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【 WEAPONS・GEAR(ウェポンズ・ギア)】――高校生編  作者: 満天之新月
第4章 工業小国ヘルヴィース
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116『部下として』


6月 下旬 火曜日


 檻の中から脱し、正式な手続きを済ませる事で新しく入った傭兵の1人として防人は矢神の部下となる。

 そして防人(サキモリ)は後日、戦闘能力を確認すべく訓練場へと連れてこられていた。


「――っ」


 腰にくくり付けた模擬刀を抜き、ホログラムによって浮かび上がってくる的を真っ二つに切り落としていく。


「次、ラスト!」


 最後の的を切り落とすと同時に終了のブザーが鳴り響く。

 ゲームのごとく合計ポイントが表示され、耳に取り付けた通信機から6年前によく聞いた男の声が聞こえてくる。


『ふむ、ブランクが開いていると思えないな。どうやら身体に残った戦い方はしっかりと残っているようだ』

「残っているのは俺だけだがな。もう一人の俺は忘れてる」


 チンッと音を立てながら刀を鞘に納める防人。

 本来であれば矢神が付き添う必要は無いはずなのだが、どうも傭兵のほとんどが先程の戦闘で戦死してしまい、個人的な要件を任せられる矢神の部下が一人もいないらしい。


 そう言われてしまえばなんとも申し訳ない気持ちになってしまうが、口には出さない。

 あくまでも思うだけだ。


『しかし、銃が駄目なのは6年前から変わらんな』

「まぁな、この6年間実質何一つとしてやっていないからな。上達するもんも上達しないさ」


『ほう、ならこれから毎日みっちりと仕込んでやれば上達するのか?』

「いや、しないだろうな」


『しないのか?』

「おそらくな。お前が俺の体ん中、いじくり回して動体視力やらなんやら色々と強化してなおかつ鍛えたところで銃の腕は一切上達しなかった。だろ? てことは俺には銃の才能ってやつが無いんだろうさ」


 ナノマシンの完成後。防人(さきもり)はリリスの為に、と望んで矢神の部下となる。

 自らを鍛え上げるべく当時矢神が雇っていた傭兵の下で働き、戦闘技術を磨いていた。

 そして同時に矢神の下で実験にも付き合っていた。

 もう他の人が苦しまないように、そう願って。


『出来ないことをそう堂々というものではないと思うが……』

「いやいやむしろ誇るべきだろ? 出来ることは出来る。出来ないことは出来ない。正直に言えるってのは美点だろうが」


『ふむ、そういうものか……』

「そういうものだよ。じゃなけりゃ俺はこうしていないだろうさ。もう一人の俺だったら多分、いまだあの牢屋で踞ってたんじゃないか?」


『それでよく6年前に私の命に従っていたものだ』

「あの時は、逃げたところでどうしようもないって思ったし……リリスのため、ってのもあったからな」


『何だと? 娘はやらんぞ!?』

「そうじゃねぇよ! なんつうか……もう一人の俺はリリスを心の拠り所としていたからな」


『……なるほど、吊り橋効果か』

「バーカ。どっちかつうと、ストックホルムだろ? もう一人の俺は別に彼女に恋愛感情を抱いちゃねぇし。抱いてんのは好意と同情だ」


『自分のことをそうであると言える場合、大抵は先入観に捕らわれていてそうでない場合が多いがな』

「俺はもう一人の俺とは正確に違う存在だ。残り滓って言ってもいい。身体は同じでも心は違うんだよ」


『そうだな。お前は二重人格者だから他の者とは違うのかもしれないな』

「ん? なんだ妙に物分かりが良いな。昔ならガキみたいに反発してきてたってのに」


『あれから6年だ。私にも色々とあったんだよ』

「みたいだ――――!?」


 防人は訓練室の扉が開くと同時に飛んできたナイフを刀の鞘で弾き落とし、それを投げた犯人の方へと向く。


「……前言撤回だ。お前やっぱバカって言われて怒ったな?」

『ち、違う。誤解だ』


「なら何で彼女がここに来てんだ? 俺のことは他のやつらに話すのはもう少し後のことなんじゃなかったのかよ?」


 そう言いながら防人は手を伸ばし、手にした模擬刀の柄を扉のところにいる少女≪キスキル・リラ≫へと向ける。


『本当に知らないのだ。私は何もしていない』

「……分かったよ。ならいい」 

 

 焦りが混じった矢神の反応から真実を言っていると判断した防人は小さく頷くと足元のナイフを後方に蹴り飛ばしつつもリラの顔を見る。


「…………。」


 何も言わず、鋭い目付きでこちらを睨み付けてくる少女。

 青い髪にサファイアの瞳。

 こうしてじっくりと見てみても本当にリリスによく似ている。


 とはいえこうして攻撃してきた事といい、ああしてナイフを身につけているところを見るに少なくとも何も知らずにここに来たというわけではなさそうだ。

 いや、それとも本当に単なる偶然なのか?


 よく分からないが……ああして分かりやすく殺気を向けてきているってことはこっちのことがバレてるんじゃ?


