097『不穏な出来事』
その日の夜
絶華をベッドへ寝かしつけたヒロは防人の向かいの席に座ると防人は胃に優しくココアを選び、ヒロはブラックコーヒーを一口。
「…………。」
絶華とお風呂に入り、サッパリとしたものの変わらずの黒い衣装と眼帯姿。
パジャマを貸そうかとも思ったが、なんでもこの後、目に関して学園の医療室を尋ねなければならないのだとか。
防人はてっきり格好からして中二的なファッションのひとつなのかとも思ったが、どうやら本当に眼帯は必要なもののようだ。
もしかすると日本人ぽい顔つきなのに瞳が赤いことや黒い衣装についても何かしらの理由があるのかもしれない。
やはり、人を見かけで判断するのはよろしくないな……うん。
「さて、話を戻そうか。えっと、さっきはどこまで話したか?」
「確か、絶華が僕を襲ってきた理由を聞こうとしたところでした」
「あぁ、そうだった。……彼女がなぜ君を襲ったのか。それは……」
「それは?」
「それは……多分ストレスが溜まっていた」
「え? ストレス?」
「そうそう、箱に詰められて自由を奪われてそのせいでストレスが……ほら、確か猫とかってストレスが溜まると部屋の壁とか引っ掻いたり服とかを噛んだりするからそれとおんなじなんじゃないかな?」
「『かな』って自信無いんですか?」
「まぁね。絶華とあったのも数年前だし」
「へぇ、そうなんですか」
本当の兄妹じゃないんだ。
言われてみれば確かに黒色と若草色で髪の色も違うし、例の病的な衣装と薔薇風の衣装とで第一印象とか全然違うし、それもそうなのか?
まぁ、二人が兄妹とか従兄妹とかそんなことはどちらでも構わないことなんだけれど。
「でもそれじゃあちょっと僕が殺されかけたのとは割りに合わない気もするんですが……」
「殺されかけた?」
「えぇそうですよ」
「いや、それはあり得ない。確かに絶華は蕀秘を着用していても生身の君よりは強いだろうが……」
――よく生き残れたな、僕。
「だがそれは強いというだけで蕀秘の着用時には……いや、着用していなかったとしても彼女は任務以外で人は殺させない。そういう風に教育した。もっといえば暗示をかけた」
「暗示……ですか」
「そう。だから彼女が普段で少し気にさわる事があったとしてそれがきっかけで相手を殺すことは……まぁあるが」
――あるんかい!
「えっと……どういう時にです?」
「そうだなぁ〜……例えば同情された時かな」
「同情……」
確かに彼女に絶華に言った『可哀想』とそう言った。不意に、無意識に、自分の思ったことをそのまま口に出してしまった。
それが間違っていた。だから殺されかけてしまった。
あの時の感覚が気持ちが蘇り、背筋が冷たくなっていく。
「彼女は俺が初めて会ったときは……まぁ酷い有り様だったな。まさに目も当てられないという状況。ボロボロで何も喋ることなくそこにいた」
「そうなんですか」
彼女の全身に付いていた傷を思い出す。
なんだかその時の酷かったという絶華の有り様を想像してしまいそうだ。
「おっとすまない。そろそろ時間だ」
ヒロさんは砂糖が一切入っていないブラックコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「あぁ、そうだ。質問に答えてばっかだったし、今度は俺から質問していいか?」
「はい、どうぞ」
「では、君にとってATってどういう人だ?」
「どういう人……ですか。えっとATは……」
ATは……どういう人だろう?
確かに自分が弱いからと特訓してくれた……上司? 先生?
