第38話 製薬工場
パキリ、とガラスの砕ける音が聞こえて私達は工場内を覗き込んだ。静寂の満ちる空間の中に、僅かに緊迫感が張っている気がした。誰かがいるのかもしれない。もし敵だったら、正面から入ればバレてしまう、窓から潜入するしかない。東雲さんと仁科さんに振り返って頷く。この窓から入れるのは、多分体格的に私でもギリギリだ。
壁のへこみに足を引っかけ、窓から内部に上半身を突っ込んだ。それでも誰も出てこないことを確認してから滑り込むようにして抜けた。埃っぽい空気に噎せそうになるも堪え、そっと忍び足で歩く。辺りにはほとんど何もない。せいぜいコンテナが固まっておかれていたり、ネジやガラス片がばら撒かれていたりするだけだ。しかし、そのガラス片を見て私は眉根を寄せる。その周囲に小さな血痕があった。それも、まだ乾いていない真新しいもの。
緊張に心臓が鳴る。静かに深呼吸をして呼吸を整え、そっとコンテナの周りを見て回った。ナイフの柄を強く握りしめる。その中で他のものより小さいコンテナを見つけた。蓋が完全には閉まり切っておらず、僅かに隙間が開いている。そこから押し殺したような、小さくも荒い呼吸音が漏れていた。
「……………………」
昔、かくれんぼが少し苦手だった。小学生の頃は公園とか学校でよく友達とかくれんぼをして遊んでいたっけ。隠れるときの鬼に見つかりそうな恐怖は勿論、鬼になったときも怖かった。そこに隠れている人間がいるかもしれない、いないかもしれない。いないと思って見たときにそこに人が隠れていたときは本当に驚いてしまう。だから私は、『いるかもしれない』、『いないかもしれない』、二つのパターンを考えて覗いていた。具体的には別物だが、シュレーディンガーの猫みたいなものかもしれない。
そんなことを思い出しながら、私は一息にそのコンテナを開けた。
暗闇に溶け込むように身を縮ませた少年が、私を見上げて固まっていた。
「ひっ! ご、ごめん、ごめんなさい! 許して、助けて!」
私以上に驚き脅えている彼は、ビクビクと体を震わせて頭を両手で守る。大声を上げながら泣き出す様子に一瞬虚を突かれたが、すぐ我に返って少年の肩を掴んだ、ビクッと顕著に跳ねるのを落ち着かせるよう、ゆっくりとした口調を意識して話しかける。
「大丈夫だよ! 大丈夫、落ち着いて。私はあなたの味方だから。何も怖いことしないから、安心して」
「……ほ、ほんと? 本当? 連れて行ったり、しないのか?」
「しないよ」
静かに言って彼の頭を撫でる。信じてくれたのだろう、彼は一気に涙腺を崩壊させて泣きじゃくりながら私に抱き付いてきた。よしよしとその背を擦りながら正面出口に向かう。
外に出て二人と合流すると、二人の気迫に気圧された少年がまた泣きそうになる。それを何とか私が宥めながら、何があったのかを聞き出すことにした。
「……お、おれ、施設から逃げ出してきたんだ。一緒に住んでる奴らといつも喧嘩してばっかで、それを止めるおばさん達もいつもおれを悪者にするから、ウザくなって……。それで一昨日脱出したんだけど、その後すぐよく分かんないおっさんに捕まって。警察だと思ったんだ。でも、なんかそのままおれのこと縛ってきて。最近おばさん達が噂にしてた誘拐犯だなって気付いたんだけど、どうしようもなかった」
「一昨日? 今日じゃないの?」
「違う。おっさんが電話してるのを聞いたんだけど、『何人かを集めてからじゃないと運ぶ手間がかかる』とかなんとか……。だから二日だけおっさんの家みたいなとこに転がってたんだけど、あいつ独り言多かったからその他にも色々聞いたんだ。『子供を道具にする』とか『金にしてやる』とか。おれ、めっちゃ怖くなって逃げようとしたんだけど、バレて殴られた。すっげー痛かった」
そのときのことを思い出したのか、少年は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「だけど逃げなきゃ絶対やばいって思った。だから今夜ここに連れて来られたとき、見張りの隙をついてここに隠れたんだ。そのとき怪我しちゃったけど……」
