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【 WEAPONS・GEAR(ウェポンズ・ギア)】――高校生編  作者: 満天之新月
第4章 工業小国ヘルヴィース
129/253

123『眠る二人の男』



 キレイに磨かれたナイフ。その切っ先は防人の着ている服をあっさりと貫通し、そして彼の皮膚を引き裂いた。


「リリス……どうして?」

「…………。」


 心の奥底から溢れ出た疑問に彼女は――リリスは答えることはない。

 彼女は、どこか遠くを見つめたような瞳でまっすぐ前を見続けている。まるで目の前に倒れているこちらなど見えていないかのように、チラリとも見ることなく、ただその場に立っている。


「――グゥッ!」


 ドクドク、と脈打つごとに溢れ出る鮮血と体の芯を走る激痛。

 痛くて痛くて泣いてしまいそうだ。

 だけど、この程度ならATの元で散々経験してきた。この程度なら堪えられる。


 なのに、動けない。

 それはリリスに刺されたという驚きからなのか、悲しみからなのか、様々な感情が入り混じる今の防人に結論づける事は出来ないが、分かるのはこうして手足に力を入れようとしても立ち上がることすら出来ていないということだけ。

 一体、何がどうして?


「リリス……おいで」

「はい……」


 男の言葉にリリスは小さく頷くと、やはり防人には目もくれず、ゆっくりと歩いて彼の傍に向かってしまう。


「ら、駄目(らめ)だ。リリシュ……」


 掠れたように漏れ出る声。

 もはや呂律すらまともに回っていない。


――あぁ、服は着てくれたのか。


 ともあれリリスの裸をあんな男たちに見せずに済むのは良かったと思う。

 思うが、思うだけだ。

 今もこうして自分の元を離れ、あの男たちの方に向かっていることは変わらない。


「グッ――クッ!」


 起き上がろうと立ち上がろうと歯を食いしばり、腕に力を込める。

 が、やはり力が入らない。

 それでも、と力を込めようと手をつくも自らの血液に滑り、僅かに浮いた身体はすぐに冷たい床の上へと落ち、そのまままるで死んでしまったのではないかと疑うほど静かに、意識が飛んでしまった。







「…………。」


 ヒタヒタと薄い衣服を纏った彼女がジークムントの言葉に従い、歩いてくる。


「リ、リリス?」


 瞳孔が大きく開き、美しい青い瞳が暗く染まり、矢神の声は彼女には届かない。


「貴様! あの娘に手を出したな!! 約束を、したというのに!!!」


 それは矢神にとって見慣れた光景であり、ここにいる手足のない彼女たちの共通の特徴であった。

 集められた戦争孤児。

 肉体を改造され、頭に取り付けられた装置により脳内で日々続けられる戦闘訓練。

 若い子供を一端の兵士へと底上げする。


 だが、その副作用からなのか、子供達の多くは著しく感情が欠落し、上司(マスター)によって与えられた役割をこなすだけの身体となってしまう。

 今回の場合、そのマスターはジークムントということになるのだろう。


「ふん、失敗続きのお前の約束など聞けるか」

「――っ、このっ!」


 矢神は傍にいるの兵士の1人を殴り倒し、拳銃を奪い取り、それをジークムントに向ける。

 もちろんこの後、撃たれるかもしれないことくらい分かっている。

 だが、あの娘の為にこれくらいのリスクを冒さず、ただ見ているだけなんてものは矢神には許されなかった。


「やれ……」

「――グッ!!?」


 ジークムントがそう口を動かした直後、あの娘の投げたナイフが脚に突き刺さる。

 痛みからバランスを崩し、その場に倒れる矢神。

 あの娘が攻撃してきたという事実がジークムントが約束を違ったことをハッキリと表しており、彼が裏切った、嘘をついたという事実は矢神の中に怒りを沸き立たせるのに十分だった。


