第11話 緑のエメラド
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魔国ヴェドマニア森林地帯アルバダの『妖精達の住処』、正式には『緑のエメラド』
鬱蒼とした陰気な森の最奥地、妖精の導きでのみ入ることの出来る聖域の一つだ。
エメラドとはその地域を『治める者』でありその地域自身を指す。つまり彼女は一個体と言う前にその地域そのものである。ついでに、女王と言う呼び名はエメラドの妖精たちが長という意味で呼んでいるだけであり、本当の妖精の女王と言うわけではない。
妖精には死という概念はない。限界が来れば源に還りそしてまた源から新たに生み出される。源に還ると同時にそれまで貯めた記憶は源へと統合され全妖精の祖たる王、精霊王へ伝わると言われている。
王に最も近い臣下の一人である彼女自身もまた例外でなく、源から生まれた時から精霊王へとその見たもの体験したもの全ての経験は統合され続けている。
また、その統合された記憶はデータベースの如く彼女にも供給されているのである。
エメラドでの源は湖の中央にある大樹だ。大樹の根は深く地の底まで根を張り、その先にあるものを守っている。
その大樹が新芽だった頃までの膨大な記憶を遡って見ても、妖精以外に少年期を過ぎた者がここまでやってきた前例は無い。
記憶蓄積から意識を現実へと戻したエメラドは目を開けて、目前で当たり前のように火の妖精の力を借りて鍋を温める青年を見た。
緑華と名乗るこの青年、何もかもがおかしいのだ。
青年期の人間が妖精を『見る』ことだけでも例外ものだというのに、木の妖精だけでなく水や火、土や風の妖精も見えるという。本来ならば『見える』時期だとしてもせいぜい自身の適性のある種の妖精だけ。
だと言うのにこの青年は今この場にいる精霊全てをその目に写していると言うではないか。
さらに言えば本来妖精の言葉は魔力を込めて言ったとしても同属性の性質を持つ妖精人種にしか聞き取れない。この例外は依代を持つ『治める者』だけ。
こちらも、見ていれば分かるが普通にどの妖精とも会話を行うことが出来ている。
そしてもう一つ、妖精以外の種族が妖精の力を借りて成す、所謂妖精魔法。
魔力と引き換えに妖精に発動させるのが基本だというのに、彼は妖精への『お願い』という形で執行させた。つまり妖精がその願いを無償で叶えたということだ。
各々の妖精に多少なりとも孤立した意思があるとはいえ、敬うべき対象以外にそんなことをするなんてない。
例外や異界人だからといった言葉で片付けるのには無理があるほどに、彼は規格外なのだ。
(まだどういった経緯で彼がこの世界に来たのか分からないけど、もし精霊王を害するものであったならば何かしら対策をしなければならない…)
初めて会ったにも関わらず奇妙な親近感を持たせる青年を見やり、臣下は静かに決意した。
「あの、エメラドさん…スープ冷めちゃうんですけど」
「ああごめんなさい、少しだけ考え事をしてたの…あら、本当に美味しそうなスープね」
(とは言え今のところこの青年が可笑しな事をしそうな気配はないようね)
強いて言うなら手渡された熱々のスープがとてつもなく食欲をそそる匂いを発しているという事ぐらいだろう。
見たことのある野菜が何種類か入っているが、深い琥珀色のスープをエメラドは見たことが無かった。
その匂いに誘われるように、エメラドはスープに口付けた。
「うっ…!?」
「あっ、熱いから少し冷まして飲まないと火傷しますよ!?」
心配そうな緑華をよそに、エメラドは本人さえ気付かぬうちにボロボロと涙を零していた。
それは火傷をしたからではなく、口に合わなかったという理由でもない。
頭の中で再生する精霊王の記憶。
その記憶と寸分違わず、ただただ純粋に美味しく、懐かしい味のするスープだった。