137『逆転!? おままごと』
≪役割≫
リリス;夫
防人慧;妻
めだか;監督 兼 執事
「た、ただいま……」
防人が着替えを終え、始まったおままごと。
玄関の扉が開き、声を低く(それでもまだまだ少女らしい可愛らしい声だけど)したリリスがビシッとした紺のスーツを身に付けて現れる。
仕事を終えた夫──リリスが帰宅した。という流れだ。
「えっと……おかえりなさいリリス」
「カットォ!」
与えられた衣装を身に纏った妻──防人がリリスから手にしていたステッキと羽織っているジャケットを受け取ろうとした際、それを遮るようにしてめだかの声が挙がる。
一体、どこから取り出して用意したのか。彼女は部屋の中央からこちらへと向けていた本格的な雰囲気ある大きなカメラの撮影を止め、こちらへと近付いてくる。
「駄目よ防ちゃん。そこは『あなた』とか『ダーリン』とか『ハニー』とかにしないと」
「えっと、後半の二つはちょっと……」
「なら『あなた』でお願いするわね」
「……分かりました」
有無を言わせぬ様子でよろしく。と三脚で固定されているカメラの方へと戻ろうとした彼女を呼び止める。
「それで、そういうめだかさんは? 何役なんです」
「私は映像監督兼執事ですわ」
そう言って彼女はこれまたどこからか用意したパイプ椅子に腰掛け、メガホン片手に足を組みながらかけた不釣り合いなグラサンを光らせる。
「なんかズルい感じがするのですが」
「そんな事ありませんわ。このカメラを操作できるのは3人の中で私だけですもの。むしろ妥当な人選だと思いますけれど」
「それはそうかもですが……撮影だけなら別にスマホとかでも」
「ダメですわ。確かにスマホでもキレイに撮れますけれど、やはり音とか見劣りしてしまう部分はありますもの。このカメラで収めるのが私的に一番ですわ」
「はぁ、ちなみにその本格的な撮影というか監督セットは……どこから?」
「演劇部から少し拝借しましたわ」
なるほど、確かに映画とか作っているらしいのでそういう道具類があるのは納得だけれど……逆を言えばそんな高価なものをおいそれと貸し出してくれるとは思えないのだが。
「まさかとは思いますが、無断でですか?」
「そんな事ないですわ。ちゃぁんと断りを入れましたわよ」
「そうですか。なら――」
「置き手紙で」
「いや、ダメじゃない、それ!?」
「大丈夫『あなた方、演劇部のカメラと監督セットを少ーしだけお借りしますわ。安心してくださいな。借りていくだけですから』ってちゃんと書きましたから」
「名前は? ちゃんと書きました?」
「はて、何のことかしら」
「やっぱりですか……全く、そんなことしてたらまた雑用係りとして仕事を押し付けられることになっちゃいますよ?」
「大丈夫。後でこっそり返せば問題はありませんわ」
「いや、全然大丈夫じゃないですよ。万が一壊したりでもしたら」
「大丈夫。そんなヘマはしませんわ。それに壊れたとしてもどうせコッソリ戻しますので」
「いや完全にアウトです。というか思ったんですけど、もしかしてここにいるのって演劇部から逃げるためじゃ……」
「そんな事はありませんわ。その……リリスちゃんと一緒にいるためですわよ」
「……今、少し言葉に詰まりませんでした?」
「そ、そんな事ないですわ。ただ……ちょっと竜華ちゃんから呼び出しが掛けられてるけれど」
「完っ全に犯人だってバレてるじゃないですか。早めに謝った方が良いのでは?」
「だ、大丈夫ですわよ。生徒手帳は自室にありますし、私がここにいるなんてあの人たちだって思いもよらないでしょうし」
「今日でバレちゃいましたけどね」
「うっ、防ちゃんが黙ってくれていれば……」
「僕が良くても智得先生が伝えるんじゃ?」
「あっ……あぁ、そうですわよねぇ〜」
しまった。といった様子で声を漏らし、彼女の手からメガホンがスルリと抜け落ちる。
「やらかしました……先程の交渉で防ちゃんとの同棲権だけじゃなく、そういった断りもちゃんと誤魔化してもらうよう言うべきでしたわ。
いえ、そこまでしてしまうと流石に借りを作り過ぎてしまいます……ですが写真の数を増やせば、いやいやまだ複製出来ていないものも多数ありますし、流石にそれを明け渡してしまうのは少しもったいないですわ……」
なにやらブツブツと呟きながら、悩むめだか。
「……とはいえ、今更クヨクヨと悩んでも仕方ないですわ。よし! それじゃあとりあえず、今回は私達の演劇をカメラに納めるとしましょう」
「いいんですか? そんなんで」
しばらくすると自分の中で結論を出したようで、グラサンを掛け直すとメガホンを手に元気よく立ち上がる。
「構いませんわ。それにほら、早くしないとリリスちゃんが待ちくたびれちゃってるわ」
「……分かりましたよ」
色々と不安要素はあるもののその厄介事に巻き込まれないのであればヨシということにしよう。
それに何よりもリリスを待たせてしまうのは確かに忍びない。
