111『初めての撃墜』
――なぜ奴は現れない?
戦闘開始から20分。
リラは仲間から借りたスコープを通して戦闘の様子を眺めていた。
たった今、第二隊が戦線に加わった。
こちらもやられているが、敵の方もかなりの数を倒している。
だが、一向にあのオレンジ色の奴が現れる気配はない。
あの時は敵をたくさん倒して倒しつくして近付いて来るものがあまりいなくなってようやくという頃に突然現れた。
今回もそんな機会を狙っているのか?
奴の狙いは分からないが、狙うのはあいつだ。
奴が現れたらすぐにでも向かって行ってやる!
「……ん?」
スコープをずらしていき、戦いの様子を眺めているとそのなかに一人だけ変わった戦いをする奴がいるのを発見する。
そいつは銃器を使うことなくその手に握ったダガーのみでこちらの隊のみんなを倒している。
文字通り倒している。
他の敵はどこかに潜むスナイパーは私たちの仲間の頭部を撃ち抜き、殺している。
周りで戦う他の奴等もこちらの胸部、頭部を狙って撃ってきている。
こちらの装甲はレーザー兵器に対抗すべく耐熱性の高い装甲にしたと言っていたがあまり意味はなさそうだ。
当然それは敵も分かっているはずだ。
分かったうえで狙い、こちらを殺しに来ている。
なのにあいつは違う。
こちらの懐に飛び込み、一思いに殺すことなく対装甲用の短剣で手足を切り取っている。
痛みを与え、苦しめている。
それは戦いを楽しんでいるからのかどうなのかは分からないが、あいつはいきなり殺すのではなくああやってなぶっている。弄んでいる。
リラは許せない思いに力が入り、ギリっと短く歯ぎしりをする。
オレンジ色の奴と一緒にあいつも倒さないと……。
リラは心のなかで密かに強く思い、自分の順番が来るまで静かにスコープを覗き続ける。
◇
一体、これはいつまで続くんだろう?
戦闘を初めて30分はたったんじゃないだろうか?
戦闘を行った5人のたちは戦闘がこれ以上は続けられないと撤退してくれた。
こうやって少しでも死ぬ人が減らせられるならばもっとやらないと、やらないと……。
「はぁ……はぁ……」
体に血はついていないというのに拭っても一向にとれない鼻をつく血の臭い。
そしてそれが強くなるにつれ比例するように荒くなる自分自身の呼吸と心音。
苦しさに堪えつつも機体のセンサーによって周りの様子を確認する。
今、敵はこちらに来ていない。
恐怖からなのかなんなのかもはやわからないがブルブルと痙攣をしている右腕を必死に抑えながら大きく大きく深呼吸をする。
落ち着け、焦るな。周りをよく見ろ!
そう自分で自分に言い聞かせる。
周りで聞こえてくる銃声、呻き声、叫び声。
今は戦場のど真ん中にいる。そして戦っている。
敵や粒子シールドの残量、そして吐き気など様々なものと戦っている。
ふと見たナイフのグリップにはべったりと血のりが付き、手を赤黒く染め上げる。
それがまた恐怖を駆り立てる。
「――!?」
まだ震えが収まり切らないっていうのに。
響く警告音に舌打ち。こちらに近付いて来る敵へと突っ込んでいく。
「はぁ!」
敵から飛んでくる弾丸の雨をよけつつ近づいていき、奴の左腕を切り飛ばす。
「う゛っぐ……うおぉ!」
一瞬だけ敵は痛みに堪えるために動きを止める。
その瞬間を狙って防人は脚部の推進機を利用し、素早くスピンして斜め下、島の上の森へ落とすために力強い蹴りを食らわせる。
頼むから帰ってくれ!
そんな思いを強めつつ、鼻をつく血の匂いを振りほどこうと首を振る。
だが臭いはそう簡単に取れるわけもなく、かなり酔ってきていた。
『さらに増援だ! 注意しろ!』
一息つく間もなくスピーカー越しからの聞こえてくるヒロの叫び声。
同時にセンサーも反応し、さらに10体もの敵が新たに近づいてきていることを知らせる。
あぁもう! 一体いつになったら終わるんだ!
