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第115話 守りたいもの

 隣のクラスの子が死んだ。

 通り魔に刺されたらしい。




「秋月さんと早海さんは明日の宿題やった? 四時間目の数学のやつ」

「まだ半分。公式分かんなくなっちゃってさ、お父さんに教えてもらってやろうと思ってる」

「難しい範囲ですぐこんがらがるよな……」


 夕日に照らされた足元に長く影が伸びる。揃いのローファーが三つ、コツコツと地面を叩きながら道を進む。

 放課後に、いつものように私と早海さんと鈴木さんの三人で帰る。よく話すのは宿題の話とか、テレビの話とか、あとは恋愛話とか。


「早海さんは八木先生とどうなのー?」

「あーっと……その、受験が上手くいったら、もう少し進展しようかって」

「進展? え、うそ、ついに付き合うの?」

「…………上手くいったらね」

「うわ――! やったぁ、おめでとう!」


 照れて顔を赤くする早海さんを、二人で祝う。きゃあきゃあと声を弾ませてはしゃぐ。ワザとらしいくらいに明るく笑う。

 恋愛の話とか、学校の話とか、休みの日の話とか。今度の休みどこか遊びに行かない? カラオケ行こうよ、オールでさ。二人とももうすぐ夏休み前のテストだぞ? 高校生のとりとめもない、ふわふわとした柔らかな会話を私達は広げていく。

 けれどひっきりなしに続いていた会話にもふとした間は訪れる。私達の顔にほんの少し影が差した。夕日の眩しいオレンジに目を細める。と、鈴木さんが言う。


「隣のクラス見た?」


 ずっと避けていた話題だった。

 今日一日、教室はその話題で満ちていた。普段変なノリでしか話さない男子達も、タレントの話ばかりしている女子達も、今日はそのことを話して嘆いたり笑ったりと表情をコロコロ変えていた。

 隣のクラスの女子が昨夜通り魔に殺された。緊急全校集会でそう語られた。夜に彼氏の家へ遊びに行く途中で襲われたのだとクラスの子が言っていた。

 遺体は苦悶の表情を浮かべていたらしい。


「見たよ」

「ああ。……忘れられないな、あれは」


 早海さんの言葉に私も鈴木さんも頷く。休み時間の際、隣の教室の前を通るときに見た、見てしまった。あの光景は簡単に忘れることはできない。

 明るい教室で、俯く生徒達の顔。呆然としている子もいれば何故か歪んだ笑みを浮かべている子もいた、泣いている子も無表情の子も。俯き影が落ちた顔はどことない寒気を感じさせた。友達だったのだろう子の嗚咽だけが聞こえる教室は、差し込む夏の日差しで明るいのに、まるで真冬の葬儀場のように暗く冷たかった。


「人気者の子だったんだろうね」

「ああ」

「死んじゃったんだね」

「ああ」


 死には慣れない。

 犯罪に塗れた明星市の中にある、私達が通う道仏高校。不審者達が侵入してきたこともあるし、傷害事件だって何度も起こっている。だけど、誰かが死ぬということには慣れていない。

 事件を起こして退学とか、そういう理由で誰かがいなくなることはある。だけどこんな形で生徒から欠けてしまうと常日頃から誰もが想像しているわけじゃない。

 可哀想だな、と早海さんが言った。

 馬鹿にしているわけではなく。本当にそれ以外の言葉が思い付かないようで。嘆くように眉を潜め、少し喉を震わせて。可哀想だなと。早海さんはもう一度言った。


 二人と別れ、私は一人で家に向かいながら思う。

 可哀想だな。

 早海さんの言葉を、声に出さず口の中で呟いた。


 死んだその子は以前、私を体育館倉庫に閉じ込めた子だった。一年先輩にちょっかいをかけられているときに、取って来てほしいものがあると言って騙してきた子。閉じ込められたときの惨めな気持ちは今でも鮮明に思い出すことができる。

 でも。だからと言って、その子の死を喜ぶ部分があるかといえばそんなことはない。感じるのはただ深い罪悪感だ。

 犯人は第十区から出てきた人間なんじゃないだろうか?

 私が先にその人を殺していれば、彼女が被害に遭うことはなかったんじゃないか?


