125『ヒロの狙い』
「――っ!! うっ痛っ!?」
目が覚めて、勢いよく起き上がった反動。
腰を文字通り貫いた激痛に身を強張らせて防人はしばらくの間、痛みに堪えて硬直する。
「傷が治したばかりだから無理したら傷が開くぞ?」
「矢神さ――ここは?」
「病棟の一室――とはいえ、今は私達の軟禁施設だがな。見て分かるように私もこうして拘束されてしまっている。全く、情けないものだ」
自虐を込めて笑う矢神。
彼の手足から伸びる鎖はベットの下の方へと伸びており、少なくとも動きが制限されているようだ。
まぁそれはこちらも同じだが、幸いこちらは光牙から伸びる鎖に追加する形で繋がれているため、外すのは容易い。
「いえ、それはこちら、もだ。リリスを助けられなくて……あの男の方に行ってしまった」
「あぁ、そうだな。っ! よもやあの娘が奴の手に渡っているなど……クッ!」
力強く歯噛み、眉間に強くシワを寄せる矢神。
その表情からは強い怒りと悲しみが見て取れる。
少なくともこの状況は矢神にとっては想定外のことだったらしい。
「っ……だが、こうして嘆いてもどうにかなるわけではない。な」
グッ、と固く握っていた拳を緩め、矢神は大きくため息をつく。
「とりあえず、私達が今出来るのは傷を癒やすことのみだ。あぁして見張りもいるわけだしな」
そういって指差す先に座っている女性。
矢神と同じく白衣を着ているのを見るに、ここの病棟の担当医といったところだろうか?
けど、それにしては……なんというか……だらしがない。
「あれは、本当に見張り、なのか?」
大口を開け、イビキをかいて眠っている女医。
足元には彼女が飲んだのであろう酒瓶が何本も転がっている。
「彼女はあぁ見えて有能だよ? こうして私と君の傷を丁寧に結ってくれている」
「よく知ってるな」
気を強く。防人は矢神に問いかける。
「まぁ、一応は私の部下だからね。君との件があってからは……まぁ少なくとも人間関係には気を使っているさ」
「ふーん。ま、別にどうでもいいよ」
「ハハッ、手厳しい。それともやさぐれてるのかな?」
「別に、そういうわけじゃない。けど……」
「なぁ、サキモリ……ケイだったか? 君、戻っているのだろう? この言い方が正しいのかは分からないが……」
「――っ! 気付いていたんですか?」
「まぁなんとなくだが、言葉のトーンというか、私に対する当たりが緩い気がしてな」
言葉使いの一つ一つ。
一応は気を付けていたけれど、トーンと言われてしまうと確かに難しい。
どうしても無意識な部分というものは出てしまうし、かといってそれに意識を向けすぎると相手の言葉に集中できなくなって会話が成り立たなくなってしまう。
「あぁ……えぇ……そうですよ。リリスに会って気を緩めてしまったようです」
「そうか……だが、それを君が知ってるってことは――」
「はい。記憶も……少し戻ってます。すみません。僕がカイ――いえ、気を抜いたせいで武器を取られて……やられてしまいました。僕のせいで」
「謝ることはない。私もまさか作戦が漏れていたとは思いもよらなかったからな……」
「そう、ですか。じゃあ、あの……ヒロ――游さんは?」
「あいつはここにはいない。今……恐らくは奴の、ジークムントの傍にいるはずだ」
「そんな……まさか、裏切った?」
「さて、どうだろうな? 奴はなんとも掴み所がないやつだからな。『なんとかする』とは言っていたが、それもどこまで信用して良いやら」
信用……か。
ヒロ――あの人にあって話したことなんて数える程度しかない。
そんな自分が、あの人を信用すべきなのか、そもそも信用出来るのか、なんて判断がつけるはずもない。
「……信じるしかないってことですか?」
だからこそ、自分は下手に動くわけにはいかないだろう。
一応、地形図は頭に入れてあるが、入れてあるだけ。どれがどの部屋なのか、何の為の部屋なのかまでは暗記しきれていない。
