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010『電脳の海へ』


「――んあ?」


 チャイムが室内に響き、防人の意識は呼び戻される。

 頭を上げると眠気を吹き飛ばそうと首を軽く振り、気持ちを切り替えると教室のスピーカーから流れ始めた音声に耳を傾ける。


『時間となりました。これより第二次試験を開始したいと思います。わたしは本日の放送を勤めます放送係の神谷(かみや)(まな)です。よろしくお願い致します』


 先程の合成音声とは打って変わり透き通った女性の声が耳に届く。


『まず、受験カードの用意は大丈夫でしょうか? 試験に直接影響はありませんが、もし受験カードを忘れてしまった方がいましたら対応をいたしますので画面左下にあるメニューからこちらへ連絡をお願いします。また、一次試験の際に登録した指紋認証も行っておりますのでそちらの方も行って頂きますようお願いします。それではこれより約一分ほどの時間を取りたいと思いますので行動をお願いします』


 1分間。

 特に何をすることなく、静かに周囲を見渡すと周りの人たちも静かに席に腰かけて待っている。

 防人は今のうちにと用意を忘れていた筆記用具を準備して間もなく放送が流れる。


『受験生、全986名の確認が取れましたのでこれより試験を始めさせていたただきます。それではまず本日の二次試験の内容についてですが、このヘイムダル学園では完全仮想現実(FVR)の中にて行います』

「FVRか……」


 つまり今回の二次試験はVR空間で行う試験ということになる。

 確かにその中であれば、生徒たちの行動自体が映像データとして残るから不正行為(カンニング)を行うことはできないし、仮に不正を行おうとしてもそういったことをするための装置をあらかじめ用意しておく必要になってくる。

 けれどそんなものをわざわざ入学試験の場所に持って来ているものはいないだろう。

 仮想空間での試験というのは確かに今までに無い試験内容だと言えるのかもしれない。


『本日、皆様の座席にはそのための装置であるVRダイビングギアを用意させて頂きました。そちらを頭部へと身に付けることで皆様を試験の場へと導きます。ですので外れてしまわないようしっかりと調整し、また固定具の着用をよろしくお願いします』


 防人は付け忘れていた『VRダイビングギア』と呼ばれたヘッドセット型の機械装置を手に取ると指示通り、ズレ防止用の固定具を取り付ける。


「ん~……」


 ヘッドセット自体は高級感があり、デザインも良い感じではあるものの固定具を付けることで絶妙にダサくなってしまった感が否めない。

 けれど安全性のためには仕方がない

 まぁ、あくまでそういう感じがするだけで鏡が手元にない為、それを確認する術はないけれど。


『取り付けは終わりましたか? 本日、行われる試験の数は2つ。昼食の時間を挟み、午前と午後で1つずつ行う予定となっております』


――それにしても千人近くの人間を一気に仮想空間に送ることができるなんて……それだけここのコンピューターの処理能力が凄いって事なんだろうなぁ。


 防人は謎の感心を示しつつも静かに放送へと耳を傾け続ける。


『詳しくは後程説明したいと思いますので皆さんは私の後に続いて仮想現実接続音声(リンクコール)をお願いします』


リンク・コール――プログラムによって精巧に造り出された電脳の世界へと潜る際に発する単語を指す名称。

 ちなみに完全仮想現実(FVR)技術は理論上では既に知れ渡った考えではあるもののその実現に至ったのは近年であり、その技術はとある大企業が製作から販売まで全てを担っているとのこと。


