121『作戦に向けて』
――起きて……ねぇ!
「ん? ……リリ、ス?」
「ねぇ、大丈夫? 生きてるの?」
「……リラ……か?」
うっすらと瞳を開け、防人はリラの頬に手を触れる。
「――!!?……防人」
「大丈夫。僕……は、生きてるよ」
「そう……良かった」
「ん? えっと……泣いてるの?」
「な、泣いてなんて、グスッ……ない!」
「ふふっ……そっか……ん?」
「どうしたの?」
「身体が動かない。リラ……悪いけど、腰の辺りにスイッチがあるはず……分かる?」
「ちょっと待ってね……うん、これだね」
「よし、それじゃあそれを押してすぐに離れて念の為に身を隠せるところへ」
「うん、わかった」
スイッチを押し、リラは言われた通り崩れた瓦礫の影に隠れると防人の纏う機体の装甲から空気の抜けたような音が鳴り、各装甲の接続が外れていき、バラバラになる。
事が収まり、リラが瓦礫から少し顔をだして覗くと防人は残った装甲の破片と垂れ下がるコードをどかしつつも起き上がろうとしていた。
「んぐっ……悪い、肩を貸してくれないか?」
「う、うん」
防人はリラに肩を借り、ゆっくりと通路を進む。
「矢神……聞こえるか?」
防人は通信機を耳に掛け、繋げる。
『――!! サキモリ、無事だったのか?』
「うん。で、敵の追跡はしてるのか?」
『いや、追跡は命じていない。皆には負傷した兵の回収を命じてある。急いでこちらへ戻って来てくれ』
「了解。約束通りリリスに会わせて貰うからな」
『分かっている。通信を終了する』
「あぁ……」
「――!! ちょっとちゃんと歩い――また気絶した……いや、眠ったのか?」
ダラリと力なく垂れ下がる防人を支え、二人はゆっくりと通路を進んでいった。
「……ここは? ――っ!! 身体中が痛い……」
防人は痛みにこらえながらゆっくりと辺りを見回す。
ここがどこかは分からないが、リラが腰かけて寝ているということは竜華たちにつれていかれてはいないようだ。
「そうか俺はあの後、気を失ったのか……」
防人がリラを見て頬笑んでいると矢神がカーテンを開け、中に入って来る。
「目が覚めたか」
「ん、あぁ矢神……あいつらは?」
「昨日襲ってきた連中のことか?」
矢神に問われ、防人はコクリと頷く。
「問題ない。全員が撤退、戦線を離脱した。こちらの命令を無視して勝手に追った傭兵もいたが、見失ったそうだ」
「そうか……」
「とはいえこっちにとっては最悪だ。今朝方帰ってきたブレア――ここの責任者は事態の収拾で手一杯。私も本国に戻るように言われたしな……」
「ふーん。で、いつ行くんだ?」
「今日中にはある程度収まるだろうから出発は早くて明日の早朝だな」
「そう、うんじゃついていくかな」
「何? いや、だがいきなりそんなことを言われてもだな」
「何故だ? 一人ぐらい問題ないだろ?」
「問題はない。が、私が雇っている傭兵たちもつれていくからな……」
「なるほど。なら、捕虜として連行すればいい。まだ俺を傭兵として連絡つけてないんだろ?」
「確かにそれなら……ならついでだ。私の頼みも聞いてほしい」
「なんだ? 出来ることなら聞いてやるが……」
矢神はリラが眠っているか確認してから口を開く。
「リリスを、我が娘を助けてはくれないか?」
「は? それは、どういう……ことだ?」
「黙っていてすまない」
「謝るな、謝罪など求めていない。どういうことかを聞いている!」
痛む全身を無視して防人は立ち上がり、矢神を睨み付ける。
「……6年前、私はあの研究所及び工場施設を奪われ逃走した」
「俺が月に乗って戦わされた時か?」
「あぁ……お前が負け、私は数人の雇兵とともに逃げ延び、無事に本国にたどり着いた。だが、任務失敗の責任としてリリスは軟禁されてしまった。今の私にあの娘は助けられない。だがお前なら、頼む娘を助けて欲しい」
「……ふん、なるほど。はなからそのつもりで俺をつれてきたってことか?」
「あぁ、あの国で信頼に足る人物など数えるほどしかいない。ヒ――いや、游からお前の事を聞いた時、チャンスだと思ったのだ。……頼むリリスを助けてくれ!」
「……そりゃ助けるのは構わねぇよ。けど、助けた後はどこに逃げるつもりなんだ? ここに戻っても意味無いだろ?」
「それは――」
「なら俺たちの学園で預かればいい。部屋は十分に余っているらしいからな」
いつの間に来ていたのか。
スッとカーテンの影から姿を現したのはヒロこと傭兵の真栄喜 游。
防人を連れてくる際に一役買っているどころか話を持ちかけているのを見るに、この人も矢神の目的を知っているのだろう。
「游……いいのか? お前の独断で決めてしまっても」
「多少の計算違いはあっても目的は達成できるし、問題ないんじゃない?」
防人が問うと游は気軽そうに答える。
ATと仲が良いのか、それは分からないが少なくとも即答できるということは多少は彼に顔が利くか、すでに話がまとまっているかのどちらかだろう。
何故、彼らが矢神に味方をしているのは分からないが……少なくとも防人を無下にはしないだろうし、警戒する必要はないだろう。
「その目的ってのが何なのか気にはなるが……手を貸してくれるってなら有りがた――」
