096『黒衣を身に纏う小さな少年』
明日から行われる実技試練は二日間かけて行われる。
一日目に行うのは生身での戦闘技術の測定とGWの操作技術の測定。
訓練場で一人一人訓練を行い、担任教師が採点するというもの。
他にも夏からは銃の分解、組み立てや簡単なGWの整備等もテストとして行われるらしい。
二日目に行うのはGWでの戦闘をトーナメント形式でアリーナで行うというもの。
これは初日行われたGWの操作技術で合格点の者のみが参加可能だ。
もちろん上級者は専用機持ちなので強制参加。
以上の点数が成績に反映され、戦闘の結果によっては学年の順位が左右されるようだ。
現在時刻は2時30分。
防人は現在、射撃訓練のために学園の訓練場に来ていた。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
ここは第3訓練場。
ここの訓練プログラムは一定のコースを走り、その間に現れる的を用意した武器で狙うというものだが、これがなかなか難しい。
ちなみに防人は黒いオートマチックのハンドガンを使用している。
種類とかはハンドガンとかリボルバーとかぐらいにしか分からないのでパネルから『初心者向け』『拳銃』で装弾数が多めのものを選んだ。
確かモニターにはコルト……なんとかって名前が表示されていたと思う。
「結果は……1000満点で354点か」
ハンドガンは初級でこの結果。
難しくしてあるのだと思いたくとも一年の平均値が600点と出ている以上、自分が下手だとしか言えないだろう。
まぁ初めての159点から比べたらかなり上達した方だと思う。
でも酷いよなこの点数……。
次の投げナイフは814点と思ったよりも出来た。
もう内容はよく覚えてないけれど、この前にATにしてもらった訓練のお蔭なのかもしれない。
「問題はやっぱり銃系統だな……まずは無難に立ち止まって撃つ練習からか?」
そう独り言を言って防人はボーリング場などで置いてある自動販売機的なものから銃弾の入った箱を購入し、第3射撃場の扉を開ける。
――ダダダダダダダダダダダダ!!
――バン! バン! バン! バン!
開けると同時に劈くかんが如く耳に響いてくる様々な銃声。
すでに何人か来ており、練習しているようだ。
流石にうるさすぎるので防人は急いで棚にかけてある耳当てを取ってかぶる。
そして隣の人と一つ空く場所として一番奥まで行き、床に塗られた足跡マークの上に立って隣との仕切りにあたる位置に設置されたパネルを操作。
銃の種類――『拳銃』と難易度――『初級』と入力して『完了』をタッチし、指示通りに耳当てがちゃんとフィットしていることを確認。
後に赤く光る『開始!』をタッチする。
床から競り上がり、向かってくる的へ防人は照準を合わせて引き鉄を引く。
――カチン
「あれ? 弾が出ない?」
一瞬、壊したかと焦ったが『ああ……』とすぐに弾が入っていないことに気が付く。
拳銃から弾倉を抜き取り、弾が詰まった箱から1発ずつ取り出して詰めていく。
「よし………あ……」
ポロポロと落としながらもようやく詰め終えて再び構える頃には時間切れで終わってしまっていた。
モニターには『0点』とでかでかと表示され、その下に『リトライ』『終了』の選択肢。
「ふぅ、やれやれ……」
防人はため息をついて『リトライ』の枠に人差し指を重ねる。
ちなみに二回目の点数は『363点』だった。
まぁ、上がっていたのでよしとしよう。
それから制限時間ありのゲーム方式ではなく、無制限に普通に出てきた的を撃つだけの練習を繰り返す。
少し離れたところに植崎もいた気がしたが、マシンガン撃ちながら「オラオラ」叫ぶのに夢中のようだったので気付かぬふりをした。
「ただいま~」
夕方、練習を終えた防人は自分の部屋に帰ってくる。
今日は出迎えは無いようだ。
まぁむしろ何で出迎えてくれていたのか分からなかったし、あれを出迎えてくれていたとカウントしていいのか悩ましい。
だから来てくれても来てくれなくてもどちらでもいい。
しかし、なぜ来てくれないのだろうか?
虫の居所が悪いのか、昼に見ていた特撮に集中しているだけなのか、どちらにしろ下の購買でおやつを買ってきて正解だったと思う。
プチシュー……喜んでくれるかな?
