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第119話 最初の殺人鬼

「真理亜さ、キャアッ!」


 咄嗟に真理亜さんを呼ぼうとしたとき、耳のすぐ横から風を切る音が聞こえ、背中に強い衝撃が走った。

 蹴られたのだと理解したのは床に倒れたとき。何とかナイフを落とすことは耐えたが、状況に変わりはない。

 何も見えない。明るい店内が一瞬で暗くなったものだから、闇に慣れるとか、そういうレベルではなかった。


「どこからっ…………あぐっ!?」


 またしても暗闇から攻撃される。今度は刃物でも持っていたのか、腕に鋭い痛みが走った。ズキズキと痛む腕を押さえれば熱い液体に触れる。何かを突きさされたようだ。小さな怪我だが、深い。

 二人の名を呼ぼうとして、口を塞ぐ。この暗闇の中声を出すことはまずいと気が付いたからだ。味方だけでなく敵にも居場所を伝えることになるだろう。

 相手がこの暗闇の中で視界を保てているのかは知らない。だが慣れ親しんだ店内。おおよそ柱や壁の位置は把握しているはず。

 柔らかな絨毯が足音を吸収してしまう。辺りにたくさんのマネキンやドレスがあるせいか、気配を感じ取るのも難しい。だからといって闇雲に動こうとすれば、すぐマネキンや柱にぶつかり、音を立ててしまった。


「くっ…………」


 見えないということへの恐怖が膨れ上がる。視覚も、感覚も、頼りにならない。

 どこから何がやって来るのか分からない。無暗にナイフを振り回すことはできなかった。下手をして仲間に当たってしまったら大変だ。その点、相手は何も考えず、手に触れたものを攻撃すればいい。この場にいる人間は皆彼女の敵なのだから。


 と、不意に腕を掴まれる。驚きに声を上げかけた私の口を、冷たい手が塞ぐ。

 思わずその手を振り解こうと掴み、抵抗を止めた。指先にコートの感触が触れたからだ。それと鼻孔に微かに香る、煙草の香り。

 東雲さん、と喉の奥で声にならない音を震わせる。それに答えるように手が口から離れた。


「目を塞げ」


 耳元で囁かれた低い声。彼の意図を理解する前に、私は素直に指示に従った。東雲さんは暗闇の中に叫ぶ。


「人魚、目を閉じていろ!」


 敵に居場所がバレることも気にしない大声。声と同時に、東雲さんが何かを放り投げたのが腕の動きで伝わってきた。

 閃光が走った。目を閉じていても分かる。瞼の裏側の暗闇が、パッと血管の赤色に変わった。目を閉じているのに眩しいと感じるほどの明かりだ。

 微かな呻き声が遠くから聞こえた。それと同時に、傍にいた東雲さんが走り出す。直後轟いた銃声に私は息を呑んだ。


「東雲!」


 真理亜さんの鋭い声が飛んだ。微かに目を開けた私はいつの間にか照明が付いていることに気が付いた。照明のスイッチの傍に立つ真理亜さんと、少し離れた場所で硝煙の上がる銃を構えた東雲さんがいる。

