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【 WEAPONS・GEAR(ウェポンズ・ギア)】――高校生編  作者: 満天之新月
第4章 工業小国ヘルヴィース
135/253

129『海底1万メートルに積もる雪』



「さて、今回の結果報告を聞こうか」


 ATはモニターに映るジークムントの施設(ラボラトリー)で入手したという情報を眺めながら、ヒロに話しかける。


「まず矢神は現在地下の研究施設の一部にて軟禁、彼のつれてきたジークムントの娘たち計166名も同様です」

「そうか……彼女たちの価値は?」


「リリスは別として、彼女たちには基本的な人間性というものが欠如してますね。食事は持っていけばちゃんと食べますし、排泄もトイレにてキチンと行いますけど、それ以外は部屋でじぃっと座っています。夜は時間となれば眠りますが、座ったまましているようです……」


「そうか……ジークムントの国自体はどうなった?」

「あくまで傭兵仲間からの連絡ですが皆、散り散りになったそうですよ? 皆の移動先は大きく分けて3つ。一部は別の植民地国家へ、一部は大国へ、一部は我々の国へ」


「矢神の一言で傘下に加わったものたちか……奴にそんな人徳があるとはな」

「貴方に全てを奪われてから少しは更正したみたいですからねぇ彼は」


「ふん、協力的であるならそれでいい……さて、これからが本題だが、プラネットシリーズ……金星(アフロディーテ)を逃がしたそうだな」

「あぁ……やっぱり聞きますか」


「当たり前だ。矢神を捕らえることは確かに優先すべき事項だったかもしれないが……ようやく見つけたプラネットシリーズを逃すもの痛手であることに変わりはない」

「いゃああれはビックリですよ。なんたって突然動き出したんですからねぇ。捕獲しようと戦闘した光牙の記録も渡しましょうか?」


「光牙の? あの国では展開できないようロックをしておいたはずだが」

「さぁ? どうしてでしょうねぇ。俺は特になぁんにもしてないんですが……」


「……ふむ、不可解だが、まぁいい。お前を派遣してから3ヶ月。これが全て無駄になったんだからな」

「えぇ〜!! そりゃないでしょ ちゃぁんと矢神さんは連れてきましたよぉ?」


「それとこれとは話が別だ。確かに矢神を連れてきたことは今後のためにも意味はある。だが、それ以上に損害も大きい」

「確かに損は大きいかもですけど、害はないでしょう? (ルナ)の解析も順調って聞きましたけど?」


「ほんの僅かに進呈した程度だがな……だが、だからこそ他国も解析が進んでいる可能性が高い。その芽を摘んでおくことは決して無駄ではない」


「さて、どうでしょうね。現に金星(アフロディーテ)の解析はまともに行えてなかったですし、案外他の国も解析に手間取ってるかも……というかそもそも手に入れてないって可能性も高いんじゃないですかねぇ?」


「だが、無いとは言い切れん以上、部下を潜入させ、情報を仕入れることは大切なことだ」

「ですね。ま、その潜入工作員ってぇのは俺たちのことなんですけどねぇ……ところで、お仕事頑張ったし、お休み下さいな」


「お前、作戦途中だろうと定期的にこちらに帰ってきてるだろう?」

「それは、眼をメインテナンスする必要があるからですよぉ〜あれを休みとは言いません。お昼休憩みたいなもんです」


「それは休んでるのではないのか?」

「じゃ、通勤時間ってことで……それじゃAT。自分は1分1秒でもこうして無駄話で失われるのが悲しいのでこれにて失礼させてもらいます」


「あぁ待て待て」

「……何か? せっかくの休みなんでさっさと遊びたいんですけど?」


「分かった分かった。だが、これだけは目に通せ」


 ヒロの所持する生徒手帳に届くメール。

 その内容に目を通し、ヒロはATの方へと向き直る。


「これって、もしかしてついに?」

「あぁ、先ほど連絡があった。彼が目覚めるとな」









 真っ白な壁に包まれた部屋に置かれている1つのカプセルがあった。

 それは卵のようであり、繭のようでもあり、雪のようで……白くて白くて美しい色をしている。


 そんなカプセルからは時折、トクントクンと心臓の鼓動のような音が聞こえ、そばのモニターにはチカチカと心電図のような光が溢れている。


 光の鼓動。

 それは何かを訴えているかのように、何かに嘆いているかのように絶え間なく続いている。

 白く美しい輝き。しかし、その音は光は不意に小さく弱くなっていく。


 その代わりにカプセルがブルブルと振動を始め、内側からパキパキとまるで薄い氷の膜が割れるかのような音が聞こえてくる。


 それはまるで今にでも孵りそうな卵のようで、カプセルそのものがまるで生きているのではないかと思わせる動きをしており、次第に微細な振動はガタガタと強まっていき、静かだった音もやがてバキバキと大きなものへと変化していた。


