障り。
イライラとストレスが溜まっていくATは声を低くしてため息混じりに言葉を吐き出し、絶華を睨む。
「でもATさーん。雪風姐さん幸せそうな顔しているじゃありませんかー。まるで眠っているみたいー」
「仮にそうだとしても見てるのは悪夢だろうがな」
「ん〜、そうですかねー? あの姐さんの隊長愛はちょっと――いや、かなりイってたみたいだしー。殺されて幸せー、とか思ってんじゃないですかー?」
「それは……狂ってるな」
本当にそうならマゾのレベルを超えている。
ドをいくつ付けたら事足りるだろうか?
分からん。死にたいと思っているような奴の事は分からん。
「頭ん中くるくるーですぅー。くるくるくるく――」
「うるさいぞ!」
「おぉっ〜!?」
ATは思わず、感情を露わに叫ぶ。
発生した光の障壁が直ぐ側にいた絶華を吹き飛ばし、小さな悲鳴とともに軽量級の彼女の体は宙に浮く。
そしてくるくると回転して着地、シャキンっとポーズを決める。
少しでもしまった。と思った自分がバカらしい……。
「で……氷雨、聞いているか?」
『ちょっと待ってよ。今着替えているから』
霙は壁にかけられていた真新しい軍服に袖を通す。
『うん。ちょうどいいね。まるで僕を待っていたかのようだよ。この服は』
(そりゃお前のために用意したから当たり前だろ)
内心で呟く間に霙は着終えを終え、雪風の足元に落ちているベレー帽型の制帽を被り、カメラの方へ向き直る。
「氷雨お前、なぜ雪風を殺した?」
ATはモニターを、霙を睨み付けて強い口調で言い放つ。
『ん? なんだって? 僕が誰を殺したって?
おいおい人聞きの悪い。いや、人でなしの君が悪い。僕のような厚顔無恥で人畜無害な小心者が人なんて殺すわけないだろ。推理小説なら第一発見者、刑事ドラマなら主人公の相方のこの僕が人を殺すなんて有り得ない。
一体何を根拠にそんなことを言うんだい?』
「何を、言っている?」
『言葉通りだよ言った通りだよ。
僕は人なんて殺さない。この娘は言ってたよ。眠る直前に笑ったよ。愛してくれてありがとうって笑ったよ。微笑んだよ……ねぇ何でだろうね〜』
なんだ? 何かがおかしい。
こいつは本当にあの氷雨 霙なのか?
報告にあった優しい少年だというのか?
ATの脳裏に疑惑が横断する。
あの平気で人を殺す、そしてこんなしゃべり方をする奴だったのか?
あの仲間を誰よりも大切にしていた男なのか?
あの時だって自身の身を挺して仲間を守ろうとしたというのに……。
聞いていた事と知っていた事と違いが生じ、ATは瞳を細めて深く悩む。
『あぁそうそう。ここって確か海底なんだよね。誰かが言ってた』
「お前がそこに氷像にした奴が言ったんだろ?」
『――ん? あれ、これって元からあったオブジェじゃなかったっけ?』
「アハハ、どんなオブジェですかぁー。シュミ悪過ぎですよー。悪すぎ君ですー」
絶華は愉快そうに突っ込みを入れる。
ATはそんな絶華に眉根を寄せるものの無視し、口を開く。
まず小さく息を吐き出してから、落ち着いた声を発する。
「彼女の名は雪風。お前にとって大切な部下だぞ」
『美少女の氷付けってロマンだよね。ゼロが言っていたよ』
「話を聞け!!」
全く話が噛み合わない。
頭を悩ませるAT。
モニターの向こうの彼はふと思い出したように続ける。
『あっ、そうそう。知ってるかいAT。このGW『雹牙』の力にはね、人の意識を残したまま凍結させることも可能なんだぜ』
張り付けたような笑みを浮かべる霙。
「『雹牙』……か」
それが氷雨霙に与えられた機体の名ということなのだろう。
まさか『牙』の文字を入れるとは……偶然、か?