「そうだな……あの男……何をしてるんだかな」
大きくため息をつきながら言葉をこぼす矢神。
そんな彼の言葉を聞き、自分もヒロからの連絡が来ることを祈りつつも、リリスの無事を願うばかりだ。
◇
ジークムントに呼び出され、訪れた彼の部屋。
真栄喜 游こと、ヒロは彼の部下である女兵士の案内に素直に従い、時間通りにその部屋へと足を運び入れる。
「失礼します」
「……うむ、来たか。まぁそこにかけたまえ」
ジークムントは指輪をキラキラと照明に反射させながら、高そうなソファーへと腰掛け、ヒロも対面に座る事を促す。
「さぁ、リリス」
「……はい」
ジークムントは彼女を自らの膝の上へ座らせるとその頭を何度も何度も撫で始める。
あんなふうに、力加減が出来ていない手で撫でられたら少しは鬱陶しいだろうに。気にする様子はなく、彼女はジッとどこか遠くを見ているかのような表情のまま、ジークムントの脚の上で動かない。
「さて、まずは礼を言おう。君のお陰でこの子たちを取られずに済んだからな」
「いえいえ、私はジークムント様の傭兵ですので、主である貴方様に従うのは当然の事ですとも。えぇ」
ヒロは今までに触れてきた中でも上質な革の肌触りと沈み込んでいく身体の感覚を堪能しつつも言われた通り対面に腰掛ける。
そして、そんな態度はおくびにも出すことなく、ジークムントの言葉にしっかりと反応し、少々小物感溢れる態度で彼はゴマをする。
「ふむ、だが何かしらの礼はせねばな。我は心が広いのだから」
「……でしたら貴方様が手に入れたという『始まりの機体』をお譲りしていただくことは出来ますでしょうか?」
「――っ!!」
態度はそのままに余計な会話をすっ飛ばしての本題。
ヒロの口から出た言葉にジークムントは細い瞳を大きく開け、驚愕の表情を見せる。
「貴様……なぜそれを!?」
「いえいえ、単なる風の噂ですよ……」
ふむ、この反応からしてどうやら本当にあるのかな?
矢神からの情報だったので眉唾なものだと思ってたけど、これは期待しても良さそうだ。
「……貴方様が世界のバランスを崩す協力な兵器を手に入れたというね」
「そうか……」
噂、その言葉を聞いてジークムントは少々安堵した表情となり、再びリリスを撫で始める。
「ふむ、残念ながらその噂には尾びれが付いて流れているようだ」
「おや、そうでしたか」
「あぁ……確かに我々は地下にある『娘』たちの部屋を作るための作業中、地中深くで眠るその兵器を手に入れた。しかしそれは手に入れただけだ。アレを見つけてからずっと矢神らに解析させているが、未だ成果を挙げられていない」
「ほぅ、それはそれは……」
ふむ、てっきり誤魔化されるかと思ってたけど、案外すんなりと話してくれる。
まぁ、こいつは先代の後を継いだだけの七光り。
人を顎で使い、その成果を横から掻っ攫っては自らの成果のように威張り散らし、もう30過ぎてもなお、お人形遊びに御執心ときたもんだ。
……アレの価値も正確に理解できていないんだろうな。
「解析しようにもロックがかかっているのか内部データへはアクセスできず、解体しようにも何やらエネルギーの膜があの機体を包み込んでおり、生半可な刃では通らない」
「ほぅ〜、つまり、その兵器については何も分かっていないっことですかぁ?」
「……まぁ、そういうことだ」
「へぇ〜〜……」
短い沈黙の後、ヒロはニヤリと頬笑み立ち上がる。
「成る程成る程。それを聞いて安心しました」
「ん? 何を言っている」
「いやぁ、実はもっと時間が掛かっちゃうんじゃないかって思ってたんですけど……ペラペラと話してくれてありがとーございます。ということですよ」
「な、ななな……ま、さかお前、裏切る気か?」
「裏切る? いやいやそんなわけないじゃないですか。俺は傭兵として主人の命令に忠実なだけですよ?」
「――っ!? リリス!!」