「それで、えっとこれから逆転おままごとでしたっけ? それをやるのは構わないんですけど、服装的には舞台は貴族の家庭を再現というか、演じるのでは?」
「えぇその通りですわ。ですから私は執事としてリリスちゃんを『旦那様』。防ちゃんを『サキ様』と呼びますわ」
「……ちなみに僕はめだかさんを何と呼べば?」
「そうですわねぇ、まぁ分かりやすく『セバスチャン』、もしくは縮めて『セバス』と呼んでくださいな」
「なんか一人だけ次元ちがくない?」
「そんなことないですわよ。防ちゃんたち二人は大手企業の社長と社長令嬢。そして私はあなた方に仕える執事。なんのおかしな事は無いですわよ」
「なるほど、そういう設定なんですね」
「あら執事がいるといえばこのくらいの設定にしないとおかしくならないかしら?」
「いや、そうではなくてですね。この格好」
今現在着ている着させられているワンピース。
青と白を基調としたそれは肩先から袖にかけてゆったりと広がった袖。上から下へと広がるように伸びるロングスカートにはフリルがいくらかついている。
それをお嬢様の服だと言われればそうなのかもしれないが、いつも着させられるドレスなんかと比べると数段見劣りするのは否めない。
感覚が若干マヒしているのかもしれない。
「これからあんまりイメージ出来なかったというか」
「だって防ちゃんが裸エプロンは嫌だっていうから」
「当たり前です!」
さすがにこれは自身の感性に間違いがあるとは思えない。
これで間違ってたら間違ってるのは僕ではない、めだかさんの感性の方だ。
「それにですね、男の裸エプロンなんて誰得だって話ですよ」
「私達得ですわ」
そう言いながらめだかは満面の笑みを浮かべ、リリスを引き寄せる。
リリスまで巻き込まないでほしい。
「いやいや、流石にリリスが僕の裸なんて見たって、ねぇ?」
「…………。」
「えっあれ? リリス?」
「ぁっ、えっと……」
どこか満更でもない様子のリリス。
え、まさか、見たいの?
防人は彼女の反応から、嫌な予感が、直感が働きピクピクと頬を引き攣らせる。
「めだかさん。まさかとは思いますけど、変なこととか教えてないですよね?」
そんなことはないとは思うが、念のために、と防人は聞いておくと
「大丈夫。そういうことはじっくりと時間をかけて少しずつ――」
彼女はとんでもないことを口にする。
リリスにそんな余計な知識を与えるわけにはいかない。
「そんなことしたら僕はあなたを一生無視することにします」
「ごめんなさい。嘘をつきました。まだそのつもりはなかったです」
「まだってそのうちやるつもりだったってことじゃないですか」
聞いておいて良かった。
まだ、ということは一応はそういった偏った知識を与えられてはいないということだろう。
防人は内心で安堵し、胸を撫で下ろす。
「ねぇお兄ちゃん、早く続きをやろ~ぅよ」
我慢の限界が来たリリス。
彼女は甘えた声を出しながら両手を、握りこぶしを振り上げる。
「あぁ……ごめんリリス。それじゃあはじめから……あ、ところでめだかさん。貴族設定なら出迎えの荷物持ちは執事の役目では?」
「それはそうですわ。でも、そこはリリスちゃんが防ちゃんに受け取って欲しいって言うんですもの。そのくらいのお願いは聞きますわよ」
「なるほど」
「それじゃ、始めるとしましょうか。二人共、位置について下さる?」
「はい」「うん」
◇◇◇
「それではシーン1、アクション!」
メガホンを力強く振るい、そのまま首から掛けているそれを背中へと投げ回すと、めだかはカメラを三脚から外し手に取り撮影を開始する。
「ただいま!」
「おかえりなさい。あ、あなた」
低い声でしかし少女らしさの残る元気良さで入ってきたリリス。
それに対して撮影という初めての要素に恥ずかしさが勝る防人は頬を赤らめつつも夫リリスを出迎える。
貴族が持っているイメージあるステッキを受け取り、リリスのジャケットを腕にかけるとそのままリビングの中へと進む。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「お願いします……セバス」
低い声、しっかりとした男声でトーンで言いながらゆっくりと頭を下げて、夫リリスを出迎える執事めだか。
いつの間にか移動させていたカメラに映るよう誘導されるようにしてテーブルへと近づいていくとそこに置かれていたのはお高そうなトランクケース。
婦人防人から受け取ったジャケットを執事は手早く、しかし丁寧に納めるとケースをしっかりと閉じ、そしてそれを手にしながらリリスへと向かうとお辞儀をする。
「それでは旦那様。これから、お食事になさいますか? それともお風呂になさいますか? それともサキ様でしょうか?」
「え?」
「んーと……そ、それじゃあサキちゃん」
「えぇ!?」
赤い顔で照れている顔で一体何を言っているんだ、リリス?
