第2話 兄
ガアー、ガアーと言う烏に似た鳴き声と、時折犬か何かだと思われる低い唸り声。そして視界に入る木、木、木…。
菘緑華はコンソメ風味の野菜スープがたっぷりと入った鍋を持ったまま唖然とした。
さっきまで自分は家で夕飯の支度をしていたはずだ。それが何故こんな知らない森にいることに繋がるんだ。
びっくりし過ぎて逆に冷静になれてる気すらする。
おどろおどろしい植物たちは未開のジャングルとかにありそうな物で、ここが日本ではないような気分になる。はは、そんな馬鹿な。
これはきっと白昼夢だそうだ白昼夢に違いない。もしくは疲れがたまりすぎて立ったまま寝てしまって明晰夢をみているに違いない。
『ンンン?おいしそうなにおいがするー』
『ほんとだ!!なんのにおいだろうー?』
『こっちだこっち、こっちからにおいがする!』
やたらと甲高い声がした。
なんだ?小さい子供でもいるのか?
そう思って振り返ってみると、羽虫みたいな羽をした小さい人間が三匹空中に浮いていた。
『あれ?にんげんだ』
『なんでにんげんがこんなとこにいるんだろう?』
『でもおいしそうなにおいー』
「キャアアアァァア!?」
お い し そ う っ て ど う い う い み だ
思わず女の子みたいな悲鳴を上げた。
盛大な悲鳴を上げて緑華は後ずさるが、直ぐに後ろにあった木にぶつかり止まった。
浮いてる、人形?、喋った。この3つの単語が頭の中をぐるぐる回ってまともな思考ができなくなっていた。
『あれれ?このにんげんぼくたちみえてる?』
『ほんとだ、こっちみてる。にんげんじゃないのかな?』
『でもみためにんげん』
不思議そうに首を傾げてからその羽虫みたいな小人…もとい妖精っぽい三匹(匹でいいのかは疑問である)は円陣を組んで話し始めた。
こそこそと話しているつもりなのかも知れないがまる聞こえだ。
『それはそうとおいしそうなにおいー!』
『あのにんげんがもってるぎんいろのからしてるね』
『おなかすいちゃう…』
そこまで聞いて緑華は漸く「おいしそう」と言われたのが自分ではなく鍋の中のスープだと気付いた。
脳内ではあの妖精っぽい三匹にガリガリと手や頭の先から喰い殺されるところまで迷子になった思考が飛んでいたので、今のところそうならなさそうな雰囲気に一息ついた。
「あの……」
『うわっ、はなしかけてきた!?』
『どうしよう!ぼくらじょおうさまとちがってひとのことばわからないのに!』
「この鍋の中はスープなんだが…飲むか?」
三匹は一度お互いの顔を見合わせてから、緑華の方を見て大きく頷いた。
『おいしい!』
『ぼくこんなおいしいのたべたことない!』
『もういっぱい!もういっぱいのんでいい!?』
妖精っぽい生き物はやはり妖精だったらしい。
身の丈ほどもある木製のスプーンを何もない空間から取り出して、緑華お手製のコンソメスープをそこに掬い、飲んでいる。
どうやらコンソメスープは妖精の口にあったようだった。
5分もすればその小さな身の丈にあっただけのごく少量のスープを飲み、満足そうにお腹をさすっている図となった。
緑華の、もし妹のように見た目に反してぺろりと大鍋いっぱいのスープを軽く呑みほすぐらいの大食漢だったらどうしよう、という心配は杞憂で済んだ。
食休みも済んだのか、妖精三匹はシャララ、と鈴の音のような音を立てながら緑華の周りを飛ぶ。
『おいしかったよ!』
『おいしかった!』
「そうか、なら良かった。」
『いまさらだけど、にんげんなのにぼくたちとはなしできるんだね』
『ぼくらとはなせるのはじゅんしんなしょうこだ!』
『すーぷのおれいもしたいからきみをぼくらのすみかにとくべつにつれてってあげる!』
「そう……ん?」
『ぼくらのなかまにもそのすーぷわけてくれるとうれしいな!』
ぐにゃりと妖精と自分以外が捻じ曲げられたかのように歪むと、次の瞬間には数秒前まで暗く不気味だった森が美しい緑と花の園へと変わっていた。