 高い笑い声が聞こえた。私達から離れた鏡の柱の裏側に、女性はくすくすと笑いながら隠れていた。彼女が笑うたび、口元を彩った鮮やかな口紅が艶やかに光る。


「閃光弾に、銃なんて、酷いじゃない!」

「どの口が?」


 東雲さんは容赦なく柱を撃った。ガラスが砕け、煌めく光が飛び散る。

 女性が悲鳴を上げた。だけど随分とわざとらしい作った悲鳴だ。


「ちょっと、お店の商品が駄目になったらどうしてくれるの?」


 先に仕掛けてきたのはそっちだろうに。

 私はナイフを構え、女性が隠れている柱を睨む。見たところ飛び道具を持っている様子はない。だったら私のナイフでも十分通用するだろう。

 しかし飛び出そうとするより先に、女性の声が私達の動きを止めた。


「あなた達はあの人の元に行きたいんでしょう?」

「……さっきからあの人って、誰のことですか?」


 疑問を口に出す。女性の言葉がさっきから耳に引っかかる。上。あの人。誰か単体を示している台詞だ。

 私達が倒そうとしているのは第十区のリーダー格である組織、殺人鬼グループ。グループという名が付いている以上複数人の集まりであり、誰か単体を示しているわけではない。

 …………いや、まてよ。そうか。


「あなた達殺人鬼グループの中にもリーダーがいるんですね?」

「なぁに当たり前のことを言ってるのよ」


 女性は心底呆れたように肩を竦めた。その反応は私の考えが浅はかであることを指摘しているようで、実際そうなのだろう。

 だけど第十区をしめる『殺人鬼グループ』は、如月さんから聞いた情報や皆の反応を見る限り、自由奔放で好き勝手に動く人ばかりの集団だとイメージしていた。そんな自由人の集まりをまとめる人間がいるなんて、予想外だった。

 でも、如月さんも言っていた。どこにだってリーダーは存在すると。殺人鬼グループの中の、更なるリーダー。実質、第十区……そして明星市をまとめる、一人のリーダー。


「その人を殺せば全て解決する」


 思わず吐いた小さな囁きに、隣にいた東雲さんが頷く。

 殺人鬼達を倒し、その人を倒す。きっとその人がいる場所は私達が向かおうとしている建物だ。


「道が分からないんでしょう?」


 思考を読み取ったかのごとく彼女が言う。肯定の反応は返さなかったが、否定の反応もしなかった。


「教えてあげる」

「信用できない」

「酷い男。最初からあなたに教える気はないわ。素っ気ない人は嫌いだもの」


 柱の陰から細い腕が伸びる。綺麗な青いネイルに彩られた指先が、私達の方を差す。

 先端が指し示す場所に立っていたのは、真理亜さんだった。


「あなたが一番綺麗だから」


 真理亜さんは静かに女性を見つめ返していた。女性の不思議な言葉に、何を感じているとも読み取れない。

 だけど彼女は頷き、その提案を受け入れた。静かに女性の元に歩み寄る真理亜さんが私と東雲さんの傍を横切る。


「人魚」

「真理亜さん……」


 東雲さんの言葉少なな問いに、真理亜さんは静かな眼差しを向ける。私も不安な眼差しを向けた。

 あの女性が素直に道を教えてくれるだけとは思えない。あの言葉は恐らく、果たし状のようなものだ。女性と真理亜さんの一騎打ち。


「今はあの人の提案に乗った方がいいでしょう」


 真理亜さんが私を見る。大丈夫よ、と言うかのように微かにその目が柔らかく細められた。


「私に任せて」



 美しい女性二人の対決というものは、言葉だけを見れば素敵なものに思えるかもしれない。しかしこうして命のやり取りをしていると分かれば、そんな悠長なことも言っていられない。

 店の二階部分は一階と特に変わった様子は見られない。鏡の柱がずらりと並び、たくさんの服やマネキンで空間が埋められている。そのうちの、ちょうど配置を変えようとしていたのだろう、少し開けた空間。そこで女性と真理亜さんが向かい合って立っていた。


「それじゃあ始めましょうか」


 いつでもどうぞ、と女性が真理亜さんに微笑む。余裕しゃくしゃくの笑みだ。

 真理亜さんは表情を変えず、黙って武器を取り出した。小型の銃。デリンジャー。飛距離も威力も、それほどあるわけではない。真理亜さんは黙ってそれを女性に向け、一発撃った。

 弾が女性の頭の横を跳んでいく。その発砲を合図としたように二人は同時に動き出した。

 真理亜さんがデリンジャーをしまい、代わりにナイフを取り出す。鋭い刃先が照明にキラキラと輝く。女性と距離を縮め、薙ぐようにナイフを払った。

 女性は呆気ないほど簡単にそれを避ける。真理亜さんが何度ナイフを振るっても、紙一重で女性はそれを躱す。ひらひらと、遊んでいるかのように、何度も、何度も。真理亜さんの狙いは適確だ。なのに、ちっとも攻撃は当たらない。


