130 閑話1『防人慧の記録報告』
怪しい機械装置が立て並んだ変わった形をした鉄の部屋。
摩訶不思議な機械に囲まれたその空間は妖しく光る電光に囲まれ、薄暗い。
機械装置から伸びる太い配線がまるで大蛇のようにうねり、広がっており、地面の一部を黒く覆う。
そしてその線は1つの巨大なカプセルが繋がれており、その中では防人慧が浮かび、眠っていた。
「バイタル正常……体内ナノマシン正常。肉体の適合率に問題なし……」
その前で静かにキーボードを弄りながら数値の確認を行っていた青年『ヤガラ・ハヤタケ』は丸眼鏡に流れる各数値を正確に読み取りながらも手にした端末に記録していると不意に声をかけられる。
「オヤ、これはこれは……ご機嫌麗しゅうございます。隊長殿」
男は嬉しそうに喉を鳴らし、そして明らかに大きすぎるであろう眼鏡を光らせながら振り替える。
そこに立っていたのは真っ白な長髪を後ろで簡単にくくった男『AT』。
彼はいつものラフな服装ではなく、少々着飾った格好をしており、その隣には一人の少女『湊』が立っている。
「あぁ……それで、彼の様子はどうなんだ?」
「そうですねぇ……概ね生態的に問題はありません。とはいえヒロさんからの話じゃあこっ酷くやられたってんでちゃあんと検査しませんとねぇ……」
先の戦闘。
アフロディーテとの戦いで負った傷は深く、止血剤が使われていたとしてもその出血量は酷いものであった。
もしかすると死んでしまっていたかもしれない。
そんな報告を受けたATはこうして彼の身の安全を確かめるべく部下たちに確認をさせていた。
とはいえ矢神の指示の下、ヘヴィースの医療班が治療を施し、一命は取り留めているため、本来であれば必要はないのだが……。
「とはいえ傷口も綺麗に塞がってますし、体内のナノマシンも矢神って人の話から最新のものに切り替えは終えてますんで……後は経過観察ってとこですかねぇ」
「そうか……再度確認するが、命に別条はないのだな?」
「えぇ、それはもちろん」
「そうか……では次にプラネットシリーズ『金星』との戦闘記録だが……」
それは先日、防人慧の専用機──光牙から抜き取った映像。
防人慧がどのようにアフロディーテと接し、戦ったのか。その一切合切がそこには残されているはずだ。
まぁ今回、そもそも彼を戦闘に参加させるつもりは全くなかったのだ。光牙を与えているため戦力としては申し分ないかもしれないが、まだまだ技術不足の彼では危険だと。
そう判断しての一時的な使用制限だったというのに、一体どうやって解いたのか……。
「それに関しましてはこちらのデータチップに……ですが……」
「ん? どうした」
「いえ、実は映像は問題なく入手できたのですが、肝心の音声に関しましては入手が出来ませんでした」
「何かの不具合か?」
「それが……よく分かりませんでした」
「分からなかった?」
どういうことだ?
映像は問題なく、しかし音声だけが聞こえないとは……それではまるで何者かが聞かれてはマズいからと隠蔽しているような……?
いやしかしここのコンピュータをしても不具合等が見つからなかったということはこちらの命令プログラムを無視して起動したことといい光牙に何らかのトラブルがあった故。という可能性も捨てきれないか。
「光牙に異常はなかったのか?」
「ハイ、そちらは専門外ですが、少なくともシステムに異常は見られませんでした」
「そうか……」
「記録はこちらに」
端末を受け取り、ATはサッと目を通す。
見た感じ、確かに光牙に異常があるという記述はない。
整備班からの報告としても戦闘における損傷はあるものの少なくともシステムに何らかのエラーは見られないという見解のようだ。
「ふむ……ご苦労だったな」
「イエイエ、勿体なきオコトバですよ」
ATの労いの言葉にヤガラは大袈裟にお辞儀をする。
深々と頭を下げたものだから、かけている大メガネがスルリと滑り落ちてくる。
「オッとと……」
「気を付けろよ?」
間一髪で受け止め、地面との衝突を免れたメガネ。
ATが注意を促すと彼は身を屈めたまま『申し訳ありません』と謝罪の言葉を口にした。
全く、本当に気をつけて欲しい。
眼鏡はカッコいいから、と懇願するものだからわざわざ特注で作らせたのだ。
こんな下らない理由で壊されでもしたらたまったものではない。
「兄様そろそろ……」
「む? あぁ、もう時間か……」
時計を確認し、少し残念そうに呟くAT。
しかし彼は落ち着いたその表情を崩さず、ポーカーフェイスを貫きつつ静かに治癒装置内で眠る防人を眺める。
「ではな……」
ほんの僅かな表情の変化。
機械装置の静動音の中に消え入ってしまうほど小さな呟き。それを静かに聞き取り、湊は湧き上がる複雑な感情を押し殺しつつ顔に出すまいと目を細めていた。
「私はそろそろ仕事に戻るが……他に何かあるか?」
「そうですネェ……」
ヤガラはATの言葉に対し、大きく首を傾げ考える仕草をしてみせる。
大袈裟な動きにかけ直したばかりの大メガネが大きく傾いた。
本当、気をつけてほしいものだ。
「そういえば、そろそろ前戦組が帰還する頃ですが……」
「あぁそうだな……」
【 前戦組 】
彼らはその名の通り、この学園を出て様々な場所で働いてもらっている。
といっても広いこの土地で戦闘があるとすれば他国の探索チームの遭遇戦くらいのものでミサイルや鉛玉飛び交う戦場というものはむしろ珍しい。
よって彼らが行うのは部下であるヒロと同じく他国への潜入と調査が主である。
ある時は国の住人となり街のウワサを集め、ある時は軍の一員となって戦力や技術力を調査する。
技術力に関してはこちらの方がまだまだリードしているとは考えているものの事前に調べ、万が一に備えて危険度を知っておくことは大切なことである。
それに金星と同じGWである惑星シリーズがどこかで確保されている可能性も考えられるというのもある。
そして、7月となった今。
彼らが帰ってくる時期だ。
この半年間で得た情報の報告のために、また休暇として身を休めるために。
「湊、彼らに与えていた部屋の清掃は終わらせたのだったか?」
「えぇ、地下学園都市に用意してある個室の清掃、その他の受け入れ準備もね」
つまらなそうに答える湊。
そんな彼女の表情には『後でいっぱい構って』と分かりやすく書かれていたが、それをATは無視して頷く。
「そうか……それで、それがどうかしたのか?」
「イエ、大したことではないのですが、彼らも帰ってくるので大丈夫かと、思った次第でして」
「あぁ……」
ATは差し出されたデータチップを受け取りつつヤガラの質問に合点がいき、小さく頷いた。
「何、そのへんは問題ない」
「そう、ですか。ならよろしいのですが」
少し心配そうな表情を見せるヤガラを後目に、ATは受け取ったチップを失くさぬようしっかりとしまうと身を翻し、またな。と部屋を後にした。




