122『青い髪の少女』
7月 金曜日の深夜2時。
作戦開始の日。
運ばれてきた晩御飯を食べ終え、最後の見回りが終わった後、この3日間をかけてコッソリと渡されたナイフや通信機などを身につける。
制限時間は明日の朝食が運ばれるまでの約7時間。
頭の中に記憶した地図と投影機内の実際の地図とを軽く見合わせた後、通気口の蓋を静かに開けてその先へと進んでいく。
右、左、直進、頭の中の地図にあわせて先へと進み、そして地図で印がつけられた所にたどり着く。
「ここは……ロッカールームか?」
出口から部屋のようすを眺めていると耳に取り付けた通信機が呼び出し音を鳴らす。
通信機に軽く触れ、通信を繋ぐと聞こえてくる游の声。
『着いたか? なら、その部屋のこの角のロッカーにここの警備兵の服が入っている』
言われた通りにロッカーの扉を開け、そこに入っていた鞄へと手を伸ばす。
「……これか、しかしよく到着したことに気付いたな」
『通信機に小型カメラが取り付けてあるからな、丸見えというほどでもないが、どこにいるかくらいは分かる』
「なるほど」
返事をしながらも鞄の中から取り出した軍服へ着替え始めた。
『さて、今のうちに今回について軽く説明をしようか。
今回の目的は矢神の娘であり、お前の妹でもあるリリスの救出。
制限時間は現時点から明日の朝、お前の姿を確認されるであろう朝9時まで。
それまでに誰にもバレないようにリリスを連れ出し、私か矢神の元へと届けたら任務はおしまいだ。
何か質問は?』
「リリスを見つけたとしてどう連れ出す? 廊下には監視カメラがあるだろう?」
『だから通気口の地図を用意しただろう?』
「一応、記憶はしたが……彼女を連れてとなると自信はないな」
『そこまで堂々と言われるとむしろ清々しいな……だがまぁ安心しろ。そこにサングラスがおいてあるはずだ」
「ん? あぁ、この四角いタイプの奴か?」
『そいつをかけて右側のヒンジにあるスイッチを押してくれ』
「ヒンジ……ってどこだ?」
『あぁ、蝶番のことだ』
「蝶番……あぁ、これか」
ボタンを押すと右目レンズ内側に地図が表示される。外して見てみると外側からは見えない仕様のようだ。
「地図が表示されたか? 中央の青い点が現在地、他の青い点が他の兵士、そして赤い点が目的地点だ。それでも道がわからなければ連絡をくれ、俺が指示する』
「それは助かる。俺は方向音痴だからな」
『……ほう、そうなのか?』
「あぁ、どっちが北で南でってのもよくわからん」
実際、中学時代に友人と約束した集合場所が駅の目の前にあったにも関わらずそこを探すのに3、40分程軽くかかってしまったことがある。
恥ずかしいのでそれは口には出さないが……。
『そうかい。そうなると俺のナビはますます必要そうだな』
「あぁ、よろしくたのむ」
着替えを終え、最後に様々な道具の入った腰巻きバックをベルト穴に通す。
ホルスターに拳銃やナイフがしっかりと収まっているか確認し、最後にIDカードをポケットにしまう。
『あぁ、そうだ。1つ言い忘れていたが、決して人には見つかるなよ?
