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第52話 鬼ごっこ(後編)

 ビルの正面入口にはシャッターが下りており、店舗閉店の張り紙がしてあった。それを見た東雲さんは地面に目をやり、大きめのコンクリート片が落ちているのを見つけそれを手に取る。コートの袖に手を隠し、シャッターの傍にあった窓ガラスに向けて大きく振りかぶる。ガシャンとガラスが砕け散った。東雲さんは割れたガラスに気を付けながら中に手をやり、鍵を開けて窓を全開にする。縁に飛び乗るようにして彼はビルの中へと入り込んだ。すぐに私も続く。

 入った先の部屋には何もない。ただひび割れた壁やコンクリート片があちこちに落ちているだけだ。埃っぽい空気を吸い込みながら廊下に出る。端にあった階段を上り、屋上に出た。薄い青空が視界に広がる。

 元から憩いの場として作られた場所ではないのだろう。屋上には縁やフェンスといったものもなく、ただ平らな造りになっている。うっかり余所見をしていれば落ちてしまいそうだった。


「ここまで来たのはいいんですけど、どうするんですか?」


 東雲さんは答えず屋上の端に寄り下を見下ろした。隣に行って私も怖々と同じことをした。見えたのは路地の薄暗い景色。五階建てのそこはそんなに極端な高さじゃない。それでももし落ちたらなんて考えるとゾッと背筋に寒気が走る。

 だけどそこで東雲さんの見つめる物を見て、やっぱりな、と苦い思いが口に広がった。彼の見ている物は向かい側に建つビル。高さはここより少し低いぐらい。どうするんだと聞いてはみたものの、彼がしようとしていることには薄々勘付いていた。


「跳ぶぞ」

「本気ですか?」


 当たり前だろう、という返事に肩を竦めた。

 今まで仕事で何度かビルからビルへ飛び移るといったことはある。だけどそれは今よりもっと低い位置だったり距離も短いもので、こんな数メートルも離れた所は初めてだ。


「安心しろ、お前は跳躍に関してだけは俺よりも上だ」

「わあ、嬉しいなー」

「白ウサギよりは下だが」

「わあ、今言うんだそれ」


 にわかに騒がしい声が聞こえてきた。もう一度下を見れば、割れた窓ガラスに気付いた男達がビルに入って来ようとしている様子が目に入る。屋上にやって来るのも時間の問題だ。

 軽口を叩きつつも心臓が不安で締め付けられる。こんな気持ちのままやったところで上手くいくとは思えない。そんな私に東雲さんが静かに言った。


「俺を信じろ」

「……信じたからってどうにかなる問題ではないと思いますけど」


 ふふ、と思わず笑みを零して東雲さんの目を見つめた。鋭く真っ直ぐなその目を見ていると、何故だか少し心が落ち着く気がする。

 よし、と気合を入れて頬を叩いた。うじうじしていてもどうにもならない。とにかくやらなくちゃ。だから、まず、落ち着こう。

 既に何人かが上がってきているのだろう。階下から騒がしい足音が聞こえる。私達は一度縁に背を向け、歩数を測った。限界ギリギリまでの距離を確認してからまた縁に顔を向ける。背後から扉が開く音がしたのはそのときだった。

 見つけたぞ、という声が聞こえると同時に私と東雲さんは飛び出した。大きく地を蹴って屋上を走り抜ける。ふっと息を吐きながら縁ギリギリを強く蹴り付け前に跳んだ。眼下から屋上という足場が消え、遥か下に固いアスファルトの路地や突き出した壁が見える。体を包む浮遊感。空気中に体が投げ出される心もとなさ。だがすぐに、私の靴底はさっきとは違う屋上の床を踏み付けた。

 勢いを殺すために前転して起き上がる。東雲さんは既に走り出していて、私も遅れないように後を追った。そこの屋上から出るとき、さっきのビルの屋上にいた男達が驚いたように目を丸くしているのが見えた。



