104『青髪青眼の少女』
「……………。」
先程まで叫んでいた男の声はピタリと止まり、静かになったことに気付くリラ。
彼女は自らが操縦するGW『シェディム』を操り、メイン・アームに握るスタンロッドへの電力供給を止め、ゆっくりと彼から離す。
電撃が治まったことでダラリ、と力無く垂れる四肢。
背のフロートパックからの推進も停止し、彼を支える腰・アームにずっしりとその重さがのしかかる。
彼の頭もその重さを支えられておらず、垂れ下がっていた。
「はぁ……はぁ……」
先程まで叫んでいたからかリラの息遣いは荒く、体内分泌されたアドレナリンによって彼女の心臓はいまだに高鳴っている。
「……や、やっつけたの?」
その疑問に対し返ってくる答えはない。
しかし、倒した。仇を取った。という事実は彼女の中に湧き上がり、その喜びで口角が上がってしまう。
グググっと喜びを噛み締めるように自然と力の入る拳。その思考が脳波によりメイン・アームへと反映され、破壊されたレールガンの銃口が握り砕かれる。
重力に従って落ちるレールガンの残骸。
ピンッと伸びる電気コードによってそれはプラプラと振り子のようにリラの下方で揺れている。
「やった……やったんだ!」
『いんや』
「――っ!!」
その直後、通信を介して彼女の耳元でボソリ、と聞こえてくる声。
目の前のリラにとっての敵である『防人慧』はニヤリ、と白い歯を見せたかと思えば、腰の装甲の一部が開き、突出する短剣。
彼はそれを垂れ下がっていた左腕を振り上げつつ握り、切り上げ、そして下ろしてバック・アームを切り裂いた。
支えを失い、落ちていく彼は手にしているダガーを空中で投擲。レールガンの接続されたコードを切り落とし、そのまま空中でくるりとバランスを整え着地する。
舞い上がる砂埃。
光牙腕部のアンカーを飛ばし、少し離れた場所へと落ちた刀へワイヤーを器用に巻き付けるとそのまま彼の傍まで引き上げた。
『ま~だだよぉ、っと』
宙を舞った刀を左手で掴み、しっかりと握り締めた彼はその様子を見下ろしていたリラへ切っ先を向け、少々嫌味っぽく微笑み言う。
「クッ!」
リラはセンサー・カメラによってバイザーに映る敵を睨みつつも顔をしかめた。
それもそのはず、レールガンとスタンロッドにより多量の電力を消費したせいでバッテリーの残りがあんまりないのだから。
『どぉした? 来ないならこっちから行くぞ!』
来る!
そう判断し、リラは身構えるものの彼はその場で勢いよく飛び跳ねただけでそのまま地面へと落ち、倒れた。
「――え?」
『痛たたた……アレ?』
驚き、首を傾げる彼を見れば、その背に取り付けられているフロートパックからは未だ煙が上がっていた。
長時間に渡る電気ショックにより壊れてくれたのか、どうやら彼は飛ぶことが上手く出来ないようだ。
これはチャンスかもしれない。
けれど、武器は全て打ち切ってしまったし、残された武器といえば背中の剣くらいのもの。
もっと攻撃を慎重にすれば良かったと今更ながらに後悔するもののそれでも空を飛べるという優位性に変わりはない……はず。
そう思い、判断したリラが背の直剣を抜いた直後。
彼の背に接続されていたフロートが外れ、同時にこちらへと駆け出してくる。
短い助走の後、ジャンプ。
しかし、地面からリラまでの距離は遠く、いくら軽くしたところで届くはずはない。
そう思ったけれど……
「――なっ!」
フロートの裏に隠れていた何らかの推進機構によって彼はこちらへと飛翔してくる。
いや正確には浮かび上がってくると言うべきか。
背中からは光の粒子が拡散し、それが推進となってどんどんと近づいてくる。
振るう刀に受ける剣。
『ほらほらどぉした! 腹ががら空きだそ!?』
「――うっ」
先程よりも素早い攻撃をどうにか防いだかと思えば、腹部に来る重い蹴り。
巨体ゆえに重たいはずのリラは軽々と吹き飛ばされたことに驚きつつも急ぎ体勢を立て直す。
『ほらほら、まだまだ行くぞ!』
「――っ!!」
リラは防人の振るう刀を構えた剣で辛うじて受け流す。
さっきまでとは明らかに違う動きと態度。
これがこの男の人の本当の姿なのか。
リラには判断しかねるが、背筋に氷が張り付いたような冷たさを感じる。
あまりの凶変に驚き、戸惑い、気圧されている。
リラは腰のアームを一部パージしつつ彼へと向け、内蔵されているマシンガンを放つ。
『下手な鉄砲、数打ちゃ当たるが、結局損の方がでっかいよってね』
「――うそ!?」
攻撃が来ることを読んでいたのかそれとも見てから避けてみせたのか彼はワケの分からないことを言いながら弾丸を避けながら距離を開け、腰のミサイルを放つ。
放たれた弾頭は二人のちょうど間のあたりで彼を追って発砲した弾丸と衝突。爆煙を撒き散らす。
「はぁ!」
逃がすものか。とリラは素早く接近し、センサーに捉えている煙の向こうにいる彼へと大振りの剣を振るう。
が、そこに彼の姿はない。
『どぉこ狙ってんの?』
「――!? グッ!」
右側から聞こえる男の声。
リラは振り上げられた刀に急ぎ反応し、腰のアームで受け止めると彼へ目掛けて剣を振るう。
しかし、彼はそれを難なくかわして再びリラの腹部に蹴りを入れる。
『はい、おまけぇ!』
「ううっ」
再び蹴り飛ばされるリラ。
それを追うようにして放たれたミサイルはリラへと直撃。
腕部を使い防いだことで生身の身体には直接的なダメージは無かったものの爆発の勢いにより、散らばった破片がヘルメットに当たり、バイザー部には亀裂が走る。
「このっ!」
煙を払い、近接戦闘を加えるリラ。
『おっと』
振るう直剣と腰部アームの装甲の隙間から突出させた刃。
計3本の刃を振るうも彼はそれらをしっかりと刀で受け流し、避けていく。
こちらもそれだけの数を操るのには骨が折れるが、彼をその場にとどめることはできた。
この隙に、とリラは何か弱点のようなものはないかと目を凝らす。
――あれ?