「…………止められなかったな」


 多分、知っていても犯行を止められたかは分からない。だけど考えてしまう。もし私が動いていれば、彼女が生きていれば。きっと隣の教室で見た涙も、嗚咽も、絶望も、何一つなかったんじゃないかって。


 『これまで』が一瞬で崩れていこうとしている。

 元々少し狂っていて、物騒で、おかしくて。苦悩とか苦しみとかそういったものを皆抱えて、自分達の力で挫折したり乗り越えたりして、何度も壁にぶつかっては頑張って。こんな市だからこそ必死に生きて積み上げてきた、それなりに幸せな日々が。

 私達の日常が壊れていこうとしている。





「どこもかしこも混乱しているわ」


 真理亜さんがカウンターの上に新聞を広げる。覗き込んで最初に目に付いたのは、『今日あなたは死ぬ』という衝撃的な見出しだった。近所のスーパーに向かう途中刺され重体の男性の事例を取り上げ、ここ数ヶ月の明星市内の犯罪数をグラフ化した記事だった。

 そんな見出しは一つではなく、同じ新聞の中でもあちこちに似た内容の記事が載っている。しかし取り上げられている事件はどれも別件だった。


「ラジオ、新聞、テレビ、ネット。明星市内の情報が全てパニック状態だ。正しい情報、誤った情報が流れていて判別ができない」

「ようやく世間も異常事態に気が付いたのね。いくらこっちで処理してるからって、遅くない?」

「色んなメディアが明星市の事件を取り上げ出したってことは、俺達にインタビューが来る日も遠くないな。明日にでも床屋に行くか」


 東雲さんの横からあざみちゃんと太陽くんが反応を示す。彼らの傍でカウンターに突っ伏し気だるげに欠伸を繰り返していた仁科さんがのんびりとした声で言った。


「公園も立ち入り禁止になってる。不審者が出るからって」

「あそびにいけないんだよ。こまっちゃう、つまんなーい!」


 ネズミくんがバタバタと足を動かして頬を膨らませた。

 今夜のお喋りオウムは人が集まっている。私、東雲さん、真理亜さん、太陽くん、あざみちゃん、仁科さん、ネズミくん。誰一人和らいだ顔をしている人物はいない。厳しく張り詰めた顔が並んでいる。

 如月さんから話があると言われて私達は集合していた。内容を伝えられなくても、それが現在の明星市の現状に関わることだと、皆知っている。


「第十区から人が出て行ってるってどういうことだよ?」

「今までにどれくらいの数が出ているの?」


 如月さんは詰め寄る二人の中学生をやんわりと制し、まあ落ち着けよと手を振った。


「今起こっている問題を説明してやるから。そのために君達を集めたんだ」


 そうして、如月さんは改めてこの市の現状を語った。



 数多の悪事が蔓延る犯罪都市、明星市。第一区から第十区にまで分かれた範囲、数字が大きくなるほど治安は悪化する。第一区は子供が夜に出歩いてもせいぜい不良に絡まれるくらいだが、第九区で同じことをすれば翌朝路地裏で薬漬けとなって発見されるだろう。第十区に至っては立ち入り禁止区域に指定されるほどの劣悪な環境らしく、その内情を誰も知らない。

 それぞれの間に明確な壁があるわけではない。行こうと思えば第十区以外、どの区にも行くことができる。そんな具合で市内が混乱しない理由は暗黙のルールがあるからだった。第一区や二区で銃の乱射事件を起こしてはいけないし、第八区や九区に公園や学校を作ってはいけない、という風に。

 あくまで暗黙であって正規のルールではない。現に様々な区で何度も事件が起こり、私達が仕事をしている。第一区にだって強盗は出るし誘拐事件も起こるし。でも市が成立してからこれまでずっと、何とか形を保つことができていたのはそのルールがあってこそ。

 この市には刺激を求めるような過激な人々が多いから。そういう人達は、第十区のような場所に憧れて、第一区には見向きもしない。そんな場所でわざわざ犯罪を犯してもつまらないと思っているのだろう。そのこともこの市が均衡を保つ一つの理由だ。


 しかし現在はそれが崩れかけている。

 暗黙のルールを一番重視していたのは第十区の人々だ。市内の巨悪犯罪のほとんどが第十区で起きていると言われている。正しいのかどうかは分からないが、もし仮にそれが本当だとすれば、あの区が決壊すればそれこそ滝のように悪事がこの市を覆い尽くしてしまうだろう。

