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第47話 女の子

 当日、参加者入場時間の少し前に会場に着くと、そこらじゅうが人で溢れ返っていて驚いた。祭りでもあるのかと思うほどの人混みが、予想以上に大きな建物に向かって進んでいく。男性や子供もいたが、やはりその大半は女性が占めていた。しかし一様に皆の顔には緊張と敵愾心が張り付けられていて、ピリピリとした空気だ。

 会場に入って受け付けをする。名前を書く際にチラリと見た名簿はとても厚い束になっていた。それから係の人に案内され、いくつかある待合室の一室に案内される。待合室、といってもそこは広い化粧ルームのような場所で、一面ガラス張りになった壁を見つめながらたくさんの女性が化粧をしたり服装の乱れをチェックしいていた。部屋に入った私達に、近くにいた数人が視線を向けてくる。ふっと小馬鹿にしたように鼻で笑う人もいれば、親しげに微笑みかけてくれる人もいて、真理亜さんを見てさっと視線を逸らしてしまう人もいた。

 何とか空いている席を三席確保した後、早速真理亜さんが鞄からポーチを取り出して中身をテーブル上に並べていく。元々化粧品なんて持っていない私とあざみちゃんは、真理亜さんに化粧をしてもらうことになっていた。迷惑をかけてしまうなと申し訳なかったが、真理亜さんは快くそれを承諾してくれた。


「さあ、今日はどんな顔になりたい?」


 どこか嬉しそうな笑みを浮かべながら、真理亜さんは化粧水の蓋を開けた。






「――――……目を開けていいわよ」


 そうっと瞼を開ける。直後、目の前の鏡に映る顔を見て思わずまたぱちりと目を閉じてしまった。何度か瞬きを繰り返し、身を乗り出して鏡を覗き込む私に、背後の真理亜さんがくすりと可笑しそうに微笑む。


「えっと……あ、あの。これ私なんですか?」

「じゃなきゃ誰だって言うの?」


 鏡に映る女の子はどこか呆けたように目を丸くしていた。桜色のアイシャドーが柔らかな雰囲気を醸し出す。長く濃いまつ毛が綺麗な、大きくパッチリとした目だ。

 つるりとして透明感のある肌、ほんのりと自然に色付いた頬。いつもは外に跳ねてしまう髪も、軽く内側に巻かれてふわふわとしたボブになり、雰囲気が違う。白いワンピースと淡いピンクのパーカーが自分でもよく似合うと思った。

 鏡の中の私が頬の色を濃くした。はにかみながら何度も自分の顔に指を触れさせ、自分のものではない気がする顔を確認する。胸がドキドキと高揚に高鳴っていた。


「自分じゃないみたい……」

「本当よね……」


 隣から聞こえてきた声に首を向ける。一瞬、そこに座る人物が誰か分からなかった。

 私と同時進行で化粧を施されていたあざみちゃんも、いつもとまるで違う顔になっていた。ツヤリとした桃色の唇に、釣り目の目力を強調させるようなアイライナーとマスカラ。普段下ろしている前髪を真ん中で分け、黒いハットを被っている。顔自体もどこかシュッとしたような気がして、物凄く大人っぽく見える。ボーダーのオフショルダーニットから覗く肩が色っぽい。


「わーっ! あざみちゃん、凄い変わってる! 格好良いよ!」

「あ、ああうん……和子も、その、いいんじゃない?」


 顔を逸らしながらも喜びを隠しきれないように口元を緩めるあざみちゃん。私達を見て真理亜さんがまた微笑んだ。それにあざみちゃんが照れたように顔を真っ赤にして、垂らした髪の先端を弄りながら話題を変える。


