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008『光のゲート』

「なぁ……」


 しばらくベンチに腰かけ、まだ始まらないものかと思っていると植崎が沈黙に耐えかね防人に聞いてくる。


「ん? ……何?」

「あ~なんだ。湊は来てないのか?」

「――は?」


 斜め上の質問に防人は驚きの声を漏らし、同時にベンチから膝の上に乗せていたカバンが滑り落ちる。

 首へと回していた肩紐によってグッと後頭部辺りが圧迫され、防人は慌ててカバンを膝に戻す。


「――ウッ、いたた……いきなり何を言うんだ」

「わ、わりぃ……」

「まぁ教材を持ってきたこっちの責任でもあるからいいんだけどさ、湊がなんだって?」

「いや、その……彼女は一緒に来てないのかと思ってだな」


 もじもじとして赤面している植崎を見て防人は察するとニヤリと口元を綻ばせる。


「お前、まさか(あいつ)のことが好きだったのか? 初耳だぞ?」

「あーいや……そうじゃなくてな。あいつがいるなら友達の人もいるかなって思ってよ」

「へ……友達?」


 ニヤニヤとした顔が素に戻り、防人は考えるが、心当たり以前に湊の友達のことはよく知らないので分からない。

 いるとすればこの前にあった白い髪の人、もしくはもう少し前に見かけた金髪の二人ぐらいだが……他にもいたかな?

 防人は中学ぐらいの頃を思い出して考えるが、湊とはクラスも異なり、また防人自身も休みの時間は植崎と話すか図書室で本を読んだりする程度。

 そのため防人は湊が学校で誰かと話したりしているところを見た事はない。

 家でのご飯中に家族との話で名前が出ていたりしたが、相手の顔を知らないから結局あてにはならない。


「友達ねぇ……」


 友達……そう言えばあのショッピングモールで見たあの人は誰だったんだろう?

 湊は大切な友達だとは言っていたが、チラリと見えた気がするあの横顔はどこかで――。


「――うっ!?」


 突如、電流のように頭に走る激痛に防人は驚き、目を見開くとバックを潰しながら体を前に倒して頭を押さえる。


―― 一体……なんなんだコレは!?


「…………あれ?」


 しかし、すぐにその痛みは先ほどまで考えていた内容とともに静かに引いていった。

 何を考えていたのだったっけ?


「どうした? 大丈夫か?」

「あぁ、いや……何か頭痛がな」

「そうか」

「多少は心配しろよ……」


――全く、もう治まったからいいけどさ、友達なのだからもう少しぐらいは心配そうな素振りを続けていてほしいものだ……まぁ、こういう性格だから逆にこちらも気を張って接したりしなくていいというのはあるけど。

 そういう面では気楽でいい。

 それにしてもあの激痛は一体なんだったんだろう?

 長時間外にいて冷えてしまったせいだろうか?

 防人は原因不明の激痛に色々と疑問を浮かべるが、知識の無い防人が適切な結論に至ることはない。

 とはいえ、またいつ襲って来るのかわからないため、彼は神経や血管の多い首元を冷やさないよう気を付けながら念のためにとニット帽もかぶり直す。


「あぁ、えっと……わりぃな……」


 思考をする際、しばらく黙っていた防人を心配したのか植崎は申し訳なさそうに言う。


「いや、別に怒ってはいないよ」

「そうか、そりゃよかった」

「……ところでさ、僕たち今、何の話をしていたっけ?」

「おん? もう忘れたのか? 湊がここに来るかって話だよ」

「ああそうだったそうだった。……えっとなまず結論から言うと、あいつはここに来ないぞ」

「そうか……なんでだ?」

「いや、なんでって……湊の奴、受検なんてしないって言ってたから」

「そうなのか……ん? てことは中学で卒業すんのか?」

「そりゃあ卒業はするよ僕もお前もするよ。一体どんな悪行を積んだら中学卒業停止なんてことになるんだよ?」


 ――卒業停止。

 (あいつ)ならあり得ないこともないと思えてしまうのがすごいことでもあるが、少なくとも自分や湊がウザい奴と思っている人以外に向ける態度はいたって温厚なので問題はないだろう。