「あはっ」

「っ!」


 女性がドレスの裾を翻し、真理亜さんの胸を蹴り付ける。高いヒールとドレスという動きづらそうな格好なのに、その威力は強烈だった。

 真理亜さんがよろめく。彼女が顔を上げるより先に、女性の蹴りがもう一度彼女に叩き付けられる。

 重い蹴りだ。痩躯な女性の体から出ているとは思えない、重量感のある蹴り。それをまともに食らってしまった真理亜さんの顔に、苦痛の色がありありと浮かぶ。

 私と東雲さんは離れた場所で二人が戦う様子を見守っていた。いざ加勢をしようと思えばできるのだ。だけど、そうすれば道を教えてもらうことはできない。私達が第十区に来た目的を果たせないならば意味がない。


 ドレス姿で戦う二人は、まるで踊っているかのように美しかった。

 蹴りが放たれるたび、その体が攻撃を避けるたび、ひらひらとドレスが翻り、光に美しく輝く。水色と、青。部屋の中央を突き抜けている水槽のせいもあるのだろう。青い空間の中で踊る二人は、まるで水の中を優雅に舞う、人魚や魚のようにも見えた。だが現実はそう優美なものじゃない。

 着実に、真理亜さんが押されている。鋭いヒールで蹴られるとただ靴跡が残るだけじゃなく、皮膚が裂かれる。一点に集中した重い蹴りは真理亜さんの柔肌を刺し、薄い皮膚を裂き、肉を抉る。ワザとそういった蹴りを放っているのかもしれない。

 避けることだけでも必死な真理亜さんと、いつまでも余裕が消えない女性。次第に肌が傷付いていく真理亜さんの表情に焦燥が生まれる。


「ああ、もう限界?」


 足を崩した真理亜さんが床に膝を突く。毛の整っていた絨毯に、赤い雫が数滴染みを作った。

 露出した肩や腕や頬が、皮膚を裂かれたその部分が血を滴らせる。ドレスに隠された部分も酷くやられているのだろう。脇腹の辺りに点々と赤色が滲んでいる。

 女性がゆっくりと真理亜さんに近付く。警戒心を剥き出しにする真理亜さんの顎をそっと撫でるように持ち上げた女性は、美しい顔を近付けて微笑む。

 唇が触れるのではないかと思うほどの距離。甘い吐息を零し、女性はうっとりと目を細めた。


「可哀想に……こんなに傷だらけになって。綺麗だったのに、こんなに醜くなって」


 心底憐れんだ声で、女性は真理亜さんの傷に触れる。真理亜さんの顔が苦痛に歪もうが女性は何も気にしない。青いネイルの指先が、ぬるりとした赤い血を纏う。


「可哀想。可哀想に。ああ、ワタシがあなたの顔を傷付けたら、きっともっと醜くなるのでしょうね……ああ……」


 女性の指が真理亜さんの頬にかかる。ネイルが、その頬を突き刺すように力が込められる。


「それってとっても――――興奮しちゃう」

「この……変態…………っ」


 女性の嘲笑が響き渡る。真理亜さん、と思わず声を張り上げれば、真理亜さんは女性の手を払って立ち上がる。だけどその体は少しよろめき、肩が荒く上下していた。

 どうしよう、と私は一人声を震わせた。見ているだけなんてあまりにも辛い。このままでは真理亜さんが負けてしまうのは、傍から見ていても明らかだった。涙を滲ませていた私は、ハッと携帯を取り出した。


「オウムさん……如月さんに連絡を。あの人のことが何か分かるかも。何もしないよりは、せめて……」


 自分に言い聞かせるように言いながら如月さんに連絡を取った。彼ならばきっと何かを教えてくれる。だってオウムさんだ。私達に危険が迫ったとき、色んなことを教えて、助けてくれる。如月さんだ。

 かけた瞬間に電話に出た如月さんに現状をまくし立てる。携帯越しに聞こえてくるタイピング音や機械の作動音。私達が第十区に向かっている今、彼も様々な情報網を漁っているのかもしれない。忙しそうな物音の中、如月さんは軽い声で私に応える。