「それにしてもコンテストってこんな大勢でやってたかしら? 出場者なんてそんなにいなかったと思うけど……」

「うん、少なくとも名簿の厚さ見た限りは数十人は超えてるだろうし。それとも、今回が特に多いのかな?」

「きっとオーディションでもやるんじゃないかしら」


 真理亜さんが言ったちょうどそのときだった。部屋の扉が開き、そこから一人の女性が姿を見せる。眼鏡をかけたスーツという姿から、出場希望者ではなく開催者の一人なのだろうと思う。彼女は緊張の張り詰めた周囲の視線に気圧されることなく、ツンと鼻を尖らせてよく通る声を発する。


「これからコンテスト本選に向けたオーディションを開始します。一次試験、二次試験をこちらで審査し、そこで勝ち上がった方が三次……ステージに進みます。入口でお伝えした番号は覚えていらっしゃいますね? 呼ばれた番号の方から順に案内いたしますので、廊下の方に」


 呼ばれた番号の数人が立ち上がって出口へ進む。固く張った彼女達の背を見送りながら、私は無意識に拳を握っていた。




 番号を呼ばれ、扉の前で小さく息を詰める。唇を震わせて緊張を吐いて、失礼しますと扉を開けた。途端、目に飛び込んできたのは長机に横になって座る審査員達の目。ジロジロと頭の天辺から爪先までを値踏みされるようなそれに、心臓が大きく鼓動する。なんだか高校受験を思い出すな。

 一歩さえままならず、手足に神経を集中させて歩いた。部屋の中央まで進んで制止を告げられ、ギクリと体を強張らせながら審査員の方向を向く。無意識のうちに胸元を強く握りそうになって、慌てて直立不動の体勢を取る。


「秋月和子さんでよろしいね?」

「はいっ!」


 確認するように投げられた言葉に、上ずった返事をしてしまう。ひとしきり全身を観察された後、彼らは私に様々なポーズを命じてきた。腰に手を当ててだの、くるりと回ってみてだの、少し俯いてみてだの……。

 言われた通りのポーズを取りながら、頭の中でぼんやりと別のことを考える。何故私はこんなことをしているのだろう? そう、仕事のためだ。このコンテストの優勝者を殺している犯人を捜すために……だから優勝しなくちゃ。優勝できる気なんて全くないけれど。でも、可能性くらいは見出したい。

 ポーズを取ることも終わり、これで退室かと思っていると審査員の一人が私の目を見た。他の人達が固い表情をしているのに、その人だけはニコニコと微笑んでいる。


「あなたのチャームポイントは?」

「え?」

「チャームポイント。自分で、自分を魅力的だと思う部分ですよ」


 例えば綺麗な髪とか、口元のほくろとか、そういうものですよとその人は言った。そう尋ねられて私は戸惑う。目を伏せると、視界にマスカラを塗ったまつ毛が映って少し邪魔だった。

 魅力的な部分なんて私にあるのだろうか。生まれてから半年前まで続いていた不摂生や、茶色に染め続けているせいで髪質はいいとは言えない。愛らしいほくろやえくぼもないし、スタイルがいいわけでもない。性格……はそもそも今この場で求められているものじゃないだろう。


「笑顔、なんかはどうです?」


 悩み込んでしまった私に助け舟を出してくれるその人。一瞬キョトンと目を丸くしたが、笑顔、と同じ言葉を繰り返して私はふっと息を吐いた。

 笑顔か。笑顔なら、チャームポイントというわけでもないけれど得意かもしれない。だって、嬉しかったり楽しかったりすれば、自然と溢れてしまうものだから。


「えっと」


 少しだけ目を閉じて考える。嬉しかったことって何だろう、楽しかったことって何だろう。……ああ、そうだ。

 こうして、あざみちゃんや真理亜さんと一緒に仕事をしている。化粧をしてもらって、ショッピングをして、傍にいて笑ってる。

 それって、凄く幸せなことじゃない。


「いい笑顔ですね」


 気が付けば審査員の人達がまた私をじっと見つめていた。いつの間にか笑顔を浮かべていたのだろう、少し恥ずかしく思い、頬が熱を持つ。それでも彼らは、それまで浮かべていた固い表情を崩し、仄かにとはいえ微笑んでいた。