「……っっ!! よくも!」


 まさか、こんなことになるとは……。

 クレイにだってあれ程のリスクを承知で協力をしてもらっていたというのに……。

 あぁ……本当に、これでは合わす顔が無いではないか。

 このまま殺されてしまうくらいならせめて一矢くらいは――


「――っ!!?」


 矢神の手にした拳銃から鳴り響く銃声。

 しかし、銃口の先に立つジークムントに特に変化は見られない。


「ばかな、この距離で外すなんて」


 矢神は驚愕しつつもこちらを見下ろしてくるジークムントへ再び拳銃の引き金を引く。

 だが、全て弾を撃ち尽くしてもなお、ジークムントが傷つくことはなかった。


「なぜ、だ? 何故当たらない? こんな近くで」

「フッ、空砲だよ」


 困惑する矢神を見下ろし、嘲笑うジークムント。


「元よりそれには弾など入ってはいない。こんなところで銃など使ったら私の可愛い娘たちが傷付いてしまうからな」

「っ、貴様が『娘』などと軽々しく口にするな!」


 拳銃を投げようと振り上げた手。

 しかし、それは近くの兵士によって阻止されてしまい。

 そのまま彼は地面へと押さえつけられる。


「ふむ、残念だよ矢神。素直に私に仕えていれば良かったものを……もう二度と日の目を見ることは無いだろうなぁ。おい、連れて行け!」

「ハッ! で、あの脱走者は?」


 ジークムントの命令に敬礼する小柄な兵士。

 彼は向こう側に倒れている防人を指して問う。


「奴は矢神との関係などを聞く必要がある。殺すな」

「ハッ!」


「あぁそれからここの掃除をしておけ。私は部屋に戻る」

「ハッ! 了解しましたぁ」


 命令を受け、再び敬礼する小柄な兵士。

 それから彼は連れてきている兵士達に指示を出し始め、防人と矢神にあたる担当などを決めていく。


「さぁ、行こうかリリス」

「はい……」


 ヒタヒタと遠のいていく足音。

 矢神は彼女を追うべく動こうと思考するも兵らに囲まれ拘束されてしまい、またたく間に身動きは取れなくなる。


「おい、タンカだ。持ってきてくれ!」

「「はっ」」


 二名の兵士が命令を聞き、取りに行くその間に小柄な兵士が手足を拘束された矢神の傍でしゃがみこむ。


「おい、生きてるか?」

「なんだ?」

「そうカッカするなよ。血圧上がって血が出ちゃうよぉ?」


 兵士は小さな声で矢神にささやくとその顔を見て彼は驚きの表情を浮かべた。


「ヒロ……お前……」

「シッ、静かに……流石にここでは大人しくして下さいね。ちゃぁんと後でなんとかしますから」

「……わかった」


 傷の痛みに脂汗を流しつつ頷く矢神を見て、次にヒロは防人の方へと近づくとコッソリとIDカードを引き抜いて回収する。

 そして、彼は両名に止血剤を注射する。


「…………すまない、クレイ」


 暗く歪んでいく視界の中で、矢神は友人への謝罪とともに深い眠りに落ちていった。







 リリス……矢神の一人娘。

 青い髪と同じく青い瞳の女の子。

 彼女が『――(オレ)』にとって全てだ。


 ロクでもない家族から離れ、連れてこられた場所で行われたのはもっとロクでもない研究と薬物投与による実験の毎日。


 苦しみ、おかしくなってしまう子供達(アイツラ)がいた。

 血反吐を吐き、二度と目を覚まさなくなる子供達(アイツラ)がいた。

 苦しくて、怖くて、楽しくて、可笑しくて……おかしくなってしまいそうだった。

 そんな中で、俺は友達すらも失ってしまった。


――友達? いや自分?