「……ん?」
扉越しに微かだがリビングから話し声が聞こえてくる。
誰か、来ている。
防人は少し警戒しつつリビングの扉を開けると食事用のテーブルに向かい合わせで座る二人の人物。
一方は絶華という少女で、そしてそれに対面する位置には左目に黒い眼帯をつけた少年が座っていた。
黒いロングコートに黒いズボン。上から下まで黒い衣装に身を包んだ少年は席に座り、絶華の話を楽しそうに聞いていた。
少年の衣装に対するかのように、絶華もまたあの時の拘束衣を身にまとっている。
「あ、ATせんぱい。お帰りなさいです」
「お帰り……おや、君は……」
「あ、えっと……」
もし、眼帯の彼に防人慧はATではないという事を絶華にバレかねないようなこと言ってしまえば、絶華に殺されてしまう。
そう思った防人の背からは嫌な汗が溢れ始める。
せっかくシャワールームで汗を流してきたのに……いや、今はそんなことはどうでもいい。
「おにーちゃん。何を言ってるです? さっきも言ってたATせんぱいですよ」
眼帯の彼が言う前に絶華がそう言った。
うん。ナイスだ。
グッと防人は心の中で植崎ばりに力強く絶華に向けて親指を立てる。
「ふっ、なるほど……君に会うのはひさしぶりだね」
彼もどうやら察してくれたらしい。
……助かったぁ。
「あ、えっと……」
しまった。名前が分からない。助かってない。
防人がモタついていると眼帯の彼は『ふっ』と笑って立ち上がる。
「まぁ、ひさしぶりだから無理もない」
そう言って彼は防人の目の前に立つと手をこちらに向けてくる。
身長は絶華よりも20㎝ぐらいは高く、おそらく150㎝ぐらいだと思う。
年齢は防人と同じくらいと絶華から聞いていたが……思いの外小さ――いや、深くは聞くまい。
「俺はヒロだ」
「ど、どうもAT……です」
初対面の人に別の名前を名乗ると言うのは何というか妙な感じだ。
防人は違和感を感じつつも彼と短い握手を交わし、食事用のテーブルに防人とヒロはテレビと向かい合う位置に座り、絶華はテレビに対面する形で設置されているソファーに腰掛ける。
「…………。」
「…………。」
何を話せばよいのか分からず、訪れる沈黙。
自分が来たからこうなった。と思うなんだか悪いことをしてしまった気がする。
絶華もヒロのこととか話してくれれば良いのにリモコンを片手にテレビを見始める始末だ。
『くそっ』と防人は心の中で悪態をつく。
――あぁどうして自分が自分の部屋に帰ってきたことに悪かったという気持ちにならねばならないのか……あぁもう。ここはこっちから話を切り出すべきなのか?
「あの、これおやつ、買ってきてたんでどうぞ」
防人はふと思い出し、袋からプチシューを取り出して机のまん中辺りに置く。
でも話の話題なんて初対面の人に対してあるわけはない。
――初対面……初対面の人に対して話すことってなんだ?
考えろ考えろ考えるんだ脳ミソよ。
木魚の音を想像しながらフル回転で考えるんだ。
「これはどうも」
「あぁ……えっと、今日はどういったご用件ですか?」
まず、ここは相手に話の内容を言わせよう。
そしてこの質問ならばこちらは大抵の場合は相づちを打つだけで良いはずだ。
「……ATさ」
「は、はい」
何か失敗してしまっただろうか?
「ひさしぶりだからってそんなかしこまらなくてもいいからさ、もっと気軽に話してよ。こっちも恐縮しちゃうよ」
「あ、あぁ……(なるほどね)。それもそうで――だな」
「そうそう。まだ少しぎこちないがそれでいい……しかし、腹が減ったな」
場慣れしてるのか知らないけど、あなたは少し気を軽くし過ぎていませんかね。
まぁ、いいけど。
「それじゃあ何か作りま――作ろうか」
これで一旦はこの空気から抜け出すことができる。
リビングからキッチンの様子は丸見えだが、そこはなんとなるはずだ。
「いや、俺が作るよ。今日はここに泊めてもらうし」
「へ? 泊まるんで――泊まるのか?」
んー……かしこまらずに話すの早く慣れないとなぁ。
「ああ、そうだよ」
「どうして?」
「いやねぇ俺、いつも潜入任務でここに来てなくてさ、ひさしぶりに部屋戻ったら埃がひどくてさ」
そう言いながら彼は立ち上がってキッチンの方へ向かう。
「はぁ、そうなん、だ。(セーフ)……あ、それじゃ冷蔵庫の食材自由に使ってください」
敬語を使ったことに『しまった』と思い、ソファーへと移動している絶華の方へ振り返るが彼女は動画に集中している。
大丈夫のようだ。
「はいよ。それで話戻すけど、部屋が埃っぽいから掃除頼んだらあまりにも酷いから今日一日は部屋を出てくれって言われちゃったんだよ。ホンット酷い話だよねぇ。ATには定期的に掃除を頼んでおいてくれって言ったのにさ」
「すい……ごめん」
これは自分のせいでは無いが、こう言うべきか?
