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第46話 ミスコン

「ねえねえお姉さん、これからどこ行くの? 僕とちょっと遊んでいかない?」


 横からかけられる声を無視して歩く。大股で早歩きをしているはずなのに、彼はしつこいくらいに付きまとう。このまま家まで付いてこられるのではないかと不安が過ぎり、同時に彼ならやりかねないと思った私は、意を決して足を止め、険しく眉を寄せて彼を睨んだ。


「お茶してかない? あっちにいい喫茶店が……」

「いい加減にしてください、()()()()!」


 足を止めた一年先輩は、やっとこっち向いてくれた、と嬉しそうにはにかんだ。偶然かそれとも待ち伏せされていたのか、学校を出てからすぐに付きまとってきた先輩。ずっと無視を決め込んでいたのにまるで堪えていない。むしろ下校中の他の生徒達にジロジロ見られた私の方が精神的に負けている気がする。

 何の用か、と聞きたかったが望むような答えは返ってこないだろう。彼のことだ、特に用もなく私を追ってきたに決まってる、嫌がらせのために。


「久しぶりに会ったんだ。話がしたいな」

「私は会いたくなかったし、話もしたくないです」

「僕もとうとう三年生か。いやぁ、高校入学してから長かったようなあっという間だったような……」


 話聞けよ。

 うんざりした私は話を途切らせて彼を振り払おうかと思った。けれど三年生、という言葉に顔を向ける。


「受験生ですもんね。じゃあ、勉強で忙しいでしょ? わざわざ私と話す暇なんて取らなくていいですよ。先輩なら、きっと頭のいい大学目指すでしょうし!」


 勿論善意で言ったわけじゃない。鼻で笑い、小さく歪んだ口角。きっと今の私の顔は醜いだろうなと、自覚していながらもそんな台詞を吐いた。

 露骨な皮肉に一年先輩は微笑んだ。人の好さが滲むような笑顔を浮かべて肩を竦める。その上手な笑顔が偽物だと分かっているからこそ、気味が悪い。


「いいんだよ。僕が和子ちゃんと話したいんだ。大学勉強なんて、好きな子と数分話すことに比べれば、どうだっていい」

「あはは、照れちゃうなぁ」


 後頭部に回した手でぐしゃりと髪を掴んだ。込み上がる不快感を必死に押し殺そうとするも、震える声は隠し切れない。


「でも私、お話することなんて何もないですもん。最近面白いこととかないし」

「そうなの? 学校とかで何もないの?」

「ええ」

「でも今日、身体測定で色々あったみたいじゃないか。それに仕事も結構やってたんでしょ? 連続爆破事件とか連続児童誘拐事件とか……うん、次は連続何事件かな」


 ずるっと手が滑って髪の毛が数本抜けた。口端を引き攣らせて先輩の顔を凝視すると、どうしたのかと言いたげに優しく微笑んでいる。


「オオカミにー、クモちゃんにー、イヌくんにー……あと、白ウサギさんにドブネズミくんだっけ? 人魚さんとも組んでるもんね。じゃ、次こそカラスと」

「組みません!」

「えー」


 誰が組んでやるものか。学校だけでなく殺し屋のときでさえ彼の傍にいるだなんて耐えられない。

 不満気な一年先輩を見ていると頭が痛くなってきた。私はこんな所で何をしているんだろう、ただ帰ろうとしていただけなのに。


「先輩。私そろそろ用事が……」

「ところで和子ちゃんこんな噂知ってる?」

「知りませんさよなら」

「友達から聞いた話なんだけどさ、明星市の都市伝説。口裂け女の噂」


 口裂け女? と思わず訊ね返してしまった。説明するまでもない有名な都市伝説だ。怪訝な顔をする私に先輩は続ける。


「夜に、マスクと帽子で顔を隠した女性が現れて「私、綺麗?」なんて訊ねてくる。綺麗だと答えると、マスクを取って大きく裂けた口を見せて「これでも?」と言いながら襲いかかってくるって」