『海底一万メートルか……水圧ってどれくらいだっけ?』
それくらいの計算は確かこいつならコンマ二秒ほどで出来たらしいんだが……いや明らかにわざとらしい。
こちらの反応を待っているという様子だ。
「一万トンだ」
『へ〜それ、どれくらい?』
「えーと、仮面ライダーのキック力が約十トンだからー、それを千発分受けたのと同じくらいですー」
どういう例えだ? 絶華。
だが、流石特撮好き。情報通りだな。これで説明も省けるか。
「だそうだ」
『いまいち分からないな。僕は仮面ライダーならZOが好きなだよ。特にドラスが好きだ』
「怪人じゃないですかーー」
ドラス……また地味に渋いのを選んだな。
そこまで詳しいわけではないが……それは知っていた。
「とりあえず、お前は俺たちが迎えに行くから待っていろよ」
『ドラスか……平成で復活したと思ったらライダーリンチだもんな』
「ドラスの話はもういい!」
好き過ぎか!?
あのネオ生命体のことはどうでもいいんだよ。
勧善懲悪で語れない仮面ライダーならではのキャラだった気はするが……って今はそんなことはどうでもいいんだ。
ATは半ば呆れた表情でため息をつく。
『冥土の土産にメイド喫茶にでも行こうかな』
「何を言っている? ちゃんと話を聞いているのか?」
支離滅裂な言動。
氷雨霙に明らかな異常が起こっていることは確かであるのだが、あくまでも情報として霙を知っているATにとってはその違いは分からない。
とはいえ与えられた情報から大きく異なっている故に困惑はあった。
「あれが、ホントに?」
「嘘? あれが雪風なの?」
「どうして、そんな……」
しかしそれも幼い頃、共に時間を過ごしていた彼の仲間ほどではなかった。
彼らは画面をジッと見つめたまま、各々が信じられないといった表情で消え入るような声を漏らしている。
『……うん、そうと決まれば有言実行だね』
「氷雨霙! 聞いているのか!?」
ATの声が聞こえていないのか、それとも単に無視をしているのか。
霙は大きく頷いたかと思えば、再び雹牙を自身の身に纏うと自分のいるコンテナのハッチを警告を無視して半ば無理矢理にこじ開ける。
「あっ、おい!」
予想外の出来事にATは思わず叫ぶ。
氷雨霙がいるのは海底深くのコンテナ施設。
ヒロからの提案もあって当時の者たちが潜水艇を改造して創り上げた小さな水中の研究室である。
かつては隠匿性を必要とした情報は万が一のため、そこに集められていたのだが、ヘイムダル学園を完成させ発展していく中でその施設の重要性は薄れていき、今では下手に動かせない氷雨霙が眠る場所であった。
だが、それももう僅かの命であった。
彼の開けたハッチは本来ならば2重になっている扉の間で海水を満たす必要があるのだが、それをせず開かれたことにより一気に浸水が始まる。
『それじゃバ〜イバイバイ』
その水の勢いはとてつもないはずであるのに霙は余裕そうな声でカメラへと手を振ったかと思えば、そのまま高水圧の海底へ飛び出した。
刹那、流れ込んだ海水によって施設は沈み、内部を映し出していたカメラが水圧によって死ぬ。
(一体……なんなんだ?)