 退室し、順番を待っていたあざみちゃんが軽く声をかけてくる。


「どうだった?」

「うん……どうかな」


 曖昧な会話をして先に部屋に戻る。その後、あざみちゃんと真理亜さんも審査を終えて帰って来て、審査結果が出るまでの時間を駄弁って過ごした。

 それから少し経った頃、結果発表だと係の女性が部屋に入ってくる。アルバイトか新人さんなのだろう、先程とは違う、少し緊張した面持ちの若い女性だった。彼女が述べていく番号に部屋の中の女性達が歓声を上げたり肩を落とす。その中に私達三人の番号もあった。驚きつつも嬉しくなってはしゃぎかけたとき、突然、真横から怒声が飛んできた。


「ふざけんなよ!」


 ガン、と机を叩く音が続く。驚いて横に目を向けると、そこで二人の女性が言い争っている様子が目に入った。


「どうしてあんたが受かって私が落ちるんだよ!? どう考えてもおかしいだろうが!」

「はぁ? 何それ、負け惜しみ? 当然の結果でしょ、君よりあたしの方が綺麗なんだから」

「己惚れてんじゃねえよ! どうせあれだろ? 汚い金使ったとか、体使ったとか、そういうのだろ?」

「何それ! 同じ面接受けたことも忘れてんの!? 馬鹿じゃないの!」


 元々、互いを嫌いだった知り合いなのかもしれない。二人とも確かに美人だったが喧嘩をしている今は表情も歪んでいた。周囲がポカンとそれを見る間、彼女たちの口論は激しくなり、ついには髪や服を引っ張り合うまでになる。


「やっ、止めてください! あの、止め……きゃっ!」


 涙目になりつつも口論を止めようとした係の人に肘が当たる。倒れそうになった彼女に咄嗟に駆け寄り、背中を受け止める。


「大丈夫ですか!?」

「ありがとうございます……」


 震える声で彼女は言う。喧嘩を止めなければ、と私が口を開こうとした瞬間、私の横を擦り抜けて二人の前にあざみちゃんが立った。


「ちょっとあんた達!」


 ピシッと突き付けられた声に二人が振り向く。自分より歳も身長も上の彼女達に臆することなくあざみちゃんは言い放つ。


「喧嘩するなら別の場所でやってくれない? 他の人に迷惑がかかるってことも分からないくらいガキなの? 止めなさいよ、みっともない」


 彼女なりに止めようとしたのだろう。けれど、捻くれた性格のあざみちゃんの台詞は逆に火に注がれる油だった。当然苛立ちを浮かべた彼女達があざみちゃんに言い返した。


「いきなり来て何だよ、部外者のくせに。放っておいて!」

「ガキはそっちでしょ。高校生? どうせ友達から美人だ何だ言われて、調子乗ってる口よね」


 あざみちゃんがぐっと歯を食いしばる。今にも二人に突っかかりそうなあざみちゃんの肩を慌てて掴む。それまで涙目で震えていた係の女性が、我に返って部屋を飛び出していったのが横目に見える。


「あざみちゃん、駄目だって!」

「離してよ!」


 その肩が怒りに震えている。あんた達ねぇ、と怒りに任せた言葉がその口から飛び出す。


「常識ってもんを知らないわけ!? 顔はともかく、そんな性格だから落ちたんじゃないの!?」


 二人の目が大きく見開かれる。一人が腰に添えていた手が拳を握ったのに気付き、私は咄嗟に掴んだままだったあざみちゃんの肩を引いて背後に下げた。乾いた破裂音。熱が頬で弾け、ヒリヒリとした鈍痛と微熱を伴い始める。思わず瞑ってしまった目をゆっくりと開けば、平手を打った直後の体勢で女性が固まっていた。