「……本人に直接聞いてみるか」

『戦うのか!?』


 模擬刀を構え、ゆっくりと近づいていく防人の耳元で響く声。

 

「んだよ。あいつは別に似てるってだけでリリスじゃねぇんだろ?」

『いや、別にそういうわけで言っているのでは――」


「悪い。話しは後だ」


 防人はこちらへと走り、振り下ろされた一撃。

 迫ってくるリラの短剣の軌道から逸れた防人は、その切っ先の内側に腕を回し、彼女の手首を掴む。


 刺されないよう素早く捻り、そのまま足払いをして彼女の体勢を崩した防人は彼女を押さえつけ、その流れのままに短剣を奪い取る。


「――っ」

「おっと動ないでよ?」


 少し気が引けるけど、体重をかけて身動きを封じたまま、防人は上から説得すべく声をかける。


「さて、どういうつもりかは知らないけど、いきなり襲ってくるのは止めてくれないか?」

「うるさい! 人殺し!」

「人殺し……あぁ、仲間が殺されたからか……」


 誰なのか名前は分からないが、恐らくはあの時の子の事を言っているのだろう。


「なら、これは復讐のつもりか? ハッ! なら俺を殺すってことか? つまりお前は人殺しになろうというんだな?」

「違う。私は友達が殺された仇を――」


「仇を討つなら殺しても人殺しにならないってか?」

「それは――」


 我ながらズルい理由、言い訳だ。

 こっちは彼女の友人を殺しておいてどの面下げて言っているのやら。

 とはいえここで説得しなければ自分は彼女に殺されかねないし、それに……リリスに似ている彼女が人殺しになるのも御免だ。


「全く、都合の良い理由だな。自分勝手だと言ってもいい。

 戦場に出りゃ誰かは目の前で死ぬんだ。

 誰かを自分の手で殺すんだ。

 戦場に出りゃ最後誰一人としてその手は血に汚れんだよ」


 殺さなければこちらが殺されてしまう。

 一応は筋の通った理由。

 卑怯な正論だ。


「人一人殺した殺されたぐらいでそいつを仇だなんだと言っていちいち周りが見えなくなったらもっと多くの仲間の命が、自分の命が散るぞ? もっともこの程度じゃ誰かを守るどころか自分すら守れないけどな」

「クッ――」


 立て続けに発する言葉。

 リラは理解をしてくれたのかこちらを押し退けようとした力が弱まる。


「分かってくれたか?」

『お、おい!殺すなよ?』

「……分かってるよ」


 震えた声で注意をする矢神に対して防人は軽く答えるとゆっくりと警戒しつつも短剣を起き上がったリラへと返す。


「あぁ、そうだ。あん時はありがとな」

「……何の事?」


「俺が縛られてボコボコにされてた時にヒ――っと(ゆう)だっけ? 彼にわざわざ報告して助けてくれたじゃないか」

「あれは……さすがにやりすぎだと思ったから」

「ははっ! そうか……」


 まさか、殺そうとした相手が甚振られているのを見て可哀想なんて言葉が出てくるとは……。


「フフッ……お前は優しいんだな」


 そう言って防人は優しくリラの頭を撫でようと伸ばした手を彼女は叩き落とす。


「気安く触ろうとするな! 別に私はお前を許した訳じゃないんだからな!」

「そうか。まぁ元より許してくれなんて言う気はない。ただまぁ今後こういう不意打ちみたいなのは止めてくれ。な?」


「……分かった。じゃあ今度は予め手紙を渡す」

「いや、果たし状も止めろ」


「時間も書く。場所もちゃんと指定する」

「いや、それでもダメだから」


「じゃあ……」

「話聞いてた? 襲ってくるのを止めてって言ってんだよ?」


 えっ? 何なのこの子?


「え~、だってそれじゃアンタを殺せない……」

「露骨に嫌そうな顔しないでくれないかな。どんだけ俺を殺したいんだよ……」


「銀河の果てまで」

「壮大すぎる。……ちょっと? この子すごい頑固なんだけど何とかしてくんない?」

『……ちょっとこれを彼女に渡してくれ』


 矢神にそう言われ、防人は通信機(インカム)を外すとリラに渡そうとする。


「え、何? あんたがつけたのを私に使えと言うの?」

「嫌なら聞こえるように耳元に持ってくだけで構わないから」

「……分かった」


 渋々といった様子だが、彼女は通信機を受けとると矢神と少し何か話している。


「……はい。分かりました」


 話を終えたリラはそれでも不満そうな表情をこちらへ向け、インカムを投げ返すと『自分の部屋に戻る』と部屋を出ていってしまった。


「すごいな……何て言ったんだ?」

『なぁにただそんなことしてるとお父さんが悲しむぞって言っただけだ』


「へぇー親父さんがね……その人は今どうしてんだ?」

『死んだよ……つい最近にな』


「あぁそうか……教えてくれてあんがと」

『あぁ、さてこちらへ戻ってきてくれ、そこはそろそろ他の兵達が使う時間だ』

「……了解」


 クレイマー・シュタイン。

 少し前にリラが学園の施設へとやって来た時に言っていた名前であり、宏樹たちとともに訪れた施設にて出会った男の名前。


 父親というのは彼のことなのだろう。

 とすればなるほど、自分への恨みは二人分。というわけか。


「確かに殺してやりたいほどに恨みはでかくなるよなぁ……」


 正確にはクレイマーを殺そうとしてはいないが、それを知らないリラからすればこちらは彼を殺した人殺し。

 殺していないと否定したいところではあるが、そんなことを言えば、彼女からすれば神経を逆撫でされた気分になることは目に見えている。


 これは、黙るほかあるまい。

 防人は蹴飛ばしてしまったナイフを拾いつつも模擬刀を返却。荷物置き場でIDカードを首にかけると、部屋を出ていった。


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