 今まで第十区はその犯罪を他の区にばら撒こうとはしてこなかった。それが今溢れ出している。まるでダムの壁にいくつもヒビが入り、そこから汚水が溢れて下流の町に被害を与えていくように。

 今でこそヒビで済んでいるものの着実に被害は広がり始めている。もしも壁が一気に崩壊したら。ドッと溢れ出した濁流は全てを飲み込んでしまう。


 明星市の崩壊だ。



「第十区から出てきてる奴らがパニックの原因なら、全員殺していけばいいじゃんか」


 太陽くんがあっけらかんとした声で言う。あざみちゃんが呆れた目で太陽くんを見て、如月さんが可笑しそうに笑った。

 極論彼の言う通りではある。第十区から溢れた人々が何かをしでかす前に、私達で食い止めればいい。何も問題はない。

 しかし人数は? 一体どれだけの人間が、こちらにやってきている?

 それに。


「殺し屋殺し」


 東雲さんの呟きに太陽くんが眉を潜めた。東雲さんは続ける。


「現在明星市の殺し屋が殺されている。恐らく第十区の連中によるものだ」

「一般人じゃなくて殺し屋を狙ってる? 何それ、どんな意味があるっていうのよ」

「第十区の人間がこちらに来て暴れたいのなら、その際殺し屋の存在が邪魔になる。だから殺される前に殺す。そうして殺し屋の存在を減らしていけば、連中がこちらで暴れやすくなるだろう」


 東雲さんの説明に空気がざわつく。如月さんはこの情報を一部の人にしか教えていなかったらしい。不服そうな顔の彼に東雲さんは澄ました視線を向ける。


「ったく。一人一人に情報を小出しにしていけば、もっと情報料をふんだくれたっていうのに」

「殺し屋同士の情報共有だ」

「商売殺しー」


 殺し屋殺し。第十区の不穏な動き。この短期間で大きな問題が起こっている。

 如月さんが皆に向けて告げた。


「確認できる範囲で、この一ヶ月の間に第十区から出てきた人間はざっと二十人」


 ざわめきが大きくなる。二十人、と険しい声で真理亜さんが囁くように言った。

 一月で二十人と考えれば少なく感じるかもしれない。だが相手は第十区で過ごしてきた人間。危険地区で死ぬことなく暮らしてきた人間なんてたった一人でも手を煩わせるのに、それが二十人。

 その全員がこちらで事件を起こしたとは考えきれないが、ひとたび発作が起きれば至る所で事件が連発するだろう。その上これから先、更に多くの人間が第十区から出てくると考えると、眩暈さえ覚える。


「止める方法は?」


 あざみちゃんの問いに如月さんは首を振る。言ったあざみちゃん自身、いい考えは思い付かないのだろう。苦々しい顔で歯噛みし、唸る。

 出てきた人々全員を殺して止めるという方法は無謀だ。第十区の人々がどれだけいるかは知らない。だが数十人、数百人という規模でないことは分かる。対して殺し屋の数はせいぜい数十人だ。私が知っている殺し屋以外にもいくらかプロの殺し屋はいるらしいが、全員の技量を合わせたって数の暴力には勝てない。


「とめるほうほうは?」


 ネズミくんがあざみちゃんの言葉を繰り返すように言った。丸い大きな目をくりくりさせて、不安そうに皆を見る。

 幼い彼は完全に状況を把握しているわけではないだろう。が、不穏な空気に、何か良くないことが起ころうとしているのは分かっているらしい。……いやもしかしたら、全部分かっているのかも。

 いやだなぁ、と呟いたのは仁科さんだった。カウンターに頬を突っ伏して白髪を波打たせ、掻き消えそうな細い声で言う。


「のんびり眠れなくなっちゃう」


 もしかしたら永遠に寝ていられるかもしれないぞ、と如月さんが言う。顔は笑っているのに、声に抑揚はなかった。

 誰一人として彼の台詞に笑う人はいない。





「英語ができなくても日本人だから関係ないよな?」

「お前その発想は駄目だろ」


 広げた赤本を放り投げ、やめだやめだと新田くんは口を尖らせる。呆れた顔をするのは彼の隣に座る杉山くんと荒木くんと大西くんだ。向かいの席に座る私と早海さんと鈴木さんは、そんな新田くんに笑う。