「何で君が謝るのさ……ま、周一ペースなのか月一ペースなのか年一ペースなのかを言うの忘れていたからね。仕方ないね」
年一ペースってまさか大晦日まで放置するってことか? 一体どこの引きこもり……いやいや。
「……まぁ、どちらにしろ君が気にすることではないからさ……ところでフライパンあるかな?」
「あ、下の引き出しの二番目に入ってるよ」
「どぉも」
「あ、調味料ならIH横の棚に」
「りょーかい……へぇ、色々あるねぇ。料理とか結構するの?」
「まぁ、多少ですが」
「そうかい。ん?香辛料とかはあんまりないんだね。嫌いだったりするの?」
「いえ、ただ苦手なだけで食べられないほどではないけど」
「そうか。なら問題ないか」
彼はこちらに戻ってくるとポケットから紙を取り出し、サラサラっとペンを走らせる。
「あ、買い出しなら僕が」
「いいよ。今日は僕らにその辺は任せてちょうだいよ絶華も随分お世話になったみたいだしさ」
「そう……ですか」
「うん、そう。絶華、今大丈夫か?」
「ん、ちょうど1話見終わったですから。それで何か用です? おにーちゃん」
「え? 絶華を買い出しに行かせるん――のか?」
「別に構わないだろう。まぁ、確かにかなり異様な格好かもしれないが、歩く分には問題もないしな」
「はぁ、まぁ大丈夫というのなら……」
まぁヒロさんの格好……真っ黒いロングコートに眼帯っていう格好が普通にまかり通るなら、別にいいのか、どうか……。
「それじゃあこの紙に書いてあるもの、買ってきてくれるかい? このケータイ使えばいいから」
そう言いながら彼は絶華に生徒手帳と買い物リストを手渡した。
「……わかった。それじゃあ買ってくるです!」
「よろしく頼むよ」
「はーい。じゃあ、行ってきますです」
渡されたものを受け取った彼女はバタバタと足音を立ててこの部屋から出ていく。
パタンと扉の閉じる音を聞き、彼は防人の向かいに腰を下ろす。
「……さて、君が今一番疑問に思っていることは絶華のことだと思うんだよね。何で彼女がここにやって来たのか……とかね」
彼は見透かしたようにそう言った。
まぁ、確かに気になる。
「まぁ、うん。そうですね」
「そうか。それじゃ絶華が来るまでの間ゆっくり話そうか」
それから彼に絶華についての質問を始める。
「まず、絶華は何で僕の所に来たんです? 彼女の話し方からして本来はATの所に行くはずだと思いますが」
今はもう口調を戻しても良いだろう。
「んー? 来た理由なら絶華から聞いたと思うけど?」
「えぇ、確か大事な用事があるからATの所に預けたと……確かレンタルだとか言ってましたね」
「そう。本来ならすぐに迎えに行く予定だったんだけど色々と生憎な事があってねぇ。本来ならもう少し早く戻る予定だったんだけどさ、まさかガキの相手を――っとこれは君には関係ないことか」
「そうですね」
気楽そうに話してはいるが、話す言葉には実感のようなものが込められている。何のことだがさっぱりだけど……。
「さて話を戻すけど、俺は絶華をATに預けようとしたんだ。本来ならAmazonessとかの箱に入れてゲームかなにかに偽装したかったんだけどね。
あいにく人が入れるサイズのその種の箱がなくてさぁ。仕方なく市販に売っているようなものを使用したんだけど……どうやら感づかれたらしくってねぇ」
「だからATは僕の部屋に絶華の入った箱を置いたと?」
「そゆこと。んで絶華のやつは勘違いをして君のことをATと思っちゃって今に至ると言うわけ」
「なるほど……でも、どうしてわざわざ拘束して箱なんかに入れたんです?」
「箱に入れたのはまぁ、ちょっとしたサプライズってやつだ」
「サプライズ……ですか?」
「そ、面白かったろ?」
「いや、面白くないですよ。だって箱開けたらいきなり女の子が入っていたんですよ? そんなの面白いわけないじゃないですか。しかも拘束されてなんて……」
「あー拘束してたのは少し違う」
「え? どういうことですか?」
「君さ……箱から絶華が出た時、襲われなかった?」
「えぇ、絶華の髪留め? から出てきた蕀がそこのテレビを真っ二つにしてくれましたよ。おかげさまで余計な出費が増えました」
粗大ゴミとしてまだ出せておらず、部屋の片隅に包まれている当時の残骸を指差しながら防人は言う。
「それは悪かったね」
「……まぁ、悪かったと思っているな――」
「それでね」