 ビルからビルへ移動し路地から出て大通りへと戻ってくる。明るく広い通りとそこを行き交う人々にほっと息を付き、切れた息を整えた。


「流石にもう大丈夫……」


 表情を緩めて振り返りながら言う。だが東雲さんの後ろの光景を見てその表情も強張った。


「東雲さんっ!」

「……なっ!?」


 私の声に振り向いた東雲さんも声を詰まらせる。人混みの中に紛れるように……いや、露骨に通行人を押しのけてこちらに迫ってくる男が数人。それを見留めると同時、私達と彼らの鬼ごっこが再開される。

 正午を越し、辺りには更に人が溢れ返っている。こんな中で本格的に闘争を繰り広げるのは分が悪い。また路地に逃げ込むべきか……と考えていると、その路地の方向から別の男が姿を現し、咄嗟に方向を変え、私達は近くにあったショッピングセンターへと飛び込んだ。


 辺りには休日を楽しんでいるカップルや友人同士、家族連れが多い。通りで暴れるのも危険だがここはそれ以上かもしれない。一応監視カメラから顔を隠しておこうとフードを深く被った。入ってすぐの場所にはエスカレーターが上下用二列並んでおり、私達はそれを使って二階へ駆け上がる。

 A館とB館に分かれた造りのショッピングセンターだが、B館のここは主に雑貨店が多いようだ。穏やかなBGMが流れる店内に、涼やかな水色のコップや金魚モチーフの財布などが店頭に並んでいる。こんな状況でなければ東雲さんと見て回れたのに。

 駄菓子屋の前を通り過ぎようとしたとき、突然目の前に子供が飛び出して慌てて立ち止まる。ポカンと呆けた顔でこちらを見るその少年の手にはチョコレートの駄菓子や網袋に入ったビー玉が握られていた。ぶつかる寸前で止まれたことに安堵するも、同時に肩を掴まれてハッと振り返る。


「捕まえたぞ!」


 しまった、と焦りに舌を打つ。こちらを見るその目は血走っている。指は肩に食い込むほど痛い。振り解こうともがいてみたが、彼の力は強く、難しい。それまで唖然と私を見ていて少年も脅えを顔に浮かべ、もつれそうな足取りで走り去ろうとする。


「おい!」


 先を進んでいた東雲さんが、戻って男に吠える。更にまずいことに、時間を食ってしまったせいか他の連中もやって来てしまった。後から来た彼らは私が捕まっているのを知り、東雲さん一人に襲いかかろうと彼に向かっていく。

 東雲さんは迫ってくる男達を睨んでいたが、すっと視線を横に流し、自分と通り過ぎようとする少年の腕を取った。


「すまない、借りる」

「えっ」


 戸惑う少年の手から東雲さんがビー玉を取る。網袋を力任せに破り、中身を目の前の地面にばら撒いた。色とりどりのビー玉が照明を反射し、キラキラと光りながら周囲に転がっていく。男達は慌てて足を止めようとしたが間に合わず、靴裏でそれを踏ん付けて激しく転んでしまった。何とかビー玉を免れた者も近くの人に巻き込まれるように倒れる。

 私を捕まえていた男が仲間の失態に気を取られた隙に、その腕から抜け出して逆に私が彼の腕を掴み、思いっ切り体を捻った。体勢を崩した男が小さく悲鳴を上げて前のめりに倒れる。ビー玉の散らばる床に顔からモロに倒れてしまい、ゴリッという音と共に痛々しい悲鳴が聞こえてくる。

 大きくジャンプして転がるビー玉を避け、東雲さんの隣へと戻る。逃げる前に少年へと顔を向け、ごめんねとジェスチャーで謝った。


 一人一人着実に気絶させたり撒いたりしているとはいえ、まだ敵の数は多い。転んだ状態から回復した男達はまだ私達を追ってくる。流石にしつこいしこちらの体力も尽きそうだ。

