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【 WEAPONS・GEAR(ウェポンズ・ギア)】――高校生編  作者: 満天之新月
第4章 工業小国ヘルヴィース
106/253

100『気を取り直して死合う二人』


「あー……どうした? 妹よ」


 せっかく臨戦態勢に入ったというのに気が抜ける。

 ペース乱されたヒロだが、彼は気を持ち直しつつ絶華へ尋ねる。


「今気づいたのですが、腕が折れてるです」

「なんだって!? あー……本当だねぇ」


 彼女の伸ばす折られたという腕は確かにダラリ、とだらしなくおかしな方向に曲がってしまっている。

 普通ならば、今更気付くとはどういう神経をしているんだと言うべきところではあるが、彼女には痛覚が無いため、その文言は当てはまらない。


 防人慧が悶絶した例の激辛カレーに何とも思わず食べることが出来たのはそのためでもある。

 辛味というものは痛覚によって感じられる味覚なのである。


「そういえばあいつの『双月』って100キロオーバーって言ってたっけ? そりゃ折れるよね。片手で振るってるから軽いって認識してたよ」


 そもそもGWの武器を生身の人間が扱おうとする時点で常軌を逸しているといえば確かにそうだと言えるのだが……こいつは本当に人間なのか。と言う疑問に関しては絶華を含め、肯定し辛い。

 これで彼が筋肉モリモリマッチョマンであればまだ納得できるんだが。


「というわけでここらでお開きというわけには――」

「あん? ここまできて、そりゃあねーだろ?」


 さっさと治療をしようと退散を促すヒロであったが、納得出来ないと砌は鎌を大きく振るう。


「……絶華、お前は下がってなさい。腕を弄るんじゃない。くっつかなくなるといけないから」

「えー……残念ですー。今日のところはおとなしくしているですよ」


 絶華は渋々後ろに退いたのを確認し、ヒロは一歩前に出る。


「さて、みぎりん。これで一対一(タイマン)。公平な戦いだねぇ」

「は、戦いに公平も並行もあるかよ! 勝つか負けるか、生きるか死ぬか、それだけだ!」


「なんでそういう考えしか出来ないかな〜。あぁー実に残念だ。教えてあげるよ。戦いからは何も生まれないなんてことはない。戦いから生まれるもの――そう、友情というものをね!」


 キリリッとした表情で格好つけて力強く宣言するヒロ。

 それに対して砌はギリギリ、と歯を力強く噛み締めて軋ませる。


「友情ねぇ……はん! そいつぁ俺の嫌いな言葉だ。そして、その言葉を口にする奴はもっと嫌いだよ!!」


 砌は手にした鎌を大きく振るう。

 二度とその口から生温い言葉を吐き出させないために。


「おととっ」


 ヒロはその攻撃をかわしつつ、更にバックステップで距離をとる。


「やっぱり強いね。流石は鮫だ。(みなごろし)の鮫は一味違うねぇ」

「そうかよ犬っころ。飼い主に(こび)を売ることしかできねぇ奴がほざいてんじゃねぇぞ!」

「ははっ、おあずけもできない君とは違うのさ」


 会話をしながらもヒロは砌の攻撃を避け続ける。

 しかし、避け続けるだけではジリ貧であることは確実。加えてあまり長引かせると誰か来て面倒なことになりそうなのは想像に難くない。

 ここは早期決着が望ましい。


 そう思いつつヒロはピョンピョンと大きく跳ねて攻撃を避けつつも移動すると2つの棟を繋ぐ渡り廊下とされる場所に辿り着く。

 ここは1階と2階が吹き抜けとなっており、休み時間には生徒たちが集まる広間でもある場所だ。

 

