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第20話 誰か拾ってください

 夜十時。空は黒い雲に覆われ、月も星も見えない暗い夜だった。冷たい風を浴びながら、私はぼんやりと足元に視線を落とす。

 シャッターの仕舞った店が連なる。それでもゲームセンターやコンビニや居酒屋はまだ開いていて、人通りは一向に減る気配を見せなかった。閉まった店先の段差に座る私の視線の先を、色々な靴が足早に通り過ぎていく。


「和子」


 一つの靴が視線に留まる。黒いタクティカルブーツだ。ゆるゆると視線を上げると、私の顔を覗き込むように僅かに腰を屈めて東雲さんが立っていた。

 仕事帰り、用事があると言って私を残し第七区の裏通りに向かった彼の手に、一つの大きな紙袋が下げられていた。それが揺れる度、カチャリと固い物がぶつかる音がする。

 立ち上がり、ズボンに付いた汚れを払って彼の横について歩く。歩きながら彼が言った。


「今日はいつもに増して身が入っていなかったぞ、どうしたんだ」

「……ごめんなさい」


 今夜の仕事はとある大学の教授殺害だった。奇襲をかけた上、武器を持っていなかったこととそれほど体を鍛えている人でもなかったため、仕事の中では比較的簡単なものだった。

 けれど今日の私は仕事に集中できなかった。そのせいで教授に逃げられそうになってしまい、何とか足止めすることはできたものの、危うく依頼を失敗してしまうところだった。


「どうしたんだ、何かあったのか」


 悩みが表情に出てしまったのだろうか。東雲さんが叱るような声から心配するような声色になる。私は返事はせず、ただ首を振って目を伏せた。


 昴……一年先輩の正体を知ってから、まだ一日と経っていない今日。昼に知ってしまったショックな出来事から私はいまだ立ち直れていないのだ。一年先輩のことは尊敬していた。だからこそあんな人だったということがとても残念で悲しくてしょうがなかった。

 そもそもあの人が私達と同じ殺し屋だったなんて。これまで東雲さんや如月さんに聞いた話によれば、明星市の殺し屋は手を組んで仕事をする例もあるらしい。もしも強制的に先輩(カラス)と組まされてしまったら? 考えたくもない。あの人とはあざみちゃんや真理亜さんのように交友的になることはないだろう。

 あの人の考えはまるで掴めない。けれど私に嫌がらせをしてくることが好きだということは辛うじて分かる。私の嫌がること。やっぱり彼も言っていた、私の居場所を壊すこと。

 いつの間にか殺し屋(ここ)は私にとってかけがえのない場所になっていた。誰からも必要とされなかった私に存在意義を与えてくれる場所。どんなに残酷なものを見ることになろうが、それでもそこに私の場所があるということだけで、あれほど常に思い望んでいた死すら払ってくれる、大切な居場所。

 それをまた奪わせなどするものか。

 死ぬまでこの仕事を続けるということはないだろう。いずれは私も殺し屋を引退し、普通に幸せな生活を望むだろう。けれど今は普通も幸せも私にはない。いつか、いつか私が新たな居場所を見つけるまで、せめてそれまで、この居場所を奪わせなどするものか。



「おい」


 東雲さんの声に我に返る。険しく強張っていた顔を慌てて解した。


「は、はいっ、すみませ……」

「静かにしろ。何か聞こえないか?」


 え、と東雲さんの顔を見る。普通にしていても人を睨んでいるような目付きが、通りの角へと向けられていた。息を潜めて黙ると、私の耳にもその方向から何やら物音が聞こえてくる。

 いやそれは、ハッキリと人が話す声。馬鹿笑いをする声だった。


「君迷子ー? どっから来たんでちゅかー?」

「おいおい、そんな糞と排水溝の臭いした迷子がいるかよ! どうせ捨てられてたんだろ? くっせー!」

「捨て子なら売れんじゃね?」

「マジかよ。金になるかねぇ」


 複数人の男の不穏な会話。続いて、


「はなせ! なんだおまえら、はーなーせーよー!!」


 舌足らずな高い子供の声が。同時に私は駆け出した。東雲さんの呼び止めようとする声を振り払い、通りの角を曲がり、更に路地の奥へと進む。会話が次第に明瞭に聞こえてくる。あと一つ角を曲がれば現場に着く、というところで足を止め、建物の陰からそっと様子を窺った。