 二階の通路を駆け抜けていると、エスカレーターから別の男が向かってくるのが見えた。背後からはさっきの人達。他に逃げ道はない。

 視線を泳がせていると下方から笑い声が聞こえてきた。通路の下に見えるのは一階のホールで、大勢の子供達が駆け回って遊んでいる。何かイベントがあればそこにイベント用の展示物が並んだりする場所だが、今日は子供向けの行事でもあるのか、風船やボールプールなどが並んでいる。そしてちょうど私達がいる真下にはふわふわと揺れるバルーンハウスがあった。

 私と東雲さんは咄嗟に視線を合わせ、通路の手すりに足をかけ躊躇なく飛び降りた。キャアッとどこからか悲鳴が聞こえる。視界が揺らぎ、すぐにボスンとくぐもった音が体を包む。揺れる不安定な足場はどうやらバルーンハウスの屋根部分らしい。そこから滑り降り、床の固く確かな感覚を確かめてからまた駆け出した。呆けたように私達を見つめる子供の視線やざわつく声を追い抜いていく。




 外に出て別の路地へと潜る。大勢いた追手の数も段々と減っていた。残るはもう数人ほどだろうか。だがそれでも彼らは仲間同士連絡を取り合ったり土地勘を利用しているようで、神出鬼没にあちこちから現れる。いくら鍛えてるといってもこれだけ走り続ければ体力も限界だった。ふらふらと壁に体をもたらせ、もう駄目だと首を振る。


「も、無理……」


 額から頬に汗が流れる。一度足を止めてしまうと疲労がじわじわと足元から這い上がってくるように体を包み込んで、地面にペタリと膝を突いてしまう。東雲さんも立ち止まり、肩で荒い呼吸を繰り返しながら顎の汗を拭う。


「頑張れ、もう少しだ」

「すみません……」


 立ち上がろうとするも足に力が入らない。このまま座り込んでいれば多少は体力も回復するだろうが、その前に彼らに捕まってしまうだろう。

 眉を顰めていた東雲さんは静かに息を付いた。私に背を向け、もと来た道を引き返そうとする。東雲さん? と呼びかけ、振り向く彼に訊ねた。


「どこに行くんですか?」

「……連中を撒いてくる」

「えっ!?」


 思わず立ち上がりかけた私を制し、東雲さんは周囲を警戒しながら言う。


「俺はまだ動ける。あいつらを俺が引き寄せている間に、お前も身を隠せ」

「で、でも、あの人達は元々東雲さんを狙ってたじゃないですか! 東雲さんが行っても、恰好の餌食ですよ!」


 ふっと彼が口元を緩めて笑った。餌食か、と口の中で転がすように呟く。


「あいにくと、生贄になる気はないんでね」


 慌ただしい足音が聞こえてくる。東雲さんは私の制止を聞くことなく路地から身を消した。すぐに東雲さんを見つけた声が上がり、東雲さんの駆ける音が響く。足音は私のいる所と反対方向へと響いていき、そして聞こえなくなった。

 焦燥感に身を駆られる。立ち上がって東雲さんの消えた方向へと顔を覗かせたが、既にそこには誰もいない。足はまだ震え、覚束ない。急いで体力を回復させなくてはと思うのに体から熱は中々引かなかった。

 ようやく体力も回復してきたときには辺りから物音一つ消えていた。虚無的な空気が肌を包むが、こうしている間にも東雲さんは逃げ続けているのだろうと考えると、その静寂がむしろ恐ろしい。


 だが東雲さんを探そうと進み始めた途端、私の耳が小さな物音を拾った。静寂の中に微かに聞こえた呻き声。もしかしたら東雲さんだろうか。青ざめた顔でその声の元へと駆け出した私は、声の主たる人物と顔を見合わせた瞬間ギクリと息を呑んだ。