そう言った少年の足を見れば、ガラスで切ったのだろう、じくじくと血を滲ませて赤く腫れていた。大きな怪我ではないけれど歩く際には不具合があるかもしれない。
「なあ、姉ちゃん達は皆も助けてくれるの? おれ一人だけ助かるのも、なんか嬉しくない」
「任せて、ちゃんと助ける。君もすぐに手当てしようね」
言いながら頭を撫でると、彼は涙をその目に潤ませた。
数分後、工場の前に二台の黒い車が停まった。一般的な乗用車よりは僅かに大きめのその車は、のっぺりと光沢のない黒で塗られて、夜に溶け込むようにどこか不気味に見えた。
トラックを追いかける、と東雲さんが連絡して寄越した車のようだが、どう見たってタクシーじゃない。一般人が運転しているようにも見えない。運転席から顔を覗かせた人は中年のおじさんだったけれど、辺りが暗いせいか顔全体に影が差し、怖い。二台目の車から降りてきたのは、同じように寡黙な雰囲気を漂わせる女性で、彼女は少年を預かるように車に乗せてすぐに走り去っていった。きっと病院に送ってくれるだろう。
「発信機の情報を送るから、それを追ってくれ」
「分かりました」
東雲さんと運転手さんが軽いやり取りをする。車の後部座席に私達が乗り込んですぐに車は出発した。海岸辺りだから道路の行き交いが少ないせいもあるのだろうが、すいすいと滑らかに走る。窓の外、街灯の明かりが風を切るように後ろに流れていくのをぼんやり見つめながら、右隣に座る東雲さんの顔を見た。
「東雲さん。この車って?」
「運び屋だ」
「麻薬とか覚醒剤とかを国外に……」
「そういう運び屋もあるけどな」
シートに深く腰掛けて東雲さんが私に目を向けた。
「違法な荷物以外にも、こうしてタクシー代わりとして人を運ぶこともある。普通の車を使えば怪しまれるとき、危険すぎてタクシーが行きたがらない所、そういう場所だと運び屋に頼んで連れていってもらう方が楽なんだ。薄命先生のホスピスみたいなものだ」
裏社会用のタクシーというところか、と納得して運転手さんの後頭部に視線を向けた。私達の会話など耳に入っていない様子でただ前を見つめている。
仁科さんもこういうのを使ったことがあるんだろうか、と思って逆の方向を見た。左隣に座っている仁科さんは窓に頭を寄せて静かな寝息を立てていた。苦笑いをしながらそれを見ていると、何だか私も眠くなってきた。目を擦っていると東雲さんが言う。
「付くまで時間はある。寝ててもいい」
「でも…………」
「体力は温存させておけ」
「……分かりました」
東雲さん一人だけを起こして寝てしまうのも少し憚られたけれど、今は甘えておくことにする。仁科さんの肩に寄りかかりながらパーカーの袖に指先を隠し、目を閉じた。
次に目を開けたとき車は停まっていた。運転席に座ってじっとしていた運転手さんが私の気配に気付いたようで、振り返って軽く頭を下げる。私もぺこりを一礼して、まだ完全に眠りから覚めていない目を瞬かせた。
ここはどこだろう。窓外に見えるのは何もない、閑散とした道路と林が広がっているだけだ。左隣ではまだ寝息を立てている仁科さんの体温を感じたけれど、右を見てみれば東雲さんの姿がない。窓の外、車から離れたところで一人立って空を見上げている東雲さんの姿があった。体を動かしてドアの方に寄れば、それまで私の肩にかけられていた東雲さんのコートがずれる。
車から降りて彼の元へ近付く。私に振り返る彼の隣に立ち、コートを渡して話しかけた。
「ここは?」
「目的地の手前だ。車で近付きすぎると危ないからな」
袖に腕を通しながら東雲さんが説明してくれる。
「発信機はここからしばらく行った所で止まっている。子供達が集められているのは確実にそこだろうな。ここで待機して、時間が来たら乗り込む。その後はそのときに考えよう」
