第13話 兄
(一体どうしたのだろうか)
緑華は目の前でぼろぼろと涙を零しながらスープを飲むエメラドを前に、内心オロオロとしていた。泣き出した女性の扱いなど知らないのだ。
今の緑華が出来ることといえば無言で差し出された空になった器にお代わりのスープを注いでやることぐらいだろう。お代わりを要求してくる
あたり、不味くて涙を流しているわけではないと分かって少し安心した。
最終的に四回お代わりを要求し、最後の一杯を飲み終わったところでエメラドが一息ついた。
「ふぅ、美味しかった…。ごめんなさいね、いきなり取り乱しちゃって。とても懐かしくて優しい味がしたから…」
「あ、そうでしたか。口に合わなかったのかと思って少し心配しました」
「ふふ、それなら五杯も飲もうなんて思わないわ。それにしても、本当に美味しかったわ。お礼と言ってはなんだけれど、貴方にあげたいものがあるの」
そう言ってエメラドは一旦湖の中央にある木へと戻っていった。
一応は生身であるらしいのに、エメラドは少し浮いた状態でスーッと木の方へといったことに緑華は驚いたが周りの妖精たちも浮いているしそれと同じ原理なのだろうと無理やり納得した。
それはそうとこれからどうするべきか、と緑華は考え出した。
エメラドに教えてもらった帰り方は二つあったが誰が自分をこちらの世界に呼んだのかわからないし殺すなんてことは考えられないため、元の世界に変える方法は実質一つだ。
もしかしたら他にもあるのかもしれないがその情報を一から探すよりもまずは『魔王』とやらに会うのが先決だろう。
『魔王』なんてゲームでしか聞いたことがない緑華は、黒いマントを羽織って「フハハハハ」と笑う角の生えた男といった、漠然としたイメージしか湧かなかった。
目安としては二年あるが、出来ることならば早く帰りたい。
危ないことに自分から首を突っ込むことになったとしても、元の世界に帰るのを諦めてこの世界で平穏に暮らす、という選択肢は緑華にはなかった。
まずはこの妖精たちに人里のある場所を教えてもらい、それから『魔王』について情報収集だな、とこれからの方針を固めたところで、エメラドが戻ってきた。
手には深い緑色の石のついた、蔦を模した細身の腕輪がある。
「『大いなる祖ミライラニカの名の下に、清らかな深緑を守護せしエメラドの加護を与えよう』…さ、緑華、腕を出して」
反射的に左腕を出した緑華に笑いかけ、エメラドはそれをそっとはめさせる。つけた瞬間、ふわりと体が軽くなったような、不思議な感覚を感じた。
まるで緑華のために作られたかのようにピッタリなサイズだ。
「ふふ、やっぱりちょうどいいサイズね。私の代でこれを誰かに譲る日がくるなんて思ってもみなかったわ…」
「あの、このバングルは一体…?」
「これを説明するのはとても長くなってしまうのだけど…分かりやすく言うと『ここ一帯の緑の妖精が認めた者だ』という一種の身分保証のようなものよ。この先魔族に会いに行くでしょうから、それはきっと役立つはずよ」
なんとなくそれ以外にも理由があるような気がしたが、緑華はありがたく受け取っておくことにした。
身分が保証される、というのがたとえ気休め程度のものだったとしても前も後ろもわからない緑華にとってとてもありがたかった。
微笑むエメラド。その呼吸に呼応するかのように、バングルの石も仄かに光っている。