「知ってますよ。それが? この市にも出るっていうんですか?」

「そうだよ」


 馬鹿らしい。そんなの、どの時代にも小学生が一度くらいは噂する都市伝説の一つに過ぎない。

 けれどどうやら先輩の話はそんな簡単なものではなかったらしい。


「違うって。本当に犠牲者が出てるんだよ!」


 力を込めてそう言う先輩に、はぁ? と呆けた声を出してしまう。


「これは本当の話! 最近、美人が惨殺死体で発見されたんだって」

「美人? 惨殺死体?」

「うん。四日前だったかな? ニュースでもちょっとしか触れられてなかったから知らないかもしれないけど、第三区の公園の公衆トイレで女性の死体が見つかったんだ。顔をズタズタに切り刻まれてて、体の方は胸と局部を重心的にぐちゃぐちゃにされて。猟奇殺人だって言われてる。……それに、その女性は口を大きく切り裂かれていたんだ」

「口を……」

「唇から両耳まで真っ直ぐ、歯が剥き出しに見えるくらい。被害者の女性、近所でも美人だって評判らしかったんだけど、死体は損傷が激しくて見る影もなかったそうだよ」


 無意識に自分の唇に触れていた。裂けていない頬を確認してほっと目尻を緩めると、先輩が可笑しそうに私を見て笑っていることに気付いて慌てて表情を引き締め直す。


「口裂け女が美人に嫉妬してるからだって、噂になってるんだ。だから和子ちゃんも気を付けた方がいいよ」

「へぇ……でも大丈夫ですよ。私、美人じゃないし」

「そうだねぇ」


 間髪入れずにそう返してきた先輩に思わず視線を向ける。ムッとする私に彼は微笑みながら続けた。


「和子ちゃんは綺麗というより、可愛い系だ」

「……はぁ」


 そう言われても嬉しいとは感じなかった。直後、ムッとしたってことは美人だと思われたかったんだね、とからかってくる一年先輩には怒りしか沸かない。


「まあつまり、気を付けてねってこと」


 そろそろ潮時だと悟ったのか、先輩はそんな風に言って私に背を向けて去って行った。バイバイと振られる手に、振り返そうと上げかけた手を我に返って背に回した。





 その日の夜だった。一人、お喋りオウムへとやって来てその扉を開いた私は、部屋の中にいる人物を見留めて思わず駆け寄って手を伸ばした。


「真理亜さん! あざみちゃん!」


 その勢いのまま、そこにいた二人に抱き付く。微笑ましそうに頬を緩める真理亜さんが私を受け止め、ぎこちない動きと表情を浮かべつつもあざみちゃんも私の手を握ってくれた。えへへ、と頬が緩む。最近は中々二人と会うことができなかったから久しぶりだ。

 そうして喜んでいる私に、真理亜さんが声をかけてくる。


「今日は一人なの?」

「はい。東雲さんは別の仕事で」


 ふぅん、と頷く二人はお互いの顔を見合わせ、僅かに喜びの色を浮かべた。どうしたんだろう? と私は一人首を傾げる。


「今回は真理亜とあたしと和子の三人で組むみたいね。そうでしょう?」

「ああ」


 あざみちゃんの問いにカウンターの向こうにいた如月さんが頷く。椅子に背を預けると、キィと軋んだ音を立てた。


「第三区で今度開催されるミスコンがあるんだけど……」

「ああ、それ知ってる。半年に一度やってるやつでしょ?」


 三区に住んでいるあざみちゃんは当然のように知っているらしい。如月さんの言葉を引き継ぐように彼女は言った。


「第三区にはオシャレが好きな人が多いから。半年に一度、大きなミスコンを開いてるの。勿論第三区に住む人以外も大歓迎だけど。そこで優勝すれば協力店の服や化粧品とかがタダで貰えるし、何より美人だって認められて嬉しいから、たくさんの人が参加してる。色んな店の店員が自社製品を身に付けて、宣伝として参加する場合もあるしね」