いや違うか。でも、彼がどういう人なのかは……
「――うっ?」
頭を貫くような頭痛が走り、視界が一瞬ザザッ――とノイズがかったように揺らぐ。
「……えっと……友人、です」
そしてヒロからの質問に対し頭に浮かんだ答えを防人は言う。
「友人……ねぇ」
「はい。友人です。大切な、とても大切な友人です」
そう思った。ただそう思った。
それだけだ。
……なぜ大切なのか、それは分からない。
でも大切な人。
それだけは知っている。
「そうかい。ありがとさん。……それじゃあそろそろいくとするよ」
「あ、はい。いってらっしゃい」
防人は手を振った後に「コップは片付けとくんで」とだけ付け足した。
「ん。それじゃよろしく頼むね」
そういって彼は部屋を出ていく。
若干冷めたココアを防人は飲み干した後、防人は明日に備え、床についた。
◇◇◇
まだ空が暗い深夜のこと。
ブレアの施設ではちょっとした問題が起きていた。
クレイマー・シュタインの考えたGW『シェディム』の設計図を元に組み立てた試作機にリラが持てるだけの武器を持って勝手に乗り込んでいってしまったのだ。
「こらぁ! 小娘! さっさと帰ってきやがれ!」
ブレアは通信用のマイクを手に、頭に血管を浮かび上がらせながら鬼のような形相で怒りを露わにして怒鳴りつける。
『嫌! 私があいつらをやっつけてパパのかたきをとってやるんだ!』
施設内のモニターに映る青い髪の少女『キスキル・リラ』は負けず劣らずの大声で否定する。
「操作もまともに行えてないくせして何を言ってやがる!」
『私だって操作方法の勉強も戦いの特訓もちゃんとしたもん! 頑張って覚えたもん! 動かすくらい簡単だよ!』
「だとしてもだ! 実戦とマニュアルじゃあな天と地ほどの差があんだよ。バカが!!」
『――うっ』
ブレアの大声の説教にリラは少し気圧されたのか眉をひそめる。
「それにな、そいつはまだまだ未完成品なんだよ! 戦闘なんかした日にゃあ身体がズタボロになるぞ?! わかったらさっさと戻ってこい!」
『う、うるさい! 嫌ったら嫌なの! パパのかたきをとるまで絶対に戻らないんだから!!』
そう叫んでプツリ、とリラは通信を切ってしまう。
「あっ、おい! 小娘! ……くそっ! 回線を切りやがった……クレイの奴め、ガキの躾ぐらいちゃんとしておけってんだよ! クソが!」
手にしていたマイクを席に座る部下に投げ渡し、ブレアは飛び跳ねるようにして椅子に腰掛ける。
「あんな反抗期娘なんてもう知らん!」
腕を組み、怒りを叫ぶブレア。
「いや、ブレアさん流石にそれはマズイんじゃ……」
「そうですよ。あの子、シュタインさんの娘さんでしょ? あのまま行かせたら見殺しにするようなもんですぜ?」
通信装置の前で作業を行っている仲間の男たちが心配そうに声をかけるが、ブレアは椅子に腰掛けたまま動かない。
「…………。」
目を閉じ、腕を組んでジッと動かなくなった彼女を通信兵の二人は心配そうに顔を合わせる。
「――だぁ! 人に心配かけやがって! こう言う時に限ってなんであのムカつくガキが今いねぇんだよ!」
数分もしないうちに雄叫びを上げるブレアは立ち上がるとそのまま部屋を出ていく際、通路の壁をガン!
と蹴飛ばしていく。
「フッ、ありゃあ……」
「大丈夫そうだな」
オペレーターの二人はモニターへと向き直る。
「イリガル!」
「はっ、ここに……」
名を呼ばれ、姿を現した青年。
相変わらずの黒ずくめの衣装を身に着けた彼はブレアの後方で跪く。
「状況は分かっているな?」
「ハッ!」
「よし、じゃ命令だ。航空機を1機、貸し与える。お前は仲間と一緒にあのじゃじゃ馬娘の後を追え」
「了解しました」
スッと姿を消した彼の足音が遠ざかるのを確認してからブレアは『……くそいてぇな』と自身の足に視線を落とした。