 最初に私が攻撃したあの青年だ。赤く腫れた鼻の下に乾いた血をこびり付かせ、低く呻きながら辺りに視線を巡らせている。しかしその視線が私を捉えた瞬間、苦痛に歪んでいた顔に狂気的な笑みが浮かぶ。

 見つけたぁ、と嬉しそうに言った直後、彼は私に襲いかかってくる。大きく振り上げられた両手に握られているのは、どこから拾って来たのか分からない、木製のバット。斜めに振り下ろされるそれを見て、私は咄嗟に両腕で頭を庇った。

 骨を折らんばかりの衝撃が両腕に伝わる。膝が折れて体が僅かに沈んだ。ミシリと何かが軋む嫌な音が体の内側から聞こえ、苦痛に歯を食いしばる。すぐさま地面を蹴って男から距離を取り、痛んだ両腕を軽く振った。ズキズキと鈍痛と強烈な痺れに悲鳴を上げている。

 青年はなおもバットを振り回す。必死になってそれを避けるが、キリがない。横薙ぎに振られた一撃を後ろに下がって避けようとしたとき、もつれた右足がガクリと下がる。


「しまっ……がぐっ!」


 横腹にバットがめり込む。強烈な力に足が地から浮き、体が壁に叩き付けられる。激しい眩暈と激痛に意識が飛びかけた。ずるりとその場に蹲る私に、青年はバットを投げ捨てニタニタと笑いながら近付いてくる。目の前に来てしゃがみ込み、私の前髪を掴んで自分の元へと引き寄せる。頭皮が引っ張られる感覚に呻きながら彼を睨んだ。


「厄介な奴だなお前」

「は…………」

「用があるのはあっちだけだから見逃してやろうと思ったのに」


 青年は袖から何か棒のような物を取り出した。彼が軽くそれを振ると、パチンと音がしてそこから刃が飛び出す。折り畳み式ナイフの腹で私の頬を軽く叩く。冷たい刃の感触に鳥肌が立つ。

 しかし一向に青年は私の頬を切り付けたりというようなことはしなかった。怪訝そうに見つめる視線に気付いたのか、彼は嫌らしい表情を浮かべ、声色をワザとらしいほど和らげた。


「なに、考えてただけだって。お前を使()()()()どうか」


 言葉の意図が分からない。だが、彼が東雲さんだけでなく私にも危害を与えようとしていることはさっきの行動からも身に沁みて理解していた。

 いまだ何かを喋り続ける彼から目を逸らし、深呼吸をする。呼吸だけに集中して神経を張り詰めれば、横腹から伝わる鈍痛がズキンとその痛みを主張してくる。だけど今はそれに構っていられない。

 私が目を逸らしていることに気付いた青年が不満気な声を立てる。前髪を引っ張る手に力が込められ、更に顔が近付く。


「無視するんじゃ――」


 近付いたその顔に向け、弾かれたように頭突きを繰り出した。ゴワンと世界が揺れる。離された前髪が重力に従い視界に落ちる。薄暗い路地裏に白い光が瞬いたような、そんな錯覚に陥った。

 地面に手を突いて素早く立ち上がると、青年はまだ蹲って顔を両手で押さえていた。ちょうど意識を覚醒させたのか、険しいその顔が私のいない場所を見てからハッとしたようにこちらに向けられる。彼は最後に私の姿を捉えることができただろうか。

 ぐしゃりと、靴の爪先から鼻が潰れる感触を感じながらそう思った。




「ふー」


 息を付いて汗を拭い、改めて辺りに気を配らせた。声だけでなく足音すら何一つ聞こえてこない。東雲さんはどこまで行ったんだろう。まさか、撒き切ることができなかったんじゃ……。

