第1話 妹
大学が決まったため本格的に更新していきます!
部活も終わり、さてこれから家に帰ろうという時に、菘晶嘉は校門前で一時停止した。
兄ちゃんが家で野菜スープを作っている気がする。
そして米が足りないからパンにしようとしたのに買い置きしていたはずのフランスパンが見当たらなくてオロオロしている気がする。
直感的に感じ取った兄の悩みに対応すべく校門を出ようとしていた足を来た道へと向け、自分の教室へ全力疾走した。教室に忘れて来た財布を取りに行くためだ。財布なんてどうでもいいと思っていたが今日の夕飯のクオリティに関わると言うなら多少の徒労も厭わない。
ついでと言ってはなんだが、現在、兄の緑華が探しているフランスパンは昨日の夜の時点で晶嘉の腹の中に収まっている。
教室前の廊下までつけば、下校時間だというのに中から話し声が聞こえた。
暇な奴らだな、と思いながら教室の扉を開ければ四人の男女の目晶嘉の方に向く。晶嘉のなかでの彼らはクラスメイトA~D程度。つまりまあどうでもいい存在である。
何か晶嘉に話しかけてきているようだったが無視した。実際は無視した、と言うより右耳から左耳へ理解されずに流れて行ったと言うのが正しいが。 言わずもがな、晶嘉の頭のなかは今日の夕飯のことでいっぱいである。
その時だった。
――今、我らの声に応え給え、異世界の勇者たちよ――
「えっ!?」
「うわあぁぁ!」
「な、なんなの!?」
「きゃあぁ!」
突如部屋を包み込んだ眩い閃光。知らぬ男の声。
パニックに陥りそうなそんな状態で彼女がポツリと漏らした一言は
「兄ちゃんの飯早く食べたい」
どこまでもゴーイングマイウェイなその一言が異世界の運命を大きく左右することも知らずに、5人の少年少女は光とともに跡形もなくその場から消えた。
曰く、神がこの世界を作った時に滅びるまでの道筋を定めたという。
曰く、この世界は何れ魔族を従えし者によって滅ぼされるという。
曰く、それを覆すために人は特別な力を持った異界の者を喚び出す術を与えられたという。
そして今、歴代最高最強と呼ばれる魔王に対抗すべく、人の王は異界の者を喚び出した。
要約すると原稿用紙半分にも満たない内容のことをかれこれ五分以上も話すのは、晶嘉の言うところのなんだか白くてヒラヒラした動きにくそうな服を着た眼鏡の男。所謂RPGでよく出てくる神官の服装をする男だ。
周りにも疲れ切った顔の、同じような服を着た男が5人ほどいる。眼鏡のこの男だけは疲れてなさそうだ。
強い光で目を瞑り、そして開いたら真っ白な部屋にいて目の前の男が興奮気味に一方的に話しかけてきた。
まるで最近はやりのライトノベルみたいじゃないか、意味がわからない。意味がわからないとおもいつつも、晶嘉は冷静だった。
未だ話し続ける男を、晶嘉は話半分どころかまるっと無視して、どこかに隠しカメラでもあるのかと探していた。多感で自分は特別な存在だと思い込みやすい中学三年生を、勇者だ何だと騒ぎ立ててやることといえば大掛かりなドッキリもしくは誘拐だろう。あくまでもこれは晶嘉の持論である。
よくよく周囲を見回してみたがこれといってカメラらしきものはない。
唯一気付いたことといえば、気味が悪いほど白一色のこの部屋からは僅かではあるが生臭い臭いがするということ。状況を把握しきれていないクラスメイトA〜Dはまだ気付いていないようだが。
「あ、あの…つまり俺たちは勇者としてこの世界を救うために召喚された、って事ですか?」
「そうです、貴方たちは神に選ばれた勇者様なのです!あぁ、こうしてはいられません!外にお待たせしている国王に報告しなくては!あなた方へのご説明も国王が直々になさるので、ついてきてください!」
ぐいぐいと押されながら部屋を出ようとした時、一瞬だけ晶嘉の目には世界が白黒反転したように見えた。
たった瞬き一回よりも短い時間。されど晶嘉はその短い時間に白黒反転した中で見たのだ。
部屋の四方に転がる幾つもの亡骸と、中央で大きな水風船が弾けたかのような白い跡を。