スルリと抜き取ったナイフ。
ヒロの発する殺気にようやくと気付いたジークムントは彼女へと命令を下す。
「はい……」
彼女は小さな声で了承するとともにジークムントのジャケット内側から拳銃を抜き取ると素早く構え、発泡する。
「おぉっ!? もぅ危ないなぁ〜、いきなり撃ってくるなんて……怪我でもしたら大変じゃないですか」
ヒロはいつもの気の抜けたような、陽気な口調となって話す中で彼女の撃った全ての銃弾が光壁に阻まれ、静止。
バラバラ、と貫通できず潰れた弾が床に散らばっていく。
「貴様!? まさか、あの機体と同じものを持っているのか?」
「ん〜……正確には違いますけど……そぉですねぇ〜俺も貴方への御礼としていいものを見せてあげましょうか」
ヒロは先ほど、防人へ手渡していた一枚のカードを取り出すとそれを自身の眼帯の前にかざす。
眼帯がカードスキャンするとともにカードが光となって消えていき、光粒子が拡散。
黒い装甲がヒロを覆っていく。
「ひぃっ! リリス! わ、私を守れ!」
「はい……」
目の前に現れた未知の存在。
一歩踏み出してきた彼にジークムントは怯え、リリスは命令に従い、再び発砲。
弾切れを起こし、撃てなくなったそれをヒロへ目掛け投げ捨てつつも壁に飾られたサーベルを手に掴む。
「おっとっと……」
振るわれるサーベルを戯けた様子で悠々と躱すヒロは大きく振り下ろされた刃を片手で掴み、受け止めるとそのまま握り砕いた。
「…………。」
この武器はもう使えない。
そう判断しつつも武器のない現状で使えるものとして彼女はそれを握りしめて再度挑む。
幾度となる風切り音。
それらは全てヒロが攻撃を回避したことで鳴っているものだ。
「あ〜らよ、っと!」
「――ヒィッ!!」
彼女の所持するサーベルを更に砕き、根本からへし折るとともにヒロの手から投擲される鉄の杭。
それが逃げようとしたジークムントの動きを止め、そのまま壁へと貼り付かせる。
「すみませんねぇ、ジークムントさまぁ。逃げられると俺、ちょ~と困っちゃうんでそのままでお願いしますね……さて」
目に見えての武器はなく、近くに武器になりそうなものはない。
これで戦意喪失してくれれば良いのだが、彼女は未だヒロへと向けて攻撃を加えてくる。
素手による徒手格闘。
そんなものが通用しないことは少し考えれば分かるだろうに、彼女は攻撃の手を休めることはない。
「ん〜どうしたもんかなぁ……矢神の頼みで君を殺すわけにはいかないし……」
拳を弾いていなし、蹴りを受け止めつつもヒロは位置を見計らって大ぶりの攻撃で彼女を大きく後退させる。
同時にジークムントを拘束したものと同じ黒鉄杭を投擲。彼女を壁に拘束する。
「さて、と……ジークムント。観念して頂きましょ――っ!?」
着ている服を引き裂きながら拘束から脱した彼女はそのまま地面を一蹴りでヒロの傍にまで接近。
そのまま着地と同時に蹴りを繰り出してくる。
「――は?」
想定外の出来事に即座に対応し、ヒロは光壁を発生させるもそれはあくまでも生身の、それも少女による蹴りとして想定したもの。
彼女から繰り出された蹴りはGWを身に纏ったヒロを蹴り飛ばせるほどに強く、光壁はアッサリと砕け散る。
「っぶな。今、切り落としかけた……んなことをしたら矢神たちに殺されてしまうよ。全く……」
取り出しかけたナイフを収納しつつもヒロは大きくため息をつく。
「本当なら無傷で捉えたかったけど……ちょっと眠っててもらおうか!」
ヒロは余裕な表情を崩さぬまま、腕部装甲を一部消すとリリスの腹部に重い一撃を食らわせる。
「うっ……」
タラリとこちらにかかる体重を感じ、ヒロは気絶したリリスをその場に横にすると彼はそのまましゃがみ、そっと彼女の手足に触れる。
「ん? てっきり作りものかと思ったけど、これは生身だよな? いや、中身が違うのか? とするとこれは義体とでも言うのかな。はぁ〜……これは、流石に気休め程度にしかならないかぁ?」