「これは……」


 当然、そこまでハッキリとした変化を見せられてしまってはそこにいる、何年もの間カプセルを愛おしく見守り続けてきた少女の目からも異変が生じているのは明らかであり、彼女はその変化を心配しながらもウットリとした目で眺めていた。


 少女の目に映る白く丸いカプセル。

 ここまで来るのは劇的なようで、彼女から見ればゆったりとした時間の中で、止まっていた日々の中でのなんてことない変化ではある。

 だからこそ、それは終わりを告げているかの感じ取るには十分な変化であった。


「ようやく起きてくれるんですね……」


 いつ来てもいいようにと少女は待つ。

 必要な準備を終え、連絡を終え、ただひたすらに静かに少女は待っていた。


……そして。


 少女の目の前に存在していたカプセルは突如として大きな音を立てて砕け散った。

 それはカプセルという存在(もの)の終わりを告げる証。

 まるで昆虫が雪解けの季節となり、空を舞うべく這い出てくるかのように、雛鳥が必死に孵ろうと内側から殻を砕くかのように砕け散った。


 しかし、カプセルから姿を現したのは巨大な雛鳥というわけではない。

 それは、まるで羽化したばかりの昆虫のように透き通るほどに白い肌をした小さな少年だった。

 純白の淡い光を放つ幼さの残る少年だった。


「あぁ……」


 モニターを介して少女は頬を火照らせる。

 カプセルの中の少年は座り、固く瞼を閉じている。

 それは眠っており、夢からは目覚めていないようだった。


 だが、それは傍から見れば、というだけだ。

 カプセルを介して機械に繋がれている彼にとって目はもはや形だけだ。

 少年は既に目を開けている。


 入ってくる光を拒絶するかのように瞼を閉じたまま目を開けている。

 カメラを、システムを通じて見下ろした自身の身体。

 幼く、産まれたばかりの姿をした肉体は傷一つない美しい肌艶をしており、その肉体は彼がこの中で眠った頃と同じ、幼いままだ。


 だが、彼の『目』に映るのは無数の傷と屍の山、

 自らの死を悟りかけたその瞬間のままだ。

 あぁ、そうだ。

 自分は殺された……いや殺されかけたのだった。

 

 少年は思い出す。

 あの時のあの瞬間から、連なるように、ドミノを倒すかのように、自らが誰であるのかを思い出す。

 

