099『どこか気の抜けた戦場』
一方そのころ、学生寮の食堂では。
「それでだな、俺様のコンビ―ネーションは……」
「はいはい、それさっきも聞いたから」
「お? そうだったか?」
朝食を食べているとこちらを見つけ、まるで恒例行事のように寄って来た植崎。
他に友達いないのかねぇ。
相変わらずのどんぶりを片手に、1人賑やかにしゃべる植崎の話を聞いていると生徒手帳の着信音が鳴り始める。
「悪い、ちょっと静かにしてもらえるか?」
「おう、電話か?」
「ああ……」
紅葉さんから? 何の用だろう?
防人は受話器マークに触れ、手帳を耳に当てる。
「はい、もしもし?」
『もしもし、慧君。聞こえますか?』
「えぇ、ちゃんと聞こえてます。珍しいですね。紅葉さんから電話をかけて来るなんて……何かあったんですか?」
『はい。先程、学園内の通路で交戦中の生徒がいるらしいと連絡を受けましたので、専用機を所持している日高と貴方に連絡をさせていただいています。朝早くから申し訳ありませんが、至急向かってもらえますか?』
「わかりました。それで場所はどこですか?」
『学園、第三棟一階の通路です。詳しい場所は今から手帳の方へ送信しますので確認をお願いします』
ピロンっと音が鳴り、画面を見ると学園の見取り図に赤い点が表示される。
男子寮一階の青い点は現在の自分のいる場所ということでいいだろうか?
とすると……ここから少し遠いな。
「わかりました。それでは現場に向かいます」
『頼みます。先に日高が向かっているはずですので合流し、彼女の援護をお願いします』
「はい。わかりました。では失礼します」
通話を終え、話したくてウズウズしている植崎に『急用が出来た』と言い残して手帳を手に、ガッカリとしている彼を尻目に食堂を急いで出る。
駆け出したはいいものの竜華さんの手伝いなんて一体何をすればいいのだろう?
分からないが、とりあえず向かわなければ話にならないと手帳を見ながら防人は目的の場所へ急いだ。
◇◇◇
「逃げるだと? てめぇ、俺が誰だか分かっていってんのか?」
向けられた銃口に臆することなく、鏖 砌は目尻を高く吊り上げ、怒りを露わにする。
「勿論さ。君は強いから……いや、強いからこそ戦争から絶対に逃げないし、逃げられない。君は戦争の中でしか生きられない。生き続けることができないのだから」
戦という海の支配者たる鮫。
強く、傷付きながらも敵を屠る存在。
しかし、鮫は泳ぎ続けなければ生きられない。
それはつまり、支配者であると同時に束縛者を意味するのだ。
放り込まれた存在であるとはいえ――いや、だからこそ砌という存在もまた、戦争という海の中で生き続け、殺し続けなければならない。
その事を一番よく知っているのは砌自身であり、同じように知っているのが彼が見据えるヒロという存在である。
「それじゃあ、いくよー」
しかし、ヒロはそんな様子を微塵も見せることなく、陽気そうにオチャラケた態度を崩すことなく手にした銃を砌へと向けるとゆっくりと、じっくりと狙いを定める。
「いー……」
バババババババババン! と轟く銃声。
一つ、数を数え終わるよりも早く、爆音と共に弾丸が発射される。
だが、それはヒロの右手の拳銃からではない。
それは、いつの間にか左手に握られていた一丁の拳銃からであった。
右手の回転式拳銃とカラーリングは同じではあるものの、こちらは自動拳銃。
ヒロはそれを腰の高さで撃ったのだ。
完全な不意打ち。
これが西部的な荒野の決闘だとしたら、観客からは大ブーイングだろうが、ここはそうではない。
砌へと目掛けて一弾倉分、九発の弾丸が飛んでいく。
「ハァ!」
だが、砌はそんな突然の不意打ちにも驚く様子はなく、軽く鎌を振るう。
それだけで弾丸は彼に当たることなく消滅する。
いや、正確には放たれた弾丸は全て切り裂かれていた。
「おっ、やるね。意外意外。てっきり一発くらいは当たると思ってたよー」
約束を破っておきながらヒロは飄々と言う。
左手の拳銃からはまだ煙が上がっている。
「はん! 馬鹿が。そんな不意打ち如きで俺の皮膚に傷つけられるかよ!」
「まあ、普通はそうだよね。でも……」
ヒロは一呼吸おき、左手に握られた自動拳銃を相手へと見せるように持つ。
「これはコンピュータ制御の全自動照準銃でね。正確に言えば撃ったのは俺じゃなくてこの銃そのものなんだよね」
「…………。」
「ん? どういうことです?」
意味がわかっていない絶華はヒロへ尋ねる。
「つまり、この銃は引き金に力を込めることで何処に撃つか勝手に決めてくれるんだ。持ち主の意思に関わらずね」
全自動照準銃。
コンピュータが内蔵された射撃武器であり、ヒロの持つそれは試作品。
これは銃を構え、ロックオンした対象へと向けてどのような体勢から放ってもほぼ必ず命中するよう作られたものである。
その構造は単純で弾丸の通り道である砲身が対象へと向けて角度を付けることで命中精度を高めるというものだ。
しかし、角度と強度を付ける必要がある分、銃身が大きくなってしまっているのは減点ポイントといえるだろう。