俺のカードを持っているから扉などの移動に関しては大丈夫だろうが、流石に直接見つかるとマズイからな』
「了解した。気を付けて行動する」
『ん、では傍受されないようこれで通信を終了する』
通信を終え、防人は念の為にもう一度装備を確認するとサングラスの地図を確認しつつ移動を開始する。
「……なぁ、ひとついいか?」
移動中。周りに人がいないことを確かめつつ出来るだけ小さな声で襟に付けたマイクに向かって話しかける。
『ん、どうした?』
すぐに届く返答に防人は出来るだけ小さく、しかしちゃんと聞こえる声で話す。
「なんであんたは俺たちの手伝いをしてくれるんだ?」
『ん? 前にも言ったかもだけど、自身の目的のため、利害の一致というやつだよ』
「だからその目的ってのを――」
『ん〜? すまん通信が悪くてね〜。で、なんだって?』
「いや、いい……」
だからその目的というものを聞きたかったのだが聞こうとして止めた。
どうせ聞いたところでこうやってはぐらかされるか、適当に答えられるだけだろう。
『そうか、そこの通路を右だ』
防人は言われるままに真っ白な通路のT字路を右へと曲がる。
『で、こちらも聞くけどさ、お前はなんで矢神の――リリスを助けようとする? 別に血の繋がった兄妹というわけでもないのだろう?』
「あ〜……」
さて、なんと答えよう。
防人の本心としては長い間に産まれた情というやつに揺り動かされて行動しているってのが簡潔的で分かりやすいが……それが心情的に本当にそうなのかはハッキリとしたところ自信はない。
もしかしたらこの記憶は偽者かもしれない。
作り物かもしれない。
そんな不安が首を縦に振ることを躊躇させる。
だが、だとしてもこの思いは自分が今まさに感じているものだ。
だからそれを信じたい。
そんな考えを声に出そうとしてふとかっこいいことを言おうとしていると、恥ずかしいことを言おうとしているかもしれないと思い。
「俺はただ彼女を救いたい。体が弱く気の弱い彼女を救いたい。ただそれだけだ」
そう答える。
これはこれでかっこいいことをキザっぽいことを言っているかもしれない。
だがもう言ってしまったことは仕方がない。
少し恥ずかしいが、今は気にしている時間はない。
『そうかい。……そんな風に一途に思える人がいるのは少し羨ましいかもしれないな』
……ん?
「何か言いましたか?」
さっきなんと言ったのだろう?
小さな声だったからよく聞こえなかった。
『いや、どうでもいいことさ。さて、その先の右の扉へ入ってくれ』
「了解」
防人はポケットのカードで扉を開け、中へ進む。
その扉の先は薄暗く、先がよく見えない。
所々にある照明がかろうじて奥へと道が続いていることが分かる。
『あぁ、待て』
防人が一歩足を踏み出そうとしたらヒロがそれを止める。
「ん、どうした?」
『いや、ちょっとな……防人、左側のヒンジに触れてくれ』
「あぁ、分かった」
言われた通りにすると薄暗くてよく見えなかった視界がクリアになる。
「へぇ、暗視ゴーグルにもなるのか……」
防人は感心しながらよく見えるようになった通路の先を見渡す。
「ん? 赤外線センサーが張られてるのか?」
通路の先には何重にも赤い線が交差しており、漫画やゲームなんかでもよく見る光景に防人は少しテンションが上がるが、今はそんな時ではない。
『のようだ。近くに解除用のパネルなどはないか?』
「パネル……あぁ、これか? あったぞ。入力式みたいだがどうすればいいんだ?」
『パネルに差し込み口もしくは読み取り機とかはないか?』
「そういうのは……見当たらないな」
「外すことは?」
「ネジなども見当たらないから貼り付けられてるんだと思うが……」
『そうか。なら、こちらからアクセスを試みる。少し待ってくれ』
「了解」
女の子1人隠すのになんとも仰々しいセキュリティだろう。少しやりすぎな気もするが……それだけ矢神がここでは重要視されているってことだろうか?
というか本当にこの奥にリリスがいるのだろうか?