 ファミレスのテーブルの上にはノートや大学入試用の教材が乱雑に広がっている。皆で勉強のためにと放課後ファミレスに寄ったものの、一時間もすれば当初の目的だった勉強など忘れ、適当な軽食を取りながら談笑を繰り広げる。

 六月も下旬に入り七月が近付いてきた。夏休み前の試験まで残り僅か。推薦を考えているのならこの機会を逃してはいけない。だが推薦狙いの鈴木さんや杉山くんはともかくとして、とくにそれを考えていない私達やスポーツ推薦枠の大西くんなんかはだらだらと勉強をするだけだった。


「秋月って毎回それ頼むよな。好きなの?」


 大西くんが軽食にと頼んだピザを食べながら言ってくる。カップに口を付けていた私は返答に微笑みを返す。温かくて甘い大好きな飲み物。


「好きなんだ、ホットミルク」


 このファミレスは東雲さんと出会ったばかりの頃に訪れた場所だ。

 この場所で彼に殺し屋に誘われ、それを承諾した。あのときも私が飲んでいたのはこのホットミルクだ。

 一年生の秋のこと。あのときからもう二年が経過しようとしている。あのとき私の席の周りには、こんなに友達と呼べる子は一人もいなかった。

 今の私は。前ほど学校が苦ではない。どころか、少し楽しみですらある。


「皆大学どこ行くんだ?」


 新田くんが身を乗り出して問う。この時期私達の学年がよく口にする話題に、皆はもうすっかり慣れ切った様子でそれぞれの答えを口にする。

 荒木くんは就職、大西くんは柔道が強い大学で、杉山くんは遠方の医学部で、早海さんは海洋生物を学ぶ専門学校、鈴木さんは市内の大学の文学部、新田くんは福祉系の大学。


「杉山は一人暮らしか、大丈夫か? 親元離れて」

「平気だって。むしろ一人で好き放題できるから楽しみだ。絶対受かってやる」

「福祉って大変そうだよね。やっぱり体力いるのかな?」

「当然。体力には自信あるけど、それだけって話じゃないからなぁ。早海の海洋系って、そんな学校あるのか?」

「色んな専門があるからな。クジラとかサメとか、あとはホタルイカとかも見に行けるらしいんだ」

「学校も色々だな。秋月はどこ行くんだ?」


 荒木くんの言葉に釣られ、皆の目が私に注がれる。私は、と一度区切って苦笑しつつ両手を振った。


「まだ決まってないんだ」

「そっか。じゃあここはどう? 法学部が有名なんだけど……」

「それよりこっちの文学部たくさん資格取れるみたいだぞ。教員資格とか、図書館司書とか」

「まず和子の意見聞くべきだろ。どうなの、どういう人になりたいの?」

「えーっと…………なんだろ」

「じゃあ何が好き? ほら、料理とか、動物とか、子供とか」

「俺漫画好き!」

「お前の意見は聞いてねえよ」


 皆がわいわいと手を伸ばして私の前に大学のパンフレットや携帯の画面を見せてくる。ここがいい、こっちの方が、なんて張り合いながら。


「動物も好きだな。子供も、小さい子とかと遊ぶの好き」

「じゃあ動物園の飼育委員は? トリマーとかペットショップの店員とかもあるし」

「和子は高校の教師とか向いてるんじゃないか? 要領はいいだろ。テストの点俺よりいいし」

「保健室の先生とかいいんじゃない? なんか、優しく熱計ってくれそう」

「あー分かるわ」


 私本人を置いて皆思い思いに喋る。皆私のために色んな案を出してくれている。

 折り目がたくさん付いた大学パンフレットが何冊も目の前に置かれていく。あれがいいこれがいい、と肩を寄せ合って意見を言い合う皆を私はぼうっと見つめた。

 放課後に友達とファミレスに寄って話すこと。それは毎日死にたいと思いながら過ごしていたときは、予想もしていなかった高校生活だ。キラキラとした皆の笑顔。それは私の心を強く打つ。大切にしたい笑顔、守りたい笑顔。