くそ! 頭がくらくらする。
自分の頭を振って、グッと渇を入れた防人は短剣を握りしめ直す。
そう気合いを入れ直し、同時に近付いて来る敵を見据える。
「――!!」
来た。
あの子が、焦げ茶色の装甲をもつ機体に巨大なフロートパックを背負った敵が5体。
『ヤバそうなのが来たっすよ』
あの中のどれがあの子なのか、そもそもあの中にいるのかは分からないが、彼らも決して弱くはない。
ガーディアンも以前と違い、全自動ではなくヒロの指示の元で動いているので動きも違うし、手間取ってもおかしくないというのに彼らの手によって早くも10数機が落とされている。
対してこちらもなかなか攻撃を当てられず、撃退した数は25機。
無人機含め、数だけならまだまだこちらが勝ってはいるが、敵もなかなかに手練れている。
あの青い髪をした少女もあの中にいるのだろうか?
ナイフを鞘に納め、腰のもう一方の刃であるエナジーサーベルを左手に握りしめる。
腕部からエネルギーが供給され、収縮された光粒子による刀身が姿を現す。
ゲーム等ではよく使うが、今は現実。
使い方は聞いていたので知っているが、使い方誤ると大変なことになるらしいので使わないことにしていたがあの子が来たなら武器は出来るだけ使い慣れた形にするのが良いだろう。
と、思ったけど、すごい軽い。
グリップ部を握っている感覚はあるんだけど、まるで重さを感じない。
コレ、ちゃんと武器を振ってるって思えるかな?
「ふぅ〜……」
それに、以前とは状況は違う。
この量産機でまともにやれるのだろうか?
まぁ今更、逃げられるわけないし、やるしかないけど……うん、やろう!
まずは敵の出端を挫くところから。順番に。確実に……。
「よし!」
増援の敵の先頭を行く敵性量産機へと接近し、手に握る剣を振るう。
とはいえやはり剣を振っているという重さはなく、ただ手を降り下ろしただけという感覚。
しかし確かに刃はあり、目の前の兵士が構えた盾を溶かし、真っ二つに引き裂いた。
それも一瞬の出来事であり、剣を振るっているという感覚はまるでなく、なんとも妙な感覚だ。
『くそ、熱には強ぇ金属使ってるってのに真っ二つになっちまった。皆分かってるだろうが当たらないよう気を付けろ!』
目の前の敵は殺してしまったかと焦ったが、どうやら直前で盾を残し後ろへ下がったらしい。良かった。
彼はあの一瞬で危険と感じ取り、それを周囲に伝える。
この粒子の剣はどうも重さを感じられないせいか力加減がうまくいかない。
アニメとかでよく使ってるのは見た目が良いって感じだけなのかね?
カッコいいとは思うけど、実際に使うのはこの時だけにしたいな。
「はぁ!」
「くっ」
後方にいた黒い機体の一機がこちらに近付き、バチバチと大きな音をたてながらスタンロッドをこちらに振るい、防人はそれを避けるために後ろに下がる。
しかし背のアームで右手首をがっしりと捕まれてしまい、引き寄せられる。
「くっ! また!」
「逃がさない!」
「―――!!」
この声は、あの時の青い髪をした女の子の声だ。
わからない。
一体、彼女が誰なのかどういう人なのか。
でもそんなことは知らなくてもいいことだ。
けれど彼女に関しては知りたいと思う。
彼女が何者であるのか、なぜこうも頭から離れないで思い浮かんでしまうのか。
知りたい。知りたい。
「君は……一体誰なんだ?」
そう独り言のように小さく声に出す。
「その声、お前は!」
聞こえないように呟いたつもりだったのだが、その声は機体を介して彼女の耳に届いたようだ。
その顔を隠すマスクの奥では目を見開き、とても恐ろしい形相でこちらを見ているのだろうということがひしひしと伝わってくる。
ヤバいと直感した防人は握りしめたサーベルをくるりと回し、こちらを掴んでいるアームを切断。
彼女の振るうロッドを避けつつ後退する。
「逃がさないから!」
ロッドとは逆に握られているサブマシンガンを彼女は素早く構え、即座に発泡してくる。