 そうそう、と頷く如月さんにあざみちゃんが顔を向け、小首を傾げた。


「で、そのミスコンがどうしたって?」

「歴代の優勝者が相次いで殺されてるんだ」

「殺されて?」


 一瞬にして不穏な空気が張り詰める。どういうことかしら、と訊ねたのは真理亜さんだった。


「前回優勝者、前々回の優勝者、そのまた前回の優勝者。彼女達がここ一ヶ月の間に次々殺されてる。後者の二人は昨日の朝早く、三区の路地裏と森外れで発見された。最初の一人は四日前に公衆トイレで。全員がもれなく顔や体中を切り刻まれて無残な死体となっていたみたいだ」

「……もしかしてその死体って、口が大きく切られてたんじゃないですか?」


 よく知ってるね、と如月さんが目を瞬かせて笑んだ。知ってたの? とあざみちゃんに聞かれ、小さく頷く。思い出していたのは今日聞いたばかりの一年先輩の話だ。


「聞いた話なんです。何でも、都市伝説の口裂け女が実在して……」

「口裂け女!?」


 あざみちゃんが上擦った声で叫んだ。パッと耳を両手で塞ぎ、顔色を青くしている。キョトンとしながらも私が再度口を開くと、「やめて!」と叫んで首を振る。


「もしかして、怖いの苦手?」

「はぁ? んな訳ないわよ! ちょっと……そう、耳鳴りがしただけで……」

「耳鳴りといえば、近くにオバケがいるときにもよく耳鳴りが」

「やめてよ!!」

「――でも待って。その人のニュースは多分見たけど、他にも被害者がいるなんて初耳よ」


 真理亜さんが怪訝そうに言った。確かに、私が一年先輩から聞いたのも一人がニュースに出たということだけだ。それにそれとミスコンが関係あるなんてどうして分かるんだ。


「だろうね。残りの二人を見つけたのはこっち側の人間だから」


 如月さんの言葉に真理亜さんとあざみちゃんは納得したように頷いた。分かっていないのは私だけらしい。如月さんが私に説明してくれる。


「裏社会の人間が被害者を見つけたんだ。死体を調べたのも同じ。だから、その死体はまだ表向きには見つかっていないことになっている。このまま失踪扱いになるかもしれないけど」

「え、何で警察に……」


 行けるわけがないか、と自分で納得した。路地裏と森外れはどちらもあまり通らない道だ。そういう場所を通って死体を発見したということは、十中八九その人物も人に言えないようなことをしていた最中だったのだろう。死体の第一発見者となれば当然警察から事情聴取を受けることになるだろうし。死体を持ち去って調べるに至ったのも似たような理由かもしれない。

 真理亜さんが気怠げに前髪を掻き上げる。つまり、と伏せがちの目を如月さんに向けた。


「私達は何をすればいい?」

「ミスコンの優勝者達を殺している人間を見つけ、これ以上被害を出さないように説得してほしい」

「いつも通り殺せってことね」

「別に殺せとまでは言ってないさ」


 よく言うわ、と真理亜さんが苦笑を浮かべた。人殺しを説得なんてできるわけないでしょう、と。


「優勝者がターゲットだということは調べた結果で分かってるんですよね? じゃあ、とにかくミスコンに行って、優勝者を見張っていればいいんだ」

「それもありだけど、それだとその人を危険に晒すことになるんじゃない?」


 私の意見にあざみちゃんが難色を示す。そっかぁ、と呟いてじゃあ他の方法があるだろうかと二人で思案していると、


「他人をむざむざ危ない目に遭わせなくてもいいじゃない」


 真理亜さんが呟く。私とあざみちゃんは同時に彼女を見て、不思議そうに眉を顰めた。どうやって? と表情で尋ねる私達に彼女はニッコリと微笑んで、なんてことないかのように言い切る。