 突然の眩暈に見舞われ思わずよろめいた。さっきの戦闘が響いているのかもしれない。汗で頬に張り付いた髪を掻き上げながらぼんやりと地面を見下ろす。

 不意に悪寒が走った。背筋を駆け上がるその感覚に導かれ、衝動的に振り向いた。倒したはずの青年が壁に手を突きながら立ち上がろうとしている。


「嘘、でしょ……」


 思いっ切り攻撃を食らわせたというのに。唖然とする私に向かって彼は明確な殺意を持ってにじり寄ってくる。こちらはといえば、体力は限界に近く、これ以上無茶な行動をするのには耐え切れそうにない。

 彼は折れた歯の隙間から研いだような呼吸を吐き、赤くなった瞼の下の目にギラギラと邪気に満ちた光を湛え、ぐにゃりと右に曲がった鼻から血を流す。壁に突いた手は震えているが、そこには太く血管が浮き出し、怒りに痙攣している。

 駄目だ、駄目だ、駄目だ。このままだと本当に駄目だ……! 体の内側から響く警報に、拳を力強く握り締める。


 上空から何かが落ちてきた。


「は?」


 立ち上がろうとしていた青年が私の視界から消える。ダン、と重く響く音がする。上から落ちてきた何かが青年に直撃したのだと一拍遅れて理解した。焦ったように視線を向けて、地に伏せ完全に白目を剥いた青年、そしてその上に片膝を突いた東雲さんの姿に目を瞬かせる。


「し、東雲さん?」

「どうして疑問形なんだ?」


 片頬を上げて笑う東雲さんの傍にふらふらと近付く。立ち上がった彼の顔を見つめ、半ば呆けた声で訊ねた。


「どうして上から?」

「場所的に地面を走るより上を通った方が楽だったからな」

「追って来た人達は?」

「全員撒いた」

「全員?」


 そのときになって、東雲さんが右手に短剣を握っていることに気付く。視線に感付いた東雲さんはその刃先に付いていた血を拭ってコートの中に収めた。彼の声にも顔にも余裕が表れていることを理解し、ようやく安堵の息を付いて肩から力を抜いた。


「良かったぁ……。あ…………」

「っおい!?」


 力を抜きすぎてしまったのだろうか、そのまま後ろに倒れてしまいそうになった私を、東雲さんが慌てて腰を支えて受け止める。彼の肩へと額を預け、へへ、と小さく笑んだ。


「ごめんなさい。安心したら、疲れちゃって」

「……薄命先生の所に行くか」


 私の顔を見て東雲さんが静かに言った。私が反応を示す前に、彼はくしゃりと私の頭を撫でてくる。目を閉じてされるがままになっていると、しばらくくしゃくしゃと彼は頭を撫で回してきた。


「も、もー! やめてくださいよ。髪がぐしゃぐしゃになっちゃう!」


 そう言っても彼はしばらく手を止めてくれなかった。髪がぼさぼさとライオンのように乱れてしまったのを直していると、東雲さんはポツリと言った。


「よく頑張ったな。流石、俺のパートナーだ」

「あ……ありがとう、ございます…………」


 言葉が尻すぼみになっていく。顔がどんどん熱くなり、一時疲れさえも忘れそうになった。歩けるか? と訊ねられ、大丈夫ですと答えて私は東雲さんの横をゆっくりと歩き出した。


「とんだ休日だな」

「あはは、本当に……あっ!?」

「どうした?」

「さ、財布……ポケットに入れてたのに、なくしちゃった……」

「あー……まああれだけ走り回ってたらな」

「どうしよう……」

「後で交番にでも行ってみろ。今はまず病院が先だ」

「うう、学生証とかも入ってるのにー!」


 数分前の騒動など遠い過去のように、日常の会話を彼と繰り広げる。疲れや痛みが消え去ったわけではないけれど、それでもこうして話すだけで心は回復していくものだった。

 次の休みは何をするか、と東雲さんが言う。私はくるりと彼に顔を向け、


「とりあえず、また買い物でもしましょうか」


 今度はできるだけ平和に、と笑いながら言った。

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