 日の光が取り込めるように大きな窓が付けられているその場所に辿り着くと同時にヒロは空高く飛び跳ねる。

 その高さは自身の身長の3倍ほどだろうか。


「さて、その鎌の射程外への攻撃はどうする?」


 そう呟き、ヒロが懐から取り出したのは黒く、細長い杭状の武器。

 彼は両手に納まる限りの杭を掴んで砌へと向けて投擲する。


「暗器か……確かにこれは厄介だな。だが……」


 細く見にくく、数があるそれら全てが寸分違わず砌へと目掛け飛んで行く。

 これを全て避けるのは至難の業だろう。


「その程度じゃ、攻撃の内に入らねぇんだよ!」


 ゆえに砌は動きを止め、素早く鎌を構え直すとまるでバトンを回すかのように。高速回転させて杭を全て弾いていく。

 キンキン、と心地よく響く金属音。小さく火花が弾け黒杭はパラパラと砌の足元に落ちていく。


 弾丸が駄目なら数を、と思ったがアレでは単純な飛び道具では通用しないだろう。

 とはいえ跳んだ以上は着地しなくては始まらない。

 ヒロは隙を作るべく再び黒杭を投擲するもやはり効果はなく、あっさりと弾かれてしまう。 


「っと、これはまずいな」


 そう呟くヒロの真下。ちょうど落下点にあたるその場所には巨大な鎌を持った砌が待ち受ける。

 それはまるで獲物を待ち受け、大口を開いた巨大な鮫。

 パニック映画の捕食シーンの如く、このままでは回転する鎌にその命を刈り取られて投了といったところだろう。


 しかし、ヒロの顔に絶望の影は無く、着地までの短い時間彼はスッと袖からカードデバイスを取り出す。

 それはヒロの所持する専用機『雅狼(ガロウ)』がカードの形をとったものであり、防人の手枷と同じ待機状態(スリーブモード)の姿である。


 ヒロ自身は封印状態(ハイバネーション)と呼んでいるそれを彼は構え、彫り込まれた装飾の一部を指で撫でると光粒子が発生し、集まっていく。


 現れたのは野球ボールほどの大きさをした特殊な投擲武器である『鬼灯魂(ほおずきだま)』。

 彼はそれを掴み、黒杭と同じように砌へ投下する。


「その手はもう食わねえってんだよ!」


 見慣れない兵装。しかしそれが手榴弾のようなものであると直感した砌は鎌を構え、鬼灯魂(ほおずきだま)を注視する。

 砌は以前、戦った際に痛感し学んでいる。手榴弾は雷管さえ切れば爆発することはないと。


 砌は鬼灯――雫型の手榴弾を断ち斬ろうと鎌を振るう。

 だが、切り裂かれた鬼灯の中から出てきたのは爆薬ではなく、鮮やかな赤い色をした細かな粉末。


「何!? 煙幕か!」


 斬り裂かれた事で本来ほどではないにしろ辺りに撒き散らされた粉末は宙に拡散し、砌の視界を真っ赤に染める。

 呆気なくヒロを見失ってしまう。


「ちっ、チャフ有りか!?」

「うわ、何の成分だアレ? こりゃあ、酸漿の奴にもっとよく聞いておけばよかったなぁ」


 鬼灯魂はヒロの知り合いであり、氷雨隊の一人である酸漿(ほおずき)お手製の品である。

 彼の開発する兵装は基本的に彼独自の製法が加えられており、それ故に誰もそれを模倣することは出来ない。


 まぁそれらは全て彼の趣味全開の代物であるため、性能が二の次であることも多々あるため、真似しようとすらしない者は現状一人もいないというのが正しいが。

 一応、彼が気に入った仲間には配り歩いているらしくヒロと同様に砌も受け取ってはいるものの性格上、彼がそれを使うことはないだろう。


 いや、それ以前にその存在すら忘れてしまっているのだろう。だから使われても気づくのに遅れてしまったというわけだ。


