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アルカナハーツ  作者: 風水 夕日
第一章 『恋愛』の選択
7/17

兄弟 ―Three Brothers―

―#―

 校門をくぐっても、世界は変わらなかった。

自分と七夏だけが取り残されたかのように世界には人ひとりいなかったな。

あるのは得体の知れない怪物と、気持ち悪い赤の風景だけ……

学校であればと思ったけれど、安心なんてできそうもねぇ場所だった。

地続きに続くこの風景が、まるでこの先の自分を連想させるようで吐き気がする。とにかく、この世界は居心地も何もかもが人間には不適合だ。

――血塗られた永劫の(シン)の場所。

 今にして思えば、この時の俺は落ち着きすぎな気もする。いきなりこんな世界に入り込んで、冷静すぎる気がする。いくら記憶を失っていても、本能的にそれはおかしい気がする。

……まぁ、いいか。面倒くせぇし。


―1―

 いつも騒然としているはずの学校も、今となっては静かなものだ。

もっとも、時間は止まっているから俺たちが学校についたのは家を出たのと同じ時刻。朝の6時半ぐらいなのだから遅刻はもってのほか、先生ぐらいしか来ていない時刻だ。生徒は影すらない時刻。

 だが、毎度言っているようにこの異常な世界でそんなことは些細なことだ。

俺は、七夏を保険医のいない保健室に連れて行き、分からないながらに処置を施す。

虚ろな目で言葉にならない声を発する七夏は、見ていて悲痛で耐えられなかった。

出血が特にひどい腕と脇腹に包帯をきつく巻いて止血を施すものの、記憶も経験もない俺では拙い。


「くそっ!!面倒くせぇ……」


 何もできない自分がもどかしい。何もできないのに考える。考えても埒が明かない。

色々考えてることはあっても何もできないのだから意味がない。

俺の『面倒臭い』には、怠惰を欲する以外に意味がないことをしたり、もどかしいときにもつい口から出てしまう言葉だ。言ってしまえば自分に対する失望の言葉がそれだった。

まったく本当に面倒臭い……

 それでも、白いシーツを敷いたベッドの上で七夏の表情は少しだけ和らいだような気がした。

まるで、何かに安心したかのように……


―2―

 罪は屋内には入ってこないのか、はたまた入ってこれないのか……

とにかく、学校にいれば罪に警戒をする必要性がないので幾分か楽なものだ。

俺がこの世界に入って体感で2時間弱の時間が経過した。

体力的にも精神的にも参ったころ、人ひとりいなかった世界に初めて人為的な音が響いた。


「うおっ!!まじでか!!七夏が異様に遅いと思ったらこんなところにいたぜ!!」


「やっぱりですか。どうやら、罪に深手を負わされたみたいですね」


「ていうかー!!勇人ちゃんじゃない!!」


 保健室のドアから長身で細身の、どこか物憂げな感じを醸し出す学ラン姿の青年が……

窓から小柄で短髪の少年が太陽のような輝かしい満面の笑みを浮かべて侵入し……

そして、グラマラスな体型……の割に小学校低学年くらいの背の小さい、茶髪のセミロングといった風貌の少女が天井を突き破って登場してきた。


「……」


 なんとまぁダイナミックな登場の仕方で、本当にもぉ……


「……面倒くせぇ」


「第一声でそれはないんじゃないかな?」


 率直に、ウソ偽りなく口をついて出た言葉にまっさきに噛み付いたのは最も異質な登場をした少女。

天井を突き破って侵入って……見たことねぇよ

ともあれ、気配もなくここへ訪れた人間である三人の登場は、俺にとってこの世界で初めて安心のできる内容だったことは間違いない。人ひとりいないと感じたこの世界で、人の声を聴けたのは何よりも安心できることだった。

 だが、世界に安堵したとしても、俺にはただ変質者たちが部屋に入ってきたようにしか思えない。俺は恐る恐る奇妙な三人組に素性を尋ねた。

 はっきりと先に言う。こいつらはただのバカだった。


「あんたら一体誰なんだ?急に出てきて訳の分からないこと」「ストォォォォォォォッッップ!!」


「は……?」


 ちっちっちっと言いながら人差し指を口に当てて、俺に「黙れ」と合図を送る。

 一体何が起こるんだ?

俺はいざという時のために七夏を守れるよう盾になったが、内心は混乱していた。

 世界よ……賑やかにしすぎじゃないか?ここまで来ると迷惑だぞ!!

 それぞれの登場位置から俺たちの目の前に集まると、三人は急にザッと決めポーズを取った。

それはまるで、小学生が好きそうな戦隊もののヒーローが構えるような派手なものだった。


「……???」


 混乱を通り越した混沌(カオス)の状態に俺はどうすることもできない。

そこへさらにもう一撃、三人がそれぞれに叫びだしたのだ。決め台詞的な何かを……!