近距離で飛んでくる弾丸の射線からできるだけ逸れるよう動きつつ体勢を立て直すべく更に距離を稼ごうと後退する。
「喰らえ!!」
さらに太腿部に取り付けられたミサイルポッドから放たれるミサイル。どうやらそれらにはホーミング機能がついているようで大きく弧を描きながらもこちらを追いかけてくる。
「クソッ!」
防人はくるりと反転、脚部の推進装置と背のフロートを利用しつつ、後退しながら牽制用に持ってきていたサブマシンガンをミサイルへ向けて撃つ。
「あぁ……この、この、この!」
悪態をつきながら何度引き金を引こうともなかなか当たってくれそうにない。
1弾倉を撃ち切ってようやく1発破壊できた程度。
本当、下手過ぎて割りに合わなさ過ぎる。
「ヒロさん。援護、お願いします」
『すまん防人……援護はできそうにない。何十人か倒したが、こっちはこっちで手一杯だ。自分で何とかしてくれ』
「……了解」
一縷の望みを込めて、助けてもらおうと思ったが残念ながらそれは叶わないようだ。
防人は少々落胆しつつも返答し、通信を終えるとまずは目の前の状況に対応すべく思考を巡らせる。
反転した影響によりわずかながら減速したせいで防人とミサイルとの距離はどんどんと縮まってしまっている。
今すぐにでも身を翻し逃げるというのも1つの手ではあるが、それは間に合わない可能性も高く、また敵もまだまだ残っているこの状況でミサイルだけに集中し続けるのは流石に悪手だろう。
逃げるという選択が取れない今、自分に取れる行動を、と防人は一か八かで意識を集中しつつ身構える。
そして十数発のミサイルはそのまま防人へと突っ込んでいき、爆発を起こした。
『やったの?』
スピーカーから届く喜びがわずかに混ざる彼女の声。
防人は反射的に閉じた瞳をゆっくりと開け、まずは自分自身が無事てあることを確認する。
そしてしっかりとその手に大型の盾が握られていることに安堵しつつ、身を守ってくれたその盾で煙を払う。
『なっ、あんな大きな盾をどこから?』
どうやら驚いているようだ。
まぁそれもそのはずだろう。さっきまで持っていなかったものを今、持っているんだから。
≪武装展開≫
それは素粒子レベルにまで分解、ストレージに保存した武装をエネルギーを消費することで再び取り出すこと。
要は光牙を手枷の形へと変換するコンバージョンシステムの武器版だ。
ちなみにこれらの粒子関連のシステムは全てコアである結晶炉へ覚えさせているとのこと。
ただし専用機などに用いられる純粋なコア内部にはブラックボックスである未知のデータ領域が存在しているため、複製品と比べるとどうしてもストレージが少なくなるらしく、
また光牙などが用いている装甲間に圧縮粒子を流し続けることによって装甲値を底上げする≪光粒子脈動 機構≫などの処理が困難なデータを保存すると空きがほとんど無くなるため、保存することが出来なくなるケースもある。とかなんとか。
「ふぅ~」
ともあれ間一髪。
まだまだ機能に関してはよくわからない部分が多いけれど、まだ生きていることに安心し、大きく息を吐く。
これをやるのは初めてだったが、意外と上手くいくもんだ。
学園製量産機には予め、対砲弾用の盾や予備の機関銃などが粒子化され、保存されている。
機体のエネルギーをわずかながら消費してしまうが、直撃を食らっていた場合の消費エネルギーの方が減少量は多いと考えられるので自分の選択は間違っていないはずだ。
それに、専用機と違って量産機には稼働時間に限界がある。
これは使用されている動力――結晶炉が純正品か複製品かの違いでしかないらしいが、残り稼働可能時間が存在するとそちらにも意識を回す必要がある。
残りの稼働時間は70時間ほどとまだまだ余裕があるけれど、フィールド用のエネルギーとの兼ね合いもあって、この数値はあまり信用出来ないものであると聞かされてしまえば、出来るだけ消費は避けたいと考えるのは必然だろう。