「本当に悪かったと思ってんですか!?」
さすが絶華のおにーちゃん。
人の話を聞かないな。
「なぜ、あいつを『蕀秘』を使い、拘束して置く必要があったかっていうと――」
続けるんだ。まぁ、いいけど。
「――あぁ、蕀秘ってのはあの服のことな」
「はぁ……」
なんと返せばよいのか分からなかったので防人は少し曖昧な相づちを打つ。
しっかし『蕀姫』って名前はなんというかどこかの童話とかに出てきそうな小綺麗な名前だな。
絶華は綺麗といっても妖艶ならぬ幼艶って感じだが……。
「それであいつを拘束していた理由だが、あいつは幼い。それゆえにあいつは自分のコントロールがうまくいかないんだ」
「うまく……いかない?」
「そう、手加減や我慢するという行為が嫌い。嫌いなものは消し去りたい。そういう感情を抑えることが出来ない。そういうことだ」
「はぁ、なるほど」
絶華は自分のコントロールがうまく出来ない。
我慢が出来ない。
うん、それはわかった。
「でも、それと僕が絶華に襲われたことと一体どんな関係があるのですか?」
「まぁ待てって物事には順序ってものがあるんだから。それでだな……」
「ただいま。おにーちゃん言われたやつ買ってきたよ」
「おう、お帰り。よし、それじゃあご飯を作るとするか」
「あ……」
話、聞きそびれた……。
席を立ち、絶華の方へと向かうヒロ。
それから防人は絶華のヒーローの話を聞いてご飯が出来るのを待った。
「よし、出来たぞ」
しばらくしてヒロさんが完成した料理を運んでくる。
皿に盛られたカレーライスが絶華と僕の目の前に置かれ、スパイシーな香りがより強くなる。
見た感じ、とても辛そうだ。
前の麻婆豆腐の時は美味しそうに食べていたが、これは辛すぎて絶華が食べられないのではないのかと少し不安だ。
というか自分も食べられるかな?
「いただきます」
と早速絶華はスプーンでルーを掬い、口の中へ。そしてご飯を同じぐらい掬い、口に運ぶ。
「ん~やっぱりおにーちゃんのご飯は最高です」
「いっぱい食えよ」
「はいです!」
どうやら絶華は全然平気そうだ。
辛そうなのは見た目だけなのかな。
そう思いつつ防人もスプーンの上で小さなカレーを作りつつ口に運ぶ。
「ん――っんん!!」
――か、辛い!
初めは普通なのだけど、後から一気に辛さが襲ってくる。いや、これは辛いってものじゃあない。
焼ける。
口の中が燃えているのではないのかというほどだ。
「あ、あぁっ……」
痛い痛い痛い! 水、水!
防人は手にしていたスプーンを置いて、コップに入ったお茶を一気に飲み干す。
「――!」
悪化した。
辛さがさらに勢いを増して襲ってくる。
唐辛子系の辛みには乳製品がよい。そんなことを昔テレビで観たことがある。
確かカレーのスパイシー系は脂溶性で牛乳やチーズなどか辛味を包み込んで流してくれるのだとか。
そんなことを思い出しつつ防人はコップを手に冷蔵庫へと駆け出していき、中から牛乳を取り出して飲む。
「っぱぁ……ふぅ〜」
少しは治まったかな?
まだ舌がヒリヒリするけど、かなりマシになった気がする。
とはいえ、あれを食べないとなのか……。
防人は少し尻込みしつつも冷蔵庫に入ったスライスチーズの箱を持って席に戻る。
「あれれ、どーしたですか? ATせんぱい。あー、もしかしなくてもATせんぱいカレーが食べられないです? ぷぷぅ……ダッサァイですダサダサですー」
「うるさいな。予想以上に辛かったんだから仕方ないだろ?」
「はは、ごめんごめん。確かに少しスパイス効かせすぎたかな」
「あ……い、いえ」
――これは、少しどころの騒ぎではない。
本当に口の中が焼け焦げたみたいに熱い。
「でもこれは少し辛味成分を入れすぎではないかと」
料理の様子は見るなとのことだったので見なかったが、これは無理をしてでも見ておくべきだったかもしれない。
「ん〜、でもこのくらいの刺激がないと俺は料理と認められないからね〜」
「……まじですか」
まぁ作ってもらったのに食べないのはもったいないし、申し訳ない。
決して横で今も笑っている絶華にイラッと来て対抗心的なものが湧いたわけではない。
「いただきます!」
防人は持ってきたスライスチーズをカレー全体に散らして再び食べ始める。
「ウググッ……ガァ、ァァ……」
「プププ〜……ATせんぱい泣いてるですー」
強烈なスパイスの暴力に苦しめられながら。




