112『混沌と化す戦場』
青い髪の少女≪キスキル・リラ≫は今、目の前で起こっていることが、状況がすぐには飲み込めずにいた。
少しして防人からリラをかばった少女≪エンリー・アン≫へ慌てて通信を繋ぎ声をかける。
「アン、大丈夫なの!? 返事をしてちょうだい!!」
『ぁ……リ……ラ……』
それは声なのか声ではないのか、疑ってしまいそうなほどに小さく、掠れた声が彼女の耳に聞こえてくる。
『何? よく聞こえないよ』
『良…………無事……で……』
『人の心配をしてる場合? 待ってて今、手当て――』
『ぅぅん……もぅ……手……おく……』
『そんな、そんなことない。今からすればきっと』
『……あ……りが……』
『何を言って――!』
アンの纏うシェディムはフロートの機能を停止させ、海へ目掛けて落ちていく。
「アン!」
リラは急いでその後を追いかけ、風に揺れる腕を掴む。
やった。と思うリラだったが、恐らくサーベルによる損傷とシェディム本体の重さに耐えられなかったのだろう。
アンと呼ばれた彼女の機体は肩から主腕が千切れ、本体は海へ沈んでいく。
血が滲み、ほんのりと赤く染まる海面。
『ご……め……さぃ』
機体の機能が停止。
通信が強制的に切断される。
「アン……ごめんって謝るのは私の方よ……アン、ごめんね。助けられなくて……ごめんね」
リラはそう呟き、彼女の身に付けていた機体の腕を強く抱きしめて大粒の涙を流した。
◇
「あ、あぁ……ああぁ!」
殺してしまった。人を殺めてしまった。
取り返しのつかないことをしてしまった。
恐怖感、罪悪感、様々な感情が混ざり合い震える両手。
持っていたはずのエナジーサーベルは既に手からこぼれ落ちてしまっていた。
殺さないって思ってたのに。
やって……しまった。
やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった。
「僕、は……」
「人一人殺ったくらいで何やってんの?」
声のする方へ防人はゆっくりと顔をあげる。
さっきの声はヒロさんだったはず、なのに声の聞こえた方にいたのは学園の量産機とは別の機体。
形は敵の量産型に似てはいるが、その色は黒く染められており、なんとなくだが禍々しく思えてならなかった。
「……ヒロ、さん?」
防人は消え入りそうな声で聞くとその黒い奴は首を左右に振る。
「ううん違う。俺は真栄喜 游だ。さて、早速だけど、お前は死んでもらうよ?」
「――っ!!」
彼は素早い動きでこちらへと近づいて来、ギラリと銀色に輝く刃物をこちらの首元狙って突いてきた。
ギンッという金属音と共に火花が上がり、游の持つ刃物を蹴り飛ばす。
「おっとっと……危ないなぁ。殺す気かい? ファルシュ」
「その声、それに自分を知ってるってことはやっぱりあんたヒロさんっすね。どういうつもりか知らないっすが、裏切る気なんすか?」
ファルシュはサーベルを構え、游を睨み付ける。
「別に裏切る訳じゃないよ。俺は単なる雇われ兵士。報酬分は働くが、死ぬリスクまでは犯す気はさらさらない。大抵のやつがそうだろ? まぁ俺の場合は別に死ぬことに恐れをなしてこんなことをするのではなく面白いからやるんだけどねぇ」
「面白いから? 遊び半分ってことっすか!」
「いや、遊び半分じゃなく遊び全部だよ。つまり本気というわけだ」
「だから今このタイミングでそっちへつくのはどういうつもりっすか!?」
「だから言ってるだろ。死ぬリスクまでは犯さないって。まぁ、安心して構わないよ。このラボは元々破棄する予定だったらしいからねぇ」
「……? どういう、意味すか?」
「全く、君の頭には何もないのかい? たまには自分でも考えてみろ。ま、少なくとも今言ったことの意味はすぐにわかるさ」
彼は手に持っているスイッチを押し、それを破壊して投げ捨てる。
まるでそれを見せつけるかのようにパラパラと指の隙間から落ちていく破片。
一体何をしたのか。
その疑問に答えるように先程まで防人らのいた施設が爆発する。
何度も何度も爆音を轟かせ、土煙を上げながら崩れていく。
『なんだコイツら急に武器を捨て――』
『クソッ、動けな――』
次に集音機能によって聞こえてくる兵士たちの声に続き、空中の様々な場所からの爆発。
防人とファルシュの二人はその音の方へ視線を移すと黒い煙を上げながら落ちていく敵の機体。
そして彼らの装甲の破片と別にガーディアンの残骸も落ちていた。
「ヒロさん……まさか」
『そうガーディアンたちの一部に自爆特攻をかけさせたのさ。後、俺は真栄喜 游だよ?』
「それ本気で言ってるんすか?」
『もちろん。あぁ言っておくがあいつらは俺やお前たちも襲ってくるからね?』
「――なっ!」
「防人、自分はライフルで何とかするっす。だからこれを使ってくださいっす」
防人はファルシュから投げ渡されたエナジーサーベルを受けとり、二刀流。
すぐさま近づいてきたガーディアンの一体を彼のライフルで足止め、真っ二つに切り裂く。
敵が無人機なら躊躇する必要もない。
「はぁっ!」
サーベルを振り回し、迫ってくるガーディアンたちを切り落としていく。
特攻してきているからか戦闘自体はやりやすいが……。
『な、なんだ? こいつらいきなり、うぉ!』
『敵も戦ってやがる。まさかコントロールを失って暴走してるんじゃ――グォォ!!』
『じょ、冗談じゃねぇぞ! 俺ぁ楽な仕事って聞いて来たんだ。こんなところで――おわぁ!』
様々なところから聞こえてくる爆発音と悲鳴に断末魔。周りを見る余裕は無いが、他のみんなも戦っているようだった。
「どうして……こんな……」
一体何のために彼は戦場をめちゃくちゃにしたのか?
その答えは簡単だ。
「面白いから」
その一言だ。