 暗い細道にいる五人の男。暗いせいでその顔は見えないが、全員のふらついた足取りと揺れる声から、酔っぱらっているのだろう。そのうちの一人が手に何かを下げている。形からするとただの大きなボロ布にしか見えない。けれどよく見れば、その布はもぞもぞと激しく動いていた。子供の声はそこから聞こえる。


「ばか! ばかばか! いたいだろ、はなせ! ママよぶぞ!」

「あぁ? 母親いんのかよ、そのナリで?」


 毛布を掴んでいる男が低く笑い、毛布を捲る。その隙間から垂れる長い黒髪。貞子のようにも見えるほどの長さに、数人が驚いたように笑った。


「なあガキ。ちょっと兄ちゃん達と面白い所に行こうぜ。大丈夫さ、楽しいだけだから」


 これ以上は見過ごせない。そう考え飛び出そうとした私の肩を掴んで止める人がいた。東雲さんだ。振り向き、頬を膨らませて小声で会話をする。


「何で止めるんですか。あの子、危険でしょ!」

「あのな、だからってわざわざ俺達が止めるのか。交番に行けばいいだろ? いくらなんでも対処してくれるさ」

「そんなことしてたら手遅れになる!」

「……分かった。俺があいつらを足止めするから、お前がその間に警察を呼んで来い」


 分かりました、と頷きかけたとき、もう一度子供の声が聞こえた。けれどそれは怯えているというよりも疑問を投げかけているだけの、今の状況に相応しくない声色で。東雲さんも私も思わず足を止めて目を向ける。


「たのしいところ?」

「ああ。優しいお姉さんやお前と同じくらいの子供もいるぜ、きっと。ママだってそこにいるから」

「ママも?」

「すげえ楽しいんだぜ。明るい太陽がさんさんと降り注ぐ、素敵な場所だ」

「あかるい? ……まぶしい、ってこと?」

「あ? ああ」


 すると子供が「じゃあママはいないよ」と首を振る。怪訝そうに首を傾げる男達に、子供は言った。


「だってまぶしいとこは、ママ、いきたくないっていってたもん」

「あ? ――ギャアァッ!?」


 突然悲鳴が上がった。驚き目を見張ると、毛布を掴んでいた男が激しく暴れて右腕を振っていた。その手の先には毛布の塊が巻き付いていた。

 状況が掴めないのは私達だけでなく、男達も同じようで、表情こそ見えないものの狼狽えているのが動作で分かった。


「おい? おい、どうしたんだ、おい!」

「指、ゆびぃ!! こ、こいつ、こいつっ! 俺の指っ食ってるっ! いがああぁっ!!」


 ザワリと空気が騒ぎ出す。男の、恐らく右手の人差指辺りに噛みついているその子供。歯の力は一向に弱まりそうもなく、むしろ鋭く切っ先を肉に食い込ませる。男の絶叫と比例するように、子供の立てる音も大きく響いた。

 ギチギチと歯が肉に食い込む音、プチブチと筋肉を切断していく音、骨に到達したのか固い物をキシキシと歯で擦る音。指を食われている男は恐怖と痛みに錯乱し、近くの壁に空いた拳を叩き付け、地面に倒れた。