二人が話す横で矢神は驚いた表情で真栄喜 游を指差し、叫ぶ。
「ヒ――游?! なぜお前がここにいる!?」
「うぁ! な、何??」
その声に驚き、目を覚ますリラ。
「やだなぁ俺は傭兵ですよ。金さえいただければ誰にだって付きますよ」
游は軽い感じで言い、矢神にここではなんだからと部屋を移るよう提案する。
「いや、そうではなく……お前は一足先に本国へ戻り、準備を――」
「あぁそれなら大丈夫ですよ。もう済ませましたから、後はボタン1つで解決ですよ」
そう言いながら取り出したのは小さな小さな箱。
手のひらサイズもないそれには赤い小さなボタンが付いており、何らかの装置を発動させるもの……というよりはガチャガチャの景品にありそうな子供のおもちゃのような見た目をしている。
「そうか、了解した」
「押すときはちゃんとカバーをスライドして外してからにしてくださいね」
「あぁ……あぁ游。どうせ戻ってきたのなら詳しい打ち合わせが行う。わたしの部屋に来い」
「えぇ〜〜面倒だなぁ……」
游の差し出したボタンを矢神は受け取りつつ、二人は部屋を出ていった。
「なんだったの?」
「……さぁ?」
一体何の話をしているのか、二人で何を企んでいるのか、それは分からない。
だが、今こちらが気にすることはリリスを助けることのみだ。
◇
7月
週が明けた月曜日。
風に揺られながらも矢神たちは小型輸送機に乗り、無事に本国にたどり着く。
「……来たか」
「は、矢神光照。ただいま帰還いたしました」
早速の呼び出しを食らった矢神は小国『ヘヴィース』の最高責任者であるジークムントの前で跪く。
「うむ。早速本題だが例の奴らの一人を捕まえたそうだな」
「例の……」
一体どこから聞いたのか、奴は防人のことを知っているらしい。
本来であればこのタイミングで報告するつもりだったのだが……。
「はい。現在、私の部下の一人が独房へと連行しております」
「そうか……何か分かったものはあるか?」
「……はい」
彼の機嫌を損ねるのはあの娘の為にも極力避けなければならない。
迂闊なことを言うわけにはいかないが、かといって何も分からないと首を振るわけにもいかないだろう。
「捕虜の使用していた機体をブレアの施設にて解析したところ、例の光粒子技術が使われているようです」
光粒子技術
惑星の名を冠している9機のプラネットシリーズに搭載されている特殊な技術。
背から光粒子を放出し、宙を舞う推進装置を装備していることが特徴的かつ印象的であり、人が手に持てるほどに小型化された光学兵器を所持している。
生半可な攻撃を無効化し、縦横無尽に動き回る彼ら1機1機が戦略兵器足りうる性能を秘めた存在。
そんな機体と技術を各国が求めている。
その技術を現状で一番理解しているのは恐らくATであろう。
ゆえにその技術に対する知識を、ヒロとの取引もあるので必要以上の情報を与えるわけにもいかないが……何も言わないというわけにはいかないだろう。
「ほう……ということはAT、奴の技術について何か分かったのだな?」
「詳細は分かりませんが、少なくともその技術を使える者がいることは確かです」
「そうか……ではまずはその機体を詳しく調べあげるとしよう」
「では……そのリリスに会わしていただくことは?」
「あぁ……会わして欲しいのなら例の機体を解体して量産ラインにのせられるぐらいまでにすることだ」
「え? あいえ、確かに私にもボソンテクノロジーに関しての基礎技術はありますが、ですが解析し、それを量産どころか1機生産することすら数億という費用が……」
「だからそのコストを減らす努力をしろといっている。それができたらお前をお前の娘に会わせてやる」
他の大国ですら解析がまともに進んでいないという状況でなんという無理難題だろうか。
会わせる気はサラサラ無いらしい。
勝手に人のものを取り上げて、すべてを下に見て……ヤニ――いや、今はゼロと名乗っている彼の施設ですら私物化していた。
それに関してはこちらも人のことはいえないが……それでもその傲慢さは未だ健在らしい。
「良いな?」
「……かしこまりました」
と矢神はただ頭を下げることしかできなかった。
◇
「……まだ、駄目なのか?」
防人は独房にてベッドに横たわりながら瞳を閉じて静かにとても静かに誰にも聞こえない程小さな声で問いかけるかのように呟く。
サキモリは防人に問いかける。
自分で自分に問いかける。
俺は僕に問いかける。
――当たり前だよ。僕は人を殺してしまったんだ。人前に出られるわけがないだろう。
独り言に対して胸中に浮かんでくる言葉。
それが自らの意思で起こしているのか、それとも本当に自分の中に別の自分がいるのか……少なくともこうして会話は成り立っている。
「そうだとして、俺が人前に出る事は構わないのか? 俺はお前。ならば俺が人前に出る事はお前が人前に出る事と同じではないのか?」
――君と僕はちがうよ。
君は臆病者な僕なんかよりもずっと強くて思ったことを行動に出せる存在。
納得いかない他人に文句を言えたりして、反発出来る存在なんだ。
「……いや、俺はお前だ。性格は異なるが別人というわけではない」
―― …………ねぇ、人はなんで死ぬんだろう?