「そこってどこですか? どんな場所で、それに待機って? 着いたんだったら一刻も早く向かわないと!」
「焦るな。大丈夫だ、まだ向こうに危険な動きはない」
東雲さんは通信機を耳の横で振った。時折啜り泣きや不安に脅える声が聞こえてくるだけで、悲鳴は今のところ聞こえてきていない。東雲さんはずっとこれを聞いていたのだろうか。
「この先にあるのは製薬工場だ」
「製薬工場?」どうして子供達がそんな所に。
「ああ。慌てて行ったところで怪しまれて追い出されるだけだろう。だから、怪しまれず侵入する方法を使えばいい」
東雲さんが空を見る。さっき車内の時計を見たときは五時過ぎだった。空が白み始め、青白く染まっていく。夜明けだ。
来た、と彼が小声で呟いた。え? と聞き返そうとしたとき、私の耳に車のエンジン音が聞こえてくる。咄嗟に顔を道路に向けると、小型の清掃車のような車が向かって来た。前方にいた私達と車に気付いたのか少し速度を緩める。と、東雲さんが一歩道路に出て大きく車に手を振った。数メートル先で止まった車から一人の男の人が降りてくる。
「どうかしましたかー?」
温和そうな顔をした小太りの男の人だ。体型よりも小さめの緑色の作業着を着ているようで、裾や肩がぴっちりしている。私達の方に笑顔で歩み寄って来た彼に、東雲さんが作り笑顔で応えた。
「向こうへ向かってる途中に車がパンクしちゃいまして。皆さんはどちらへ?」
「えっと、僕達はこの先にある製薬工場の清掃に向かう途中なんですけど……この先ってその工場ぐらいしかないですよ? 山の中ですし、他に建物もない。工場に用事でもあるんですか?」
「ええ、大急ぎで渡さなくちゃならない大事なリストをちょっと。それより、こんな早朝からお一人で工場の掃除ですか」
「あはは。あそこはいつも朝から晩まで忙しいらしいから、掃除できる時間がこの時間ぐらいしかないんですよ。おかげで毎日早起きしなきゃで大変だ。でも他にも二人仲間がいるんで、掃除はそんなに大変ではないですがね」
「それでも、たった三人で工場一つの掃除とは偉い」
感心するように頷いて、東雲さんがふと視線を男の人の後ろに向けた。釣られるように男の人も振り返る。視線の先に何もないことに不思議そうに首を傾げながら、再度東雲さんに顔を向け直す。
「ところで、お急ぎのリストでしたら僕達が代わりに――――」
男の人の声は最後まで続かなかった。息を呑むように喉から引き攣った音が出る。
それまでの笑みを消し去り、凍てつくように冷たい表情を浮かべた東雲さんが、取り出した銃の銃口を男の人の眼前に突き付けていたからだ。
「っ、あ、っ…………なっ……」
「後ろを向いて手を上げろ」
低く唸るように東雲さんが言うと、蒼白の顔をした男の人はゆっくりと指示に従う。その光景が見えたのだろう、車の助手席と後部座席の窓から二人の人間が顔を覗かせた。一人は同じくらいの歳の男性、もう一人は若い女性。二人はキョトンとした顔をしていたものの、東雲さんの銃を見た途端に同様に顔色を白くさせた。
東雲さんに目で合図され、私は唾を飲んで二人の元へ向かう。凍り付いたように動かない二人は近付いてくる私にどこか同情するような目を向けていた。恐らく、東雲さんが強盗にでも見えていて、私はそんな彼に脅迫されて動く被害者にでも見えていたのかもしれない。
「車から降りてください」
けれど私が腰から取り出したナイフを構えて言うと、その目に一気に戸惑いと脅えが広がった。ナイフを突き出して催促すると、ようやくぎこちなくながらも二人が車から這いずるように出てきた。手を後頭部で組ませて、ゆっくり前だけを見て歩かせる。震える足取りで数回転びそうになるも、二人を何とか東雲さんの前に連れてくることができた。
「服を脱げ。作業着だけでいい」
東雲さんが言う。顔を見合わせて一瞬渋る様子を見せる三人に銃をチラつかせ、強制的に従わせる。たどたどしい手付きで作業着を脱ぎ、地面に下ろし、土の上に直接正座する。シャツ姿になった男の人が引き攣った声を絞り出した。