「……………………」


 もしもこのまま明星市が壊れてしまったら、この笑顔は消えてしまうのだろうか。


「秋月は将来何がしたい?」

「――――……そうだね、私は」


 新田くんが言う。私は皆の視線に晒される中、くしゃりと微笑んだ。


「人を笑顔にさせたいな」






 第七区の紅街は今夜も騒がしい。

 執拗な客引きと好奇の視線を無視することも、もはや日常のようなものだ。眩しい光に背を向けて狭い路地に入る。更に狭い裏路地をいくつか通って、狭く臭う道を進む。数ヶ月前よりも捨てられているゴミが増えている気がした。壁の汚れも一層酷い。

 レンガ造りの小さな建物の前で立ち止まる。切れた電球の下、暗闇に立つ電気の切れた看板は目を凝らさないと『お喋りオウム』と書かれた文字も読めなくなっている。

 強く扉を開け放てば店内にベルが鳴り響いた。カウンターにいる如月さんの元にツカツカと歩み寄る。今日も情報屋には皆が揃っていた。鬼気迫る様の私に全員の視線が向けられる。それに無言を返し、私はまっすぐ如月さんの元へ行ってカウンターに両手を突いた。


「お願いがあります如月さん」


 言って私は通帳を取り出す。私が両親からのお金を受け取るときのものではない。アルバイト代――殺し屋の仕事をしたときに報酬が振り込まれる口座のものだ。

 それを開いて如月さんに突き出す。彼はそれを受け取って残高を眺め、ふぅんと目を細めた。一回一回の金額は少額といえ、初めて報酬を振り込まれたときから手付かずのそれは、彼を唸らせるだけの金額はあることだろう。


「そのお金、全部渡します。全部使ってください」

「…………何が聞きたい?」

「殺し屋殺しの情報を」


 息を吸い、私はハッキリと口を開いて彼に依頼をする。


「第十区の情報を」


 第十区の情報。徹底的に情報が漏れることを防いでいるのだろう。メディアも私達のような殺し屋も勿論、そこいらの情報屋もろくな情報を入手できない場所。

 だけど如月さんならば。これまで幾度となく私達に数多の情報を教えてくれた彼ならば、きっと第十区の情報を掴むことができる。

 如月さんは真剣な眼差しの私に笑う。口元だけ笑んだ彼の笑顔はこれまでもよく目にしてきた。底冷えしそうな光を走らせた目を黙って見つめ返す。


「こんな大層な依頼をオレに頼んでいいのかい? 他の情報屋の方が人道的な値段で教えてくれると思うけど。それにオレも、全ての情報を手に入れることはできないよ?」

「金額分でいい。あなたならできます、『お喋りオウム』なら」

「随分嬉しいことを言ってくれる。ネコ、いつか人に騙されるぞ」

「私のことは信用していなくても、お金は信用してくれるでしょ?」


 如月さんはぱちくりと目を丸くして私を見る。ニッコリと微笑めば、彼は楽しそうに肩を震わせて笑った。

 お金次第で情報を渡してくれる彼は、私達のことを心の奥底では信用していないとしても金額に見合った情報はくれるだろう。そうでないとプロを名乗れない。仕事に対する熱意を持っている彼がその意思を曲げるはずはない。

 それに、と続けて言う。それに? といまだ可笑しそうに目を細める彼に、私は言う。


「『お喋りオウム』のあなただけじゃなくて。私は、如月当真さんという人間を信じていますから」


 一瞬如月さんの表情が変わった。

 戸惑う子供のようなあどけない顔。どう反応すればいいのか分からない、というような、困ったような顔。

 それはすぐに澄ました微笑みに隠された。爽やかな営業版の声で彼は言う。


「……第十区の情報をできるだけ。ご依頼、承りました」

「お願いします。情報屋さん」


 私はそこでようやく振り返る。皆が私を見つめていた。

 和子、と東雲さんが私を呼んだ。その声にまっすぐな眼差しを向け、私は皆に向けて言う。


「まずは相手のことを調べますよ。何も知らなければ何もできないけど、一つでも情報を手に入れれば、解決策が見つかるかもしれない」


 止めなければ。

 私達で。この街の被害を。


「第十区に行きましょう」

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