 と、子供がぷはっと息と血を吐いて口を開けた。男の絶叫が一旦止み、大きく息を吐こうとした瞬間。

 子供は再度その指に口を付け、ミチリと指を噛み千切った。


「…………――――っ!!」


 僅かな空白の直後、泡立った咆哮が男の口から溢れ出す。ビクビクと痙攣する男は荒い呼吸を繰り返し、子供の方に顔を向けて口を開く。


「っの! ガ、ガギィ! ころっ、殺し、ごろしでやるっ! ぢくしょ、でめ、えぇ!」


 震える手がコートのポケットに突っ込まれる。そこから取り出した短い棒のような折り畳みナイフが子供に向けられる。

 と、子供が呆気なくそれを奪い取った。慌てる男の前で、子供は楽しげなおもちゃをいじるようにそれをこねくり回す。


「なにこれー? ……わっ、すごい。なんかでたー!」


 折り畳みナイフの刃を出して喜ぶその子は、倒れる男とその周りでおろおろしている男達に無邪気にその切っ先を向ける。当然男達は後ずさり、屈託のない笑い声だけが上がる。


「かっ、返せっ、てめっ!」

「やぁっ、やー! とっちゃだめー!」

「返せぇ!」

「だめって、いってるでしょー!」


 手を伸ばされナイフを奪われそうになったその子は、ムッとした声で倒れる男に怒る。

 そしてまるで頬を叩くかのように、軽い力で、けれど恐らく全力で、

 ナイフを握っていた右手を、男の首に突き刺した。


「?」


 男はしばし動かなかった。けれどゆっくりとその手を首に回し、そこから生えているナイフを確認し、そっと手を子供に伸ばし……そして子供は躊躇もせずにナイフを首から抜き取った。


「ぷごっ」

「あれ?」


 喉から空気と大量の液体をべしゃべしゃと零し、男はビクビクと痙攣する。その痙攣はゆっくりと弱まっていき、動きも呼吸も止まってしまった。

 子供はおかしそうに首を傾げ、何を確かめたいのかナイフを何度も男の体に突き立てては抜いた。もう身動ぎ一つしなくなった彼を見て、子供は困ったように呟く。


「おにいちゃんも、でんちぎれ?」


 その言葉でたがが外れたように、残る男達が酔いも冷めた足取りで逃げ去っていく。「救急車、いや、警察!」「待って、置いていくなよぉ!」蜘蛛の子を蹴散らしたように去る彼らを子供は追いかけることもせず、かといって慌てる様子もなく、大きく欠伸をして、体からずり落ちかけていた毛布に包まる。


「おやすみなさぁい」

「ちょ、ちょっと!?」


 そのまま地面に転がって寝てしまおうとするその子。慌てて飛び出し近付けば、ツンとした耐えがたい悪臭がその子と毛布から漂ってきて、思わず呻いた。すえた生ゴミと汚物を一緒くたにして数日経ったような……納豆をドブに放り込んで夏場に放置したような……そんな刺激臭。公園のホームレス達以上に臭う体臭に不快感が込み上げる。

 何とか堪えて、ねえ、と呼びかけると毛布からその子が顔を出した。まず思ったのは髪の長さが尋常でないということ。鎖骨まで伸びたもみあげと、うねうねと地面に垂れる後ろ髪、この子が立てば身長を超す長さかもしれない。前髪もすっかりと目を覆い隠し、鼻を分けて左右の頬に垂れている。前は見えているのだろうか? 僅かに見える肌は妙にテカリを帯びていて、髪も艶々ベッタリと皮脂で粘ついているようだった。何日も、下手すれば何週間もお風呂に入っていないみたいだ。