 和子、と背後のあざみちゃんが驚いたように私の名を呼ぶ。振り返らずにそれを制し、戸惑いの表情を浮かべる目の前の二人に視線を向けた。


「……いい加減にしましょうよ」


 自分でも驚くくらい低い声だった。それまで強気の表情を浮かべていた彼女達が表情を引き攣らせ、半身を引く。叩いたくらいでこんな怯えたような反応をするのなら、最初からやらなければいいのに。

 あざみちゃんがぎこちなく服の裾を掴んできた。弱々しいその力に、二人に近付こうと振り出しかけていた足を止める。振り返ると、そこにいるあざみちゃんが何故か泣きそうな顔で小さく首を振っている。


「何をしてるんですか!」


 扉を開けて数人の関係者が入ってきた。その中にはさっき部屋から出て行った係の人もいる。先頭の女性が私達四人に向けて鋭い声を放つ。


「問題を起こすようでしたら、四人ともご退室願います」

「杉浦さん! そっちの二人は関係なくて、私のせいで……」

「騒ぎの中には入っているでしょう? 無駄な問題を起こしたくはないの。あなたは黙ってて」


 杉浦、と呼ばれた人の方が立場が上なのか、女性はぐっと口を噤んでしまう。けれど黙っていない人物は他にもいた。


「少し待ってちょうだい。騒ぎの中に入っていたからって、この子達はそっちの二人を止めようとしてただけなのよ?」


 そう言って私達の肩を抱く人物がいる。真理亜さんだった。彼女は納得のいっていないような顔を向け、キツク目を細めた。しかし女性はそれを意にもかさない様子で一蹴する。


「ですが、騒いでいたことは事実。これ以上問題を起こされてはかないませんから」

「同じことを言わないで。あなたは――」

「大丈夫ですから!」


 私の言葉に真理亜さんが口を閉ざした。怪訝そうに見つめてくるその顔に微笑みを向け、小さく首を振る。それから真理亜さんの手を肩から静かに下ろし、係の人達に向き直って頭を下げる。


「すみませんでした。すぐ、出ていきますから」


 幸いにも彼らはそれ以上何も言ってくることはなく、軽い注意を促してから部屋を出て行った。元凶の二人も気を削がれたのだろう、不貞腐れたような顔で荷物をまとめて退室する。私はそれを見届けてから真理亜さんに振り返った。ムッとした顔をする彼女に困ったような笑みを浮かべ、また頭を下げる。


「ごめんなさい」

「あなた達まで出ていく理由は……」

「でも、あれ以上詰め寄ったら、真理亜さんまで出ていけって言われると思って」


 頭の固そうな人達だった。もしも真理亜さんまで強制不参加になってしまったら、私達の本来の目的は達成できなくなってしまう。それはどうしても避けなければいけなかった。


「あざみちゃんもごめん。私が勝手に言っちゃったから、あざみちゃんまで……」

「別にいいわよ。あたしだって、自分が優勝できるなんて思ってなかったし」


 それに、と一旦言葉を区切って、あざみちゃんは一転強気な目で真理亜さんに笑った。


「優勝候補をむざむざ失格になんてさせられないわよ」


 真理亜さんが瞬く。彼女はそんな仕草さえ絵になるような、綺麗な女性だ。

 あざみちゃんが私を見て小さく笑う。私も彼女の意図を察し、思わず微笑みを返した。あざみちゃんが軽く真理亜さんの肩を小突き、私も彼女の手にパチンと自分の手の平を合わせた。


「頑張ってくださいね真理亜さん!」

「絶対勝ちなさいよ、見てるから」


 部屋から出る前にそう言って笑った私達に、キョトンとしていた真理亜さんもようやっと微笑を零した。


「……任せて。優勝してみせるわ」


 他にもまだ大勢の出場者がいる部屋で、真理亜さんは自信に満ち溢れた笑顔を浮かべる。

 周囲の複雑な視線を受け流す頼もしいその姿に、彼女ならば本当に優勝できそうだと、そう感じていた。

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