第117話 行ってらっしゃい
「二人とも、次これ一緒に歌おうよ! 三人用の曲だって」
「ちょっとまだ歌うの? もう喉枯れて痛いんだけど」
「このロシアンたこ焼き頼もうぜ。わさび入ってるやつ!」
「あんたが当てなさい。……ほら、マイク寄越して」
七月五日。第三区のカラオケの一室。昼から三人で歌い続け、タッチパネルの履歴は既に数ページを超えていた。最初はうるさいと思っていた大音量の音楽も、耳が慣れたのかとっくに気にならなくなっている。
私と太陽くんとあざみちゃんのいつもの三人組。仕事仲間であり、同世代である私達はこうしてよく遊ぶ。ゲームセンターに行って、ショッピングをして、映画を見て、カラオケに行って。
太陽くんとあざみちゃんが機械を覗き込んであの曲がいいこの曲がいいと盛り上がっている。今にも頬がくっ付きそうなくらい体を寄せ合う二人が微笑ましかった。
第十区への出発はあと二日。
正確には明日一日を過ごした後の、深夜二十四時。もう時間はない。
本当はこうして遊んでいるよりも、訓練や武器の手入れをすべきだとは思う。どちらも怠ってはいないがこれから向かうのはあの第十区。準備のしすぎということはないだろう。出発する瞬間まで体を鍛え、休ませ、武器を鋭くするのが一番いいとは分かっている。
だけどそれを分かった上で私達はこうしてカラオケで歌っている。慢心しているわけではない。あの区の危険性は十分理解しているつもりだ。
ただ後悔したくないだけだ。
「うーん、次は何歌おうかな。結構同じの歌っちゃったし、いつも二人の前で歌ってるやつじゃないの歌いたいんだけど」
「オオカミと来て歌ったりしないの?」
「あは、東雲さんとは来ないよ。あの人歌うの嫌がるし。冴園さんとはたまにカラオケ来るけどね」
「音痴なんじゃない?」
冗談を言って笑うことすらも。第十区に向かう前だとは考えられないほどに気楽な空気だ。
もっと遊んでおけば良かった。
もっと一緒にいれば良かった。
もしも。もしもこの中の誰かが第十区でいなくなってしまったら。きっと、後悔するだろうから。
多分この場で、それを考えているのは私だけじゃない。
「和子、これ歌ってくれよ!」
「これさっきも歌ったよ?」
「すっげえいい曲だったから。なんかこう……ぐわって来て、ガッってなる感じでさ!」
太陽くんと出会ったのは私が真理亜さんと仕事をしているときだった。川に落ちた私達が危険なところを、彼が偶然にも助けてくれた。
ヒーローを志す、ちょっとズレている男の子。殺し屋達の中で彼は誰よりも熱くて、まっすぐで、強い心を持っていて。第十区に行くことを決めたのも、悪い奴らを倒すためという、シンプルでまっすぐな彼らしい理由だった。
「ちゃんとした感想言いなさいよね。和子、じゃあその次これ歌って。こっちの曲」
あざみちゃんが身を乗り出して言った。楽しそうな笑顔が、何だかんだ言いつつも彼女が心底この場を楽しんでいることを教えてくれる。
あざみちゃんと出会ったのは動物殺傷事件のときだ。最初は敵意を向けてきた彼女も段々と警戒心を解し、今ではこうして肩をくっ付けることができるくらい仲良くなった。
周囲から抑圧されて、捻くれてしまった女の子。頭が良くて、優しい心を隠していて、本当はとても素直で。第十区に行くことを決めたのは、街が荒れて受験どころじゃなくなったら困るからという理由だ。それが本当の意味かどうかは、分からないけど。
二人とも私の、大好きで大切な友達。
「よーし、じゃあ歌うよ!」
たとえ誰かがいなくなろうとも。後悔することがないように。
私は笑顔でマイクを握り、歌うために大きく息を吸った。