「たっ、頼む……命は、命だけは……」
東雲さんは返事をしなかった。それが更に彼の不安を煽ったようで、嗚咽混じりに男の人は同じ言葉を繰り返した。寒々しい気温の中で彼の腕には鳥肌が立っている。白い息を吐いて、東雲さんがようやく言葉を発した。
「なあ。あの工場に行くとき、いつもどうやって入ってる?」
「え、えあ……? どう、どうやって、どうって…………」
「厳しいチェックなんかがあるのか?」
「……な、ない。いつもは、車で普通に通ってるだけで入れるんだ……」
「本当に? 工場とか、チェックが厳しいもんじゃないのか」
「本当だ! 頼む信じてくれ! あそこは、た、確かに厳しいが、それは薬を扱う部屋だけで、そこには僕達も入ったことはない。最初は確かに厳重にチェックされてたけど、長年毎週行ってるせいで、受け付けも毎回するのが面倒になってるんだ」
「そうか」
男の顔を東雲さんが覗き込む。涙目になった彼の震える喉仏に銃口をゴリッと押し付ける。呼吸さえも止めてキツク目を閉じる彼に、東雲さんは静かに目を伏せた。嘘じゃない、そう認識したのだろう。
そして東雲さんは銃の持ち手をくるりと回転させ、銃把でこめかみを殴り付けた。女性が悲鳴を上げる前で、男の人がドサリと地面に体を倒す。
「う、わあぁっ!!」
それを見ていた男性が恐怖か興奮かよく分からぬ大声を上げて立ち上がろうとした。咄嗟に足払いをすると驚愕の表情で彼は前のめりに倒れる。東雲さんが背後から彼に馬乗りになって首を絞める。同時に私に目配せをしてきた。ハッとして、私は真横で涙を流し愕然としている女性に拳を握る。
「失礼します!」
え、と女性がこっちを見たのとほぼ同時に彼女の顎に拳がめり込む。大きく横に頭部が揺れ、そのまま白目を剥いて彼女が膝を崩す。地面に顔から突っ込みそうになるのを慌てて支え、ゆっくりと仰向けに横たえた。拳がジンジンする。
その後気絶した三人を運び屋の車に放り込んで、私と東雲さん、叩き起こしてまだ眠そうな仁科さんで、服の上から作業着を着る。幸いサイズにそれほど問題はなかった。運び屋に頼んで清掃員達が乗って来た車に乗ってもらい、運転してもらう。そうして数分後に道路の先に白くて大きい建物が見えてきた。
「ご苦労様です」
建物内の白い廊下を進んでいると、擦れ違った白衣姿の男性に会釈をされた。帽子を目深に被って私も会釈を返す。頭を下げたまま上目がちに前を見ると、両手にバケツを下げて堂々と歩く東雲さんと、その斜め後ろでふわふわとした足取りで歩く仁科さんの背が見えた。仁科さんの白い長髪は目立つので、今は一本に縛って帽子の中に隠している。
清掃員さんの言っていた通り、入口はチェックも何もなく入ることができた。けれど問題はその後。こうして掃除をするフリをしながら廊下を歩いてみてはいるけれど、この建物内のどこに子供達がいるかはさっぱり分からない。どうするのかと思っていれば東雲さんが携帯を取り出して何かを数言話していた。
「管理室に行くぞ。そこでなら、カメラに子供の場所が映っているかもしれない」
東雲さんの言葉に頷いて進む。階段を上ってしばらく歩いた後、管理室と書かれた部屋を見つけた。流石に鍵がかかっているようで、しかも掌形認証式だ。すると東雲さんが携帯に小声で告げた。
「オウム。管理室のモニターに誤作動を起こせるか?」
しばし話した後、東雲さんは携帯を私に投げて扉の脇でじっと構えた。獲物が出てきたら今にでも襲いかかりそうな獰猛な目付きをしている。それにゴクリと固唾を呑みつつ、何気なく携帯に耳を当てた。如月さんのぶつぶつ不貞腐れたような声が聞こえてくる。
『そんな急に言われてもさー、普通すぐにそんなのできるわけないじゃーん? 人使いが荒いったら全く……』
「如月さん?」
『お、ネコ。ちょっと待ってて。もう少しでいけそうだから……』