『すまん。複数のロックがあって完全には消せなかった。これ以上踏み込むと感付かれる恐れがある。行けそうか?』
「あぁ、ちょっと面倒そうだが……なんとかな」
しばらくしてから通路に張り巡らされたセンサーライトが次々に消えていく。
だが完全ではない。
少なくとも今の防人の身体能力でも別に問題なく通過できるほどには減少しているとは思うが、ここに来てこちらに任せられることになるとは。
とはいえ嘆いても仕方がない。
とりあえず、まずは目の前のものから順に突破していく。それしかないだろう。
全く、失敗したら一発ゲームオーバーってのはなんとも鬼畜な仕様だことで。
『あぁ、1つ言い忘れていたが、どうやらこのロック、制限時間があるらしくてな』
「何分ですか?」
『5分だ』
「うわっ、そうのんびりとしてる暇ないじゃないか。でもなんで制限時間なんてあるんだ?」
『さてな。1度切った後、つけ忘れないようにするためとかかな?』
「なるほどね。それじゃ、行ってくる。残り1分を切ったら連絡をくれ」
『了解。んじゃ、まぁご武運を』
軽く言ってくれる。
防人はため息をつきつつも身を低め、床に腹をつけ、ホフク移動を開始する。
身体が掠ったりしないよう慎重に、しかし素早く進んでいく。
しゃがみ、潜れそうにないところは跨ぎ、飛び越えてじわじわとながらも確実に進んでいき、無事時間内にたどり着く。
「なんだぁ!? こりゃあ……」
受け取ったIDカードをかざし、開いた扉の奥を見て、防人は思わず声をあげる。
並べられた多数のカプセル。
淡い色をした液体で満たされたその中には一糸まとわぬ姿で人が入っている。
いや、それだけなら防人は既に見ている。
既に中身は空だったが、似たような光景は既に任務で訪れたクレイマー・シュタインの施設で見ている。
彼が驚いたのは目についた全ての人が女性、幼い少女であったから。
それらが赤子のように丸くなっているか、ただ浮かんでいるのならまだ防人も漫画やゲームでもよく見てきた。
しかし、彼女らは一様にして手足が無かった根本を残し、きれいに切り落とされていた。
「これは……一体?」
防人はゆっくりと一番近くのカプセルに近づき、中の少女の状態を凝視しながらくるりと周りを一周する。
口元には呼吸用のマスクが付けられており、頭に取り付けられたヘルメット型の装置。
切り落とされた手足の所には金属の蓋のようなものが被せられ、そして長い髪でよく見えないが後頭部の辺りに直接、管が挿し込まれている。
『ふーん成る程ねぇ』
「知ってるのか? 游?? これが何……いや、どんな状況……いや、この子達がどんな状態になっているのか」
『恐らく……というか十中八九そうだろうね。こいつらは人工的肉体強化による産物……いわゆるサイボーグって奴だな』
「サイボーグ……ねぇ。漫画みたいな話でイマイチ実感がわかな――あ!? ちょっと待てリリスもここにいるってのか? リリスもこんな、ダルマみたいにされてるってのか!?」
『さぁな、この俺が徹底的に調べて見つからなかったんだ。だからいるとすれば唯一直接調べられなかったここ……ってことになる』
「なっ……矢神の奴は嘘をついたのか?」
『いや、そんなことはないだろう。少なくともあの男は実の娘を溺愛してるんだろ?』
「……あぁ、そう記憶してる」
『なら、あいつも知らないって考えるのが正しいじゃないか?』
「そうだな。しかし……この中から探すのは流石に骨が折れそうだな。パッと見ただけも数百人はいるよな?」
防人は頭をかきむしる。
見るだけで気が滅入りそうな光景。
その中から彼女を……リリスを探さなくてはならない。
「でもまぁ、やるしかないか」
『待て!』
「え? おぁ!?」
リリスを探すため、駆け出そうと一歩踏み出したところを止められた防人は自分の右足で自分の左足を引っかけて盛大に転んで顔面を床に強打する。
「ってぇな、何だよ!? びっくりするだろうが」
『転んだのは自分の責任だと思うが……まぁ、どこかにコントロールパネルはあるか?』
「コントロールパネル?」
『そうだ。コントロールパネルは誰が操作しているのか確かめるため、IDカードを差し込む所があるはずだ。そうすれば全データを解析し、こちらに転送してくれる。そうすれば一つ一つ探すよりは早いだろう』
「リョーカイ。で、どこだ? パネル……カプセルの傍の奴は違うよな……っと、足元にコードが出てるから気を付けないとな」
