第7話 妹
周りの言う『伝承の勇者』なる称号はなかった。
代わりにあるのは『約束されし未来の覇者』と『捕食者』…これは一体何なのだろうか。
少し疑問に思ったが、晶嘉は王に言われた通り『見た』のだからと料理に手をつけた。
最初に手に取ったのはまだ熱の残るこんがりと焼けた丸いパン。
一口かじるとそこからふわりと漂う焼き立てパン特有の湯気、口いっぱいに広がる香り……だが
「……なんだこの、ガサガサするスポンジみたいな物体は…」
「スズナよ、貴公にも勇者の称号はあったか?」
「それにこのステーキ…上に掛かってるのは胡椒かと思ったのにただの焦げついた炭じゃないか!口の中に入れれば獣臭さと焦げ臭さが広がるとか…塩を振って炙り焼いたほうがまだ美味いぞ!」
スープは味が濃すぎてダメ、果実は何故わざわざ甘みの少ない渋いものをそのまま出すのか……どれもこれも見た目が美味しそうなだけにがっかり感が計り知れないものとなっていた。
称号について聞く王の言葉も耳に入らず、晶嘉は続ける。その鬼気迫る姿に、百戦錬磨の騎士たちですら気圧された。
「なんなんだこれは…こんな…食材を冒涜するような真似、許されていいはずがない…!!」
「す、菘さん?」
「こんな…食材の良さを生かすどころか殺しまくってるような奴らのためになぞ私は動きたくない…それに、私にはお前達四人と違い『勇者』なんて称号なかったし。……おい、そこの眼鏡!」
「は、はいっ!?」
晶嘉の言った『勇者』なんて称号なかった、と言う言葉に、王の横に控えた眼鏡の神官が息を飲んだ。
『勇者』の称号持ちでない者を呼んだ、それはつまり関係ない筈の者まで呼んでしまっていたと言うことだ。これは、明らかに自分たち神官のミスだと理解した。
顔を青くした眼鏡の神官は、更に話しかけられたせいもあり、顔色は最早紫に近くなっていた。
「あんた、私たちを喚んだ奴だよな、さっきの白い部屋にも居たし。私たちを召喚んだんだ、勿論帰るすべはあるんだろうな」
「は、はいぃ!人間の王家にに異界から特別な力を持った人を喚ぶ術が与えられたと同時に、魔族の王家には異界へ還す術が与えられたと言われてます!」
晶嘉は今聞いたことと先程聞いたことを頭の中で処理した。
眼鏡の神官は「還るための方法は魔族の王家に与えられた」と言った。
だが、その前に王は「先王が暗殺され、新しい魔王が就任した」と言っていた。王の言葉から察するに魔族とやらは世襲制では無い可能性がある。
そこから考えるに、もし神官が言ったように魔族の王家に与えられていたとしても、既にその方法の与えられた王家が滅んで、違う魔族が王家に成り代わっているということもあり得る。
どれもただの可能性に過ぎないが、晶嘉にはそれが正解のような気がしてならなかった。
それに加え、こんな食材への冒涜を犯す者に協力などしたく無いと言う強い気持ちもある。
ならば、と、食べることが全体の八割程を占める晶嘉の脳が弾き出した答は簡単なものだった。
「悪いが、私は私で帰る方法を探す。私は『勇者』ではないようだし、構わんだろう?」
単刀直入、召喚されて早々の勇者達との決別だった。
晶嘉の言葉にクラスメイトの四人は反対したが、それを止めたのは意外なことに王その人だった。
どうやら王自身は勇者でないなら何処にでも勝手に行け、と言ったスタンスのようだ。
半ば王の命令で追い出されるように食事の間から放り出された晶嘉。
完全に食事の間の扉が閉まった後、部屋の外へと案内した騎士が何とも申し訳なさそうな顔で言う。
「すまない、本当は良い王なのだが、今はヴェドマニアやゴルクスの事で気が立っている様なのだ。王の代わりに謝ろう、『勇者』でもなく本来ならば巻き込まれるはずもなかったことに巻き込んでしまい申し訳ない。餞別や侘びの品と言っては何だが、これを受け取ってくれ」
「何だ、これは?」
晶嘉が騎士から受け取ったのは茶色い革製の肩掛け鞄だった。
対して重くもなく、何かが入っているような様子でも無い。
「これは俺が昔使っていた収納鞄だ。簡単に言うとなんでも入る魔法の鞄って奴だな。中には多少だがルギー…この国の通貨と食料、それから鋼の剣が入っている。」
何故そんな物を私に渡すのか、と言う疑問が顔に出ていたのか、騎士は苦笑して続ける。
「帰る方法を探すんだろう?こっちにも巻き込んだ責任ってもんがあるし、それを手伝ってやりたいところだが色々と都合があってな。これからその方法を探すにしても、最低限の必要なものは入っている」
「私としては有難いが、いいのか?貰ってしまって」
「ああ、使われず他の鞄の肥やしになるぐらいならその収納鞄も使われた方が良いだろうしな。…この程度の事しか協力出来ず、本当に申し訳ない」
「いや、構わない。…元の世界では兄が待っているんだ。だから、私は早く帰らなくてはいけない。」
そう言ってから、未だ中にいる四人は家族についてどう考えているのだろうかと少しだけ気になった。
騎士はまた困った顔をしてから、この建物から出る道を言って、部屋の中へと戻っていった。
口の中にはさっき齧った獣臭い肉の味が残っている。
「口直しに、早く兄ちゃんの料理食べたいな…」
元の世界にいるであろう兄と、兄の手料理を思い出して晶嘉は少しだけ寂しくなった。