「かしこまりました。それでは寝室にて熱い夜をお過ごしくださいませ」
「こらこらこらこらこら、ダメでしょ、ソレ」
寝室へと押し込もうとする執事。
これ、演技なんだよね?
「おや、どうかなさいましたか? サキ様、何かご不明な点でも?」
「不明というか色々初っぱなからワケわからないよ……熱い夜って何?」
もはや演技など行っていない防人に対して低い声を崩さず、執事であることを変えないで貫こうとしているめだか。
「文字通りの意味にございます」
「いやいやいやいや、めだかさん? 今さっきこういうことはやらないって言ったよね」
「そんなことはありません。もしうまくいけば新たな命を授かるのですよ。素晴らしいことではありませんか」
「アウトだよ! 僕のいない間にリリスになんて事教えてるんだ!」
「いえ、わたくしは何も……ただリリス様が勝手にベッドの下の秘蔵書物を」
「ベッドっていやいやそんなベタな……いやまさか、めだかさ~ん?」
「ぁ、安心してください。その本はノーマルですから」
「ノーマルって……あ〜……リリス、どんなのを読んだんだ?」
「えっと、えっと……女の子同士で、とか……大きなお姉さんが男の子を――」
それ、全然ノーマルじゃないんじゃ!
というか、なんてものを読ませてんですか。
いきなりそういった偏った知識を与えられては今後誤解を招く事になりかねないうえ、そういった趣味というか性癖が芽生えてしまう可能性だってあるのに。
かといってノーマルな知識を教えるにしても流石にリリスにそういうのはまだ早いというか。個人的にそんなものを教えられないというか。
あぁもう! もどかしい!!
「はぁ〜……め~だ~か~さ~ん?」
「あなたがノーマルでないと思うのならそうなのでしょう。あなたの中ではね」
「あ、そうですか。ではそろそろ消灯時間過ぎそうなんで今すぐ自分の部屋にお帰りください。お帰りはあちらです」
流石に許容しかねるおふざけに対し、プツンッときた防人。
彼は笑顔のまま、力強く彼女の背を押し廊下へと追い出すとそのまま扉のチェーンを落とす。
「あぁ~ん! 開けてよぉ防ちゃぁ~ん」
「知りません。あぁそれからあなたの書物は僕が丁重に焼却処分させていただきますね」
さて早速寝室の薄い蔵書の処分を、と寝室へと向かう。
「と、その前に」
防人はカメラに蓋をし撮影を停止させると倒したりなどして壊さぬようテーブルへと丁寧に片付ける。
ジャラリ、と後方で音が鳴る。
バチンッと大きな音に反応し驚きつつ振り返ると扉の隙間から覗いている巨大なペンチ、おそらくあれで破壊したのであろうと納得するとともにゆっくりと中に入ってくる。
「ちょっちょっと!?」
ギギっと蝶番が音を立てながら人影が飛び込んで来る。
(ぞ、ゾンビ!?)
素早く防人に近づくとガシッとめだかは防人の肩を掴んだかと思えば、物凄い焦った形相で早口で言う。
「ダメですわよ防ちゃん! あれは作者がもう亡くなってしまっていてもう手に入らないですのよ」
「だったら誰の手にも届かない所か頑丈な鍵つきの箱にでも収納して保管しておいてください。それから玄関の――おわっ!」
「きゃっ! ――ングッ」
気圧され、バランスを崩した防人はめだかとともに床に倒れる。
防人の盛られた胸の中にめだかは顔を埋め、ふわりと甘い髪の香りが防人の鼻元を漂う。
「いたた……大丈夫ですか? めだかさ……ん?」
「防ちゃんのおっぱい……Cカップの谷間がぁ……」
嬉しそうな声で偽乳を揉みながら顔を擦り付ける。
荒くなってきた呼吸の熱が胸元をすり抜けるように薄っすらと伝わってきて、漂う匂いも相まってちょっと緊張する。
「化粧崩れちゃいますよ。それにこの服も汚れて」
「関係ないわ。今の幸せを私は逃すわけには――」
「幸せって……」
「二人だけで楽しんでてズルい! 私も遊ぶの~~」
「いや……別に遊んでるわけじゃ──あっ」
「柔らか~い」
「…………。」
まぁ、これで二人が満足なら……なんかすごく変な感じだけど、いいかな?
二人は仲良く偽乳を揉み続け、いつのまにか眠ってしまったらしい2人。
「あの……すみません。そろそろ……」
「もう少し……」
「やー……」
下手に動くわけにもいかず、3人の夜は静かに更けていく。
(お風呂、朝早く入らないとなぁ……)