「なるほど、持ち主の意思に依らねぇから、持ち主の目線とかを見て軌道を読むことができねぇって訳か」
「まぁそんなとこかな〜。ちなみにさっき俺は狙いを定めていない。全く乱数というのは恐ろしい」
「らんすうって何ですか?」
「乱数というのは……まぁ文字通りランダムな数のことだよ。ほら、ゲームとかでもよくあるじゃないか。欲しいアイテムが全然出ない時とか。あれは全て乱数のせいなんだよ」
「ゾフィー隊長が勝てないのもらんすうのせいですか?」
「彼はメビウスで活躍するから、大丈夫」
「なんと! それは知らないです! 早速帰って観るですよー!」
「あー……もっとも、俺が一番恐ろしいと思ったのは、君の方だよ。死刑執行人くん」
ワキャワキャとハイテンションな絶華を無視してヒロは銃鞘へと銃をしまい、砌を指差す。
「完全な不意打ち。恐らくそれに君は気づいていなかった筈だ。にも関わらずまさか全弾弾かれるとはねぇ」
「それについては卑怯と罵る気はねぇよ。てめぇの言動なんざ全部信じちゃいねぇからな」
「ふふふ。そう言ってくれるのはありがたい。ではここで雑談だ。漫画やアニメにはよくいるよね。銃弾を避けたり斬ったりするキャラ。あれには二つの種類がある」
「……は?」
唐突な話に驚く砌。ヒロは彼を気にせず二本の指を立てる。
「一つ目は銃弾を見てから避けるタイプ。
超人的な反射神経と運動能力を持っているタイプだ。その状態から弾丸を斬ったり、受け止めたりする。そうだなぁ五ェ門とかがそのもっともな例かな」
「あ? 五ェ門?」
「こんにゃく以外は斬れる人のことですよね!」
例えが分からないという様子で首を傾げる砌とそれ知ってる。と確認を取ろうとする絶華。
「二つ目が撃たれる前に避けるタイプ」
「むぅーです」
無視されて絶華はプクーッと頬を膨らます。
「敵に銃口を向けられた瞬間反応する。
物凄い感覚神経と洞察力を持っていないとこれは不可能。例えばニュータイプとかがそれに当たる」
「よく背景がピロピローンてなる人たちです!」
「で、そんな銃弾避けのスキル所持者を対象とした銃がこれだよ。AT曰く、自分に過信している奴ほど有効らしいんだけど……」
この拳銃はATから渡されていた武器で、まだまだ試験段階の試作品であり、当然ながら量産はされていない。
その存在は彼の部下くらいしか知るものはおらず、見た目は大きめの拳銃程度のものであるため、内蔵されたその性能に砌がひと目見て気づけるとは思えない。
「てっきり君は銃弾を撃たれる前に避けるタイプだと思っていたんだけどね。まさか、前者とは思いもよらなかったよー」
そんな考察をしつつもヒロはやれやれとでも言いたげに両手を広げ、言う。
余裕そうなその態度にギリギリと歯軋りをし、砌は口を開く。
「……嘘くせぇな。雑魚の行動なんて一々見てられるか。その程度の弾丸、止まって見えるに決まってんだろ」
「ロレンチーニ器官でもあるのか、君は」
「ろれんちー……って何ですか?」
少し驚いた。という様子で聞くヒロに対し、聞き慣れない単語が出てきたことを質問する絶華。
「鮫は百分の一ボルトという電位差さえ感じ取り、筋肉が発する微弱な電磁波さえ感知する。それを使って餌を探しているんだ。その器官のことをロレンチーニ器官という」
「へー、そうなんですかー。勉強になるです」
「まあ、ロレンチーニ器官を持つ人間なんてのは聞いたことないけどね。やっぱあの鮫は、人間を超えているよ。色々な意味でね」
「あぁ? どういう意味だ、てめぇ」
「気にするな。ま、それより戦いの続きだ。行くよ、絶華。俺たちのコンビネーションを見せてやろう」
そう言いつつ紅白のナイフを構えるヒロ。
スッと彼の纏う空気が変わり、殺気が迸る。
臨戦態勢に入った印だ。
「はん! ようやくヤル気になったかよ!」
ビリビリと肌を撫でる感覚に本気になったと感じた砌は同様に鎌を構えると膨大な殺気を放つ。
しかし、他者が感じられる感覚とは裏腹に彼は嬉しそうに口角を吊り上がっている。
スカーフで隠れているため、その表情は分かりにくいが、きっと本気で嬉しいのだろう。
「…………。」
彼にとって生身での殺し合いは久しぶりだ。
この学園は訓練を行う施設であるため、試合は出来ても死合いは出来ず、仮想空間による本気の戦闘もあくまでも疑似体験に過ぎない。
故に本物の戦いによる高揚は例えどれだけにぬるま湯を沸かそうとしても感じられず、忘れることの出来ない代物。
戦争の冷たさ。
冷酷で残酷な感情のぶつかり合い。
砌は全身を巡る血液がふつふつと沸騰していくのを肌に感じていく。
その場に流れるのはおぞましい空気。
他者を殺めようと研ぎ澄まされた見えない刃で刺し合う二人の周りにはすでに絶華を除き誰もいなくなっている。
とてつもない緊張感。
一瞬でも気を抜けば、どちらかが死ぬだろう。
「あのー、おにーちゃん、おにーちゃん」
そんな空気を乱すように絶華は締まりのない声を出し、二人は水を差されガックリと肩を落とした。