『服屋を経営している女性? 分かった。殺人鬼の中にそういう人物がいないか、調べてみよう』


 如月さんが情報を探っている間にも真理亜さん達はお互いを攻撃している。血が飛び、呻き声が聞こえる。早く、早くと携帯を握り足踏みをする私の横で、東雲さんは銅像のように立ってじっと二人を見つめていた。

 だけど彼の手はいつでも銃を撃てるよう添えられていて。歯がゆそうに唇を噛み、険しい目が二人を射抜いていた。もしも真理亜さんが殺されそうになったときには、その手が銃を抜くのだろう。


 場に似合わぬ軽快な音が鳴って、メッセージの受信を携帯が伝えてきた。素早く画面を見る。そこには一人の女性の姿と、ずらりと並ぶ長文が添えられていた。

 女性の姿は今目の前で真理亜さんと戦うあの人だ。濃い化粧、鮮やかなドレス、美しい姿は写真の中でも変わらない。添えられている文章に目を通し、ぼそりと呟いた。


「…………蝶?」


 蝶。それがあの女性の通称らしい。

 美しい姿で相手を魅了し、自らの元に引き寄せて、殺す。蠱惑的な殺人鬼。メッセージの中には今までの犠牲者となった人々の写真も貼られていた。嫌悪感を殺し、拡大して細部までを凝視する。

 老若男女問わず何人もの犠牲者が貼られていた。若い女性が元は美しかったのだろう顔をズタズタに刺され、殺されている。渋い顔立ちの男性が苦悶に顔を歪め全身紫色になって死んでいる。太った子供が左胸に穴を開けて血まみれで倒れている。

 横から写真を覗き込んでいた東雲さんもその惨さに嘆息を漏らした。

 美しい蝶々。そうだ、彼女は確かに美しい。言われてから見てみれば、ひらひらと舞う青いドレスはまるで蝶の羽のようだ。

 だけど。そんな、美しいだけの人じゃないだろう。


 真理亜さんが顔を庇うように両腕を交差させたところに、蝶さんの回し蹴りが炸裂する。ただ蹴るだけじゃなかった。足を振り下ろすのと同時に、あまりにも素早く彼女が懐から何かを取り出したのが見えた。私にはそれが何かまでは見えなかったが、東雲さんには見えていたらしい。血相を変えて叫ぶ。


「人魚!」


 ハッとした様子で真理亜さんが両目を見開く。だが、何をする前に蝶さんが動く方が早かった。

 彼女が手に持った何かを振り下ろす。それは真理亜さんの左胸にまっすぐ向かっていった。


「あっ…………!」


 ドスンと重い音がする。真理亜さん、と叫んだ自分の声は掠れていた。

 青い顔の真理亜さんが覚束ない足取りで数歩下がり、床に崩れ落ちる。荒い息を繰り返して胸を押さえる手の隙間から、じゅわりと血が滲み出し、幾筋もの流れを作って絨毯に零れていく。

 青いドレスに、赤色が彩られていく。布に染み、しわの間を通り、赤く、赤黒く。奇妙な模様が増えていく。


「あー、あー、汚い。汚いわ。こんなに血だらけで。傷だらけ」


 蝶さんの言葉に真理亜さんは反応しない。唇をわななかせて、力ない目を床に落としている。

 東雲さんの声に咄嗟に体を捻った真理亜さん。そのおかげで、心臓への直撃は免れていた。だが右胸の付け根に開いた穴から、ダクダクと血が溢れ続けている。

 蝶さんが下ろした手に握っているのはアイスピックだ。しかしよく見かけるものよりも針が太い。銀色の針に絡まるように付着した血の筋を、蝶さんが指で払う。


「ねえもう終わり? 威勢のいいことを言っていて、これでおしまい?」

「……………………」


 真理亜さんは何も答えなかった。だけど、唇の代わりにその体が動く。

 力を振り絞って、彼女は蝶さんに背を向けて駆け出した。脱兎のごとく走る彼女の背中に蝶さんの甲高い笑い声が投げ付けられる。


「あはっ、情けない! 醜い女!」


 真理亜さんは答えず、必死に走る。逃げ道を探しているのか視線を彷徨わせ、隅の小さな螺旋階段を上る。だがその先に道はない。管理のため、水槽の蓋への通路として設置されている階段だったらしく、それ以外の窓や出口に向かう道はなかった。