『盾があろうとこれなら!』
彼女は叫び、アームによって運ばれてきた電磁砲を手に取り、防人へ向ける。
既にチャージは完了しているようで狙いを定めた直後、
音を立てながら弾丸が銃口から吐き出され、こちらへとものすごい速さで突っ込んでくる。
この距離で避けるのは間に合わない。
そう判断し、防人はすぐに盾に身を隠す。
「ぐぅっ!」
前回の時よりも威力が上がっているのかそれともこちらの性能が落ちているからなのか分からないが、腕に掛かる負担は前回の比ではなく、眼前が激しい火花で覆われ、機体が大きく後退していく。
すぐにこのままでは貫通してしまうのでないかと焦ったが、弾丸は盾の表面を滑り逸れていき、腕の装甲をかすめて後ろの方へと飛んでいった。
一難が過ぎ、安堵の息を漏らす防人は次射に備えて動くアレをこれ以上は撃たせられない。
機体の装甲は量産機のほうが数値的には厚いらしいが、恐らく直撃を食らってしまえば貫通するだろう。
防人は手に持つ大盾を腕部のアタッチメントに接続しつつ、サーベルにエネルギーを供給。
光刃を出現させ、再び構える。
幸い充電が完了するまでにはまだまだ時間があるはず。それまでにあのレールガンを破壊しないと、また全力のを撃たれたら今度はたぶん殺られてしまうだろう。
接近する防人に対し、彼女はレールガンから再びマシンガンへと持ち換える。
一定の距離を保つよう動き、遠距離からの攻撃を続けてくる。
やはり彼女はレールガンのチャージ完了まで時間を稼ぐつもりのようだ。
恐らく今度は盾で防げないように出来る限りの中距離で、程よい距離を保ちながら。
チャージが終わり、撃とうとするその瞬間を狙うのも悪くはないが、もし撃たれてしまった場合のリスクの方が高い。
ならやはりチャージ完了前にそれ自体を破壊する。
もしくは電力を供給しているのであろうあの黒いコードを断ち切る。そのどちらかをした方が安全だ。
構えた大盾越しに聞こえてくる弾丸を弾く金属音。
正直なとこら恐怖しか感じず、生きた心地はまるでないが、それでも彼女へと近づいていく。
盾で視界を覆っているように見えて、センサーカメラによって彼女の姿はしっかりと確認できており、防人は飛んできたミサイルの直撃寸前を見計らって上へ飛び出す。
爆炎に包まれながらも彼女がこちらを見失った僅かなスキを突いて彼女の後ろへと回り込んだ防人は腰のレールガンを視界にしっかりと捉えつつもエナジーサーベルを逆手に持ちかえる。
そして彼女のフロートを破壊すべく、その接続部付近のみを狙ってサーベルを振り上げる。
「リラ、危ない!」
そう叫んだ女の子の声が防人と彼女の耳に届くと同時に声の主が目の前の彼女を突き飛ばす。
「あっ――」
馬鹿! なんで……。
そう思っても振り上げたこの手を止めるのは間に合わない。
本来ならば彼女の起動力を削ぐつもりだっただけなのに……。
それは一瞬の出来事。
振り上げた刃の軌道上に割り込んだ機体の装甲は溶解し、腹部から肩甲骨あたりにかけてを切り裂いていく。
防人は急ぎ、サーベルへのエネルギー供給を止めるも間に合わず、眼前で静止したその子から柄の先を震える手でゆっくりと放す。
血は出なかった。
恐らくサーベルの熱で焼けてしまったのだろう。
これは何かの間違い。そう思いたいが、目の前のその子の身体にはしっかりと切れ込みが開いてしまっているし、吐血したであろう鮮血が顔を覆う装甲の隙間から赤黒い液体として滴っている。
そしてそれは防人がし出かしてしまったことを十二分に物語っていた。
「あ、あぁ……」
彼女を押した方向がせめて反対からであったなら、突き飛ばすのではなく、そのまま突っ切ってくれていたのなら……。
そんな言い訳が頭を過ぎる。だが、そんな思考自体が防人を罪悪感が包み、自らを攻める理由となる。
やって……しまった……。と