「優勝すればいいのよ。私達が、大会で」









「わー! 見て見て! ほら、このヘアバンド、凄く可愛い!」

「ああ、いいかも。でもそれだったらこっちに合わせた方がいいんじゃない? パステルカラーとか」

「二人ともこの色違いのワンピースとかどうかしら。どっちも茶髪だし、茶色には明るい空色……いや、オレンジのグラデーションも似合うわね」


 軽快なリズムの洋楽が流れる。色とりどりのアクセサリーや服に目移りしながら、これが可愛いあれが素敵と三人で会話を弾ませた。気になる服を見つけては鏡の前で合わせたり、試着して実際に確かめてみたり。前に真理亜さんと買い物をしたことを思い出す。あのときも凄く楽しかったけど、今日はあざみちゃんもいるからもっと楽しいな。女子会って感じがしてドキドキする。

 けれど勿論今日、こうしてショッピングをしているのはただ遊ぶためじゃない。ちゃんとした仕事の一環だ。


 昨夜の情報屋、真理亜さんが告げた作戦は至極単純の一言に尽きた。優勝者が被害に遭うのだったら、自分達の誰かが優勝者になればいい。そうすれば危ない目に遭っても対処ができる。

 ……だがいくら単純でも、それは到底難しい。あざみちゃんが言うようにコンテストには毎回大勢が参加する。その大勢の中でナンバーワンになれるかなんて、眩暈を覚えるような話だった。もしも他の項目だったらいくらか勝率はあったかもしれない。だけど、ミスコン、美人の競技会。

 それでもやってみるしかない。失敗するにしろ、可能性は僅かでも生むべきだ。だからこうしてコンテストで自分達に似合う服を買うべく、三人で買い物にやって来ているのだ。


「あざみ。このワンピースはどう? あなたによく似合うと思うけど」

「うーん、白いワンピースだったら、あたしより和子の方が似合うと思わない? ほら」

「あら可愛い。じゃあ、合わせるとしたら春っぽいこっちのピンクのパーカーがいいかしら。それともあえてこのミリタリージャケット?」


 気が付けばいつの間にか二人が私の服装を見定めていた。何してるんですかぁ、と恥ずかしくなって顔の前で手を振る私に、二人はずいと顔を近付けてどちらがいいかと聞いてくる。自分の服を選んでいたはずなのに、いつから私の服選びになっているんだろう。


「んー……こっちのジャケットの方、かな?」

「へぇ、意外。和子はてっきりパーカーの方を選ぶと思った」

「色とかはそっちの方が好きなんだけど、でも」

「でも?」

「…………このジャケット、東雲さんのコートと似てるから」


 えへへ、と緩んでしまう口元を両手で覆う。東雲さんのモッズコートもカーキー色だし、ミリタリー風の雰囲気だからよく似ていた。白いワンピースの上に着たらお揃いみたいになるかな。もしそんな格好をしたら、東雲さんは何か言ってくれるかな。

 一人ニヤニヤしていた私の前で真理亜さんとあざみちゃんが顔を見合わせる。二人はムッとしたように唇を尖らせ、何故かジャケットを戻してワンピースとパーカーを持って私の前にあてがわせる。


「似合うじゃない和子。ああいう印象のジャケットよりあなたはこっちの方がいいわ。ああいう印象のジャケットより」

「そうそう。春だしピンク色の方が可愛いわよ。こっちがいいと思う、こっちが断然いいと思う」

「え、えー? そうかなぁ」


 絶対そう、と二人が口を揃えて大きく頷いた。そんなにジャケットは似合わないだろうか、試着してみようかなと思ったんだけど。まあこっちはこっちで凄く可愛いし気に入った。一度試してから買おうかどうか決めようかな。

 ミスコンまで残り約一週間。それまでの時間、しばし私達は女子だけでの華やかで楽しい空気を味わった。

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