『……それでは私の言葉の後に続けるように言ってください。では行きます!』


 取り付けたダイビングギアからも流れ始まるカウントダウン。

 防人は学校のものとしては見慣れないしっかりとした造りの椅子へと体重を預けると静かに瞳を閉じた。


『オーバーダイブ!』


 放送に続けて発せられた受験生たちの声にヘッドセットのマイクが音声を認証し、反応音を鳴らすとともに装着者たちをネットの海へと潜水させていく。

 一体、これからどのような試験が行われるのか。

 防人は少しの期待と不安を感じつつもその意識はゆっくりと電脳空間へと沈んでいく。

 ダイブという言葉が示す通りに深く、深く、沈んでいく。

 沈んで、沈んで、瞼の向こうに見えていた光も感じることなく完全に真っ暗となった視界。

 水中にいるかのようにふわふわとしていた体はゆっくりとその水底へと着地する。

 朧気だった体の感覚が元へと戻っていくなか、視界にも徐々に光が走り始める。

 浮いていた意識がハッキリとしていき、気が付いた防人が目を開くと目の前には巨大な扉が存在していた。

 そこは真っ白な場所。

 眩しくもなければ暗くもなく、淡い光で照らされているようなそんな場所にあるのは黒くて大きな鉄の扉1つだけで周囲を見渡してもそれ以外には何も見当たらない。

 他の人もいなければ教室や机、椅子、頭に着けていたダイビングギアもなく、ただ一人そこに立っていた。


「……あれ? これって入試テスト、だよね?」


 仮想空間にて筆記試験もしくは面接試験のようなものをするものとばかり思っていた防人は想像していたものからあまりにもかけ離れた状況になっていることに困惑を隠せない。


「テストってもっとこう、教室っぽいところでやるって思っていたんだけど……」


 もし開くことがあれば、身体の一部を持って行かれてしまいそうな禍々しさすらも感じられるその巨大な鉄の扉を前に防人は戸惑い、(おのの)く。

 そして、ここが本当に自分の目指していた試験の会場で合っているのか疑わしくなり、不安感が汗のように沸き上がる。


 一体、これから何をされるのだろう?

 一体、何をすることになるのだろう?


 様々な疑問の言葉が浮かび上がっては消えていき、負の感情はどんどんと防人の中で勢力を増していくものの、扉を開けないことには何も始まらない。

 防人は静かに気持ちを落ち着かせ、意を決すると恐る恐るその取っ手のない装飾の細かな鉄の扉を力の限り、押し開こうと手足に力を込める。

 するとその鉄の扉は思いの外あっさりと開いていき、ギィィという軋んだような扉の音が静かな世界に響いた。

 3メートルはあるであろうその扉は端の軸を中央にゆっくりと回転し、防人は人一人がどうにか通れるほどの幅を開けるとその中を静かに覗き込んだ。


「お、お邪魔しまーす」


 小さく呟くように言いながら頭を入れたその先には誰もいなかった。

 室内は思っていたよりもずっと狭く、10畳ほどのその四角い部屋は無骨な鉄の壁に囲まれている。

 壁に備え付けられた照明によって室内は明るく照らされてはいるものの天井は真っ暗だ。

 単に作られていないだけなのか、それとも見えないほど高いということなのかそれは分からないが、少なくともこれから学校っぽい試験をするわけではないということだけは分かる。