 植崎は湊のウザいリストの一人に入っているらしいのでもしかしたらそういう態度をされたのかもしれない。

 植崎に対する評価は『暑苦しくて、うっとおしくて、うるさい奴。関わる前に同じ空間にいる時点で蕁麻疹(じんましん)が出そう』と相変わらずひどい言いようだった。

 暑苦しい、うるさいという点に関しては同意せざる負えなかったが、やはり男子と女子では執着点というか観点というか物の見方がちがうのだろう。

 もしかしたら単に彼のポジティブさには救われた事があるからというだけかもしれないが、少なくともそれらの評価を自分はひどいようには思っていない。


「いや、そうじゃなくてよ。卒業してから仕事でもするのかって話」

「ん? 就職するってことか?」

「そうそいつだ! ……んで殉職するのか?」

「殉職じゃなくて就職な。殉職なんてしたら次の就職先は地獄の亡者になっちまう」

「んあ? 何言ってんだ?」


 語彙力の違いによって芽生える考えの相違。

 考えていることが違っているのだから話がかみ合ってこないのも仕方がない。

 他者と付き合っていくには必要になってくるものは多少の受け入れる心。

 寛大とまではいかなくても軽く受け流す力。

 そして相手の言葉を理解し、合わせること。


「まぁいいや。湊は殉職も就職もしないからな」

「そうなのか。でも受験もしねぇんだろ?」

「……お前、僕たちと同じ中学だよな?」

「あったりまえじゃなぇか。何言ってんだよ?」

「なら知ってるだろ?」

「なにが?」

「……まさか忘れているなんてことはないよな?」

「だから何が?」

「いやいい……えっとだな」


 現在、義務教育は高校までとなっており、学校という学校は全て中高一貫となっている

 そのため受験をしたい者はして、したくない奴はそのまま高校生に上がる。

 防人らの通っていた中学校もまた、受検せずにそのまま付属の高校に上がれるようになっているので受験をしないという選択肢もおかしな事ではない。 


「そうだっけか?」


 防人の簡潔な説明を受け、植崎は首をかしげる。


「まぁ……うん。そうなってるんだよ。んで湊のやつは『受検なんてものをする気はない』、『面倒くさいことはしたくない』『受けても受けなくてもいいのなら受けない方を選ぶ』って言ってたから多分そのまま高校に上がるんじゃないか?」

「そうか……お前はなんでそうしねぇんだ?」

「まぁ確かに受験しない方がラクではあるけど、ここからじゃあその高校は遠いし、通学が困難だからな」

「アパートとか借りねぇのか?」

「家賃とか払うためにバイトしながら両立できる自信はないし、だからといって姉さんに支払いを頼むのはあんまり……正直負担掛けたくないし、後はまぁ僕が方向音痴だってことかな?」

「おろ? お前、方向音痴だっけか?」

「そうだよ。駅から歩いて5分の目的地にも一時間は迷ったことがある僕だぞ。見知らぬ土地なんて到底無理な話だよ。ここに来るのだって何回か下見したし……」

「ほ~ん。そうなのか」

「そうだよ。まぁとにかくあいつは面倒くさがって受検なんてしないってのが結論かな?」

「んじゃあ、あいつの友達は?」

「友達か……ん~さぁ? どうだろう?」


 友達、彼女にそう言った人はいるのだろうか?

 電話をしてたりするのを見た事があるからいるのは確かなのだろうけど。


「いるのか、いないのか……もしいたとしても僕は詳しく知らないな」

「そぉかぁ~」


 明らかにがっかりした様子で大きく白い息をはきだすとベンチにもたれかかる。

 湊の友達。植崎が気になる女性。一体どんな人なのだろうか?

 植崎の吐き出した白い息がわずかに上昇して消え去った後、ドームに設置されたスピーカからチャイムが鳴り、放送が流れ始める。


『皆さんお待たせしました。ヘイムダル学園、二次試験会場へようこそ。放送係りの神谷(かみや) (まな)に変わってしばらくはボ――私が勤めさせて頂きます。本日はよろしくお願いいたします』


 放送の声は合成音声のようになっており、相手の性別は分からないが、途中噛んだようなところがあったので人の声であることは間違いだろう。

 防人は流れる放送へしっかりと耳を済ませつつも緊張感を高めていった。


「お、そろそろみてぇだな」

「うん。そうみたいだね」


 防人は植崎の言葉に頷きしながらスマホを手に取ると現在の時間を確認する。

 二本の針はちょうど垂直に交わり、9時を表している。


「あぁ……」


 始まると思っていた時間は6時、普通はおかしいと思うべきだけど、そんな考えは一切なかった。

 昨日も今日の朝も考える余裕は無かった。

 そしてここに来てから3時間……薄々そうじゃないかとは思っていた。

 そして今その予感は的中した。

 恐らくひっくり返して見ていたのだろう。9時の表記を6時と読んでしまったのだろう。

 あぁ本当に本当に……何てことだ。


「やっちまったよぉ!!」

「おぉ!? ど、どうしたよ。いきなり」

「あぁ、いや……なんでもないよ。ただ少し、叫びたくなっただけだよ」

「なんだ、気合でも入れてたのか?」

「まぁ……そうだね。そうかもしれない。ハハハ……」


 防人は肯定すると乾いた笑いでごまかす。

 嫌な考えや気持ちを吹き飛ばすという意味合いでなら気合を入れていたと言ってもいいかもしれない。


「まぁしゃーねーよなぁ」


 防人の恥ずかしい気持ちなんて知る由もなく、ただ気合を入れていたと思っていた植崎は大声で笑いながら背中を叩いてくる。

 冷えている身体にその衝撃は分厚い服越しでも結構響いてすごく痛い。


「俺様もキンチョーしてっから一緒に頑張ろうぜ!」


 植崎はグッと力強く立てた親指を防人へ向けて笑みを見せる。

 そう、これから大切な試験が行われるのだ。恥ずかしがっている時間ではない。

 防人は大きく冷たい空気を肺に入れてゆっくりとはきだすと頬を叩き、気合を入れる。

 気持ちの切り替えを行い、ドームのスピーカーから流れる音声に耳を傾ける。


『これより試験会場の入口を開きます。入場した皆さまは事前に配られた入試カードに書かれた場所に着席してください。全員の着席を確認後、もしくは30分経過後に次に進ませていただきますので迅速な行動をお願いします。それではこれより会場の扉を開きますのでもしも会場の壁にもたれている方がいましたら離れて頂きますようお願いします』