「輝く日輪は罪をも照らし成敗する、太陽の戦士――星間陽太(ほしまようた)!!(キラッ)」


「……?」


「夜空に輝く星の輝きは闇の中の一縷の希望、星の戦士――星間星七(ほしませな)!!(きらっ)」


 若干一名ノリについていけてない奴がいるのだが、大丈夫なのだろうか……

子供たちが沸き立つヒーロー参上!!――的に決め台詞まで決めた三人(実質二人)は、今まさに後ろで色つきの煙が立ち上っているところのようだった。

 まぁ、結局俺の意見は変わらない。俺に限らないだろうと思う。


「……なに?あんたら?」


「あえ?ここまでして思い出さないなんて重症だなぁ勇人」


「私たちよ私たち!!星間三兄弟忘れちゃった?!」


「え……?」


 この三人、俺のこと知ってる?それでもってこの流れでいけば、俺もこいつらを知ってる?

そんなまさか……こいつらどう見たって俺が面倒臭いって言って一蹴するような奴らだぞ!!しかも半端なくウザそうだぞ!!


「ウザそうとか言っちゃダメ!!」


「思考を読むな!!あと、あんたちょくちょく絡むな!!」


「ちっちっち……絡んでるんじゃない。おちょくってるのさ!!」


「おちょくるな!!」


 今回も少女だ!!どうやらこの訳の分からないノリを仕切っているのは、三兄弟の末の妹のようだ。

背も小さいし、子供っぽいし……正義のヒーローとかになろうとしているタイプの人だ。


「ねぇねぇ!!ところで勇人はどうして私たちのことをもの珍しそうに見てるわけ?

新しい遊び!?よーっし、じゃあ!!全力で付き合おうじゃないか!!

わんわん!!」


「遊んでねぇし、なんで犬なんだよ……」


 疲れてきた……これどうにかならないの?


「すみません。うちの姉が迷惑をおかけしました……」


「あぁ、いえいえお構いなく……」


「迷惑じゃないもん!!」


 ぶーぶー言っている少女をやっと止めに入ってくれたのは、この中で一番まともそうなドアから侵入してきた学ランの青年だ。物憂げな表情かと思っていたが、よくよく見るとただ、たれ目が印象的なだけだったようだ。それ以外はしっかりとした雰囲気を漂わせるイメージ……はっきり言って、三兄弟の中で一番苦労性なのだろう。彼だけは快活ではなく冷静沈着といった風で、目の下には隈ができていた。


「ご苦労様です……」


「いえ、ほんと姉が騒いでるだけですから……」


「あーそのー……!!え、姉?!」


「はい。星七姉さんは僕らで一番年上の姉さんです」


「私が一番おねぇなんだよ!!」


「……ご苦労様です」


「いえ……本当にここまでねぎらってくれる人初めてです」


 逆に引いたような目で見られているが、そこまで珍しいことだろうか?

ひと段落がついたような感じがしたところ(?)で俺は、やっと今までの疑問を彼らにぶつけるよう決心した。一気にこちらのペースに持っていかないと洪水のように全て流されるから、いちいち決心する余裕はないのだが……


「ところで、みんな俺のこと知ってるの?

俺はみんなのこと知らないんだけど……」


「「「!!」」」


 もっと正確に言うべきだった……記憶がないことを言うべきだった。洪水なんてレベルじゃない。これはもう津波というべきかもしれない。それくらい、彼らのペースは威力があった。


「知らないってひどいじゃない!!あたしは今までいろいろ勇人ちゃんに教えてあげたり、世話してあげたり、あれやこれやとしてきたのにその仕打ちは何事か!!?」


「ひどすぎるぜ勇人!!俺、ずっと勇人と一緒に遊んできた仲なのに……どうなったらそんなひどいことが言えるようになるんだ!!言ってみろよ!!何があったんだよ!!」


「あ、悪いだから」「黙らっしゃい!!」「へぶっ!?」


 しゃべらせてくれない……なぜか殴られた……


「言い訳なんて聞きたくないんだ!!俺は悲しい!!悲しいぞ勇人!!」


「いやだから」「ええい、まだ言うかぁ!!」「あがぁっ!!?」


 今度は横から姉――星七の平手。

なんだこの状況!!ただのいじめだろ!!


「あたしの苦労をわかっているのかい?勇人ちゃん……あたしはそんな子に育てた覚えはないよ!!そんな悪い子には私からもう一発だぁ!!」


「もういへべぇっ!!」


「……」


 傍観しないで助けてくれぇ!!

さっきからずっと突っ立ってぼぉ~としている青年は、急にはっと我に返ったようにして俺を見ると予想外の一言を言い放った。


「僕は星間暁月(ほしまあかつき)といいます。思い出しましたか?」


「それよりも前に止めぐがぁっ!!」


 星間三兄弟……永遠に俺の頭から離れそうにない、そして最も頼れる精鋭たちが彼らなのだ。

個性的すぎるところがたまに傷だろうが……


 そんな一種リンチ状態の俺を助けてくれたのは、意外にも三兄弟以外に現れた新たな人物だった。


「ミイラ取りがミイラになってるぞお前ら。

そんでもって……よう!勇人じゃねぇか!」


 そう告げたのは、どことなしか飄々とした態度でドアにもたれかかる茶髪の青年だった。

 



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