散々歌って喉が渇いた。今日は店が混んでいるのか廊下に出れば、それぞれの部屋から漏れ出てくる騒音が混じって聞こえ、なんだか面白い。ドリンクバーでどれを飲もうかと顎に手を当てて考える。メロンソーダがいいかな、でもココアも悪くないし、野菜ジュースもいいなぁ。
悩んでいる私の肩を誰かが叩く。太陽くんかあざみちゃんかと思いながら振り返れば、そこには全く違う顔があった。ニヤリと可笑しそうな笑みを浮かべた、肩が大きく開いた服を着た女の子。あーちゃんだ。
あーちゃん、と驚いた声を上げれば彼女は奇遇ね、と手を振った。
「あーちゃんも友達と来てたんだ?」
「あなたこそお友達と? 楽しそうじゃない」
「うん。いっぱい歌って喉が乾いちゃった」
喉を擦って掠れた声で笑う。あーちゃんは自分のコップに飲み物を入れながら、ふぅん、と相槌を打った。
機械から出てくるコーラの黒い液体。シュワァと炭酸が弾けながらコップに液体が満ちていく。コップを取って一口飲み、彼女は言った。
「あなた友達多そうだから、毎日カラオケ行ったりしてるんじゃない? 喉が大変ね」
「そんなに毎日来てはいないよ。それに、今日が過ぎたらこうしてカラオケに来る日もしばらくないだろうし」
「忙しくなるの?」
「うん…………テスト週間だから」
ぎこちない笑顔を浮かべて嘘をつく。大変ねぇ、とあーちゃんはそうは思っていなさそうな口調で言った。言いながら、同室の人用なのかもう一つコップを取った。
「テスト前なのに遊ぶのもあれなんだけどね」
「まあいいんじゃない? カラオケ行くのも、遊ぶのもさ」
はい、と彼女が黒い液体で満ちたコップを渡してくる。キョトンとしながらコップを受け取った私に、彼女はあなたの分、と言った。
「人生は楽しまなきゃ」
私が返事をする前に、彼女はするりと横を通って部屋に戻っていく。ぼんやりとその姿を見送った。彼女は単に思ったまま言ったのだろうけれど、今の私にはその言葉が深かった。
人生は楽しまなきゃ。
本当にその通りだ。
胸に浮かんだ決意を共に、コップに口を付けてゴクリと飲み込む。コーラだと思っていたそれは色々なものを混ぜたとんでもない味がして、思いっきり噎せた。
七月六日。出発前の最後の一日は、誰もが大切な人達と共に過ごす。
その日を私は、東雲さんと冴園さんの隣で過ごすことにした。
「あー! ずるい、冴園さんそのアイテム私が取ろうとしてたのにー!」
「ふはは、こういうのは早い者勝ちなんだよ和子ちゃん! ……あっ、死んだ」
「このモンスター強いんですよね……」
ゲームの結果に一喜一憂する私と冴園さんを見て、東雲さんはよくやると呆れた溜息を吐いた。だけどその視線は微笑ましいものを見るように細められているから、私達は顔を合わせて笑った。
あと数時間。今夜、私と東雲さんは第十区へ向かう。そのことは冴園さんも知っている。だけど三人とも、あえてそのことについては触れなかった。いつものようにこうして集まって、いつものようになんでもないことを喋って笑って、今夜を過ごそうとしている。
お父さんとお母さんは今日、どちらも仕事が遅い。だから二人に会えるのは今朝が最後だった。でもそれで良かったかもしれない。ずっと一緒にいたら離れるのが惜しく思えてしまうから。
それに。今はこの三人で一緒に過ごしたいと思ったから。
「――――和子ちゃんは、最初に会ったときよりずっと殺し屋らしくなったね」
東雲さんが軽食を作るとにキッチンへ行っている間ソファーに座っていた私達だったが、冴園さんが言った言葉に私は思わず彼の顔を見た。いつもの優しい彼の笑顔だ。
「強くなったように見えます?」
私がはにかめば、彼は笑んだままそっと指で私の髪を掬う。茶色く染めた髪は、照明に当たると、細く、キラキラと透明に輝く。