 ともかく、そんな実験の毎日から逃げ出したかった。

 逃げられるかなんて分からないし、逃げたところでよりヒドい目に遭うだけだったかもしれない。


 それでも、こんな場所からは逃げたかった。

 友達と一緒にどこか苦しまないで済むような場所に行きたかったんだ。



「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」


 呼吸を乱し、幼い頃の俺たちは走った。

 真っ白な通路に何回も見た、同じような作りの白い扉。

 身体はどんどん疲れてきて苦しいのに見えるものは変わらなくて、まるで進んだ気がしない。


「次の扉に入ろうよ!」


 友人からの言葉に俺は頷き、真っ直ぐ進んでようやく見えてきた扉を開けた。

 なんてことない。今まで見てきたものと同じ、真っ白で無骨な鉄の扉。

 小学生である俺からすれば、その扉を開けるのはそこそこ重たいが、火事に使うっていうあの鉄のでっかい扉で遊んでた時と比べればなんてことはない。


 ギギッ、と音を立てながら難なく開く扉の先にあるのは短い通路。

 先ほど通っていたものと同じようで違う真っ白なその先にあるのはいつもと違う扉だ。

 もしかしてこの先に逃げるための道が続いているのかもしれない。


 そう喜んだ俺たちが更に進み、開けた扉の先にあったのは狭い部屋だった。

 キチンと整頓された小綺麗な部屋には淡い色をした小さな棚や引き出しが置かれており、四角い窓にはピンク色のカーテンが掛けられている。

  

 クマやウサギといった動物を模して作られたぬいぐるみ。

 棚に飾るように置かれている絵本。

 綺麗に整理整頓されたそれらはこの部屋を可愛らしく彩り、まるでお人形遊びの家のようだ。


 綺麗で可愛らしいけれど、人が住んでいるようには感じられない。

 まるで何年も使っていないかのようなそんな部屋。

 なのにホコリ1つ無いその部屋が俺には怖くて、不気味で今すぐにでも出て行きたかった。


 けれど……。


『ダメ! いかないで!』


 そう呼び止められ、振り返ったその先で立っていたのは長い青髪を持った女の子だった。


「お前は……」


 どこからともなく現れた女の子。

 隠れていたのかとあたりを見渡すもそれらしきものは見当たらない。

 これで傍にクローゼットでもあればまだそこから飛び出してきたのかと思えるのだけれど……。


「君は……どうしたの?」

『私は……リリスっていうの』


 友人がその子に声をかけると彼女は俯いたままそう答える。


「リリス……そうなんだ。君は、ここに閉じ込められてるの?」


 そんなはずがあるもんか。

 ここは明らかに俺たちがいた場所とは違う、違い過ぎる。

 確かに漫画やオモチャなんかは俺たちの部屋にも用意はされていた。


 けれど、それはあくまでもだだっ広い部屋の中で何十人といた子供達と一緒に、順番に使うっていうだけだ。

 夜になって寝る場所だってすぐに寝るように持っていっちゃいけないように言われている。

 だから違うのだとそう思ったのだが……。


『閉じ込め……うん、そう。私はここ以外には出たことがないの』


 彼女は小さく頷いた。

 ボソボソとした声。

 だというのにまるでマイクでも持っているのではないかと思うほどによく聞こえてくる声。


 いや、実際に彼女の声は天井のスピーカーから聞こえてきている。

 だからもしかするとマイクを持っているのかもしれない。ここから見た感じだと持ってはいなさそうだけど。


「そう、なんだ。じゃあ僕たちと一緒に出ようよ!」

「……はぁ!?」


 ちょっと待て! 友人(こいつ)はいきなり何を言っている?

 連れて行く? この子を?