周りの氷雨隊の連中も最早言葉を失い、静かに何も映らない黒いモニターを眺めている。
唖然として呆然として眺めている。
やはり、あれが奴の過去の素というわけではないということだろう。
ATは自身に感じる違和感が自分だけではないことを確認し、内心で頷き、なぜああなったのかを考える。
例えば、結晶化が機能している最中、外部からの干渉を受けた可能性である。
だが、本来ならシステムが存在しているデータ領域はブラックボックスと呼ばれるほどに複雑な暗号化がなされている。
おいそれとハッキングのような真似は出来ないはず。
しかし、結晶化を行った機体に搭載されていたコアはオリジナルハーフであり、約半分──深層を除くデータのみをコピーしたゼロの造り出した紛い物。
故に外部からの干渉が可能だったと考えてもおかしくはない。
おかしくは無いが、わざわざ海の底深くまでリスクと金をかけて行うほどに彼は他国にとっては重要な人材というわけでもないし、驚異というわけでもない。
唯一挙げられるとするならばコアの存在価値であるが、これも彼の監視は氷雨隊の面々が直々に行っているため、侵入者があればすぐにでも連絡が届けられるだろう。
となれば考えられるのは……結晶化が不完全であった可能性である。
結晶化現象。そう名付けたあの機能は瀕死となった搭乗者の生命を救うためのもの。
本来であれば結晶の内部で傷を癒そうとするはずである。
だが、もし何らかの原因により治癒が不完全であった場合、あの成り立たない会話の答えとなるかもしれない。
とはいえそれは霙をここへ連れてきてからの話だ。
あくまでも可能性。結論は急ぐ必要はない。
問題は奴はすぐにここに来ることなく、どこかで油を売り出す可能性があるということだ。
あれでは、あの性格ではどこで何を仕出かすかわからん。
いずれ宣戦布告するにしろ今はまだ時期ではないし、目立つような事を起こされては敵わん。
「猫広、獅子唐、金柑、小鹿、命令だ。これから氷雨霙の首根っこ捕まえて連れてこい!」
ATは拳に力を入れ、ここにいる氷雨隊に声をかける。
「了解にゃ」
「おうさ!」
「了解しました」
「はい……」
ここに来ている者たちの中でも戦闘力がある四人。
本来であればヒロを連れていければより良かったのだが、居ないものは仕方ない。
かといってあまり大人数では他国に感づかれる可能性もあり、また霙に警戒される恐れもある。
「今の奴は危険な状態だ。場合によっては戦闘となる可能性が高い。位置情報はお前たちの機体に送信しておく。しっかりと武装を整え出撃するように!」
ATの言葉に四人は再び各々の返事をすると駆け出して部屋を出る。
(無事、連れて来られれば良いが……)
今の奴は仲間ですらあんなふうに殺してしまうような状態だ。
無事に済んでくれるか、それは分からんがとにかくどうにかして連れてきて貰わねばなるまい。
「あの〜ATさーん」
「駄目だからな?」
ウズウズと行きたそうに声を出す絶華。
ATは悩むことなく、即座に否定する。
「え〜……なんでですか?」
冗談じゃない。
ただでさえわけの分からない状況だってのにこれ以上ややこしくしてたまるものか。
今はただ問題を起こすことなく連れてきて欲しいだけなのだから……。
ATは不満げな絶華を適当にあしらいながら部下へと細かな命令を下していった。
氷雨隊隊員(一部)説明
≪猫広≫
その名の通り、猫みたいな言動をとる少年。
隊の制服であるベレー帽には猫耳が付いている。
氷雨隊の量産機である『逝化粧』にも猫マークを描いてある。
実力は氷雨隊の中でも強い方であった。
怠け者だが戦闘時は好戦的。
◇
≪獅子唐≫
鋭い目付きの少年。
その名を示すようにライオンのたてがみのような髪型をしている。
頭は単細胞であまり良い方ではない。
『逝化粧』の武装として鋭いクローを持っている。
戦い方は荒々しく豪快であるが、小動物が好きでハムスターを飼っている(名前は獅子太郎、獅子蓋、獅子実)。
猫科繋がりで猫広とは仲がいい。
(性格は対極だが、戦闘スタイルは似ているらしい)
◇
≪金柑≫
氷雨隊で最も長身な少年。
小鹿とお揃いのマフラーをしている。
自虐的で悪いことにしか目がいかない。
◇
≪小鹿≫
氷雨隊で最も小柄な少女。
金柑とお揃いのマフラーをしている。
この世に幸福はない、という持論を持つ。