ヒロは手錠を取り出すとそれをリリスの手足につけていく。
その間、ジークムントはようやくと上のジャケットを脱ぎ捨て、拘束から逃げ延びると彼はそのままゆっくりと壁伝いに後ずさり、壁にある隠しボタンを押す。
「――っ!??」
しかし、何も起こらなかった。
押せなかったのか、そう考れジークムントは再び壁のボタンを押す。
が、やはり何も起こらない。
「な、何故だ? なぜ動かん!」
「無駄ですよ。ここの中枢コンピュータは既に俺がハッキングさせていただきました」
「馬鹿な……中枢コンピュータのアクセスはここか、娘たちの部屋でしか行えないはず……」
「そぉなんですよ。だからこの機体で色々と調べさせてもらいましたよ?」
ヒロの使用する黒い機体『雅狼』は彼の役目に合わせ、ハッキングなどの機能に長けている。
先程、防人に貸し与えたIDカードはコレであり、兵士用のカードとして偽装させることで、施設の主導権を得ることができた。
「クソ、クソッ!!」
焦りと恐怖から脂汗を滴らせ、ジークムントは何度も何度もボタンを押す。
「諦めが悪いですねぇ……今、ここの設備を動かせるのは私だけなんですよぉ?」
綺麗に手入れのされたサバイバルナイフを一本、引き抜くとジークムントにも見えるよう、分かりやすく見せつけ、その切っ先を光らせる。
「ですが……困ったことに兵器の隠し場所のデータがなかったんですよねぇ。だぁかぁら〜」
「ヒィッ!!」
一歩、ヒロが近づくとジークムントはより力強くボタンを叩く。
もう動かないと分かっているだろうに、情けなく逃げ出そうとする彼にヒロは口角を上げながら更に踏み出し近づいていく。
そして目の前に立った彼に怯え、ジークムントはその場に腰を抜かした。
「い、いくらだ? か、金をやるぞ? 今の雇い主の倍――いや3倍はやる。足りないならいくらでも払う。だから命だけは!」
床に手をつき、恐怖から顔を歪めたジークムントは涙と鼻水で顔面を醜く汚しながらも命を乞う。
「お金ですか。確かに良いですねぇ……世界共通で通じる交渉材料としてお金はとても大事ですよねぇ」
「な、ならば――」
「ですが……残念ながら交渉は決裂ですね」
「……か、金が駄目ならここにあるやつを持っていっても構わんぞ? あそこの絵画なんて3億はする芸術品だぞ?」
どうだ? と、ジークムントは期待を寄せるもヒロは静かに首を横に振って否定する。
「すみませんねぇ、芸術ってのにはてんで疎くて……価値が見出だせませんねぇ」
「な、ならばここにいる女兵士たちを、それが駄目なら『娘』を、娘をやろうどうだ?」
「残念ですが、無駄ですね。俺は傭われ兵。自分が決めた行動理由は損得ではなく面白いかどうかですから。お金をいくら積まれようと、私が面白くなければ意味がありません」
「うっ、だ、だが……そ、そうだ。私を殺せば兵器の場所がわからなくなるぞ? それでも良いというのか!?」
「いえいえ、ご心配は要りませんよ。貴方の脳の発する微細な電気信号を読み取り、記憶を映像データとして保存する技術が我々にはありますのでねぇ」
ヒロは彼の傍にしゃがみ、その首元にサバイバルナイフを添える。
「実のところ、脳さえ無事なら後はどうでもいいのですよ。ただ、やはりお金と時間がかかりましてねぇ。居場所を吐いてくれた方が楽なんですよ。でもまぁ言ってくれないというのならこのまま……」
ヒロの所持するそれは本来であれば機体の装甲をも切り裂くもの。
ジークムントへ、生死は関係ないと脅しつつも耳元で響かせる高周波音。
それが更にジークムントの恐怖心を沸き立たせる。
「わ、わかった。その場所までつれていこう。だから命だけは助けてくれ!! 頼む!!」
「ふーん。もう少し抵抗してくれりゃ面白かったのに……まぁいっか。さぁ案内してもらおうか?」
「あ、あぁ……分かった」