 スピーカーから聞こえてくるハッキリとした透き通った女性の声。

 数秒後に『それでは開門します』と放送が流れるとドームから白いコンクリートの道が伸びる箇所がエメラルドグリーンの光を発し、広がっていく。

 しばらくして高さ3メートルほどの大きなトンネルの出入口のような形へと変化する。


「おぉすごいっすねぇ~」

「ここに……入ればいいの?」

「そうじゃないかな。そう言ってたし」

「これっていくらぐらいかかったのかなぁ~」

「演出としても凝ってるよなぁ~」


 そんなことを言いながら他の受験生はぞろぞろと列を組んで順に中へと入って行く。

 ある人は楽しそうに、ある人は戸惑いながら、ある人は何も言うことなく冷静に。

 人数が減ってきた頃、そろそろ行かないといけないと思った防人は立ち上がり、一度大きく伸びをする。

 いよいよ始まる。

 そう思った瞬間に緊張からか心臓が高鳴っていくのが感じられる。


「さて、僕たちも行くぞ」


 この緊張感にいつまでも立ち止まっているわけにはいかない。

 呆然と扉を見つめ、未だ動こうとしない植崎へそう言いながら防人は光の扉の方へと歩いていく。


「いやいやいやいや、ちょっ待てよ、待ってくれって!!」


 ゆっくりと足を進めている防人を追い抜かし、植崎は驚いた表情で大きな声で叫びながら彼の前に立ちはだかる。

 全く、相変わらずのその大声だけはどうにかならないものか。


「なんだ、早くいかないと閉じちゃうかもしれないだろ?」

「いや、そうかもだけどよ。あれってなんだ? あれ、あれなんで光ってんだ? そもそもあれってなんなんだ?」

「あれは確か『転送装置』ってやつだよ」

「テンソウソーチ?」

「そそ、ゲームとかでよくあるだろ? 一瞬で別のところに行けるっていうやつ」

「おう、ワープみたいなもんか?」

「うん、僕もネットで見ただけだからよくは知らないんだけど素粒子理論に基づいてどうと……んでなんで光ってるのかは造った我々にもわからんのです。ってね」

「そうなのか?」

「……いや、うん。なんで光ってるのかな。調べてないからほんとわからん」


 防人はふと、ネットではまだこの技術に関しては実験段階だとかどうとか書いてあった事を思い出す。

 わざわざこんなものを用意するくらいなのだからこの学園の持つ技術力は相当なものなのだろう。

 もしかしたらそういったアピールも含まれているのかもしれない。


「ん、でも大丈夫ってことだよな。偉い人がそう言ってたんだろ?」

「うん、まぁ、偉い人ほどわからんものが多いらしいが、あぁいや、少なくとも安全って分かってるから使っているんだろうし、大丈夫でしょ」


 そんなこんな話しているうちに周囲に人が全くいなくなっていた。

 これはまずい。このままでは受けることすらかなわなくなってしまうかもしれない。


「それよりも早く行くぞ!」


 少し焦りを感じ、防人は植崎に言いながら駆け出していく。


「おう‼」


 目の前に存在する巨大な扉。

 しかし、いざとなって防人は不安に駆られ飛び込むのに躊躇(ちゅうちょ)してしまう。


「どした? 早く行こうぜ?」

「分かってる。分かってるからちょっと待って」


 防人は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると植崎の方に手を伸ばす。


「お? なんだよ」

「いや、その……ほら同時に入るためだよ。もし、その、なんだ……」


 本当は怖いので手を繋ぎたい。のだが、防人は恥ずかしくて別の言葉に言いかえようと言葉を探す。


「なるほどな。いいぜ!」


 防人が口をパクパクとさせていると植崎は親指を立てて伸ばしていた彼の手をしっかりと握りしめる。


「それじゃ行くぜ! せーのっ‼」

「あっちょっ――まだ心の準備が――」


――ああぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 植崎に引かれて中に入った瞬間、車などで急な坂道を一気に駆け下りる際に時折感じるあの妙な浮遊感に襲われる。

 エメラルド一色だった視界が一瞬にして真っ白に変わり、どこが上なのか下なのかがわからなくなる。

 落ちているようないないような気持ち悪い感覚、乗り物酔い近い感覚を感じ、そして気が付くと学校の教室のような場所に到着していた。



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