冴園さんの長い指は愛おしむように、そして愛でるように私の髪に触れていく。冴園さん? と名を呼んでみるも返事はなく。しばしの間、私は黙ってされるがままになっていた。
「君達が傷付くのは嫌だ」
ぽそりと、こんなに近くにいるのに聞き取ることが難しい声量で彼は呟いた。
嫌だ、ともう一度彼は呟いた。彼の顔を見ようとすると、大きな手が、それをさせないようにそっと私の目を覆う。温かな手の平。震えてはいない。
冴園さんの手が私を撫でるのは、動物を愛でるときのそれと似ていると思う。愛らしいペットを撫でるときのようにくしゃくしゃと髪を撫でたり、頬を包んだり。今もまた彼は私の頬を撫でている。だけどそれは、頬に傷がないか確かめるように、優しくも慎重な手付きだった。
「これまで、咲も君も何度も大変な目に遭ってきた。これからも同じだ。俺は、君達がこれ以上辛い思いをして、怪我を負う姿を見たくない」
「……………………」
「第十区になんか行かないでくれ」
冴園さんの声はキッチンにいる東雲さんには届かない。低く、淡々とした声は、彼らしくない声だった。
彼はこの思いを東雲さんには決して言わないだろう。私に言っている。私にだけ言える。幼馴染に、親友には決して言えない思いを、今、私にぶつけている。
「行かないでくれよ」
淡々としていた台詞の語尾が、微かに震えた。
「…………行かなきゃいけないんです」
そっと目を覆っていた彼の手に、自分の手を重ねる。ゆっくりとそれを取って顔を上げた。泣きそうな顔をしているかと思った。でも冴園さんは、いつもと変わらない優しい顔を私に向けていた。
「私達が動かなければ、結局、たくさんの人が死ぬことになってしまうから」
「君達が動いても、この街の根本はきっと変わらない。混乱の元を殺したところで新たな混乱が生まれるだけだ。一時的に平和になるだけだよ」
「一時的でも、混乱を止められれば十分です。取り返しのつかないことになるよりはずっといい」
「もしも敵が自分達に協力すれば親しい者は救ってくれると言っても? もしも君達の誰かが今回の戦いで死んでしまっても? それでも君は、第十区に行くの?」
「何人かだけを救っても、大勢の人が死ぬのであれば意味がないですから」
「……どうしても?」
「どうしても」
冴園さんがふっと微笑んだ。嬉しそうでも悲しそうでもなく、ただ、知っていたと言いたげに。
私の決意が変わらないのを彼は分かっている。それでもこうして言ってくるのは、彼もまた、後悔したくないからだ。
たくさんの人を守りたいから。学校の先生も、友達も、クラスメートも、お父さんも、お母さんも。冴園さんも。
「……うん、知ってるよ」
知ってる、と冴園さんは深く頷いて言った。
ソファーの滑らかな生地の上に置かれた冴園さんの手に触れる。彼の顔を見て二コリと笑えば、柔らかな青髪をふわりと揺らして彼も笑う。
もし自分が死ぬと分かっていても、大勢の人を守るために動く、そんな私の性格を冴園さんはよく知っている。私が東雲さんと過ごした約二年の間は同時に、冴園さんと出会ってからの日々でもあるのだから。
確かに第十区に行けば私達は傷付くのだろう。それでも、今こうして微笑む冴園さんのことを守りたい。傷付くとしても死ぬかもしれないとしても、行く理由はそれで充分だ。
「冴園さん」
「何だい和子ちゃん?」
「大好きですよ」
私の言葉に冴園さんは微笑む。俺も大好きだよ、と。愛のこもった声が私の肌を撫でた。
ずっと殺し屋らしくなったね、と。彼はその言葉にどんな思いを込めたのかな。
「七月七日は、あの人のことを思い出すな」