ふとリラは妙なことに気がつく。
さっきから彼の右腕がピクリとも動かないのだ。
初めは手を抜いているのかとも思ったが、この状況で両手を使わないのはやっぱりおかしい。
現にリラの右側の攻撃の一部は避けきれず、掠めているものもある。
もしかしたら動かさないんじゃなくて動かせないんじゃないのかな?
そう思ったリラは攻撃を右側へと集中させる。
『チッ……』
勘付かれたか。と言わんばかりに舌打つ彼。
これは恐らくこちらの考えが正しかったのだとみて良いだろう。
勝機を見出したリラはその弱点を突くべく、意識を集中。更にアームの動きを加速させる。
◇
「おっと……」
攻撃を避けながら、防人は改めて光牙の被害状況を確認する。
バイザー・モニターに映る情報。
そこには光牙を表す人型の簡易図が映っており、その右腕とその他にも所々が赤く点滅している。
幸い動くこと自体に支障は無いものの右腕は完全に固定されてしまっており、また以前と比べると反応が鈍いタイミングがあるので恐らくあの電撃のせいでいくつかの回線が焼けたのだろう。
「チッ……」
こっちの不調に勘付かれたか。
明らかな攻撃パターンの変化。
対応できないほどではないが……これは、少しマズイか?
……しゃーない。
こっちもそこそこ食らうかもだけど、このままではジリ貧になっちゃうしな。
振り下ろされたリラの剣を受けとめ、同時に腰のミサイルを放つ。
「グッ!」
「きゃっ!」
サキモリは爆風に耐えつつも煙の中ですぐさま手の刀でリラの二本のアームを切り飛ばす。
「はぁ!」
「――っ!!」
彼女の首へ目掛けて降り下ろされる刃。
だが、その刀は彼女の首元でピタリと止まる。
「…………?」
「おい、お前……まさか……リ……リス?」
爆風の影響で彼女の頭部を覆う装甲が割れ落ち、顔の一部が露出する。
空のように青い髪にサファイアのような瞳。
……リリス。
それを見たサキモリの口からはは自然とそう言葉が漏れる。
「リリス? 違う。私はキスキル・リラだ」
彼女は彼の言った名を否定する。
しかし、どれだけ否定されようとその顔つきは見るたびに彼の頭の中にはその名前が浮かび続ける。
どうして? どうして彼女がここにいる?
彼女? 彼女とは誰だ?
この子のことなのか? じゃあこの子は誰なんだ?
リリス? リリスって??
「う゛ぅあ゛ぁぁ!!? な、なんだ!? あ、たま……がぁ!?」
突如襲ってきた頭痛に防人は手に持っていた刀を落とし、頭を押さえる。
「な、何? 何なの?」
リラもいきなり目の前で起こったことに戸惑っている様子で、驚きの声を漏らす。
『やっと見つけました』
『現在、敵と交戦中の模様。牽制の後、彼女を連れて撤退します』
「う゛ぅっくそっ!」
後からやって来たリリスの援軍らしき人物から放たれるマシンガンの弾丸を防人は頭痛に苦しみながらも避ける。
3人の援軍は防人とリラの間に入り、内2人が防人に向けて銃を構える。
「ご無事ですか」
「え? ぁ、はい。大丈夫…です。ありがとう……ございます」
「――!!」
残りの一人がリラに声をかけて様子を伺うと何やらテンションが上がったのか。彼女を抱き抱える。
「え? な、何を?」
「どうやらお疲れのようですので私があなたを運んで差し上げます」
「え? えっ?」
「安心してください。私がちゃんと抱えてますから」
「え? あ、えっと……はい」
「よし、撤退するぞ」
戸惑いながらリラが頷くと防人へ銃を向けていた二人はくるりと回転し、その場を飛び去っていった。
「ま、待って! グッ!? 一体彼女は? ……それに今僕は一体何を……グウッ!!!」
ちょうど敵が見えなくなる頃、防人の頭痛が頂点に達して意識は暗闇へと落ちた。