「認めたくないか……」
――最近いきなり現れてそんなこと言われても困るよ。
「まぁ、そうかもな」
――ねぇ答えてよ。人はなんで死ぬの?
「人は生きている。生きてるということは遅かれ早かれ死ぬということだ」
――だからといって他人が命を奪うことは……。
「人は少なからず自分が生きるために他の命を奪って、食らって生きている」
――それとこれとでは話がちがう。
「さて、どうだろうな? これは戦争だ。自分が生きるために他の命を敵の命を奪っている」
――敵の命を奪うことなく生きることは出来ないのかな?
「さて、な……そんなことが出来るのならやっている人もいると思うがな」
自問自答、自分の中にいるもう一人の自分。
それは妄想なのか、本当に存在しているのか、それは自分ですら判断はつかないが、少なくとも自身の考えに対し、内心で答えてくれる『誰か』がいるのは確かだ。
逆にこうして呟いているのが防人であるのか、それとも全く異なる『誰か』なのかそれはやはり誰にも分からないし、自分にだって分からない。
この様子は傍から見ればただの独り言でしかないし、ブツブツと呟くその様子は奇異な目で見られることは請け合いだろう。
「……ん?」
ガチャリ、とロックの外れる音がして何者かが中に入ってくる。
近づいてくる足音はこちらの傍にまで近づいてくるとピタリと歩みを止め、かといってこちらに話しかけてくる様子もない。
「誰だ。飯の時間か? 昼飯なら機内で食べたから別にいらないが……あぁ」
目を開け、その相手の方へと視線を向けると立っていたのはこちらの国で指定されているのであろう軍服を身に着けたヒロであった。
「受け取っておけ、あぁ、喉に詰まるといけないからパンは細かくちぎって食べろ」
「……ふん。分かったよ」
防人はヒロをハッキリと見ることなく、素っ気ない返事をしつつも食事の乗ったトレーを受け取る。
「食い終わったらそこの小窓から食器を返せ」
そう言い残し彼が出ていった後、言われた通り固そうなパンを手で千切り、欠片を口に放りつつも中にあった小型投影機を取り出し、回収。
部屋に設置されている監視カメラから死角になるように背を向けると投影をトレーの上に映し出す。
どうやら中身はこの施設の地図のようだ。
大雑把ながらも分かりやすく描かれているそれには赤いチェックが印されている所がある。
恐らくここがリリスのいる所なのだろう。
両手に繋がれた鎖も光牙のものだし、基本的な装備は渡されている。
ここから出ること自体もそこの通気口からいつでも可能だが……それがどこに繋がっているのかは分からない。
「……ん?」
パンを口にくわえつつ投影を眺めてると投影機に小さなボタンがあることに気づく。
防人はそのボタンに軽く触れ、画像を切り替えると今度は通気口の通路の地図が表示される。
作戦開始は3日後。
その間に既存の部品で矢神は出来る限り防人の乗っていた量産機を直すとのことだが……仲間がいないというこの場所で直せるものなのだろうか?
どうなることかそれはまだ誰にも分からないし、少々いきあたりばったり感もあるが、游にお願いしてここまでしてもらっている以上、しっかりと念入りな作戦なんだろう。
今、こちらができることは渡されたこの地図の内容を頭に入れることのみ。
防人は朝昼晩の食事や届けられる着替えの受け渡し、睡眠の時間を除き、地図を眺め覚えることに専念する。
そして3日という日付は思いの外早く過ぎていった。