ふと、そんな声に目を覚ました。
軽く身動ぎをすれば肌にシーツのサラリとした感触を覚える。窓から差し込む月光が、肌を、シーツを、青白く照らしていた。ゆっくりと顔を上げると時計が目に入る。あともう少ししたら、出発する時間だった。仮眠だからさほど時間が取れたわけではないが、意識はスッキリと澄んでいる。
「……美輝のことか?」
「ああ。彼女のこと」
東雲さんと冴園さんの声が聞こえる。そっと視線を向けてみれば、ベランダで、空を見ながら話す二人の姿があった。
声を潜めて話しているが、開きっぱなしの窓から流れ込んでくる夜風が微かな二人の声を運んでくる。こちらに背を向けているから二人の顔は見えない。ぽつぽつと、静かな声で二人は話している。
私が起きたことに気付かれないよう、身動ぎ一つせず、二人の背中をそっと見つめた。
「夏祭り行ったの覚えてる?」
「覚えてる。お前は遊ぶ前から色んなものをもらいすぎだったろう」
「だって色んな人がくれたからさー。咲ちゃんの射撃、あれは凄かったな。どうやって狙えばいいんだよ」
「コツがあるんだ、コツが」
「えー分かんなぁい」
冴園さんが笑い、東雲さんが肩を竦める。くすくすと静かに笑う二人の肩が震える。
「今年もやるらしいよ、七夕祭り」
「七日の夕方からだったな。明日……いや、もうすぐ今日だな」
「帰ってきたら三人で行こうか。俺と、咲ちゃんと、和子ちゃんでさ」
「ああ……いいな」
「俺、花火が見たいな。夜空の星が爆発したみたいで凄く綺麗だよな」
「もっと上手い例えはないのか?」
「美輝も絶対花火見て、きゃあきゃあはしゃいでるよ。花火を見下ろしたらどう見えるのかな? でも綺麗だよ、きっと」
きゅぅ、と胸が痛んだ。僅かに視界が揺らぐ。
帰ってきたら。私と東雲さんが帰ってきたら。それが難しいことだって、東雲さんは勿論、冴園さんだってよく知っているから。
「…………美輝がいなくなったのも七月七日だった」
冴園さんがその言葉を聞いて、僅かに肩を揺らした。一瞬手を持ち上げかけて、そっと下ろす。
七月七日は二人にとって忘れられない日だ。恋人であり、友人であった美輝さんの誕生日。そして、彼女が二人の元からいなくなった日。
「あの夜、俺は美輝と会ったんだ。出発前に話をしようって」
冴園さんは無言の相槌を打つ。東雲さんの淡々とした声は、感情を押し殺しているようにも、懺悔のようにも聞こえた。
「美輝は母親に恨みを持っている奴のせいで死んだんだ。彼女は何も悪くなかったのに、これからようやくってときだったのに。…………あのとき、俺が彼女を送っていれば変わったかもしれない。俺と話すんじゃなくて、お前と話していたら、何か変わっていたかもしれない」
「……違う。それは違うだろ、咲ちゃん。なあ」
「引き留めれば良かった。行かないでくれって、言えば、良かった。そうすれば、そうすればもしかしたら、今頃、美輝は」
「咲」
ひくりと東雲さんの肩が震えた。静まった空気の中に、夜風の音だけが聞こえる。微かに視線を動かしただけでも二人の空気を壊してしまうんじゃないかと思って、私は固められたように一直線に視線を向けていた。
いつまでも東雲さんは美輝さんのことが忘れられない。呪縛のようだ。優しくて美しい彼女は、温かく東雲さんを抱きしめてくれる。光のような呪縛だ。それはきっとこれから先一生、東雲さんの枷になる。
冴園さんがゆっくりと息を吐く。少し固くなった声が、ハッキリと、東雲さんに問いかける。
「お前は美輝を手にかけたのか?」
「……………………」
「直接、銃で、刃物で、手で。咲が美輝を殺したのか?」
「……………………いいや」
なら、と冴園さんは続ける。