「くそっ、どこに消えやがった!?」


 爆発をしなかった故に彼を覆う煙幕の成分は濃くなってしまい、ヒロの姿は完全に消えていた。


「そこか!」


 聞こえてくる足音に反応し、砌は鎌で後方を斬りつける。

 ガキンッ、と聞こえてくる甲高い音。


 鎌の風圧により、僅かに掻き消えたその先にヒロはおらず、光の障壁のみが残されていた。

 それはヒロのGWによって発生したものだ。


「チッ、バレバレなんだよ!」


 これで騙し討ちをしたつもりか。

 砌は静止した鎌を素早く構え直すとその切っ先を正面へ向けて斬りつける。


「あぶなっ」


 ブンッ、という力強く空を切る音が鳴り、同時に聞こえてくるヒロの声。

 浮かぶ粉末と太陽の日差しに照らされて人影が一瞬だけ視界に映る。


「チッ、逃がしたか」


 このままじゃ埒が明かねぇ、と砌は鎌を構え、素早く回転させ始める。

 風圧で粉末が霧散されていき、徐々に視界が晴れていく。


「さすが人間魚群探知機だねぇ。完全に気配は消していた筈なんだけどなぁ」


 これで互いの姿がハッキリと視認できるようになる。

 どうやら先程の鎌の一撃は結構危なかったようで、ヒロのコートの一部が裂けている。


「よほど隠れるのが好きみたいだな。雑魚狼が」

「まぁ確かに物を隠すのは(さが)だけどね」

「はん、やっぱお前は犬だな」


 視界が晴れたことで思うような戦闘を繰り広げていく二人。

 適度にリズミカルに聞こえてくる風切り音と金属音。

 刃同士がぶつかり合い、小さく火花が弾ける。


 ヒロが両手のナイフで斬りつけ、砌が構えた鎌を振るう。

 そこには搦め手もなく、奇策も出さない。

 ただの何の変哲もない殺し合いだ。


(コイツ、俺の鎌を受け止めるんじゃなく、受け流してやがる。隠密野郎の癖に戦い慣れやがって!)

(ん〜、やっぱ重いなぁ。それに前の時よりも早くなってる。流石に生身じゃ攻撃をかわし続けるのに手一杯だし。うん、ナイフを掠めても決定打には欠けるなぁ)


 命のやり取りの最中、当然ながら二人の心情は穏やかなものではない。

 単純な戦闘技能では大差はなく、互いに大きな隙は見出だせず、戦闘は均衡する。

 にも関わらず、互いに手の内の全ては晒さない。

 ナイフ2本と大鎌1つ。

 現状使用できる武器のみを操り、戦っていく。


「フン!」

「オラァ!!」


(参ったね。これ、もしかするとまだ全力を出してないのかな)

(クソ野郎が、余裕ぶっこきやがって! もっと全力でぶつかって来いってんだよ!)


 刃のぶつかり合う中で巡る思考。

 二人は自ずと結論を導き出していた。

 この戦い――先に動いたほうが負ける、と。


 勝つために焦れば確実にそこを突かれ、かといって後手に回ればやはり敗北は免れない。

 戦いの当初とはまた違う緊張感。


 そして、もう一つ。二人の中で意見が一致する。


(これ、絶華がいた方が楽だったかもねぇ)

(これは、絶華がいた方が楽だったんじゃねぇか?)


 戦況を一人で左右しかねない狂戦士(バーサーカー)たる彼女は敵にするのも味方にするのも厄介だが、こういう膠着状態の時ほどそういった存在は場面を動かしてくれるもの。

 ヒロからすれば単純に手数や戦略の幅が広げられるし、砌からすればヒロと比べると単調な彼女の動きは利用しやすい。


 だが、その当人はというとこの単純明快な戦いに飽きてきていたのか、それともポカポカとする陽気に当てられたのか、通路の真ん中で折れた腕を上にしてうたた寝を始めていた。