防人は見渡しつつもパネルがあるであろう壁の方へと向かう。
「あぁ、あったこいつだな。差し込み口は……これか?」
それらしい装置。
向きをしっかりと確認し、手にしているカードを差し込む。
「……?」
すると同時に目の前のモニターの電源が入り、数字が下から上へと流れ始めた。
『解析中だ。少し待ってくれ』
「了解……しかし待てって言われても……ん?」
入り口じゃない扉。
見た感じ厳重な鍵なども無さそうだ。
「……時間かかりそうだし、ちょっと覗いとくか」
なんてことない。ふと、足が向いた扉のその先へと防人は足を進める。
ノブを破壊し、中へと進む。
「ここは……荷物置き場か?」
狭い部屋。壁一面の棚と天井にまで積まれたダンボール。
埃っぽさはなく、最近まで丁寧に掃除されているようだ。
防人は適当にいくつかを取り出し、ナイフで蓋を開けて中を覗く。
「服……みたいだな」
梱包から取り出し、広げてみるとそれは白いワンピースらしき衣服。
肩掛け紐や背の部分にはボタンが縫い付けられているため、多少のサイズ調整ができ、腰周りの紐で縛り、固定できる構造をしたそのサイズは小さく、少なくとも大人の着るものではない。
この場所で、こうして用意されているこれらは全てあのカプセルの中の子供たちのものであるのは考えるまでもないだろう。
とはいえ、これはありがたい。
彼女らと同じようにここにリリスがいるのであれば、恐らく服を着ていないのだろう。
出来ればこんなところにはいて欲しくないが……念のため、一着もらっておくとしよう。
『データ転送完了。カードを抜いてくれ』
部屋に戻り、通信機からの連絡に防人は答えつつカードをしまう。
「で、リリスは? どこだ!?」
『そう急かすな、顔はリラちゃんみたいな子でいいんだったよな?』
「あぁ……」
『……どうやらそのカプセルは配置位置でブロック分けをされているみたいだ。第6ブロック、分かるか?』
「ブロック。床に描かれた数字のことで良いと思うが……」
『よし、ならそのブロックの16番目のカプセルに彼女はいるはずだ』
「了解。ありがと」
防人は足を進め、第6ブロックの16と数字が印刷されたカプセルを発見する。
「いた……リリス」
青い長髪の女の子。
記憶の中の彼女と比べると多少大きくなってるようだ。
浮かぶ彼女を見るに傷らしきものは見当たらず、口元に酸素供給用のマスクがつけられている以外には特に何かが繋げられているということもない。
どうやら他の子たちとはちがい、彼女には手をつけてはいないようだ。
ここの偉い人ってのは矢神との約束というものをちゃんと守っているらしい。
いや、それとも『まだ』なだけなのかそれは分からないけれど……それでも今は無事のように見える。
「ヒロ、このカプセルを開けてくれ」
『了解した』
数秒後、カプセルが回転を始め、床と水平になる。
カプセル内の液体が排出され、蓋が開く。
「リリス……」
「…………。」
静かに瞳を開けた彼女は口にはめられた酸素マスクを自分で外し、ゆっくりと起き上がる。
「リリス、リリス! 俺……いや、僕が分かるか?」
防人は自然と浮かぶ涙をを目に溜めながら頬笑み、頭を優しく撫でる。
「……んふ」
リリスは頬笑み返してからカプセルから降りようとする。
「危ないよ」
防人は彼女の手を取り、降りるのを手伝う。
「――!!」
轟く銃声。
防人は反射的にリリスを自身の後ろへ下げ、同時に持っていたワンピースを手渡す。
数十人の兵士がこちらへと銃口を向け、その間から豊満な身体を揺らしながら金色のスーツを身にまとった禿げた男が姿を現す。
「そこまでだよ。脱走者君」
兵士達に引きずられ、姿を現したのは白衣の男。
薄汚れた格好で、アザだらけとなって痩せこけた男は太った男の横で倒れる。。
「……矢神?!」
「すまな、い……作戦が、バレていたようだ」
顔をしかめる防人を豊満な男は「さて」と見下したような目線でこちらを見て続ける。
「君を殺すわけにはいかない。聞きたいこともあるしな。投降しろそうすれば手荒な真似はせん。君にも矢神君にもな」
「はっ! 既にボロボロじゃねぇか。何が手を出さないだよ」
「そうか……残念だ。……リリス殺れ」
「了解。マスター」
「――えっ?」
リリスは表情を変えることなく答え、防人の腰のナイフを抜き取って防人の背中に突き刺した。