「お前は美輝を殺していない。それでいいじゃないか」
それだけで十分なんだよ、と。冴園さんは言った。
東雲さんは最初無言を返した。しばらくして、ぽつりと、静かに呟く。
「俺は大人になれるかな」
「なれるよ」
そうか、と東雲さんは息を吐くように言った。
噛み締めるように、そう言った。
「咲ちゃんは将来何がしたい?」
ころりと、ワザとらしいほど明るい声音で、冴園さんは言った。
子供のときによく口にするような話題だと思った。小学生、中学生、高校生のとき。将来は何がしたい? と周囲に、自分に問いかける。それを彼らは今話題にしていた。
「お前は何がしたいんだ?」
「この街を平和にして、誰も死なない街にすることかなぁ」
「気が遠くなるような話だな」
「咲ちゃんと和子ちゃんと、ずっと一緒にいたいから」
いっぱい夢があるな、と声を弾ませて夜空を見上げる冴園さん。今の彼の表情は、見えずとも子供っぽいキラキラとした笑顔なのだろうなと簡単に予想ができた。
明星市が誰も死なない街になること。それは私も抱いている夢。きっと、色んな人が同じ願いを抱いている。この街がもっと平和になりますように、誰も死なない街になりますように、ずっと思ってる。
冴園さんが今それを口にしたのは、美輝さんのことを話していたからだと思う。
「咲ちゃんは将来何がしたい?」
冴園さんがもう一度訊ねる。
一拍の間を置いて、東雲さんは答えた。
「さあな」
それは例えば、土砂降りの雨粒が突然空中で凍り付いたように。
暗い夜空に青いガスのようなものがかかって、そこに無数の星が光っている。キラキラと、白く、青く、胸が苦しくなるほどの美しさは今夜も変わらない。いいや、いつもよりもっと、綺麗に見える。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込めば、星の輝きも一緒に吸い込めるんじゃないかとさえ思う。
「行けるか」
「いつでも」
間髪入れずに答えれば、隣の東雲さんはたった一度頷いた。彼のモッズコートと私のパーカーが風にふわりと靡く。
部屋を出て、マンションの玄関先で。蛾が飛んでジジジと点滅している玄関の明かりは、私達がいる場所までは明るくしてくれない。振り返れば玄関先で黙って立っている冴園さんが立っている。明かりに照らされたその顔は、ただ、静かだった。
準備は整えた。忘れ物はない。思い残しは、ちょっとある。
だけど行かなくちゃ。
「…………和子、本当にいいんだな?」
「何度目ですかそれ」
笑って東雲さんを見上げる。真剣な眼差しの中に、ほんの少しの切ない色が見え隠れしていた。
自分自身が危険に遭うことへの不安ではなく。私に対しての。
言ったでしょう、と私は微笑む。その目だけをまっすぐに、東雲さんに向けながら。
「ネコ、ですから」
東雲さんは緩く微笑んだ。一度瞬きをする間に、彼の顔から悲しい色は消える。私の胸を射抜くような鋭い目。最初にそれを見たときに感じていた恐ろしさは、今では心強さに変わっている。
「行くぞ、ネコ」
「はい、オオカミさん」
私と東雲さんが目を合わせて決意したとき、咲ちゃん、和子ちゃん、と冴園さんが私達を呼んだ。
冴園さんは柔らかな微笑みを浮かべていた。本当は色々と言いたいことがあるのだろう。私だって、東雲さんだって、きっと冴園さんにまだ言いたいことがたくさんある。
だけど私も東雲さんも何も言わず。そして、冴園さんも、たった一言だけを口に出した。
「行ってらっしゃい」
それに対する返事はもう決まっている。
「行ってきます」
おかえりなさい、を聞くために。
オオカミとネコの最後の仕事を始めよう。
ただいま、って言うために。