 明るいのに天井が見えないというのは何とも言えない妙な感覚で扉の禍禍しい装飾(デザイン)も相まって不安が強く感じられる。

 今すぐにでも逃げ出してしまいたい気持ちで一杯ではあるもののここは仮想空間。逃げたくても逃げ場はない。

 防人は固唾を飲み、深呼吸。頬を叩き、覚悟を決めるとゆっくりとその部屋の中に入っていく。


「――ヒッ!?」


 扉を越えて間もなく、後方の扉は大きな音を立てながら自然に閉じる。

 防人の口からは驚きの声が漏れ、恐怖感からその体はピクリと大きく跳ねた。

 もしここが仮想で無ければ心臓はバクバクと高鳴り、冷や汗が滝のように溢れていただろう。


「あ~ビックリした。もう本当(ほんっと)、怖いのとかダメなんだから、こういうの止めてよね」


 音の原因が扉であったことを理解し、防人は後方に誰もいないことを確認するとホッと胸を撫で下ろすと安堵の息をはく。


――全く、急に脅かされることとかお化け屋敷のようなあの雰囲気は苦手だし、嫌い。本当に勘弁してほしい。


「――っ!!?」


 再び室内に響く大きな音。

 キーンというマイクなどによくあるあのノイズの音が鳴り、防人は反射的に耳を塞いでうずくまってしまう。


――本当、ここに人がいなくてよかった。


『大変失礼しました』

「おちょくってるのか!?」


 二度、驚かされてしまい、未だ感情が高ぶる中で聞こえてきた声に対して心の叫びを思わず声に出し、叫ぶ。

 反響した自分の声で耳が痛い。


『それではこれより第二次試験を始めさせて頂きます』


 それにしても本当に心臓に悪い。

 失敗することは仕方がないものかもしれないけどあのタイミングは本気でワザとなんじゃないかって思うぞ。

 本当、マイクがあったら叫び返してやりたいほどだ。

 とはいえ、いくら叫んでも自分の声が反響してこっちがうるさいだけ。今聞こえてくる声だって相手から一方的なものだろうし、叫ぶだけ無駄な行為ということだ。

 防人は仕方なくあきらめると気持ちを切り替えて流れている放送に耳を傾ける。


『これより行われる二次試験についてですが、本日、ここ仮想空間によって行われるのはとあるゲームとなっております』

「……は?」


――ゲーム? 聞き間違いだろうか?


『皆さんにはかつて世界大戦の際、多大な成果を納めた軍用パワードスーツである≪WEAPONS(ウェポンズ)GEAR(ギア)≫を使用して戦っていただきます』


 WEAPONS・GEAR――それは半世紀ほど前に起こった世界大戦にて兵器として開発され、軍事利用されたパワードスーツの総称。

 『G・W』や『ギア』などといった様々な略称で呼ばれるそれは公言されていない特殊合金の装甲と人工筋繊維など等によって個人の身体能力を大幅に向上させる。

 そして、それは単機で戦車を破壊するに至り、従来の兵器と比較して安い生産コストという観点からも注目された兵器であり、様々な特殊装備も開発された。

 主な動力源として電気が使われており、開発当初は活動時間に問題があったもののバッテリーの小型化・大容量化によって活動時間は大きく跳ね上がることで解消される。

 頭部を守るヘルメット部分には望遠機能や暗視機能といった補助装置が内蔵されており、またバイザーに表示される各種センサーによる自身周辺の情報によって危機感知能力の向上が図られている……だったかな?


 防人は中学の歴史の授業で習い、趣味の範疇で記憶した内容を思い出す。


――そういや装甲を滅茶苦茶増やしたりして動けなくなった失敗作とか笑わせてもらったなぁ……ってそうじゃなくて、え? 何、聞き間違えとかじゃないの?


『今回、皆さんが使用するのはギアの中で最も生産され、戦争を終わらせた量産機。連合国軍が開発、使用した≪フリーダム・フラッグ≫と呼ばれる機体です』


 防人が動揺する間にも放送は続いていき、その最中、説明にあったパワードスーツがホログラムのように部屋中央に表示される。


『使用する武装にはいくつかのパターンを用意させて頂きましたので、詳しくは部屋の中央にある円柱パネルへ表示される一覧から『登録・呼び出し』を選択し、確認してください。もちろんゲームのようなものから本物のようなものまで揃えてありますのでしっかりとよく考えてお選びください。選び終えたその時点で自動的に操作訓練――チュートリアルへと移ります。全員がそれを終えましたら次へ進みたいと思います……それでは行動を開始してください』


 ……どうやら聞き間違えとかではないようだ。

 いや、確かに次世代をいった試験だよ? 人生で最も驚かさせてくれたレベルかもしれないよ?

 でもちょっと待って。


「これ絶対おかしいだろ?!」


 え、何それ? みんなこれ、容認してるのか?

 ……いや、自分も試験が来る度にゲームだったら上位なのにとか考えた事とか愚痴ったこととかあるから容認はできるけど、流石に本当にやられたら許容はできないぞ、これ。

 よくもまぁ国が認めたな。許容して、容認したな。

 もしかしたら黙認してるかもだけど、いやでももしそうだとしたらこの世界どうなってんだって話になっちゃうけど。

 というか、それ以前に本当に大丈夫……だよね? 試験会場とゲーム大会の会場を間違えたとかないよね?

 いや、そんなはずはない……よな?