「どうしたの、迷子? 寒くない?」


 微笑んで話しかける。鼻声になってしまうのは許してほしい。

 その子はじっと私の方へ顔を向けて、それから「んー」と甘えた声を出し、俯いた。「さむさむ」と呟いて毛布にすっぽり顔を隠してしまう。見た目はまるで団子のようだ。


「もしもし? ねえ、おーい……寝てる?」


 反応が返ってこなくなり、困り果てて息を吐く。それから横に視線を向けた。そこにあるのはこの子が殺した男の姿。首から溢れる血はコプコプとまだ止まらない。

 とにかくこの子をここに置いてちゃ駄目だ、警察に連れていくのも駄目だ。

 東雲さんが寄って来て、臭いに顔を顰めながらその子を見下ろす。「汚いな……ドブネズミみたいだ」と身も蓋もない言葉を東雲さんが吐いた。


「この子拾っていきましょうよ。ここに置いて行ったら色々マズいことになるし、寒さで死んじゃうかもしれない」

「どこに?」

「東雲さんの家ですよ」

「何で俺の所なんだ」

「だってこの状態だったら……私一人より、東雲さんも一緒にいた方が、色々と安心ですし……」


 東雲さんの顔は露骨に歪んだ。面倒事を押し付けられるのが嫌なのか、見るからに不機嫌そうだ。でも、私の家に連れて帰るのは面倒が見れないかもだし、近くのホテルなんかを取れば怪しまれるだろうし。

 最終的に彼が折れて、苛立ちまじりに頭を掻いて、私を見る。


「お前が持てよ」

「はいっ」


 急いで毛布を抱える。不快なベッタリとした感触と悪臭を我慢して、彼の後を追った。

 子供ということもあるだろうが、毛布越しに伝わってくる子供が、あまりにも軽すぎることに驚いた。



 電車に乗っても第五区のマンションに付いても、その子は一向に目を覚ます気配はなかった。毛布の中から聞こえる寝息はとても心地良さそうだ。お風呂に入れてあげたかったけど明日に回すことにして、私達だけで交互にシャワーを浴びた。

 東雲さんは東雲さんらしく、段ボールにその子を寝かせることにしたようだ。段ボールに新聞とタオルケットを敷いて、その子を横にし、寒くないようにと毛布を被せる。今の汚い毛布は捨てようとしたが、丸まって剥がせないのでそのままで。


「お前も早く寝ろ」

「この子が気になっちゃって……あ、そういえばあの死体、どうするんですか? それに今更ですけど、この子のお母さんが傍にいた可能性は?」

「死体は掃除屋。警察を呼ばれる前に片付けてくれるだろう。こいつの母親が近くにいた、ということは状況とこいつの格好からしてないだろう」

「そうですか」


 納得してから視線をふとずらす。ベッドの上に放り出された紙袋が目に入り、そういえばあれは何だろうと思い出した。東雲さんが私の疑問に気付いたようで、手を伸ばしてそれを取る。中を探って何かを取り出した。


「何これ」


 袋から取り出された物は次々に机の上に並べられていく。筒状の黒い物体に、充電器のような形をしている妙な物に、顔全体を覆うベルト付きのマスクに、ペンに、指輪に、チョーカー。困惑の表情を浮かべていると、見かねたように東雲さんが一つ一つ説明してくれた。筒状の物を指差し。


「これはサプレッサーと言って、銃に取り付けて音などを軽減させる。……こっちのはスタンガンで、使い方は説明せずとも知ってるだろう。こっちはガスマスク、有毒ガスや催涙ガスが粘膜や肺に入らないようにする。このペンはタクティカルペン、普通のペンよりずっと重いし、武器として使える、少し組み直して先端に毒も仕込める」