「…………。」


 少年はふと見下ろした、腹を擦る。

 その小さな手の細い指先で自らの『目』に映る傷に振れる。

 ズキリと痛みが走る。だが、それも一瞬のことであり、その指に血の感触はまるで感じれない。


 サラサラと、指先から落ちるのはまるで雪のような粉粒のみ。

 それは少年を包んでいたカプセルの欠片であり、そしてそれはまるで風に舞う粉雪のように光粒子となって拡散し、消えていく。

 同様にカプセルもまた、溶けるかのように消えていく。


「あぁ…………」


 少年は改めて、自身の腹部を視認する。

 あの時の『傷』はもうない。しっかりと治っており、あるのは雪の結晶のような痣があるのみだ。


 だが、心の傷までは癒えることはない。

 それは仲間をやられた怒り。


 無惨にも、残酷にも残忍にも奴は仲間も切り裂き殺した。

 助けを乞うものも、怯えるものも、誰であろうと斬り殺した。

 そして、それは自分も例外ではない。


 これは、屈辱だ。

 これは、雪辱だ。

 決して忘れることはない。必ず(すす)いでやる。


「おはようございます。隊長」


 その声に少年は不意に意識を戻される。

 カプセルが消えてしまい、システムとの繋がりが消えていた彼はゆっくりと目を開ける。


 少年の目の前には一人の少女が立っていた。

 ベレー帽のような帽子に白と水色を基調としたセーラー服に七分丈のズボン。そしてブーツを履いている少女。

 彼女の胸ポケットには白い虎を模したエンブレムが刺繍されている。


「ここは……どこだい?」


 少年が気づかなかっただけで目覚めるその瞬間、を立ち会った色の白い少女。

 服装の白さも相まって部屋の白さと同化していると言っても過言ではない彼女は少年の澄んだ声に頬を高揚させつつも「はい」と頷く。


「水深10000メートル。海の底にございます」

「そうか……それで君は誰だっけ?」


 静かなものだとは思っていたが、まさか海底とは……だが少なくとも人がいるのだから別におかしなところではないのだろう。

 驚きのカミングアウトに少年は動じることはない。


「雪風です」

「で、僕は誰だっけ?」

「貴方の名前は氷雨(ひさめ) (みぞれ)。年は実年齢15…いえ、今年で16になります。そして貴方は氷雨隊の隊長。つまりは私の上司に当たります」


 雪風と名乗った少女は淡々と話す。

 なんともクールな少女だ。


「あーそうだ。そうだった。それが僕の名前だ。ありがとう」

「良かった……隊長」


 雪風は小さく呟く。

 ホッとしているかのようだった。

 まぁ自分の名前なんて忘れてしまっていたのだからその反応も無理はないか。


「隊長……そうか僕はまだ隊長なのか。何年も眠っていたし、流石に外されると思っていたんだけど」

「そんなはずはありません。隊長は今も昔も貴方だけです」


 雪風は自分よりも小さな少年に抱きついた。

 カプセルの――結晶化の影響によって彼の時間は止まっていた。

 それ故に少年の見た目は眠る当初の幼い頃のままだ。

 同じくらいの年だったはずなのに……これではなんというか姉弟みたいだな。


雪掻(ゆきかき)ちゃん、苦しいよ」

「雪風です」

「分かっているよ。スノーウィンドちゃん」

「えっと……」


 間違っている。直訳すれば間違ってはいないが。

 きっと覚醒したばかりでまだおぼろげなのだろう正確な認識が出来ていないのだろう。と雪風はそう思った。


「ところでスノちゃん。僕の着替えは何処かな? ほら、僕は今丸裸だからさ。女の子の前でこういう格好は非常識だろ」


 常識は認識しているようだ。

 雪風は改めて安堵し、少年――(みぞれ)から身体を離す。


「着替えはそちらの棚に置いてあります。それからこれを」

「ん?」


 雪風は霙の眠っていたカプセルのあった場所。その隣を指差す。


「貴方のものです」


 それは純白に彩られた。一色に染め上がったWEAPONS・GEAR。


「これが僕の新しい機体かな?」

「はい。ですが認識はまだ完了しておりません。何せ貴方は今の今までカプセルの中で眠っていましたから」


「そう、前の『氷結』は壊されちゃったんだっけ。あれっ? でも誰に壊されたんだったかな?」


 自らを殺した相手の顔は、名前は朧げで記憶はいまだ曖昧のようだ。

 ……でも、まぁいいか。

 今は忘れていても後からゆっくり思い出せばいい。


 霙は思い出そうとするのをやめ、純白のGWに近づく。

 刻まれた型式コードを手でなぞり……確認する。


「ん? あれ、この機体には名前がまだ無いの?」

「はい。まだありません」


「じゃ、雪掛(ゆきかけ)ちゃんが名前をつけてよ」

「雪風です。ですが、よろしいのですか?」


 部下の名前も覚えられないのに……そんな彼女の顔。


「うん、だって君は4年もの間ここに僕の傍にいてくれたんだろ。それくらいの権利はあるさ」


 霙は笑顔見せて言った。

 雪風は胸の奥に熱くなるものを感じる。


 この人にそのようなことを言われる日が来るなんて……あぁ溶けてしまいそう。


 雪風の目から出た涙が頬を伝う。


「有り難い……有り得ません。きっとこれは夢です」

「おいおい。僕が夢を見続けるならまだしも君はこの世界を現実を見てきたんだろ?夢を見るのはまだ早いよ」


 霙は笑みを見せる。

 雪風は両目から溢れ、零れ出る涙を抑えることはできなかった。


 今にもまたこの人に抱きつきたかった。

 この先永遠にそうしたいと思った。


「何で泣いてるの?」

「だって……あなたが……隊長が今また私たちの隊長でいてくれることが嬉しくて」


「そうかい。嬉しいのか……僕が隊長で」

「はい。もちろんです。我ら氷雨隊は一同は心からお待ちしておりました」


「そう……まぁその話はいいや」

「え?」


 アッサリとした反応の霙に驚きの顔を見せる雪風。

 それを気にすることなく、彼は彼女の方へと腰を捻り向くと言う。


「ほら、早く名前、決めてよ」

「えっと、そ、それでは名前は……『雹牙(ひょうが)』でどうでしょうか……雪豹の風雅」

「ひょうが…………うん。いいんじゃないかな」


 名を聞き、霙は満足そうに答えた。

 そしてGW『雹牙』の装甲をゆっくりと手で撫でる。

 私も隊長に撫でられたい。と雪風はそう思った。


「装着……『雹牙』!」


 短く名前を呼ぶと純白のGWは吸い込まれるように霙の身体を覆っていく。

 一体どこでそれを覚えたのか、どこでそのやり方を知ったのか。


「雪風ちゃん。そこで立って見ていてよ」

「あぁ……美しい」


 そんな疑問は彼の笑顔の前では無意味だった。

 私も隊長に着られたい。

 雪風はそう思い、強く願っていた。

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