 だってちゃんとここに来るために何回も下見したし、地図を見せながらバスを運転してたおじさんにだって聞いたし。

 それにここに入る前に学園の名前だってちゃんと言っていたはず。間違いはない、はずだ。うん大丈夫だ。

 どうせ終わるまで出れないんなら……うん、もう悩まないことにしよう。


「うぅっ……しっかしこの服、なんていうかキツキツで変な感じがするなぁ」


 大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせるようにして防人は気持ちを切り替える。

 そして指示に従うために扉の傍から放送で言っていた円柱の方へと歩いていく中で彼は自分が着ている服、ダイバースーツのようなピッチリとした素材で作られた衣服に違和感を覚え、息苦しさを感じる首の辺りを軽く引く。


「ギアを動かすゲームにこの服ってことは、えっと確か、ラインド・スーツって言ったっけ?」


 ラインド・スーツとは防弾・防塵の為に用いられる繊維などから作られた特殊な衣服。

 極小のセンサー類が内蔵されたそれは筋肉の動きやそれによって発せられる微量の電気信号を正確に読み取り、増幅させることでG・Wの動作の補助を行う。


「わざわざこんなものまで作ってるってことは……それだけ本格的で作り込まれてるってことなのかな?」


 それほどまでに作り込まれたものであるというのならば、先程の説明の際に表示されたホログラムを見るにWEAPONS・GEARには地上用追加武装である滑走輪(グライドローラー)そして飛行用追加武装である飛翔滑空翼(フロートパック)が再現され、備え付けられていることが考えられる。

 グライドローラーはローラースケートのようにモーター推進によって地上を滑走するための高出力推進装置であり、フロートパックはジェットパックのように単機で滑空することを可能とする飛翔用推進装置のことを言う。

 もし、本当にそれらが再現されてるならば、つまりこのゲームでは空を自由に飛び回れるということになる。

 今までVRゲームで空を飛ぶといえば地図上の決まった箇所へ飛行移動する自動移動用の魔法や機械などがあったくらいで自分が好きなように自由に飛べるようなものは一つもなかった。


「……もし、この入学試験(ゲーム)がそこまで本格的なものであるのなら、遊んでみたい!」


 いや、でも試験をゲームにするってのはやっぱりおかしな話だし、だけど席に座って此処まで来た以上、手違いってこともないはずだ。

 このゲーム体験が今後の高校生活に一体どんな意味があるのかが分からない。

 けれどここから出るにはそのゲームをしないといけないことも本当なのだから仕方がない。

 そう、仕方がないんだ。出ようにも出れないんだし、それに(ごう)に入っては郷に従えという言葉があるようにゲームの世界ではゲームをやらなくてはならない。

 ……いや、正直なところなんで学校の入学祝いのオリエンテーションとかじゃなくてわざわざ試験にしたんだって疑問はあるけれど、ここの試験がゲームなのだというのならばそれを精一杯するとしよう。

 一生懸命、楽しんで、けれど試験だという緊張感もしっかりと頭に入れつつプレイするとしよう。


「……よし!」


 防人は強く瞳を閉じ、両の手で頬を叩くと覚悟完了。

 気合いを入れた彼は部屋中央の円柱。見やすいよう角度をつけられた上面に設置されたパネルに触れる。

 するとモニターには説明にあった一覧が表示され、同時に対面の壁にもモニターのものと同じ内容の映像が大きく浮かび上がる。


《機体選択》

あなたの使用する機体を選択します。

※今回は使用できません。


《武装選択》

あなたの使用する機体に取り付ける武装を選択します。

※今回は使用できません。


《メイキング》

機体、武装などの製作・改造をすることができます。

※今回は使用できません。


《登録・呼び出し》

用意された機体、武装の登録と登録したデータの読み込みを行います。


《ヘルプ》

今見ているこの画面に簡易的な説明を表示します。


一覧の一番下の≪ヘルプ≫に触れると説明文の通り、一覧がどのようなものであるか表示される。

 つまり、これはいわゆるゲームのヘルプであってここに来る前のように学校の関係者へ連絡することは出来ないと防人は理解する。


「参ったな。連絡出来ないと試験がゲームであることへの感し――いや抗議の言葉が伝えられないってことか……」


 連絡することは叶わないということは試験終了(ゲームクリア)をするまで出ることは許されないということ。

 つまり早く先程の説明通りに手順を進めていかないといけないということになる。

 防人は表示される一覧から≪登録・呼び出し≫と書かれた項目を選択(タップ)すると画面表示が切り替わる。

 用意されているという武装パターンは全部で4つ。


「それじゃあ早速、見ていこうかな……」


 防人は期待に笑みを浮かべたまま一覧に表示される武装パターンを上から順に選択するとその内容の確認を始めた。

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