声の背景から、キーボードを叩く音やマウスをクリックする音が聞こえてくる。如月さんのタイピングとか、普段から早いなと思っていたけれど、今はそれ以上の速度で動いているようだった。音が連なって聞こえる。
「…………ハッキング?」
『うーん、この場合は不正なアクセスだから、どちらかっていうとクラッキングかなー。オレはクラッカーってことだね』
「く、くら? ビスケット?」
『よしいった』
如月さんの弾んだ声が聞こえた瞬間、扉の向こうの管理室の空気が変わった気がした。勿論声が聞こえてくるわけじゃないけど、何だか、少し混乱しているような雰囲気というか……。
ピーッと電子音が聞こえて我に返る。同時に扉が開き、そこから一人の男性が出てきた。彼は面倒そうな不機嫌そうなぼーっとした顔で出てきたけれど、すぐに廊下にいた私達に気付いてギョッとする。直後、東雲さんが腕を伸ばして彼の喉を押さえ上げた。彼は悲鳴を上げようとするも、喉が締め上げられていて呻き声しか漏らせていない。ミシミシと嫌な音がその力の強さを示している。喉にかかった腕を必死に掻き毟っていた彼の腕がダラリと垂れ下がった。
「――――ったく、いきなり壊れるとかどうなってんだぁ? 機械の不調だろうと怒られるのは俺らだってのに」
管理室からはもう一人男の声が聞こえてきた。そっと中を覗き込むと、電気も付けずに薄暗い室内で、椅子から腰を浮かせて画面に映る映像を見ている男がいた。何十もの画面のうち数個にノイズが走っている。ぶつぶつと独り言を呟く彼は画面に集中しているのか、音も立てずに室内に入って来た私達に気付く様子はなかった。
「給料いいからってこんな仕事やるんじゃなかったな……何も面白くねえ。畜生が死ぬ様子ばっか見て、なぁにが楽しいんだか。どうせ見るならエロいのばっかならいいのになぁ! ははっ。なーんて、こんなこと言ったってどうしようも」
仁科さんが取り出した小型ナイフを男の首に突き立てて捻ると、彼はそれ以上一言も発さぬまま椅子から崩れ落ちて床に体を叩き付けた。邪魔な死体を足で脇に退かして、仁科さんは何事もなかったかのような顔で、頭上にあるたくさんの画面に目を向けた。
「…………どこ?」
私も死体から目を逸らすように顔を上げる。たくさんの画面それぞれに人が動いていた。白い建物の中、白衣姿で働いている。ある画面では試験管に入った薬品を綿棒に取っている人が、ある画面ではモルモットに注射を打って経過を観察している、ある画面ではまだ新人と思しき若い女性と男性が資料を手に談笑している。子供達はどこにもいない。どこ? どこに連れて行かれたの?
入口を警戒しながら画面を見ていた東雲さんが、あっと声を上げて一番隅にある画面を見た。いた、子供達だ。それまでの部屋とは少し違う、コンクリートが剥き出しになった無機質な部屋に二十人ほどの子供達がいるのが見えた。すぐにその映像は消えて別の部屋が映されたが、しばらくするとまた子供達の映像が映し出される。F-6、という英数字が映像の上部に映っている。恐らく部屋番号だろう。
「F-6? そんな部屋どこにある?」
東雲さんが苛立ったように吐き捨てた。その言葉を疑問に思って私が彼の視線の先を見ると、壁にこの建物のマップが張られていた。英数字で分けられた部屋。ざっとA~Eまでの数字が記されているが、細かな場所にまで目を通してみたが、どこにもFの文字はない。
「このマップが間違ってるんじゃないのー? それか、秘密の部屋みたいなのだったり」
「秘密の部屋? だけど建物のどこかに隠し部屋を作ったところで、外から見たらバレるだろう」
「外から見てもバレないってことかも」
「そんなのどうやって作るんだ……」
東雲さんと仁科さんの会話を聞いて、ふと思い付いたことがあった。そろりと挙手をすると二人が不思議そうな顔で私を見る。
「あの、地下室とか……」
どうでしょうか、と確証はないながらも言ってみる。東雲さんと仁科さんは一度顔を見合わせ、それからまた私を見た。
 