「いやいやお前、何考えてんの?」

「だって可愛そうじゃない?」

「いや、確かにそう、だけどよ……」


 確かに可愛そうだと聞かれれば、可愛そうではある。出られないということは少なからず俺たちと同じように閉じ込められているんだろう。

 げど、それじゃあ俺たち二人で逃げ出すよりも難しい。

 それになんか危ない気もする。


『ごめんなさい。嬉しいけど……無理なの』


 俺が答えを決めかねているうちにリリスという女の子は首を横に振ってコイツからの誘いを断る。


「無理? どうして?」

『私ね。病気なの。だからずっと寝てなくちゃダメなんだ』


「寝てるってお前、起きて立ってるじゃん……見た感じベッドもなさそうだけど?」

「…………。」


 俺が気になって聞くとリリスと名乗る少女が消える。まるで元からそこにいなかったかのように、まるで光が弾けるように、消える。

 漫画やゲームでしか見ないような事が目の前で起こり、俺たちが驚いていると彼女の立っていたその奥の壁、何も設置されていない壁がスライドして開いていく。


『お願いだから、逃げないでね?』


 スピーカーから聞こえてくる声。

 俺は目を見合わせ、二人で逃げようと踵を返す。

 だが、コイツはそのまま奥へと進んでしまった。


「あ、おい!」


 俺にとって想定外の行動。

 かといってこのまま一人で逃げるわけにもいかず、後を追いかける。

 現れた短い通路と開かれた自動ドアを通り抜けたその先は先程とはまるで違う真っ白な部屋。


 無機質で生活感などまるでないその空間には様々な機械が置かれており、それら全てが部屋の真ん中に置かれている四角いケースの中へと続いていた。


「お、おいもうやめようぜ? な?」


 一体あの中に何があるのか……。

 怖い。凄く怖い。

 怖くて怖い。


 今すぐにでも逃げ出してしまいたい。

 だけど、コイツはケースの方に歩いていた。

 馬鹿じゃないのか。と思うし、今も思っている。


――あぁ、そうだ。この時、彼女に会うことさえなければもっと違った結末が待っていたのかもしれない。

 ……けど、実際はそうじゃなかった。


 俺は――というよりはコイツが部屋の中に置かれていたケースを確かめようと近づいていく。

 大小様々なコードに足を取られながら……一体、何がそうさせるのか分からないままコイツは歩いていく。


 そして覗き込んだその中にいたのは先程とはまるで違う女の子。

 小学生の自分よりも年下であろう小さな女の子。

 あの時、あの部屋で見た女の子の髪は海のように青く、綺麗だったが、そこにいた女の子はそうじゃなかった。


 髪は青ではなく、無い。

 そう、髪が存在していなかった。残る眉毛が淡い茶色をしていたのでもしかすると頭の髪もその色かもしれない。

 だが、なかったものの判断は出来ない。


 彼女はすっかりと痩せこけてしまっており、その手足はとても細く、真っ白というよりは青白い肌からは骨が浮かんでしまっている。

 死んでしまっているのではないかと思ってしまうほどに酷い有様な女の子。

 ドラマなんかで見たような機械が鳴らしているピッピッって音だけがこの子がまだ生きてるんだって事を教えてくれる。


『ごめんね。ビックリしちゃうよね?』


 取り付けられたスピーカーから聞こえてくるのは先程と同じ女の子の声。

 彼女は透明なケースの中で何かしらの機械がたくさん貼り付け、繋がれており、眠っている。


「君が、リリスなの?」

『うん、そうだよ。私がリリス……パパとママがつけてくれた名前なの』


 何故か少し嬉しそうに答えるリリス。


「そうなんだ。あぁ……えっと……」


 何か言いたそうだけど、コイツはモゴモゴと口を動かすだけで喋ろうとしない。

 まぁ、確かに話しづらいってのは確かだし、こんな様子の女の子に話す内容なんて思い付きはしない。


「それで? 俺たちに何の用なんだよ?」


 だから、俺はさっさと要件を言ってもらおうと口を出す。

 確かに聞いたのは俺だが、だからといってわざわざこんな自分を見せようとする理由が分からない。

 何を考えている? そんな感じの疑問、疑いがこの時の俺の中で渦巻いていた。


『あ、えっとね。その……えっと……』

「……もし言いにくいことなら言わなくて言わなくて良いからね?」


『え? ……う、うん』

「お前なぁ、そんなこと言ってたら何も分かんないだろ?」


「え、でも無理に言わせたらかわいそうだし……」

「だぁか〜ら〜、んなこと言ってたら話終わんねぇだろ? ほら、いいから俺たちにお前の事を教えた理由(ワケ)を早く言えよ?」


『う、うん……えっとね。その、わ、私とね……と、友達になって欲しいの』


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