 動けなくなってしまった真理亜さんを追いつめるように、ゆっくりと少しずつ蝶さんが階段を上っていく。たじろいだ様子で真理亜さんが少しずつ後退り、水槽の蓋に足を乗せる。足元を気にするそぶりを見せる真理亜さんに蝶さんが笑う。


「ひびが入っているならともかく、水槽も蓋も頑丈なんだから落ちないわよ。それともドレスの下から見られちゃうことが嫌なのかしら?」


 水槽の天井は壁と同様ガラスの蓋でできている。ただ、それでも足元が透明であるということに恐怖は抱いてしまうだろう。自分に向けられる嘲笑に、真理亜さんは静かな視線を返していた。

 蝶さんが階段の上にやって来る。真理亜さんに向け一歩近付くと、反対に真理亜さんが下がる。だが二人の距離は着実に縮まっていた。もはやその間が僅か数メートルになったとき、真理亜さんがデリンジャーを取り出し、さっき撃った分の弾を込め蝶さんに構えた。それでも顔色は一切変わらない。当たる心配をしていないのか、撃たれても避けられるという余裕なのか。


「それ以上近付かないで。危ないわよ」

「もしかして足場の悪い所に連れ込んで、避けづらくするつもりだったのかしら?」


 真理亜さんが顔を顰める。蝶さんが近付き、真理亜さんが一歩下がる……と、真理亜さんの体がよろけ、彼女はガクリとその場に膝を突いてしまった。


「満身創痍じゃないの。見るに堪えないわ」


 既に真理亜さんは反撃する気力も残っていないのか、目は険しくとも、体が震えていた。

 憐憫と嘲りと余裕と。感情の入り混じった顔で、蝶さんはカツカツとヒールを鳴らして一気に真理亜さんとの距離を詰める。


「ねえ、もう苦しいでしょう? 疲れたでしょう? やめてもいいのよ、この勝負」

「…………道を」

「ああ、そういえばそうだった。……そうね、教えてもいいわよ。でも、あなたがワタシ達の仲間になってくれるなら」

「嫌よ」


 吐き捨てるように真理亜さんが答えた。言うと思った、と蝶さんが笑う。ゆるりと取り出されたアイスピックの先端が光った。それを今の真理亜さんに振り下ろすことは、きっと容易い。


「言い残したことは?」

「…………私は人魚だから」


 意味が分からない遺言ね、と蝶さんが言う。

 アイスピックの先端が真理亜さんの頭上にもたげられる。真理亜さんはそれを見て、静かに息を零し。

 ――――そして、壮絶でいて、酷く妖艶な笑みを浮かべた。


「人魚は水中の方が得意なのよ」


 真理亜さんの圧倒的な威圧感に当てられたように、蝶さんが息を呑んだ。私も東雲さんもそれは同じで。この場において、真理亜さん以外、誰もが動けなくなる。

 床に落ちていた真理亜さんの手が、素早く動き、デリンジャーの銃口を足元に向けた。ガラスの床。反動も何も気にしないほどギリギリの至近距離で、彼女は引き金を引く。強い弾ではない。が、至近距離で撃たれた弾は頑丈なガラスにヒビを入れた。瞬時に真理亜さんはハンマーを起こし二発目を撃つ。ヒビが更に広がり、二人の足場に亀裂が走る。

 顔色を変えた蝶さんが真理亜さんの動きを止めようとアイスピックを振り下ろす。けれどそれを予期していた真理亜さんは、力を振り絞って横に転がる。アイスピックの鋭い先端がヒビの入ったガラスの床に突き刺さる。

 ほぼ同時に、空になったデリンジャーを真理亜さんが同じ位置に叩き付けた。

 ガラスの蓋全体に一瞬で走った亀裂。世界が割れるような音がして、二人の体は水中に落ちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘シーンの描写が素晴らしい! [気になる点] 蝶さんとの戦闘でボロボロになった真理亜は、彼女の負傷の主な原因は蝶さんの刺し傷か蹴り傷か?真理亜は蝶さんに銀色の針で何回刺されたのか?
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