「はぁ、やれやれ……」

「チィッ! このっ、そのナイフで耐えられない攻撃を与えてやらぁ!」


 絶華の様子を確かめ、呆れるようにため息をつくヒロとシビレを切らし、大声で威嚇する砌は彼がよそ見したそれを隙ありと捉え、動く。


「ま、当然そう来るよね」


 鎌を両手で構え、振りかぶる砌に対し、ヒロはナイフを振るうその勢いのまま空中回転。地面へと手を付きつつそのまま逆立ちの体勢となる。


天上天下(アウーセンマウォン)!」


 上下逆さまになりつつ手足をバネのように曲げて繰り出した蹴り技。

 体を捻り、放たれた強烈な回転蹴りは靴底に仕込まれた鉄板によって迫り来る鎌を逆に弾き飛ばす。


「なにっ!?」


 小柄な体格からは信じられないほどの一撃。まさかの攻撃を目の当たりにし、砌は驚きの色を隠せない。

 力強くしっかりと振り下ろした鎌を蹴り飛ばされた砌は手を離し、どうにか体勢を崩さず踏み留まるも想定外の出来事に距離を開ける。

 ビリビリと痺れる腕を庇いながら、鋭い眼差しでヒロを睨みつける。


「その技――カポエラか」


 カポエラ――南米地方の伝統的な格闘技術。

 世界中に広く知れ渡り、ユネスコの無形世界遺産にも登録されている。

 主に蹴り技を主体とした格闘技。


「ははっ、何も俺は伊達や酔狂で世界を巡っているわけではないのさ。曲学阿世ってね」


 しかし、カポエラは隠しておきたかったんだけどねぇ。

 もしまた戦うってなったら確実に対策されるだろうし。


「チッ……面倒だな」


 悪態をつきながら、彼はチラリと後ろを振り返る。

 先程の蹴りのせいで鎌は思いの外に吹き飛ばされており、校舎の壁に突き刺さっていた。

 取りに行きたいところだが、ヒロに背を向けるわけにはいかない。

 迂闊に動くことは出来ず、これでは回収は不可能だろう。


「さて、これで君の武器は無くなったね。その様子じゃしばらくは腕は満足に使えないだろうし、そろそろ降参してくれると嬉しいんだけどねぇ」


 そう言いつつも二本のナイフを構えるヒロ。

 その口調と態度はオチャラケたものではあるものの、彼の目は油断をしていない。


 砌が振り下ろした全力の一撃。百キロという鎌自身の重さと回転力による運動エネルギー、それを跳ね返されたのだ。暫くは物を持つのも辛いだろう。

 だが、砌がそう簡単に諦めることはない。


「いつ、俺の武器が『双月』だけだと言ったよ!」


 砌は痺れる右手で半ば強引に口元のスカーフを剥ぎ取るとそのままヒロへと投げつける。

 露わになったその下に隠れていたのはもはや人間のものとは思えないほどに醜悪なものであった。

 太陽光に反射してギロリと光るそれはノコギリのようにギザギザとした歯が並んでいる。

 それは紛れもない鮫の歯であった。


「――っ!?」


 ヒラヒラと揺れる布がヒロの眼前を飛び、彼はそれを瞬時にナイフで切り裂く。

 だが、その動きがいくら早くとも余計な動作であり、隙であることに変わりはない。

 ほんの僅かな隙だが、砌にとっては十分だった。

 地を蹴り、一瞬にしてヒロの懐に入り込んだ砌はそのまま大口を開けて飛びついていく。

 それは今度ことまごうことなく、鮫のように。


「おにーちゃん、今起きたですよ!!」


 砌の研ぎ澄まされた歯がヒロの首筋を捉える。

 このまま顎に力を入れればヒロの細い首は簡単に引き千切れ、頭部はボトリと落ちるだろう。

 だが、砌は動かない。


「なっ!?」


 正確には砌は動けなかった。

 口を開いたまま喋ることもできず、驚嘆のみが喉から漏れる。


「どうやらここまでのようだね」


 先に口を開いたのはヒロの方だ。

 鋭い歯が突き刺さり、このまま死んでもおかしくない状況。命の危機に瀕していながらも彼は涼しい顔をしている。


「いやあ、危なかったよ。お前が止まってくれなかったら俺は死んでいたね。ま、その時は俺もお前を殺してるけどね」


 今、砌の心臓に位置するその場所に感じられるナイフの感触。その切っ先は服を突き抜け、ほんのりと砌の皮膚を傷つけている。

 二本のナイフは砌の胸と背にそれぞれ突き立てられており、それはまるで獲物を噛み砕かんとする獣――狼の牙のようだ。


「どうする? 続きをやるかい?」


 今現在、お互いを殺さんとする体勢のまま二人は静止している。

 砌の歯がヒロの首を噛み千切るのに一秒もいらないだろう。しかし、その一秒があればヒロの狼歯が砌の心臓を貫くのは容易いことだ。

 短い沈黙。しかし永遠のような須臾(しゅゆ)


