114『一方その頃……』
――外部からの干渉確認。
メインパイロットのパーソナルデータ認証確認。
サルベージデータの利用……承認。
機体の権限を――から防人慧へと委託……完了。
「…………。」
頭に響く声に目を覚まし、うっすらと開けた視界の向こう。右へと大きく倒れた頭の視界の先には大きな窓ガラスが存在し、その向こうには誰かが立っていた。
「ふむ、流石だな」
「まぁね。頼みとあらばこれくらいはチョチョイのチョイってね」
立っているのは二人。
一方は黒い軍服らしきものを身に纏い。
もう一方は薄汚れ、くたびれた白衣を身に着けている。
彼らのいる部屋が暗いためか、その顔は見えず、声も遠く聞き取りづらい。
――プロテクトデータの一部解除。コード入力確認。
「一部? 全てではないのか?」
「まぁ、そこは出来るだけリスクを低く……ってね。あんまりいきなりやっちゃうと負担かけ過ぎちゃってクルクルパーになっちゃうかもだしねぇ」
真っ白な部屋。
ベッドらしき場所に寝かされているようだが、手足は縛られているようで身体は動かず、口元にはマスクがつけられているようでまともに声も出せない。
――警告。
外部からによる深部情報領域へのアクセスは許可されて――メインパイロットのパーソナルデータ、再度確認。
アクセスコード入力確認。
メインコントロールを一時的に譲渡します。
そんな状況の中、防人慧は酷くボンヤリとした頭で、深く霧がかったような意識の中で、頭に響く女の子の声を聞き続けた。
◇
6月 下旬 月曜日 昼休み
「ちょっとぉ。また休みってどういうことですの!?」
現在、風紀委員会の雑用係である『愛洲 めだか』の口はへの字に曲がり、見るからにご機嫌斜めであることが伺える。
なぜか?
それは彼女がお気に入りとして定めた男、防人 慧が、体調不良で風紀委員を休んでいると聞いたからだ。
「さぁ、詳しいことはわからないけど、先生から聞いた事だから間違いはないと思うよ」
彼女の話を聞いていた風紀委員会・会長である『日高 竜華』はそう言った。
「ん~そうなの。残念……あ、そうですわ」
めだかは休みの間にまた彼に会えると作っておいた甘いお菓子を食べきれず捨てるのも勿体ないと思い、風紀委員会の皆に配ることに決め手を叩く。
彼女が奥の部屋から持ってきた大きなカバンの中から取り出したのはカラフルな袋とリボンで綺麗にくるまれた箱。
「どうしたの? これ」
「ふふん、私が作ったんですの。作りすぎちゃったので皆さんに食べてもらおうと持ってきたんですのよ」
竜華からの問いに対し、めだかは胸を張って言いながら手近の箱を手に取るとリボンを解いて中身を開ける。
「そうなんだ。それにしてもケーキをワンホール……と他にも色々あるんだね」
「えぇ、少し作りすぎてしまいましたわ」
確かに作りすぎている。
だが、それは決して少しではなく、明らかに許容範囲を大きく超えていた。
仮にこれを防人へと渡せていたとしても食べ切れない量であろう。
「あはは、そうなんだね。……じゃあこれを貰うね」
「えぇどうぞ」
彼女は苦笑いを浮かべつつもその好意に甘え、机に並べられた袋を2つ手に取ると一方を黙々と作業を行っている彩芽 紅葉の隣に静かに置く。
「女の子の手作り……俺はじめてッス……」
「いやらしい……」
「な、何がいやらしいんすか? 千夏先輩」
「訂正、意地汚い」
「先輩一体どうやってその2つを間違え――あぁなるほど先輩は『いじらしい』って言おうとしたんですね」
――ピクッ
「それでそれでも意味が違うとわかったから言い換え――ガッ!」
風紀委員会、二年の『千夏 千冬』は隣に座っている同じく風紀委員会の一年『本間 白石』の顎へ目掛けて拳をかすめる。
「そういうことは普通、黙っているもの。意地悪なあなたにお菓子はない」
「そ、そんなぁ~――ガクッ」
意識を失い椅子から転げ落ち、床に倒れた白石を尻目にそう言いながら千夏はクッキーの入った袋に手を伸ばす。
そこで竜華の視線に気づく。
「ん、なんですか。これは私が先にとったのであげませんよ」
「いや、そうじゃなくて相変わらず仲が良いなっておもってね」
「仲が……良い?」
千夏はしばらく頭に疑問符を浮かべた後、その言葉の意味を理解する。
「こいつとは特に何もないです。ただの先輩後輩ってだけですよ」
「ただの先輩後輩は殴ったり殴られたりとかはしないと思うんだけどなぁ、千夏ちゃん」
「むぅ……確かにやり過ぎかもしれませんが、後悔はしません。悪いとは思いますが……」
「ん、反省してるならまぁいいかな。後で校内暴力の反省文書いてね?」
「――へ?」
「あ、そうだ。ねぇ、めだかさん」
「はい、何かしら?」
「慧君のこと心配なら、お見舞いに行ってきたらどうかな?」
「お見舞い……確かにそれは良い案ですが……」
そう言われ、めだかは少し口ごもる。
「確かにあなたが普通の男の人が苦手なのは知ってる。でもあれから少しして白石くんが一緒の部屋にいても平気になってるんだから大丈夫だよ」
「そうでしょうか?」
「うん、さすがにこれを全部持っていくのは多すぎだからクッキーを二、三袋くらいにして持っていってあげたら喜ぶと思うけどなぁ」
「そう、ですわね。……えぇわかりました。行ってきますわ!」
彼女は机の上からマカロンの入った長箱とグミキャンデーの入った袋をカバンに戻し、学生男子寮の一番奥の防人のいるという部屋に向かった。
◇
「改装……工事中?」
しかし到着した防人の部屋であるはずの扉に貼られた札をそのまま読み、めだかは自分の目を疑う。
だが、何度目をこすって見直しても視線の先は変わらない。
「……これは一体どう言うことなのかしら?」
もしかして部屋を間違えた?