 仕事道具に使える、と彼が言った。次々と現れる見たことのない武器に私は感嘆の声を漏らす。


「はー……凄い、便利そう」

「お前も段々仕事に慣れてきたな」苦笑して彼が言う。

「この指輪は?」


 綺麗なターコイズグリーンの宝石が光る指輪。リング部分は少し厚めで、サイズは見た感じ私の指よりも大きめ、東雲さんが自分用に買ったのかもしれない。

 しげしげと眺めていると東雲さんがそれを取り、ひょいっと宝石を取り外す。驚く私の目に見えたのは、台座に開いた小さな穴だった。


「指輪型の銃だ。これは一発しか弾丸を仕込めないが、いざというときにはターゲットに至近距離から撃ちこめる。宝石付きだからバレにくいしな」


 ほぉう、と感嘆の唸りを上げながら机の上の物を眺める。見た目はよく分からないけれど、武器がいっぱいだった。

 チョーカーをじっと見つめる。小さな星型のチャームが揺れるデザインだ。何となく手に取り、首にあてがわせて東雲さんに首を傾げる。


「似合います?」

「……………………」

「東雲さん?」

「あっ、ああ……」


 ぼんやりと遠くを見るように私の首元で揺れる星を見つめる彼。すぐにハッとしたように目を逸らしたが、どうしたんだろ、疲れているのかな。


「これも武器なんですか?」

「……ああ。まあ武器というよりは、発信機だ。その星の所に小型の機械が埋め込まれているから、それを装着している人間の居場所が分かる」

「へぇ。じゃあこれもターゲットと仲良くなったりして、付けてもらうんですね」

「いや、そういうことは危険すぎる。本当を言えばお前用に買ってきたんだが……やっぱりそれは止めておくか」


 私の居場所を知るということは、私と東雲さんがはぐれたときや私がどこかに攫われたときに、東雲さんに居場所を教えられるということ。それは結構便利なことなのではないか。


「あった方が便利では?」

「お前も飼い猫より野良猫の方がいいだろ?」

「え?」


 どういうことかよく分からなかった。

 それから東雲さんは紙袋にもう一度道具を詰め込んでいく。買いすぎたな、と呟くのを聞いて疑問が湧いた。


「どこで買ったんですか、それ」

「寄る所があるって言っただろ? そのときにそういう店に行ったんだよ。『ラーテル』って名前の武器屋みたいなもんだ」

「武器屋? ゲームみたい! 今度は私も連れて行ってください!」

「そんな楽しい所じゃない。店主は傷だらけのハゲ親父だぞ? 返品お断りの上ぼったくりも多い、邪心的な店だ」

「えぇー…………」

「怖いもの知らずだからあの態度でもあんな店をやれてるんだろうけどな」


 くくっと肩を揺らして東雲さんが微笑する。


「掃除屋に武器屋に、明星市って物騒な店が多い……」

「他にもまだまだあるぞ。戦闘用の服を売る『クジャク』って服屋も、合法から非合法から多様多種の薬を売る『イルカ』の薬局も、ラブレターから密書まで配達してくれる『白ヤギと黒ヤギ』の郵便屋なんかもな」

「うわぁ」


 これ以上いったら明星市が動物園になる。

 口をへの字にして色々なことを考えていると、元より考え事を抱えていたせいか頭が煮詰まって痛くなった。唸る私に東雲さんがもう寝ろ、ともう一度告げてきた。


「……東雲さんは今日も眠りませんか?」


 何気なく尋ねた質問に東雲さんがふっと息を漏らす。ああ、と頷いた。


 東雲さんの不眠症が始まったのは初めて人を殺したときぐらいからだという。悪夢を見て飛び起きることを繰り返すうち、眠るのが怖くなった、そう冴園さんが語っていたのを思い出す。眠っても疲れが取れない、悪夢を見て飛び起きる、横になっても眠れない、浅い眠りが何度も続く。睡眠とは東雲さんにとって体を休めるものではなく、苦痛でしかない。

 東雲さんがそのことを私に喋ることは少ない。もっぱら、彼の睡眠事情について教えてくれるのは冴園さんだ。東雲さんは彼が、というよりは信頼できる人が傍にいなければ眠れない。それはつまり私を東雲さんが信頼していない証でもある。

 以前も何度か同じことを考えた。東雲さんが私を信頼していないということ。こっちも彼を心から信頼しているわけじゃないからお互い様だと…………そう思っていた、はずだけど。


 あれ? 変だな。何だか前よりも凄く、胸がモヤモヤする。



 考え込んでいるうちに眠気が訪れ、そのまま私は目を閉じた。考えるのは明日にでもできる。

 夜が終われば朝がやってくる。太陽が世界を照らす眩しい朝が。太陽が昇る少し前、空が薄っすらと明るくなり始めたその時間。

 私を起こしたのは目覚ましの鳴る音なんかではなく、


 空気をズタズタに引き裂かんばかりの絶叫だった。

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