「……いや、もういい」


 しばらくして砌はゆっくりとヒロの首から歯を離し、首を振るとそのまま壁の方へと歩いていき、壁に刺さる鎌を抜き取る。

 そして瞬く間にそれは光の粒子と化し、彼のはめている手袋へと収束。その存在が完全に消える。

 相手が戦闘態勢を解いたことでヒロも手にしているナイフを鞘に納める。


「ふふ、なんだ。やっぱり死にたくないんじゃないか」

「あ? なんか、言ったか」

「なーんにも。あぁそうだ。絶華……絶華?」


 ヒロが声をかけるも絶華は床にペタリとへたりこんでいた。その顔はどこか安心したような顔でヒロを見ていた。


「おにーちゃぁぁん。本当に死んじゃうかと思ったですよ!!」

「――っ! ほら、泣くなよ。俺はちゃんと生きてるぞ? ほら、足もあるし、幽霊じゃないぜ?」


「うわぁぁぁん!」

「あぁ……ほら、腕見せてみろよ」


 まさか泣かれるとは……。

 驚きつつもヒロは絶華の腕を改めて確認する。

 単純な骨折で絶華はそれを気にする様子はない。

 だからといってそれをそのまま放置すれば後々面倒なことになってしまうだろう。


 ヒロは広場の隅に設置された観葉植物の枝をポキリ、と折ると絶華の腕に添えると落ちている砌のスカーフと絶華の腕を枝とともにしっかりと巻き付け、固定する。


「これでよし。帰ったらちゃんと治療しないとな」

「おにーちゃんの怪我は」

「うん? 大丈夫。ちょっと無理したけど、首も大頸動脈までは届いてない」


 そう言って、首筋を擦り確かめるもどうやらさほど血は出ていないようだ。


「うえっ、唾液でベトベトだ」


 ヒロはハンカチを取り出し、首筋に残る砌の唾液を綺麗に拭うとそのまま捨てる。


「ふぅ。疲れたなー。結構頑張ってまだまだ目的の一割も達していない気もするけど……」

「です。ところで今日の目的ってなんでしたっけ?」


 本当に疲れた。

 とはいえ、砌の成長が見られたことでそれはよしとするが……本当に疲れた。

 だって死にかけたのだもの。

 それに、この身体も傷つけてしまった。


「ん? あぁそうそう。俺たちはたいちょーの様子を見に行くために集まったんだよ。スッカリ忘れていたねぇ。もう帰ろうかと思ってしまってたよー」


 大げさな動きと調子に乗っているかのようなオチャラケた態度。

 とはいえ彼の言う言葉にある意味では嘘は少なく、ある意味では嘘が多い。

 とはいえ今はそれよりも大切なのはヒロの言う『たいちょー』に関してである。


 彼はそろそろ目が覚めるという話を聞きつけ、そして彼の言うたいちょー――『氷雨ひさめみぞれ』の部下である面々によって行われるという集会に参加すべくここまで来たのである。

 まぁその過程で何故か目の前の男にちょっかいを出すことになってしまったのだが。


「でだ、みぎりん。君って第六会議室の場所知ってたっけ? 知ってたら案内して欲しいんだけどなぁ」

「俺が知るか。んなもん勝手に探してろ」


 明らかに機嫌が悪そうな砌。

 あの隠し玉を晒しておいて、勝ちに持っていけなかったのだから納得がいかないというのも無理はないだろう。


「いやいやいや、勝手に探してろって、今、君は氷雨隊の副隊長だろ。なら集会に参加しないってわけにもいけないでしょ?」

「うるせぇな。そもそも俺は副隊長になった覚えも、隊長の顔も知らねぇんだよ。誰が行くか!」


 肩を組もうとして砌に振り払われてしまう。

 確かに砌が氷雨隊に入った時期(タイミング)を考えても隊長の顔を知らないのも仕方がないだろう。


「んー、そうか、そうか。つまり君は悔しいんだな。あれだけ見栄をはったくせに俺たちを殺せなくて。だからそんな態度をとって虚栄心を満たそうとする」

「成る程です。陸に上がった鮫さんではその程度なんですねー」


 またしても砌の闘争心を煽るヒロとそれに便乗しておちょくる絶華。

 またも戦闘になるかと思いきや砌のギロリとした眼光で二人を睨みつけるものの今度は大人しく。

 しかし、金属が擦れ合うような力強い歯軋りを行う。


「チッ……一応、場所くらいは知ってっからよ。ついてきたけりゃ勝手にしろ!」


 あくまでも教えるとは言えない砌。彼はくるりと身を翻すとスタスタと歩き出すものの、その後ろ姿からは強い殺気を放っていた。


「おやおや、聞き分けいいね。それじゃあ、一緒に行こうか。旅は道連れって言うしね」

「あー、待ってくださいよー」


 とはいえ二人がそれで臆することはなく、むしろ道案内をしてくれることを好意として捉えついていくヒロと彼の隣を歩く絶華。

 残されたその場所にはおびただしい戦闘の傷跡だけが残されていた。

 それらは主に砌の大鎌によるものだが……。



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