そう思っためだかは手帳を使い竜華に繋げる。
『もしもし、どうしたの?』
「実は……」
彼女は目の前の事を説明し確認を取るが、どうやら竜華も知らないようだ。
「そうですか。分かりましたわ」
しかし説明を聞き、ここで間違いないことは確認できた。
けれど……
「改装工事中なら、さすがに中にいるはずないわよね……」
なら一体彼はどこに……。
首を傾げためだかの耳に数人の足音が届き、彼女はそちらへと目をやると漆の塗られた黒い木の板を運んでくる50代くらいの二人の男性がこちらへと向かって歩いてきていた。
教職員や普段お世話になるような人達の顔は大抵頭に入れている。
あれくらいの年の人でめだかにとって始めてみる人ということは彼らは外の、地上から仕事をしに来た可能性が高いだろう。
「……ん?」
そう思いつつ彼等の作業着を確認すると胸のあたりに縫い付けられた刺繍を見るとそこには≪L.T.D.''REY''≫と、そう書かれていた。
株式会社レイ
様々な工業用部品、製品及び電子機器を取り扱う大手企業。
噂ではここの学園長であるゼロが社長を勤めているという会社だ。
恐らく彼らはそこで働いている社員なのだろう。
「あ、あの……」
この学園と繋がりのある可能性がある会社。
それ以外に彼等がどんな人なのかは全く分からないし、相手は男性ということもあって腰が引けてしまうが、背に腹は変えられない。
彼女はぐっと拳を握り締めつつ気を強く保ってその作業着姿の男たちに声をかけた。
「んぁ? どうした、嬢ちゃん?」
「あ、あそこ、そ、その改装してるみたいなんですが、な、何をしてるんですの?」
少し震えた声で彼女が聞くと50は越えているであろう年配の男性は少し困った顔で頭を掻く。
「あぁ、あそこな、ん~ここのお偉いさんには黙っててくれって言われてんだがなぁ……」
「そ、そこをなんとか、お願いしますわ」
「んーそぉだなぁ、まぁ自分が作ったもんを、たくさんの人に使ってもらえるってのはうれしいからな。軽く噂とか流れた方が皆もここにも来やすくなるだろうし、可愛い嬢ちゃんに免じてここだけの話ってことで教えてやるよ」
「おい!」
「かまやしねぇよ。この嬢ちゃん口は固そうじゃねぇか。皆には黙ってるって絶対」
「……さっき噂がどうの言ってなかったか?」
「あ? なんだって?最近年のせいか耳が遠くてなぁ」
「ならこの仕事止めちまえ」
「け、娘がカッコいい旦那さん捕まえて孫つれてくるまでは止める気はねぇよ」
「あんた絶対娘は嫁にやらんとかなんとか言ってたじゃねぇか」
「たりめぇだ。未来の息子に『娘はやらん!』叫んでやるのが俺の夢なんだからな」
「あ、あの……」
「あぁ、悪いな嬢ちゃん。えっとなんだったけか? あぁそうだそうだ。ここが何になんのかだったな」
「はい……」
「えっとだな。なんでもそことそこの2部屋をぶち抜いて洒落たバーを作るらしいんだ」
「バーを……ですか?」
「そうらしいよ? まぁしっかし、羨ましいねぇ。俺も死ぬまでにはそういうとこで高けーワインでも飲みたいねぇ。まぁここは生徒の坊っちゃん嬢ちゃんたちが大人な雰囲気を楽しめるようにって試しに作るだけらしいがな」
「そうですか」
バーを作る?
なら、防ちゃんはここには居ないってことよね。
でも部屋が変わったのなら防ちゃんから連絡のひとつでも送ってきてもいいはず……よね?
まさか……この休みのうちにどこかに?
でもまだ彼は一年。そんな改築費用はどこから……ううん専用機持ちですもの無いとは言い切れませんわ。
「ん? どうした嬢ちゃん。そんな怖い顔して」
「ぁ……いえ、何でもありません。教えてくださったことに感謝しますわ。お仕事頑張ってくださいませ」
「おう、お前さんも彼氏と仲良くな」
もう一人の金髪の男がそういうとめだかはポッと顔を赤らめる。
「か、彼氏なんて私にはそんな……」
「ん、そうなのかい? 男性寮に来てるからてっきり彼氏と密会でもするのかと思ったがねぇ」
「いえ、そ、それではご、ごきげんよう」
めだかは素早く頭を下げると今来た道を戻っていく。
「ありゃ、ちょっとからかい過ぎたかね?」
「お前さんは全く、そんなんだから未だに嫁さんが出来ねぇんだぞ?」
「うるせいやい。俺は一匹狼が性にあってんだよ!」
「ふーん、そうかい。……しかしま、家の娘にもあれくらいの気品がありゃ男の一人や二人わけねぇだろうに……」
「どうだろうな。ああいうのはどうも裏がありそうで好きになれんタイプだな」
「お前は若けー時と変わらねぇな。もう少し優しく言ったらどうだ?」
「そういうお前は結婚してから随分と角かとれたがな」
「その方がご近所に迷惑かけねぇし、嫁さんも優しくしてくれっからな。やっぱいーよなぁ家族ってよ」
「訂正する。やっぱお前も変わってねぇよ!」
二人の会話が遠退き、姿が見えなくなってからめだかの足取りは防人の行方を心配になり、自然と早くなっていった。




